野良犬の生活

部活もバイトもやっていない堕医学生の暮らしを記憶するレポート

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【ネタバレ注意】「映画Go!プリンセスプリキュア Go!Go!!豪華3本立て!!!」感想レポート

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 世間体がどうこうとか、体裁が云々とか、最早そういうことはあまり気にならなくなった。改めて断言しますが、私はプリキュアが好きです。そう、あの日曜朝の女児向けアニメが大好きなのです。毎週リアルタイム視聴してなおかつ録画もして後で観返したりもしています。こういうことをしていると、世間の人々からどう思われるかは重々承知しているが、だからといって観るのは絶対にやめない。だって好きなものは好きなんだもん。

 現在放映中の「Go!プリンセスプリキュア」は絵もキレイでストーリーの密度も高くて、シリーズとしての出来がかなり良い。プリキュアは好きだけど、映画版の方にはあまり興味が出ない私だったが、これだけ作品が大事に創られているのだから、きっと劇場版もいい感じだろうという期待が湧いて、本業が一段落したところを見計らって、公開中の映画館に観に出かけた。平日の真昼間だから自分ひとりくらいしか観客はいないかなと思っていたが、おひとりの幼女先輩が母親を引き連れてご鑑賞されていらした。
 今回の劇場版はタイトルにあるとおり、3つの物語によって成るオムニバス形式になっている。それぞれ短編、中長編、中編といった感じになっているが、1本の映画の尺を3つに分けていることから、1つ1つで使える尺が短くなっているので、変に間延びせずに物語がテンポよく展開しているのが余計に際立つ。各々、アニメーションの質感も全く異なっているので、それぞれを観比べてみるのも面白い。


【キュアフローラといたずらかがみ】

 CGによる5分の短編が3本立ての最初のおはなし。セリフは一切ナシで、音楽とキャラクターの動きや表情だけで物語を進めるあたりは、シリー・シンフォニー・シリーズなどのディズニー最初期の短編アニメーションを思わせる。いや、キャラクターの動きに合わせて音楽が流れていたから、シリー・シンフォニーというよりは、ミッキーマウス・シリーズの方が近いのかな?またディズニーということで云えば、CGのキャラクターが感情的に動いたり表情をクルクル変えたりっていうのを観ると、うーん、やっぱりディズニー、というかピクサー作品を思い出しちゃいますね。私は幼い頃からディズニーに毒されてきているのでなおさら、ね。
 かなり短い話だから、ストーリーも簡単。新しいカチューシャを付けたところを鏡で見てみたいキュアフローラだが、そこを鏡のお化けにイタズラされてさあこれからどうなるの?みたいな感じ。
 で、このキュアフローラなんですが、はるはるが変身した後の姿というよりは、キュアフローラとしての単独のキャラクターになってる印象がしましたね。イタズラするお化けにプンプンと怒りを表したり、カチューシャが壊れて涙をポロポロこぼしたりと、幼稚に感情を出すようなところは、シリーズでのはるはるにはなかったところかと。そしてどうやらキュアフローラは魔女になることができたらしい。ていうか魔女って、作中のラスボス・ディスピア様のモチーフそのものなんですけど・・・・。
 プリキュアがあからさまなCGで描かれてるのは、私はあまり見慣れてない(アニメのエンディングは除く)ので、観ていてなかなか新鮮に思った。キャラが2頭身というのでことさら新鮮である。短い作品だから、TVオープニングのネタバレでほぼ全編見せてるんじゃねえの!?みたいなところもあるが、バレてないところきちんともあって、いやまさか他のプリキュアたちも出てくるとは思わなかった。2頭身のキュアトゥインクルかわゆすなあ・・・。


