野良犬の生活

部活もバイトもやっていない堕医学生の暮らしを記憶するレポート

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新潟廃墟案内

廃墟に凝っているというクラスメイトに誘われる形で、今日、私も廃墟探訪に行くことになった。
清潔、カラフル、キレイなものが溢れかえる現代社会において、廃墟は人人にすっかり忘れられ、できれば触れたくないような存在になっているのだろうが、
その一方で、その無機質な荒廃の様相にかえって人の息遣いの余香を感じ、廃墟を大変に魅力的なものと位置付ける人種も秘密裏にいて、
廃墟をテーマにした写真集も出版されていることを鑑みるに、どうやらそういう人種の人人は一般社会人が思うよりも多く社会の日蔭に隠れているようだ。
写真集はその背後にブームに乗っかっただけのミーハー愛好家の予感もして、正直素直にその存在を歓迎はできないのだが、
私は「廃墟」という概念を、最初から好きとはいかないまでも、どこか気になる存在としてずっと脳内に保留をしていた。
「廃墟には何もないが、きっと何かがある。」そう考えていた。
そういう意味では、今日廃墟探訪の機会を与えてくれたクラスメイトには密かに感謝をしている。

今日私達が訪れたのは、新潟県某所にある新潟ロシア村だ。
名前の通り、ロシアとの文化交流を目的として建設されたテーマパークである。
1993年のオープン当時はだいぶ話題に上がったようであるが、地方のテーマパークの悲しい運命なのか、次第に客足は減り2004年に閉園したそうだ。
今回訪れたのは、そのロシア村の“残骸”ということになる。

新潟無機終焉都市から車を走らせること約一時間。
何だか心細くなるような田舎道を通って目的地に辿り着いた。
ここまでの道程が実に心細いものだった。
郊外という表現では足りないような田舎町ならどこも同じだろうが、まるでここだけ時間が止ったような風情なのだ。
昭和の時代からまるで変わっていないのでは?と思う程に、流動の気配がしないのだ。
こんな田舎の、山深くなりつつある土地にテーマパークなどを作っても、そりゃ客は入らないだろう。
もっともクラスメイトの談では、ロシア村はオープン当初は「新潟のディズニーランド」だとか言って囃し立てられたそうだが。

新潟ロシア村、正式にはその“跡地”である。
跡地となってしまっているため、現在はそこまでの案内をする看板などはなく、まるで変哲もない山道に入るような形になる。
本当にこの先に、異国情緒漂うテーマパークがあったのか、私達は山菜を採りに来たんじゃないんだぞと疑わざるを得ないような普通の山道である。
そこに車が一台停まっていた。
先客か、いや、それとも管理人か何かだろうか。とにかく警戒をすることにした。
こういう場所で人に会うと面倒な上に、そもそも怖い。
その山道の入り口に車を停めて、ここから先は徒歩で行く。
歩いてすぐにこんなものが見えてきた。

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門である。
かつてはここを通って園内に行ったものだろうが、無論今は開けられる事はないと思われる。
門を飛び越えることもできそうだったが、ここは下のスペースをくぐり抜ける。
これで自分は既に非日常的な世界に足を踏み入れることになるということが実感させられて、ドキドキと不思議な高揚を感じる。
また、ここは廃墟であるが、もしかしたら人間が籠っているかも分からないし、
その特有の雰囲気から、科学では実証されないモノがもしや現れるのではと思わず考えてしまい、
それはもう恐怖でビクビク、周囲の音や気配に敏感になり、路傍のススキに触れるだけで、ひゃうっ!となる始末だった。
周囲360°の方向、自身を取り巻くものすべてに警戒をしながら歩く。
こんなに神経を研ぎ澄ませて行動したのは、中学・高校の部活の合宿等で、女風呂を覗きに行った時以来かもしれない。

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このような山道を歩く。
木も腐れ折れていたり、電柱も色褪せをしてたり、道路のマンホールの蓋が取られていたりと、すでにいかにもな雰囲気なのだ。

何分か歩いて、ついに目的の施設跡地、かつて住民が羨望と期待を抱いていたテーマパークの悲しき残骸が見えてきた。

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おや、と思ったが、その違和感の正体は、建物からいくらか感じられる人の手の痕跡である。
クラスメイト曰く、前来た時に(彼はすでに一回来ている。物好きなやつだ。)あった門がない。撤去され始めている、とのことだ。
確かにそこはかとなく人が入って何某かの作業をした形跡があり、比較的状態の新しいペットボトル飲料や弁当のゴミ、長くつや作業着が散らばっているところを見ると、どうやらオフィシャルな立場の人間が出入りをしていることが窺えた。
いくらか拍子抜けだが、下に停まってあった車を考えると、もしかしたら管理をしている人間が今ここにいるかもしれないので、私達はここさらに警戒を強める。
つまり、ビビった。
だが、ここでもう結末を話してしまうと、ここには私達以外には人っこ一人いなかった。
業者も流石に日曜には仕事をしないだろうし、もしするなら大勢でやって来る筈だ。
廃墟であるから、そもそも訪問者が極端に少ないだろうし、荒らしにくる不良や、肝試しの若者は午前中にやってくる程健康である訳がないし、こんな山深くに居座る浮浪者もいる筈がなかった。