【パンプキン王国のたからもの】

 実質的な本編と云ってもいい50分の中長編で、唯一のセルアニメだ。めっっちゃくちゃテンポが早いです!余計なシーンを入れず、必要最低限の説明だけで補完して、とにかく結果と事実だけを描写するといった感じ。
 ひょんなことからパンプキン王国にやってきたプリンセスプリキュアの4人。しかしパンプキン王国はウォープという悪い奴に支配されていた!悪者に洗脳されている王様やお妃様、そして塔に閉じ込められている王国のプリンセス・パンプルル姫(ウォープ、なんでお姫様の洗脳しなかったん?)を助けるために、プリキュアが立ち上がる!というストーリー。
 劇場版の新キャラ、パンプルル姫がかなり可愛くて・・・ていうかCV花澤さんだヤッター!!!!いやー、もう第一声で分かっちゃったよね。分かっちゃうよね!何気に花澤さんはプリキュアは初めてですかね?そして挿入歌も花澤さんで危うく昇天するところだった。いや、した。
 キャラクターとCVということであれば、ウォープ役の諏訪部さんもよかったですね。あの胡散臭イケメンボイス!ウォープは正統派の悪者で、とにかく自分の欲望のためにだけ生きてるって感じ。徒手格闘がきちんと強いというのも悪役ポイント高し。そして度肝を抜かれた最終形態。まず巨大なマグマ怪獣になったところは、なんか「ゼルダの伝説」を思い出してしまった(このシーンの戦慄しているプリキュアたちの表情がもう最高)。で、マグマが表皮で覆われてヤミラミ顔のトカゲになる・・・・あれ、なんかさっきより弱そうじゃねえか?しかし、その巨大さは桁外れで、こんなんに勝てるわけねーだろ!と観る者の絶望を誘う。しかし、パンプルル姫とみんなの応援のおかげでモード・エレガント・ハロウィン(ハロウィンww)に変身したプリキュアによって、容赦なく浄化されてしまう。「悪はバンバンバン倒す」のがプリンセスプリキュア。ていうかミュージックプリンセスパレス、デッケェ!しかも手書きかよ!
 この作品、親子あるいは家族の絆がテーマにある気がします。ウォープの洗脳により、パンプルル姫のことを忘れ、お金や宝石のことで頭がいっぱいだった王様とお妃様は、はるはるが作った、家族との思い出(はるはるのお母さん!若い!美人!)がつまったパンプキンプリンを食べたことで正気に戻っている。そしてお金や宝石なんかよりも大切なものは、自分たちの子供であるパンプルル姫だと気づいくことができたのだ。タイトルが「パンプキン王国のたからもの」となっているのは、このあたりからだろう。親子で楽しめる映画だが、私にはこういう“家族の絆”みたいなのはしんどい。
 しかしながらこのパンプキン王国、あまりに平和で牧歌的すぎる気がしないでもない。まあ、プリキュア世界で悪に侵略されてしまう国はたいていこんな感じだから典型的といえば典型的なのだが、平和でのほほ~んとした国ばかりが侵略されてしまうというのは、何かのメタファーなのだろうか。
 さて、この映画におけるプリキュアの4人の活躍具合だが、残念ながら結構差ができちゃってます。目立つのははるはるとトワ様、みなみさんときららちゃん(かわいい)はちょっと影が薄かったかなあ、と。しかし、何気にみなみさんの本気のバレエは初めて見たような気がするな。きららちゃんはただただ可愛いので、それでいい。トワ様は、最初から最後までキリっとした表情。トワワ~ンとしたお顔もいいけど、やっぱりトワ様にはこういう凛々しいお姿がお似合い。はるはるはやはり主人公。巨大プリン早食いや割烹着姿など、たくさんの見どころを作っていく。「プリンが食べたい」という一心で、ガラスの檻を破壊するのはもはや男前だと云ってもいい。「はる、パフ、ロマ」の尾行シーンでは3匹の妖精を見た気がした。ところで、閉じ込められたマーメイドとトゥインクルを助け出すシーン、マーメイドをフローラが、トゥインクルをスカーレットが文字通りお姫様抱っこしていたのは、つまりそういうことでいいんですね?(カプ厨脳)
 え?ゆいちゃん?ええと、ゆいちゃんはその、私の口からはどうも・・・申し上げにくいと云いますか・・・。もう、勘弁して下さい。
 余談ですが、オープニングでみんなが町並みを歩いているシーンの後ろに映る洋館、あれは横浜市山手地区にあるブラフ18番館と旧内田定槌邸(外交官の家)ではないかと思われます。


【プリキュアとレフィのワンダーナイト】

 3部作ラストは再びCGによる20分の中編。同じCGとはいっても先の「いたずらかがみ」とはまた違って、TVのエンディングのタッチそのままとなっている。このエンディング、あまりにも緻密すぎる技術に初見で度肝を抜かれましたが、もうこれでアニメ作れちゃうんですね。これからのプリキュアはもしかしてこういうのが主流になっていくんじゃ・・・?
 今作は「パンプキン王国のたからもの」の後日談でありながら、レフィやパンプキングダムという新設定もあってどこかパラレルストーリー的なところもある、ちょっと不思議な夢を見ているようなお話。「パンプキン王国のたからもの」のラストではるはるがパンプルル姫からもらった人形・レフィによって、彼女が住むパンプキングダムに入り込んだプリキュア一同。そこはナイトパンプキンという悪い奴に支配されて、太陽は昇らずずっと夜のままという、うつ病患者が増えてしまいそうな状況になっている。レフィはプリキュアたちの力を借りて、前のような王国を取り戻すことができるのか?というあらすじ。

レフィ(三角座りで小首を傾げながら)「あたし、レフィ(ニコ」
劇場でのワイ「・・・」

※ワイの心象風景「あああああああああああああレフィかわいいんじゃあああ!!!(ズドンズドン!!!」

 この3DCGの技術、CGでアニメを作るためというよりは、セルアニメが基になってそれをCGに変換するために使われているように思う。私はCGのアニメ(特に亜米利加モノ)があまり好きでない(口の歪み方とかなんか気持ち悪ぃ)のだが、セル画の面影が残る今回のCGは、やっぱり日本人が作ったアニメだなあという感じがして、キャラクターの可愛さがしっかり出ている気がする。というわけで、レフィが可愛い。そしてトゥインクルが可愛い。
 CGということで、手書きでは表現しづらいアングルやスピード感が表現できている。ゼツボーグからの逃走やナイトパンプキンとの徒手格闘シーンはわずかな間ながら、見応えがある。
 この「レフィのワンダーナイト」、なんとなーく大人向けといいますか、前の2作とはだいぶ雰囲気が違う。普通にセンスがよくてかっこいいのだ。まず音楽がいい。ケミカル・カラーのネオンが輝く夜の街の怪しげな雰囲気に合うJazzyなBGMや、ゼツボーグとの追いかけっこの時のラグタイム風のせわしない音楽は、クラシカルで落ち着いた音楽が多いプリンセスプリキュアには珍しいタイプ。普通にかっこいい。
 で、そのプリキュア自体もなんかかっこいいんですよ。レフィを手助けする側に立ったからというのも多少はあると思うけど、なんか謎に成長しきった感?というのがあって。キャラクターの成長はTVシリーズで丁寧に描かれているところだと思うが、今作ではその成長を経てきたがごとく、キャラクターがどっしりとしててやけに頼もしいんだよね。
 ああ、あとこれは完全に個人的なアレですけど、レフィから詳しい話を聞くために、レストラン(クラブ?)に入ってテーブルにつくシーン。ここ、観ててなんかドキドキしませんでしたか?私はしました。どこかアダルティで、TVシリーズじゃ絶対観れない場面ですよね。
 そしてかっこいいところの極めつけはナイトパンプキン!悪役!すぐにポキっと折れてしまいそうなスマートすぎる身体に、衣装のデザインもセンスいいし、顔が回転して表情が変わるギミックもなかなかいい。ん?スマートな身体、回転して変わる顔面、カボチャ・・・?ティム・バートンかな?そしてもちろん徒手格闘が強いのはポイント高い。プリキュア4人(実質3人だったが)をひとりで相手してなおかつ圧倒するというのは、かなり強い。実際、マーメイド、トゥインクル、スカーレットをひとりでボロボロにしている。

~フローラがボロボロになった3人を見るシーン

フローラ「マーメイド!」
ワイ「・・・」
フローラ「トゥインクル!」
ワイ「・・・」
フローラ「スカーレット!」
ワイ「(ナイス太もも・・・!)←」


 変身後の姿もデスタムーアみたいでRPG感ある。強そうだったけど、実際はあんまり強くなかった・・・。ちなみにナイトパンプキンは作中で最も羨ましかった人物のひとりだ。だってレフィに噛みついてもらえたうえに、プリキュア4人にしがみついてもらえたのだから。CVは中尾隆盛ってのがまたいかにも悪役悪役してていいね。最後、空に消えて綺羅星っていうのは中の人ネタですか?(「ばいばい菌」的な意味で
 とまあ、長々と語ってしまいましたが、20分程度の中編とはいえ、私にとってはこれが事実上の本編だったかな、と。プリキュアであってプリキュアらしくない絶妙な作品だったと思う。CGによる表現もとても挑戦的でよかった。


 もっと書きたいことはあるが、全部書けばいいってもんじゃないよな。今回の3本立てはどれも毛色が違っていて面白かった。正直云って、Bru-layほしいレベルです。

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  1. 2015/11/23(月) 19:00:00|
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平成二十七年度 松竹大歌舞伎 新潟公演感想記

 いきなりのことで恐縮だが、まずは今回のtake home messageを提示しようと思う。

 「公演中は前かがみにならずに、きちんと座席の背もたれに掛けて鑑賞すること」

 これは意外と知られていないが、是非とも知っておいてほしい事実である。劇場で身を乗り出すような姿勢をとると、後ろの席の人は舞台がかなり見えづらくなってしまう。この時に困るのは、真後ろの席の人ではなく、どちらかというと斜め後ろの席の人。これは、身長がそれほど高くない人がやってもそうなってしまう。
 舞台から近すぎたりすると流石に難しいが、基本的にはどの劇場のどの席でも、角度の緩急はあれど、ステージの全景が視界に収まるようになっている。しかし、前方に座る人が前かがみになるだけで、その人の頭部が視界に入り、特に舞台の横の部分の結構な面積が見えなくなってしまう。前かがみは日常的には何気ない姿勢であるが、劇場内の他の観客に対しては、多くの人が思っているよりも大きな妨害作用を有っているのである。
 東京ディズニーリゾートではショーが始まる前に、ゲストが前かがみになってショーを鑑賞しないように注意をしている(最近パークに行っていないから、今もそうなのかは分からないが)。それに馴染みがあるために、私は公演中の前かがみは芸術鑑賞におけるマナー違反だと思っているのだが、しかし、これについてきちんとアナウンスしている団体はまだまだ少ない。公演中の飲食や写真撮影などの分かりやすいマナー違反と違って、前かがみは人が普段からよくする姿勢だし、何もそんなに厳しく注意される筋合いはないというのがおそらく大多数の一般人の意見だろうが、その行為が極端かどうかではなく、実際にどれほどの被害を与えるのかという点こそ考慮されるべきである。前かがみは確かに日常的な姿勢とは云えるが、実質的に他の観客の鑑賞を妨害しているのだから、各団体はこれについて今後はきちんと注意喚起をするようにしていただきたく思う。
 前かがみになってもいい劇場はストリップだけなのである。



 数年前まで私は、時間があるときに派遣の日雇い労働をして小金を稼ぐことがあった。単純な肉体労働はしたくなかったので、引っ越しのスタッフなどは絶対にしないで、主にコンサートの裏方など、こちらにも多少のうま味のある労働を選んで適当に働いていたが、その中でも変わった体験として私の印象に残っているのが、歌舞伎の公演の裏方というものである。仕事に関する詳細は秘すが、ゼロから歌舞伎の舞台が出来上がる行程を手伝い、公演中も裏で控える役者の息遣いや熱気を目の当たりにしたりと、その労働を通じて、普段できないことをして、見られないものを見たのである。私にとって日雇いの底辺労働はあくまでただの労働で、給与以外に得るものは何もなかったのだが、この時ばかりは素直に良い経験をしたと思ったものである。そしてそれと同時に、今度は舞台袖からではなく観客席から歌舞伎を観たいと思った。もともと歌舞伎には興味があったが、この日の体験を契機にその思いはいっそう強くなった。
 新潟無機終焉都市では、このような歌舞伎の公演が毎年一回は催される。私はその度に鑑賞のチャンスを窺っていたのだが、公演日の都合が悪かったり、チケットを手に入れることができなかったりして、これまではことごとく機を逸していた。それが、新潟暮らし最後の年度でついに鑑賞の念願が叶うことになったのである。
 ところで私はいま学校の卒業試験期間の真っ最中である。それに、公演日は某科目の試験前日に当たっている。今までの私だったら諦めるところだったが、流石にこれだけは譲れないので、この日の夜は何も勉強しなくていいような計画を立てて臨んだのだった。