余談であるが、私達は道中で「廃墟女子」とかいないかなーという、振り返るとまったく実のならない話に花を咲かせていた。
私達は、成人をとっくに迎えながらも、未だに男の子男の子している。
要約すると、バカである。
廃墟女子・・・。昨今の「○○女子」という非常に堕落した表現と、これまた昨今の廃墟ブームを考えると、こういう性格を有する女の子はいるのではないだろうか。
その容姿を考えよう!ということになぜかなる車内。
私はきっと帽子を被っていると予想。
そして、廃墟好きということを周囲に隠して、なんだか恥ずかしそうにしている、という内面の理想を語った。
あれ、撫子・・・?


無論このような廃墟女子はいなかった。


さて、園内はまだまだ奥に続いているようだ。
クラスメイトは以前訪れた時には、入口の所しか見ておらず、奥に行くのは初めてで楽しみだという。
物好きなやつだ。

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上図のような通路を通る。
鬱蒼と植物が生い茂り、クモの巣が張り巡らされており、気をつけないと頭部に引っ掛かってしまう。
もちろん気楽には歩けない。常に警戒をしてしまう(自然に警戒をするようになる。)。
小さな虫が飛びまわり、もはやこの場所は人のものではないことを私達に伝える。

こんなものが落ちてあった。

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意外と長い通路を抜けると、そこにはおそらくここがメインの広場であったであろう場所の遺残が。
写真でお楽しみいただこう。

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写真で見ると、ただ壊されて散らかってて汚いだけだが、
実際にこの場にいる時でのみ感じる異様な気持ちは果たしてどう形容したらいいだろうか。
ずっと感じていた警戒や恐怖・かつて来園者が楽しい時間を過ごした園内のすっかり荒れ果てている姿を目の当たりにしたときの喪失感ややるせなさ・自分が異世界に迷い込んだような錯覚と一方で感じる高揚感が混じりあった感情は、どうも私の言葉では言い尽くせない。
また、ここはすっかり廃墟と化しているため、本来なら人がいる訳がないのだが、
それなのにかえって感じられる人の気配があった。
これも先程の形容できない感情と複雑に絡み合ってくる。

ここはかつての新潟ロシア村の残骸なので、
それらしい施設もある。いや、あった。

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私は動物モノに弱い一面があるのか、こういうのを見ると鼻孔の奥のあたりが締め付けられるような感覚に襲われる。

先程も感じたのだが、かつてあったものがないということはやはり寂しいことだ。
ただ物的になくなったという事実のみを受容するのみでなく、
かつてこの施設に満たされていた期待、羨望、夢、思い出、楽しい時間などの残り香が自然と感じられて寂しいのだ。

最後に覗いてみたのは、おそらくこのテーマパークのシンボルだっただろう、今は名もなき教会である。

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来園者は、この教会に入って何を考え、どんな話をしたのだろう。
時を超えて訪れた私は、見るに堪えない姿に何も考えることができなかった。

「なんか、な。」
クラスメイトには一言だけ呟いておいた。




廃墟というものを初めて訪問したが、なんなんだろうこの気持ちは。
スリルがあって楽しかったのは事実である。
だが私の心を埋める感想はそれだけではない。

華やかで清潔でキレイなものは確かに魅力的で賑やかで楽しいのだが、どこか私には味気ない。
廃墟は壊され汚く散らかってて、寂しく荒んでいるが、かつては確かに華やかな時代があった。
そういったものが気配として残っている。
廃墟となった以上、ここは施設の業界では負け犬である。
だが、負け犬となったことで感じることのできる奥行きや深さがある。
物事の“酸い”がある。
賑やかで楽しいものもいいけど、世界はそれだけでできているんじゃないんだよ。
廃墟に惹かれる人達は、きっとこのような世界を大事にできる人達なんじゃないかしら。



なお、山道入口に停まっていた車は戻ってくるといなくなっていた。










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  1. 2013/09/29(日) 19:54:32|
  2. 旅行記
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津軽 六、新青森

覚醒。
はいはいまた五時半辺りなんでしょうと予測をして時計を見る。あたり!
楽しい旅行の最中だったらまだいいんだけど、実家で暮らしている時にこんなに早く目を覚ますのは正直やめてほしい。
やめてほしいと言っても、こういう設定にしているのは他ならぬ自分の身体なのだから仕方がない。
布団の中でうだうだしているのもなんだから、この日もこの時間から行動を始める。
せっかくだから朝のベイエリアでも散歩しに行こう。