 平成二十七年度の松竹大歌舞伎は「教草吉原雀」と「魚屋宗五郎」の二つの演目で構成されている。二十分程度の「教草吉原雀」から、幕間を挟んで八十五分の「魚屋宗五郎」と、思ったよりもコンパクトな公演になっている。私は歌舞伎に興味こそあれ、基本的な知識は一切ないので、演目名を聞いてもピンとこなかったが、予め調べてみると、両方とも割とスタンダードなもので、特に「魚屋宗五郎」は人気がある演目だという。
 最初の「教草吉原雀」は長唄の舞踊。話としては、江戸の花街・吉原にやってきた鳥売りの夫婦は実は雀の精で、それを鳥刺しが見破って捕まえようとするがさあどうなる、といったもの。舞台後方の囃子方の演奏と唄に合わせて、化粧を施した役者が舞踊や見栄を披露するという、私が抱いていた歌舞伎のイメージそのものの演目だった。
 長唄の歌詞が小粋で面白いものになっていると聞いたが、実際には聴きとれずに終わった。だが、それでも物語は理解できるし、何より囃子も歌も役者の所作もかっこよかったので私はそれで満足である。私が歌舞伎に興味を持ったのは、ひょんなことから歌舞伎にかっこよさを感じたからである。何度もある衣装の早着替えも見応えがあり、最後の様変わりは思わず『おお・・・!』と唸ってしまう。派手な演出もあって、最後まで舞台に引き込まれていた。
 幕間を挟んで、今度は「魚屋宗五郎」である。これは「新皿屋敷月雨暈」という物語の一場面なのだが、今では原作を通しで演じることは稀で、この場面だけを公演するのが一般的らしい。今年度は宗五郎を尾上菊之助が演じる。おそらく多くの観客は菊之助が目当てだったのだろう。
 江戸の魚屋宗五郎の家は悲しみに暮れていた。磯辺のお屋敷に奉公に行っていた宗五郎の妹・お蔦が不義を犯して手討ちになったという知らせが入ったからだ。その時、お蔦の同僚おなぎが家を訪ねて、お蔦は無実の罪で手討ちになったという真実を家族に告げる。憤慨した宗五郎は長い間断っていた酒を飲み始め、酩酊。女房のおはまや父親の太兵衛の制止を聞かずに酒乱に暴れ、磯辺の屋敷に殴り込みに行ってしまう。屋敷でも暴れる宗五郎は当然のように取り押さえられてしまい、さあどうなるというのが、大体のお話。
 あらすじだけを読むと、割と穏やかじゃない話に聞こえるが、基本的には人情物で、とぼけたところやひょうきんなところも多いので、思ったよりも明るい物語である。というか普通に面白いので、劇場には何度も何度も笑い声が飛び交う。
 唄や舞踊の要素は少なく、お芝居的な演目である。私は、先述した「教草吉原雀」のような演目を歌舞伎のイメージとして抱いていたために、『こういう歌舞伎もあるのか』と、少し印象を変えることになった。
 見どころは何と云っても、宗五郎の酩酊と大暴れの場面だろう。酒癖が悪いことを熟知している家人たちはほどほどでやめさせようとするが、それをあれやこれやでかわして結局酒樽を飲み干してしまう宗五郎の飲みっぷりや、それからの暴れっぷりは見ていていっそ気持ちいい。大事なお客さんであるおなぎにも食ってかかる酒癖の悪さは、現実には迷惑極まりないがお芝居として見る分には面白い。見てると無性に酒が飲みたくなり、帰宅してすぐに酒を飲んでしまった。翌日に試験があるというのに。
 鮮やかな「教草吉原雀」に明るく快活な「魚屋宗五郎」と、どちらも物語が分かりやすくて目にも華やかな演目なので、私のような初心者でも十二分に楽しめる公演だった。

  1. 2015/11/20(金) 19:00:00|
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劇団四季「クレイジー・フォー・ユー」新潟公演感想レポート



 新潟無機終焉都市では、毎年一つは必ず劇団四季の地方巡業公演が行われる。ミュ-ジカル好きの私には嬉しいことである。これまでも機会があればチケットを求めて劇場に足を運んでいるのだが、その一方で、諸事情のために泣く泣く観劇を諦めなくてはならなかった作品というのも、これまでにはあった。その一つが「クレイジー・フォー・ユー」である。
 あれは数年前のことで、新潟に「クレイジー・フォー・ユー」が来ると知って、私は大きな喜びに狂気乱舞したのだが、その公演日を確かめてみると、一転して絶望の淵に陥ったのだった。公演日は、その年度でも最難関とされる重~い試験の前日だったのである。これでは流石に観に行けそうもなく、あえなく私は観劇を諦めることとなってしまった。
 それから年月は過ぎ、新潟で暮らす最後の年度に、再び「クレイジー・フォー・ユー」が無機終焉都市で観れると聞いた私は、またしても喜びに踊った。だが、その公演日はあろうことか、学校の卒業試験期間の真っただ中にある。またか・・・・と思ったが、今一度試験日程をよく確認してみると、公演はどうやら某科の試験が終わった後の夕刻に行われるようである。試験前日だったらもしかしたら諦めなくてはならないところだったが、試験が終わった日の一晩くらいならば、自分の楽しみに走っても何も問題ない。これで私は無事に「クレイジー・フォー・ユー」の観劇に出かけられることになったのだ。

 会場は新潟県民会館。ここで日雇いの底辺バイトをしたことも何度かあるから、表から裏まで知り尽くしている馴染みの劇場である。チケットの席番からしてその予感はしていたが、いざホール内で座席に落ち着いてみると、1階前から5列目中央寄りでステージから超チッケェ!こんなに前方で観劇するのは初めてのことかも。しかもこの会場は、座席前後間の勾配がちょうどこのあたりから始まるようになっているうえ、私はそれなりに身長が高いこともあって、前の視界を遮るものが何もないどころか、明らかに私の頭が周りから一つ抜けているようなかたちになって、変に目立っていて小恥ずかしい。
 さて、まずは、何から書いていけばいいだろうか。とりあえず、いちばん分かりやすいことを先に述べておこうと思う。
 これいちばん好きだわ。
 この世に生まれ落ちてからというもの、劇団四季作品を観劇する機会がそれなりにあったが、その数ある中でも、私はこの作品がいちばん好きかもしれない。好き度でいったら、大袈裟でなく「ライオンキング」も「ウィキッド」も超えたような気がする。芸術性があるものよりも、大衆的な作品の方が好みというだけかもしれないけれど。
 「クレイジー・フォー・ユー」は四季ミュージカルにしては珍しい、純粋なラブ・コメディである。他の演目には、心に訴えかけるようなメッセージ性を有するものもとても多いのだが、この作品にはいい意味でそういった教訓めいたメッセージがないというのがポイントである。小難しいことを考えずに、ただ楽しんで笑えて心が満たされるという、その気軽さがまず心地いい。
 1930年代のアメリカ、大都市ニューヨークとネバダ州の田舎町デッドロックを舞台に物語は進む。当時からショービズの本場であったニューヨークと、アメリカンドリームの面影残る金鉱の町デッドロックという2つの町は、盛衰の点でいえばとても対照的だが、どちらの土地もどうしようもなくテンプレート的な「アメリカ」を感じさせてくれる。主人公のボビー・チャイルドは銀行家の息子だがダンスに夢中でブロードウェイでの成功を夢みている。そのボビーが一目惚れするヒロイン、ポリー・ベーカーはデッドロックで唯一の女性だが気が強く男勝り。この主人公とヒロインからして、極めてアメリカ的なキャラクターに思える。他にもニューヨークのショーガールたちや、荒野に暮らす野蛮で粗野なカウボーイたちも登場して、舞台の上には最初から最後まで「古き良き」という言葉がよく似合うアメリカが創られている。
 この作品の大きな魅力は、ガーシュインの洒脱な音楽と、その美しいメロディーに合わせて繰り広げられる華麗なダンスにもある。とりわけダンスシーンに、一層の力が入っているというのがよく分かる。ボビー役の松島勇気さんはじめ、俳優さんのダンスの凄まじいこと!第一幕のクライマックス「I Got Rhythm」など、ダンスに圧倒されてしまうシーンが本当に多い。クラシカルなタップダンスとジャズダンスを主体にしているのも、私好みだった。
 とりわけ好きなシーンとしては、事実上のオープニング「I Can’t Be Bothered Now」を挙げる。物語上の出来事を音楽に乗せて演劇的に表現するものがミュージカルだと私は思っているが、このシーン、そして第2幕の「Nice Work If You Can Get It」は出来事ということではなく登場人物の心の懊悩や心象風景を歌とダンスで表現している。だから、車の天井を透過することもできるし、その場にはいない空想上のショーガールたちも車の中からたくさん出てくることができるわけだが、このシーンはどこかアニメーションチックである。このシーンに限らず、様々な場面でキャラクターたちのアクションは直線的なものが目立っていて、アメリカのカートゥーンを連想する。
 そしてやはりコメディだけに、脚本がずば抜けて面白い。講演時間は休憩含めて190分で、最初は長ぇ!と思っていたが、テンポもいいので最後まで飽きることなくストーリーにのめり込むことができる。また台詞の一つ一つからして面白く、かつお洒落なものも多い。「ポリーと朝から晩まで一緒にいやがって!」「“晩から朝まで”一緒にいた方がいいのかね?」また、終始小技が効いているというか、さりげなくやっているけど実は難しそうな動きが要所で見える。ダンスでもそうだし、小道具の使い方もいちいち上手いなと感心しきりである。
 脚本、音楽、ダンス、どれをとっても素晴らしい「クレイジー・フォー・ユー」はエンターテイメント性の高い、極上のミュージカルである。スタンディング・オベーションという習慣は今や一般にも広く普及しており、かく云う私も様々な公演ではカンパニーへのリスペクトを込めて、そのようにする機会がほとんどなのだが、今回の作品では、その満足度から、本当に心から納得のいくスタンディング・オベーションができたような気がする。

 国家試験終了翌日に劇団四季が新潟無機終焉都市で公演するらしい。しかも演目はあの「コーラス・ライン」ときている。こんなに物事がうまく運ぶなんて、なんだか話が随分と出来過ぎではないか?