宿舎から歩いてすぐ、朝日を浴びるアスパム。とてもユニークな外見をしている。

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アスパムの後方には青い森公園がある。
初日にナイト・ウォーキングをしたところだが、ここは朝の方が散歩にはいいんじゃないかと思っていた。
この公園は本当に羨ましい。自宅の近くにもこういうのがあればいいのに。
自宅のすぐ近くに海はあるのだが、個人的には散歩する用に舗装をしてほしい。
味気のなく歩きづらい砂浜があるのみであるし、近くには車がたくさん通る道路もあって、騒騒しいうえに結構危ないのだ。
そこを行くと、この青い森公園みたいなのは舗装されているし、海に近接しているし、小休止のためのベンチもあるし、チャリも安全に通れるほど広いし、騒騒しい車道が近くにないし、実に散歩に打ってつけなのだ。
そのためか、青森市民も散歩やランニング、はたまた釣りや太極拳(←)など、思い思いに気楽にこの公園を利用していた。

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青い森公園から見る海。
浜風にあたりながら静かに海を眺めていると、まるで時間は幾らでもあるような気になる。
旅行で訪れている場所とは思えないほど、リラックスした状態になる。

青い森公園から、桟橋・ラブリッジを渡ってA-FACTORYの方へ。
せっかくなので、朝のベイブリッジにも上ってみることにした。

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正式名称は未だ分からないが、この大きな柱は、夜のライトアップされた姿もいいが、朝日を浴びただけのすっぴんも潔くていい。
朝の空気の中で高い所を歩くのは気持ちがいい。車の音はうるさいが、それを気にするよりも、爽快な景色を楽しもうという気になる。

ベイブリッジ上から見下ろす八甲田丸
初めてこれを見た時は、おお、これがあの八甲田丸かと思ったものだが、ここまでくると、その八甲田丸さえ風景の一部だと感じる。そこまでこの光景が目に馴染んだということだろう。

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ベイブリッジを降りて、宿舎へ引き返すルートに乗る。
その途中にある、ねぶたの館 ワ・ラッセ

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私は結局この施設には行かなかったが、個性的な見た目のインパクトが強い。
今夏のねぶた祭りでも活躍したねぶたが展示されているようである。
ねぶた祭り。これも一度は見てみたい。

宿舎に戻ってきたが、旅先での早朝散歩はやはりいい習慣だと思う。
ランニングでもいいのだが、とにかく自分の足でしっかりと歩いてみる方が、その街の表情がよく見えてくるような気がするのだ。

その他一般的な朝の習慣については流石に記録する必要はないと思われるので省略する。
宿舎を出るので軽く清掃をする。
中学・高校と、部活の遠征・合宿・大会等で、多くの宿に滞在をしてきたが、
その時に授かった部活動の教えとして守ってきたものに「来たときよりも美しく」というのがある。
実際に言葉通りのようにするのは無理なことだと思うが、大事なのは心意気である。
精一杯自分達も掃除や整理をするように励むのだ。

今日は15:00少し前に弘前駅を発つ列車に乗って秋田に帰らなければならない。
振り返ってみると、楽しい時間が過ぎるのは本当に早い。
その電車の時間までは結構間があるから、それまでどこに行くかを昨夜から考えていたが、
結局朝一で、まず青森県立美術館に行くことに決めた。
浅虫水族館と迷ったが、水族館にオープンから入場し、ひとりでイルカショーを見ている私の図を想像すると、大変に心細い感じなので、今回は見送ろうと思ったのだ。

青森県立美術館だが最寄りは新青森駅である。
新青森駅は青森駅のすぐ隣にあるので、なんだすぐ行けるじゃんと思って悠悠と青森駅に向かうと、
なんと次の電車まで30分待ち。
意外と本数が少ないんだな。
とりあえず待ってる間に青森駅構内にある「駅の駅」に寄ってみた。
なんだったら家族へのお土産を買ってしまおうと店内を見て回るが、
青い森鉄道鉄道むすめグッズに思わず目が行ってしまう。
ここ青い森鉄道には、八戸ときえという鉄道むすめがいるみたいだ。

http://tetsudou-musume.net/contents/chara/chara.php?cid=PL08
↑鉄道むすめ公式サイトより、八戸ときえのプロフィール

彼女のフィギュアなどもあって、そのグッズ展開っぷりには驚いた。
地方の企業・自治体でも、このようなキャラクターで売出しをする所が最近急増している。
やはり金は落ちるんだろうな。
私はこの方面に理解を示す、というか金を落す側の人間であるが、それでも流石にこの方法の氾濫には顔をしかめずにはいられない。

記念にフィギュアでも買おうかと考えたが、それは見送る。
家族へのお土産を購入。ねぶた漬
この時の私は、ここで購入したねぶた漬と全く同じものが、田舎のスーパーで普通に売っている事を知らないので幸福である。

さて、ここまでいろいろありながらも、電車に乗って無事新青森駅に到着なのである。
新青森駅といったら、東北新幹線が開通しており、この辺り一帯の交通の一拠点となっている。
チャンスがあればE5系「はやぶさ」の写真でも撮りたいなと思うが、その機会は今回の旅では訪れることはなかった。嗚呼。
新青森駅から目的地の青森県立美術館まで行く方法として、青森観光バスが運営する シャトルdeルートバス「ねぶたん号」を利用しようと考えていた。
このバス路線、名前はあまりセンスがないが、青森市内の名所や市街地を循環するもので、運賃は一回乗車で200YENとお得な感じなのだ。
弘前市における土手町循環バスに類したものと思ってくれればいい。
早速バス停に行ってみて、時刻表を確認してみると・・・、

一時間待ち。
なん・・・だと・・・?
弘前の循環バスと違って、なんと時間の融通が利かないことよ。
これは悠長に待っていたら後後自由時間がなくなるパターンである。
しょうがないのでタクシーを使う。タクシーは金銭的問題から旅行ではあまり使いたくないのだが、金よりも時間が大切。背に腹はかえられない。
余談だが、タクシーの運転手は大変穏やかに話してくれた。タクシーの運転手とひとり旅行先で会話するのはこれが初めてである。
一般的には大したことのない出来事であるが、私の場合だとそうはいかない。
私もまだまだ世間と関わることのできる部分が残っているのだなと何やら一安心したような気分だった。


散在の車は、私を青森県立美術館まで運び、降ろす。

CIMG0922.jpg

青森県立美術館。
外装もシンプルながら、洗練されててお洒落な感じなのだ。
この美術館はユニークなところがあって、入口が複数箇所あるようだった。
中も白を基調としたシンプルなデザイン。
総合窓口で親切丁寧な案内をうけて、言われるがままエレベーターに乗る。
このエレベーターでは階の選択はできず、乗ったら勝手に上に昇るか、下に降りるかのどちらかの動きをする。
往きの場合は、展示室が地下にあるので下の方向に動く。
降りて行くにつれて照明もほの暗くなり、雰囲気を演出する。ハイセンス。

特別展示も開催されていたので、常設展示の観覧料と合わせて購入。
さっきのタクシーでの出費が財布の中に大きなダメージを与えていることを確認して、少し陰鬱とした気持ちになる。
私はお金が大好きなので、もし金が無い状態に陥ると、一気に心も荒んでしまうのである。小さい男である。

まず入るのは、今回楽しみにしていた「アレコホール
個人的な目玉にいきなりお目にかかれて、出鼻をくじかれた。
この巨大なホールに展示されているのは、ロシアの画家シャガールが描いた、バレエ「アレコ」の舞台背景画の中の、第一幕、第二幕、第四幕の三点だ。
画が幕に描かれてあるので、一枚一枚が巨大で見上げると圧倒される。
いや、むしろ画に吸い込まれるという感覚だろうか。
幻想的な画の内容も、この吸い込まれるような感覚を手助けする。
私はシャガールを知らない。「アレコ」を知らない。
だが、この画は好きになった。
アレコホールには椅子(これまた芸術的なデザイン)が置かれてあるので、腰かけてゆっくりと鑑賞できる。
初っ端から結構な時間をこの空間で過ごした。
この後に特別展示、常設展示を観て回った後にも、再びこのホールに戻って来て、また椅子に座って画を長い間眺めた。
何が有名な絵なのか、何が価値があるのか、といったような知識教養は私は持ち合わせていないので、
美術館を回ってみて、好きな作品が見つかったら、飽きるまで眺める、というのが自分に合った鑑賞方法だと思う。

さてこの日行われていた特別展示は、
「横尾忠則の「昭和 NIPPON」-反復・連鎖・転移」
というものだった。
恥ずかしながら、私は横尾忠則がどういう人物なのかが分かっていなかったのだが、
せっかくだから・・・、という実に消極的な気持ちをもってして、鑑賞することに決めた。
ポスターを見る限りでは、アバンギャルドな作品を展示していそうだけど、とにかく入ってみる。
感想。なんだこれは。
好きか嫌いかとかそういう事ではない。なんだこれは。
横尾忠則の作風は一貫していないので、どうしても掴みきれない。
不気味で、かつ悪趣味ではある。
だが、ここにおいては、最近多くの人が守ろうとヒステリックになっている「健全」というものがまるで中身のない幽霊のようなものに感じた。
陰惨醜悪怪奇」をはじめとする、近頃急速に排除されている感情を刺激する作品の数数に顔をしかめながらも、どこか惹かれてしまう。
多くの人が考えたくないもの、隠したいものを見とおすことのできる目を持つ者がいたら、おそらくその人はこのような光景を見ているのだろう。

特別展示を鑑賞して、沈黙しながらも内心は軽く昂奮しているという奇妙な状態で、今度は常設展示室に向かう。
ここには青森にゆかりのある奈良美智棟方志功の作品が展示されてある。
ニュー・ソウルハウス」から奈良美智作の「あおもり犬」が見えて驚く。どうやらこの作品は美術館の外から近くに行けるみたいだ。あとで行ってみようと思う。
驚いたことに、ウルトラマンのデザインをした成田亨さんのスケッチが展示されてあった。
全く知らなかったが、成田さんは青森市出身ということだった。
密かに楽しみにしていた寺山修司のコーナーは特別展との兼ね合いのため現在は展示されておらず、残念に思った。