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  1. 2015/11/06(金) 19:00:00|
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「ディズニー・オン・クラシック ~まほうの夜の音楽会 2015 I Love You ~きせきの言葉」新潟公演感想レポート

 もはや私の生活で毎年の恒例行事となっているDisney on classicの新潟公演を観に、馴染みの劇場・新潟県民会館に出かけた。公演日は学校の卒業試験期間中にあったので、今年は観に行けるかどうか心配だったが、幸い、この日はちょうど某科の試験日に当たっている。試験の前日なら諦めるところだが、試験当日となれば、試験が終わったあとの一晩くらいは気ままに過ごしても問題はないので、これで今年も無事にコンサートに出かけることができたのだ。
 私の座席は1階の1桁列だったので、これは結構な良席では?と思っていたが、座席を見つけてみると前は前でも壁際のいちばん端であった。かなり斜めの位置からの鑑賞だが、そもそもクラシック・コンサートなのだから実際はそれほどの不便はなかったとはいえ、なんというか胸にちょっとしたしこりは残る。これでも先行販売で購入したS席なのよ。

 今年のディズニー・オン・クラシック、テーマは「I Love You ~きせきの言葉」で、これは第2部で特集される「美女と野獣」の名シーンからきているが、それ以外の曲目はあまりこのテーマに合わせているという感じはしなかったので、各方面から曲を集めたごった煮的なプログラムだな~という印象。
 恒例としてオープニングはパーク・ミュージックから。第1曲目、今年の7月にリニューアルした「東京ディズニーランド・エレクトリカルパレード・ドリームライツ」でスタート。新しく「塔の上のラプンツェル」のフロートが加わったので、それに合わせて「輝く未来」などが組み込まれている。シンガーの皆さんも登場し、「白雪姫」「シンデレラ」「小さな世界」のフロート音楽が演奏されて、ほとんど2012年公演時と同じ編曲になっている。このパレードの印象があまりにも強すぎて、「バロック・ホウダウン」は少し幼稚に聴こえてしまうこともあるけれど、そういうことを抜きにして改めて聴いてみると、これ、結構いい感じのなテクノだよなあ。
 次は2曲続けての演奏。まずはパーク音楽の流れで、これまた今年の4月にリニューアルされた東京ディズニーシーのマーメイドラグーン・シアター「キング・トリトンのコンサート」から新曲「I will sing」を。私はまだ新作を観れていないので、あまり感情移入はできない。アースラのいないマーメイドラグーン・シアターなんて・・・・と思っているが、スクリーンに映るショーのスライドを見てみると、結構楽しそうだったので、機会を設けて一度は観に行きたいところですな。
 2曲目はNintendo3DS対応のゲーム「ディズニーマジックキャッスル マイ・ハッピー・ライフ2」のテーマ曲「Sparkle -輝きを信じて-」。こんなゲームがあるなんてちっとも知らなかったので、この歌も知らなかった。初めて聴いたが、なかなかいい曲。スクリーンにゲームの場面が映されていくが、これは「どうぶつの森」のディズニー版といった感じなのだろうか。まあ、キャラクターに執心なマニア向けだろう。
 続いての演目は、「ディズニー・オン・クラシック ファン・セレクション」というもの。講談社の月刊誌「ディズニーファン」の読者アンケートで選ばれた2曲の演奏である。演奏前のMCでフランチェスコさんが、観客の皆さんでどれくらいの人が投票しましたか~と聞いて挙手を促していたが、会場にどよめきが起きてしまうほどに少なく、これにはフランチェスコさんも苦笑い。私も手を挙げているのが恥ずかしかった。ある意味、端っこの席でよかった。
 さて、まずはパーク部門で「ワンス・アポン・ア・タイム」。昨年の2014年公演でも演奏されたが、私も大好きな曲なのでこれは嬉しい。ファンファーレ~ピアノイントロの時点でウルっとくるというのに、ショーの映像を流されてしまったら、もう駄目である。などと云っているけど、実は私は未だにこのキャッスルショーを観れていない。でも、素晴らしい音楽と、ついに日本のパークでプロジェクションマッピング・ショーが観れるという感慨だけで、何度でも瞼の裏が熱くなってしまうのだ。
 次は映画部門で、定番の超人気曲「アラジン」の「ホール・ニュー・ワールド」。ディズニー作品の土台はあくまでミュージカルなので、どの作品を観ても音楽に力を入れていることがよく分かるが、でもこれほど良質なバラードがアニメ映画の挿入曲というのは、改めて考えれば驚くべきことである。
 そして第1部の最後を飾るのは、ディズニー・オン・クラシック初登場「組曲:『スター・ウォーズ』」。今年の12月に公開されるシリーズ新作にあやかっているのだろうが、公演に「スター・ウォーズ」関連が加わると、プログラムの密度が一気に高くなるような気がする。「メイン・タイトル」で始まり、ああ「スター・ウォーズ」だなあと思っていたところで、続いてはいきなりクライマックス「運命の闘い」なのだから痺れてしまう。しかも組曲の半分くらいがこの場面だったのでは?と思うほどの力の入れ具合。コーラスも生で入るし、もうかっこいいのなんの。この演目は「オーケストラと光のコンチェルト」として、演奏に合わせて趣向を凝らした照明やレーザー光線も飛びかう演出になっているので、見た目にも圧倒されて終始鳥肌が立ちっぱなしだった。これで第1部は終了。いつにも増してあっという間に時間が過ぎた。