展示を十分に堪能した私は美術館を出て、あおもり犬の所に向かう。
美術館近くから連絡通路が出ていて、案内もあるので、迷う事はない。


奈良美智作「あおもり犬

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デカイ。
何かの機会にこの作品を目にした読者もいるのではないか。
アレコホールと並ぶ、ここの目玉の一つである。
奈良美智は犬をモチーフにした作品を多く作っていて、野良犬としてはシンパシーを抱かざるを得ない。
あおもり犬は屋外のスペースにおかれていて、美術館内からも眺めることはできるのだが、
こうして外に出て、作品に間近に迫ったり、ぺたぺたと触ったりすることが出来る。

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顔。デカイ。
のっぺりしながらも、中中愛嬌のある顔ではないか。

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首。細い。

CIMG0928.jpg

顎。デカイ。


アレコホールにあおもり犬。また、特別展示にその他の作品。
憧れの青森県立美術館を満喫した。
旅行で美術館を訪れるのは自身初の経験だが、これも案外いいものだ。


さて、それでは駅に戻ろうか。
最寄りのバス停に行き、時刻表を確認する。
30分待ち。またこれか。




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では、失敬。

  1. 2013/09/28(土) 20:29:02|
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ファンダフル・ディズニー メンバー限定パーティーに行ってきた

九月下旬某日、東京ディズニーシー(以下「TDS」)内のブロードウェイ・ミュージックシアターで期間開催されているファンダフル・ディズニー メンバー限定パーティーに行ってきた。
当初は22才の夏休み最後の大きなイベントとして計画していたため、来場日を平日にして申し込んだのだが、
休暇明けの実習の配属先の関係でこの日の前に新学期は始まることになり、結果、この日は学校を休んでインパークすることになってしまった。
こんなに整理されていない気持ちでインパークしたのは初めてである。

ファンダフル・ディズニーのメンバー限定パーティーは去年も観に行った。
去年のショーは、様様なディズニーの世界を巡る、実にワン・マンズ・ドリーム的な構成だったので、
今年はどんなものになるだろうと軽く予想してみるも思い浮かばない。
今年は、記念すべき東京ディズニーリゾート(以下「TDR」、本来は「東京ディズニーランドの」という言い方のほうが正しいのだろうが。)の開園30周年のアニバーサリー・イヤーなので、おそらくこれは絡めてくるだろうと思っていた。

そういえば、今年のパーティーは座席が抽選で指定されるような運びになっていた。
去年は自由だったが、やはり指定していた方が案内がスムーズに行えるのだろう。
私達(私とクラスメイト、計六人。私は友人は少ないのだが、どうやら呼ぶと集まるぐらいの人望はまだ残されてあるみたいだ。)は前から12列目の座席を指定された。
私個人としてこの劇場には何回も訪れているが、こんなに前の席に座るのは初めてのことだった。


開演。
ストーリーのあらすじを軽く紹介しておくと、
プルートが隠し持っていた懐かしい衣装をミッキーが発見。
せっかくなので、この衣装を使って当時を再現してみようと試みる。


犬(あ、私のことです。)「え・・・、当時を再現?」

そして流れてくる音楽
♪テーテレッテテッテテッテレ(テテッ!)テレレテーレ(テテッ!)テレレテーレ・・・

まさかの初手「キッズ・オブ・キングダム」

キッズ・オブ・キングダム・・・。年季の入ったディズニー・ファンでやっと分かるという程の超懐かしショー。
今は無きスモールワールド・ステージで、東京ディズニーランド(以下「TDL」)が開園した1983年4月15日から1984年の7月まで上演されていた。
もちろん当時私は生まれていないので、このショーを観た事はなく、文献や映像資料や音源を通してこのショーの存在を認知していたのだが、
まさかこの時代に園内で、しかも公式のショーでこの音楽が聴けるとは!
衣装も当時のものを模倣している。(袖の色が違った。)

これを皮切りにステージでは超懐かしいイベントやショーを次次に再現していく。
オールド・ファンの私歓喜。

TDL 5thアニバーサリー ディズニー・クラシックス・オン・パレード」の音楽が流れ、ひとしきりダンスを披露してくれたと思ったら、
今度は、聞き覚えがあり、私も思い入れの深いあのイントロが流れる。
TDL 10thアニバーサリー イッツ・マジカル!
TDLの10thアニバーサリーといったら、私が生まれて初めてインパークした年に開催されていた、おそらくTDLアニバーサリーイベントの至高。
音楽もかっこいいし、何よりもキャッスルショー「イッツ・マジカル!」が素晴らしい内容なので、とても気に入っていたのだが、これもまさかこの時代にもう一度園内で聴けるとは思わなかった。
ショーに出演していたミッキー・ソルジャーやフラワーのダンサーさんもステージに登場。
この衣装を丁寧にも保管していたということに感動である。
このセクションではショーの音楽をうまいこと編集して、ハケるときの音楽まで再現する。
このハケるときの音楽がまたかっこいいんだ。
ちなみに、イントロが流れた瞬間から、私は「うおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」となって、思わず昂ぶる感情を声に出してしまいました。
うるさくしてごめんなさい。でも思わず感情がお漏らししてしまうほどに感激するものなのですよこれは。
この日に実際に観て聴いた「イッツ・マジカル!」は、ディズニーからのささやかな私への贈り物だったように思える。

10thをやるなら・・・という私の予想、というか願望は実現した。
TDL 15thアニバーサリー グランド・フィナーレ“カリエンテ!カリエンテ!”~ディズニー・カーニバル
15thも私は好きだ。
王国史上最大のカーニバル」という一貫したコンセプトの下に、様様なショーやパレードが催され、とにかく盛り上がろう!ととてもゴキゲンな感じだった。
もちろんイントロから「うおおおおおおおお!!!!」と恥ずかしげもなく興奮を音声で表現する私。
さぞ迷惑だったろう。

なおここから私は各セクションのイントロが流れる度に「うおおおおおおおおお!!!!!」だの「懐かしいーーーー!!!!!」だの喚き散らすので、この事実はここに記録しておき、これ以下では一切触れないことにする。


ここで小休止。会話パート。
プルートとグーフィーの犬コンビが「いろいろなダンスがあったね。」と懐かしみ合う。
まさしく“小”休止。すぐさま次セクションへ。
キーワードは「ダンス」
まさか・・・?
この時点で鳥肌。

2000年 スーパー・ダンシン・マニア クラブ・ディズニー~ミッキー・マウス・マーチ(ユーロビートVer.) 」

はいきた。
2000年は個人的には印象深い年だった。
このビッグ・イベントが開催されていたこともあるが、たぶん一年で一番多くインパークした年で、この辺りから私は本格的にディズニー研究を始めた筈だ。
だからこれが再現されるのを観るのは感慨深い。
私はショーのダンスを覚えたいとは全く思わない人種である上に、この時の私はまだ小学生だったこともあり、当時一大センセーションを巻き起こした「ミッキー・マウス・マーチ(ユーロビートVer.)」の振りつけについてはまるで心得がない。
だがこの日の会場には、この時代になっても完璧に踊れるゲストもいて、これには脱帽だ。
だって10年前のイベントのダンスだもんな。よく覚えてるなと感心した。
ショーのダンスは知識がなくともパーク通ったり自分で練習すれば覚えるものなので、たいしてすごいことでもないが、流石にこの振りに至っては素直に称賛せざるを得ない。

あれ?2000年?
となると「ミッキー・マニア(1995年4月15日~10月31日)」と「ドナルド・ワッキーキングダム(1999年4月15日~10月15日)」はやらないのね。残念。


そして、ステージは炎を思わせる照明や舞台装置が設置される。
2003~2005 ブレイジング・リズム
で一旦TDL篇は締め。

ショーの中でもTDSがオープン。
2001年9月4日~2006年4月4日 ポルト・パラディーゾ・ウォーターカーニバル
すごい懐かしいぞ。
ミッキー、ミニー、ドナルド、グーフィー、プルートの所謂「ビッグ5」も面面も当時の懐かしい衣装で登場。
この劇場にこの衣装を着たビッグ5がいる。すごい光景である。
他の四人(?)は別としても、この衣装のミッキーが陸に上がってこんなにゲストの近くにいたことがあったろうか。
近くの通路にプルートが来てくれてそこで踊る。
犬とは思えないほどのキレッキレのダンスごちそうさまでした。

そしてショーは
2004~2006年 ディズニー・リズム・オブ・ワールド
2007~2010年 ボンファイアーダンス
と続く。

こうやってパークのショーの現在に至るまでの変遷をみてみると、
なんとなくだが、かつての「ディズニー提示型・・・ディズニーが魅せたいものをやる。それをゲストはどう感じるだろうか、という型」から、「ライブ型・・・ディズニーはゲストが楽しくなることを考え、ゲストもショーに直接的に参加させる型」に移行しているように見える。
ライブ型のショーが主流になったことは、最近になってちょっと熱の入れ方が変なマニアが目立つようになったのと関係があるかもしれない。

そして25thアニバーサリーの服を着たミッキーが登場。
20th・25thがフィーチャーされなかった理由はなんだろうか。
確かに5th・10th・15thと比べてしまうと、印象的な音楽はあまりないのは事実である。

ミッキーはすぐさま舞台袖にハケた(衣装くらいはもう少しお披露目してほしかったぞ。)と思ったら、
今度は記憶に新しい
TDS 10thアニバーサリー ビー・マジカル!」の衣装を着て再び登場。
当然のように私達ゲストと例のおまじないをかける。

おまじないをかけたら・・・。
そう、TDRの30thアニバーサリーだ。構成が上手いと唸るばかりである。
なるほど、これらのイベントをやってきて、ついに迎えた30周年ということなんだろうな。
歴史を改めて振り返ってみると感慨深い。