 第2部、つまり公演のメイン演目は「美女と野獣」の音楽。アニメーションという枠を超えて、もはや映画史にも燦然と輝く名作で、「リトル・マーメイド」「アラジン」と並んで「新・ディズニー三部作」などと呼ばれているが、やっぱり完成度としてはこの「美女と野獣」がいちばんだよなあと個人的には思う。
 「ひとりぼっちの晩餐会」や主題歌「美女と野獣」も素晴らしいが、オーヴァーチェアの役割もある「プロローグ」からオープニングの「朝の風景」の流れが、とてもミュージカルミュージカルしていて好き。軽やかな音楽をバックに物語が始まるワクワク感を抱かせつつ、きちんとベルの紹介や、ガストンの立ち位置をコンパクトに説明している。この場面で一気に物語に引き込まれてしまうわけだ。
 私はもともとヴィランズの曲が好きなのだが、今作の「強いぞ、ガストン」は他の曲とは少し毛色が違う。「哀れな人々」や「準備をしておけ」などは、ヴィランズの強さや美学などが反映されていてスタイリッシュでかっこいいが、この「強いぞ、ガストン」は盛り上がるけれど決してかっこよくはない(ミュージカル版だと物凄くかっこいいけれど)。ただなんというか、こいつら馬鹿だなあと思うだけというか(苦笑)。ガストンは野獣と徒手格闘ができるほどに、確かに強いことは強い。だけど他のヴィランズと比べると、ガストンはただ自分勝手で野蛮なだけで、洗練された哲学や美学というものがなく、悪役としての凄みがあまりないからかもしれない。
 ミュージカルで、ストーリーを一旦脇に寄せておいて、会場をヒートアップさせ大いに盛り上がる曲をショー・ストッパーというが、「ひとりぼっちの晩餐会」は最強クラスのショー・ストッパーである。この曲の、特に大サビの多幸感というか、“もう何とでもなれ感”はすさまじい。
 そしてこのあたりから、最初は剣呑としていたベルと野獣の関係が和らいで、お互いに心を通じ合わせていくのだが、「愛の芽生え」~「人間に戻りたい」(最後の大サビだけの演奏)~「美女と野獣」のコンボは、涙腺には全くよろしくない。「愛の芽生え」が流れる前、ベルと野獣が朝ご飯を食べるシーンからしてもう涙腺によろしくない。うまく食器を使えない野獣に合わせて、ベルもお皿を持ってスープを食べるシーンは、全く、涙腺によろしくない。そして曲単体でもよろしくない「美女と野獣」のダンスホールのシーン、野獣の胸に顔をうずめるベルとそれを見てルミエールやコグスワースにとても嬉しそうな顔をする野獣は、もはや涙腺には毒である。この一帯の流れはひたすら双眸から落涙してしまうので、それが口の方にまで流れ込んできて、もうしょっぱいったらない。
 それからは民衆の狂気に満ちていて私も大好きな「夜襲の歌」を経て、物語のクライマックス~ハッピーエンドと辿って、大きな満足感をいっぱいに噛みしめつつ演奏は終了。いつもながら満足度の高い演奏会である。
 恒例の「星に願いを」の合唱は、毎回毎回うまく歌えるかどうか心配になるが、まあそこそこで歌える。いつもなら合唱が終わったあとで、アンコールとして一曲演奏するのだが、どういうことか、他の観客の皆さんがこの時点でスタンディング・オベーションをするものだから参った。スタンディング・オベーションは公演の最後の最後にするもので、演奏を立って聴くなどはただ失礼なだけだから私はしばらく座っていたが、スタンディングしてオベーションしている前の人たちの壁でステージが少しも見えないので、シンガーさんたちが再登場するタイミングで仕方なく起立してしまった。だがそういうことがあっても、今年のディズニー・オン・クラシックは、いつも以上に満足度が高い内容だった。


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  1. 2015/10/27(火) 19:00:00|
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シルク・ドゥ・ソレイユ「OVO」仙台公演感想レポート

 いきなりだが、本編とは直接関係ないが私が読者諸賢にいちばん伝えたい、今回のテイク・ホーム・メッセージを提示しようかな、と思う。

 『上演中に子供が泣きだしたら、すぐさま劇場から出ること』

これ。これに尽きる。
 「子供相手に大人げない。」という話ではないのだ。
 音楽会にしろ演劇にしろミュージカルにしろその他諸々のショーにしろ、幼い頃から鑑賞をさせて、芸術に親しませるのは、とてもいいことだと思う。だが、その本番中に子供が泣き出す、ということは、子供はその作品の内容が少しも分かっていないということを示しているとは思わないだろうか。こうなってしまうと、理解とまでは及ばなくとも、直感的にその一端を感じとる、なんていうことすらできなくなるだろう。泣き出しちゃうということは、もはや生理的に「無理」ということのサインなのだ。悪いことは言わない。子供が泣き出したら、すぐに劇場から出なさい。子供が怯えてしまってかわいそうじゃないか。
 また、劇場には、他にも公演を楽しみにしてきた多くの観客が集まっている、ということも忘れてはならない。各々、自分の大切な時間やお金を、その公演に預けているのだ。その公演を、強い思い入れでもって、長い間待ち望んでいた人もいるかもしれない。日々の慰みに、劇場の中の“どこか別の世界”に浸ることを期待していた人もいるかもしれない。そんな人たちが上演中に、所帯染みた子供の泣き声を聞いたら、どう思うだろうか。これは正しく「台無し」なのである。繰り返しになるが、子供が泣き出すということは、公演の内容を全く理解していないということである。それは、例えば理性を失った酔っ払いが、本番中に突然奇声を挙げて騒いでいるのと何ら変わらない。
 たしか劇団四季は、公演中に子供が泣き出したら、すぐさま親御さんに声をかけ、客席とは別の小部屋に連れて行って鑑賞をさせる、という方法を取っていた。それは、子供の泣き声が、公演の妨げとなるからに他ならない。上演される作品の台詞、歌、音楽その他の演出、さらには劇場に漂う空気感や世界観などは、どれもクリエイターが丹精を込めて作り上げたものである。そこに、子供がひとたび泣き声を挙げるだけで、その空気感、世界観は一気に失われてしまう。誰もが、ちゃんとお金を払っているそこにいる「お客様」なわけだが、最高のエンターテイメントを提供してくれるカンパニーへのリスペクトは、持ち合わせて然るべきであろう。