ところで、このショーだが、
なぜかチップ&デールが一瞬たりとも登場しなかった。
なんでだ?
チップ&デールは「イッツ・マジカル!」のように、ビッグ5に加えてよく「ビッグ7」と言われたものだが、
一瞬も出ないのは不自然だった。
その代わりということなのか、フィナーレではデイジーがビッグ5と並び立っていたが、
デイジーは日本人のゲストが好きなカップリング路線に応えるように、最近になって前に出始めたので、
まだまだ周囲の仲間達と比べると、いささか格落ちしてしまう所がある。
私はデイジーのキャラクターは嫌いではないので、まあ今後に期待ということだろう。
しかし、チップ&デールについては不思議だ。


だが、それを抜きにしても、
今年のパーティーは私の好みを極秘リサーチして構成・演出したのではないか?と思うほどの満足度を得ることが出来た。

本当にこの時代に、あの名曲が聴けるとは夢にも思わなかった。
いや、夢みてはいたのだが。










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  1. 2013/09/27(金) 20:29:19|
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過去の赤面レポートを読み返してみてふと思ったんだけど

最近悩んでいる事がある。

私は、誤字脱字がないか探してみたり、文章や表現が適切かどうかを再確認する目的で、
ちょくちょく自分が作成した赤面レポートを読み返したりしている。
で、近頃いくつかのレポートを読み返して思ったんだけど、

私のレポート、長すぎないか?

とりわけ最近書いたやつ。長くて読み返す気なくなるよ。
「津軽」シリーズなんか特にそうだ。
記録しておきたいものがたくさんあるのは分かるんだけどさ、もうちょっとなんとかならなかったのかな。
書いてる時はそういう事はあまり感じないんだけど、改めて読んでみるとなると話は別だな。

それに、この赤面ブログに迷いこむ読者は結構いるみたいだけど、
果たして読者たちは、自分が書いたレポートをどこまで読んでくれているのだろう・・・?
こんな長い文章、読む気になるのかな?
バナーを介してトータルにつながると私のランクも上がるから、そうしてくれるのはすごい嬉しいけど、
ここに迷いこんでバナー押してくれるけどレポートは読まないで、はい、さようならじゃ本末転倒だと思うのだ。
一応考えて文章をつくっているつもりだし、時間も体力も使って書いているものだから、
できれば読んでくれてたらいいよなーって。

文章が長くなる理由は、たぶん自分の余談好きと持って回る言い回しかな。
だけど、最近辿りついたこのスタイルは結構自分に合ってると思うんだよな。
確かに読む気が失せるし、書くのも時間がかかるし、それなりに体力使うけど、
やっと自分のかたちが固まり始めたのも正直大きい。
二律背反。あちらを立てればこちらが立たず。
どうしよう。あまり気にすることはないのかな。





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  1. 2013/09/26(木) 20:31:41|
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津軽 五、弘前

自身初の白神山地探検を心地よい疲労感をもって終えて弘前駅に戻ってきた。

いきなり話が変わって恐縮だが、実はこの日は夜に青森市のシンボルである複合商業施設アスパムに行きたかった。家族へのお土産を買っておこうと思っていたのだ。
アスパム内の土産屋の閉店時間もあるから、弘前から青森へ向かう電車で、この時間に十分間に合う便を一つ調べておいた。
だが、こうして白神山地から戻ってみると、イメージしていたよりもその電車まで大幅に時間が余っている。
おやおやと思った私は、明日にでも回そうかと思っていた弘前観光を、もうこの時間にしてしまおうと考えた。
さて、そうすると、どこに行こうかしら・・・?
候補は色色とあったが、まずは弘前城に向かうことにした。
しつこいようだが、引き続き太宰治作品を参照してみると、太宰は弘前城を「津軽人の魂の拠りどころ(『津軽』より)」と評している。
どうも大風呂敷を広げたような表現だなと思ったが、太宰がそこまで言うなら行ってみないわけにはあるまい。
昨日も利用した土手町循環バスで弘前城(弘前公園と言った方が正しいかもしれない。)へ。
市役所前バス停を降りる。
ここから歩いてすぐの所に、弘前公園の出入り口の一つである、追手門がある。
追手門(他にも東門、北門などがある。)というものがあると、昔はここに城があったんだなということが感じられる。
弘前市街地の各町の名前も、城下町の名残がみられる。
そう言えば、このエリアには追手門広場があって弘前観光の一拠点になっているはずだ。
明治時代の洋館もあるので、後でここにも行ってみようと思った。

追手門をくぐり、弘前公園に入る。
そう言えば大阪城なんかもそうだったけど、こういう城の周りに良質な散歩道があるのは羨ましい。
いや、この際城があるかないかは大して問題ではないが、こういう市民が集まる公園があるのはいいことだ。
私の生活拠点には白山公園という大きな公園がある。
歩くたびに少しずつ違っているように思われて、決して悪くはないのだが、さすがに最近通い慣れてきている節もある。
振り返ってみると、初めて歩く道は楽しいものであり、歩いているその時はそれをとても羨ましく思うのであって、
もしその道そのままが自分の住んでいる町にあって日常的に散歩していたら、現在の白山公園に向けたような気持ちを抱くに違いない。
隣の芝はなんとやら、だ。
こう考えてみると、旅行先での散歩と、現住所でする散歩とではどこか違う所があるのかもしれない。
違いがあるとしたら“習慣化”しているかどうかという事だろうか。
前者は楽しい。初めての道、初めての景色。楽しくないわけがない。
初めてというのは、自分にとっては新しいということでもある。
旅行先での散歩はこれまでになかった新しい記憶を頭に記録するところがその魅力なのではないか。
後者は、まあ少しは楽しく思うこともあるが、毎朝歯磨きをするみたいに習慣化されているので、
行楽いうよりはどこか自身にとって哲学的な意味があるんじゃないかと思う。
こういう普段の散歩、何回も歩いている道で何か新しい考えが生まれたという経験が、読者諸君にもあるんじゃなかろうか。
思うに前者は記憶する、学習するといったものが前面に出るが、後者はそれを活用する、出すといったものがその意義の核にありそうである。
前者はinputで後者はoutputである。