 「Corteo」からおよそ五年。東日本大震災による「Kooza」のキャンセルというあまりにも辛い経験を乗り越え、ついに・・・・、
 ついに!シルク・ドゥ・ソレイユが!仙台に帰ってきたぁ!
 シルク・ドゥ・ソレイユ日本公演最新作「OVO」の仙台公演を、先の大型連休の間に観に行った。「OVO」はすでに東京で二回観ていて、その時は『もういいかな・・・・。』なんて思ったものだが、またしても観るチャンスが巡ってきた途端に、どうしようもなく観たい衝動が湧いてきたのだった。初回はひとりで、二度目はクラスメイトと、そして三度目となる今回は、家族(両親、姉、小生)での鑑賞になった。
 ビッグトップが建つ会場のあすと長町は、前回の「Corteo」の時には何もない更地のような場所だった憶えがあるのだが、久しぶりに訪れてみると、数多くの商業施設や住宅、さらには新しい病院なんかも建てられたりして、見違えるほどの発展をしており、まずこれで驚く(どんな視点だ)。
 流石に三度目ともなると、ショーの鑑賞の他にしたいこともなく、開場から劇場の座席につくまではグッズを買うでもなく、フードに舌鼓を打つでもなく、特に何もせずに時間を過ごした。
 今回、私たち一行は、チケットの関係からど真ん中のエリア(D)と、横側のエリア(F)の二組に分かれて鑑賞に臨むこととなった。「OVO」は、「Ants」や「Flying Act」など、真正面から観られることを意識した演目が多くなっている。そのため、やはり真ん中の座席からショーを観るのが断然オススメなわけだが、そのいい席は両親に譲り、姉と私が横から観ることにした。私は前回、前々回と、続けて真正面の座席から観てるので、視点を変えてみたいところもあったのだ。実際、横からでも案外楽しめる。もちろん、見映えでは正面に劣るが、今作いちばんのキチガイ演目「Slackwire」や最終演目の「Wall」などは、横からステージの奥行きを把握して観た方が、なんだか分かりやすいように感じた(特に「Wall」)。
 今作の鑑賞は三回目。内容に変更はないだろうと、タカをくくって復習のつもりで、気負わずに観ていたが、ちょっとまて。演目変わっとるやん!第一部の中盤、「Love Duet」があったところに、新しく「Cerceau」という演目が入っていた。この演目が始まった瞬間の私の混乱をどう伝えたらいいだろうか。ひたすら『なんだこれ?なんだこれ?』と困惑をしていたような・・・・。この演目は、ステージ上空からつり下げられた輪っかを使った空中演舞である。「Quidam」にあったのと同じである。「OVO」は虫の世界を舞台としているだけあって、各演目もいろんな虫たちにあやかったものになっているが、これは、クモが演じているということになるのだろうか。ていうか「OVO」、クモ活躍しすぎでしょ~!
 三度目だから、余計にこう思ってしまうのかもしれないが、やっぱり「OVO」は演目として、ポイントのつかみづらいものが多い気がする。いつ拍手をしたらいいのか、どこがいちばんの見せ場なのかが、本当に分かりづらい。もちろん見た目に派手で分かりやすいものもあって、それは盛り上がるが、演目ごとに観客の熱狂に差がありすぎる。例えば、「Ants」や「Diabolo」は流石の人気だし、「Flying Act」は派手(でも淡々と終わるのがちょっと・・・・)、「Slackwire」は頭がおかしいということで、自然と声援や拍手が湧くが、「Orvalho」や「Creatura」「Acrosport」は、怖いぐらいに盛り上がらない。いや、厳密には「Orvalho」(音楽が素晴らしい)はしっとり系の演目だから劇場がクールダウンするのは決して悪いことではないが、後の二つはなんだかいたたまれない空気になるんだよな。なんでかなあ。私、「Creatura」好きなんだけどなあ・・・・。
 この作品はシルク作品には珍しく、ジメジメしたところもなく、ストーリーも明るく楽しく簡潔なので、賑やかなフィナーレを迎え劇場を後にするときには、なんだかんだで満足感に包まれる。だが、これからの公演期間を考えると、これが本当に最後の鑑賞になりそうだった。なお私は早くも、次はどのショーが日本に来るのかが心から楽しみにしている。そろそろ「VAREKAI」来いよ~!ずっと待ってるんだよ~!


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筆者紹介

シバケン-いかれたNeet-

Author:シバケン-いかれたNeet-
Sex:\(`・ω・´)
Work:堕医学生
Base:新潟死期終焉都市

趣味はお散歩、特技は悪だくみ

筆者結語

日常系赤面ブログ「野良犬の生活」を応援していただきありがとうございました

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長い間ありがとうございました

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