おっとっと、いつの間にか稚拙な思索に耽ってしまった。これはどうもよくない。
この弘前公園は市民たちも散歩やランニングはたまた通学路としても使っているみたいだ。
道幅も広く、植物もたくさんあって感じのいい所だ。
弘前公園と言えば桜の見事なことで全国的に有名である。
小説家の田山花袋“桜の頃の弘前公園は、日本一”とお墨付きを与えたという。
季節的に桜は完全に葉になっていたが、確かにそのシーズンだとそれはもう素晴らしい景観に違いないと思った。
人混みが大変だろうが、一回は観に行きたいものだ。
しかし、いくら歩いても、弘前城の天守閣が一向に姿を現せない。
そう言えばバスでこの辺りを走っているときも天守閣はちらりともその影を見せなかった。
大阪城や名古屋城なんかは道路を走っている時でも見えたはずだが。
なんてことを考え考え歩いていたら、ついに天守閣が出てきた。


CIMG0837.jpg

小さい。
写真ではその縮尺は分からないと思うが、弘前城の天守閣は予想よりも小さくあまり迫力は感じられない。
なるほど、公園の外からは見えない理由はここにあったか。
これがあの“津軽人の魂の拠りどころ”なのか?とんだ拍子抜けである。
どうやら奥は有料のようで、そうすると城の内部に入ることができそうであったが、
なんとなく興ざめしたような気持ちになって、ここで時間やお金を使ってもしょうがないと思い、
これまで歩いてきた道を引き返すことにした。
私には、弘前城を見たという事実以外は何も残っていない。

弘前公園で心地よい歩行を体験して、再び市役所前エリアに戻ってきた。
まだまだ時間にも余裕があるので、今度は追手門広場の洋館を見学することにした。
まずは旧弘前市立図書館だ。

CIMG0839.jpg

私は建築を観るのが好きというだけで、この方面の知識は全くないのだが、
この建物は堀江佐吉(太宰治の生家の設計も担当した津軽の名匠)らにより、1906(明治39)年に建造されたものである。
白を基調としながら、赤色の屋根や深緑色のラインや八角形の双塔がかわいらしい。

CIMG0844.jpg

ここだけを見ても相当作り込まれているのがわかる。

CIMG0845.jpg

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以前何かのレポートで言っていたかもしれないが、私は洋館を散策する中で、とりわけ階段周りの意匠に注目をする。
なぜかは自分でもよく判らないが、階段の佇まいというものに魅かれる性質なのだろう。
建物内部はファイアーキングのマグカップを連想させるジェダイカラーが取り入れられていてお洒落だ。

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八角形の塔には婦人閲覧室というものがある。
今で言う所の、女性専用車両みたいなものだろうか。
この時代は図書館の部屋にも男女の区別しているのかと、少し驚いた。


次はその隣にある旧東奥義塾外人教師館を見学する。
東奥義塾というのは、青森県初の私立学校のことで、これはその学校の外国人教師の住居として使われたものである。
1900(明治33)年の建築だそうだ。

CIMG0864.jpg

しかし、なんでどの洋館もこんなに美しく色を組み合わせるのに成功しているのだろう。
美しくてかわいくてそれでいて親しみやすい。

CIMG0867.jpg

現在この建物はただの名所というだけでなく、一階ではカフェとしても利用されている。

もはや恒例。野良犬の階段チェック。
こういった、重厚感のあるシックなデザインもいい。

CIMG0872.jpg


CIMG0897.jpg

CIMG0895.jpg

CIMG0902.jpg


見学できる二階は外国人教師の家族の暮らしぶりが窺える。
ここまでのレベルにこだわる気はないが、実は私もこんな感じの家に住みたいと夢みている。
洋館探訪は、自分の場合のための参考という意味合いもある。

CIMG0876.jpg

CIMG0878.jpg

CIMG0881.jpg

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さて、二つの洋館を見学できてほくほくしている私だったが、
なんと!ここに至っても、まだまだ電車まで時間がある。
時間があるため、私は行けないだろうと半ば諦めていたある場所に行ってみることにした。
例の循環バスがあまりに出来過ぎなタイミングで来たのですぐさま乗り込んだ。
程なく文化センター前バス停で降りて、少し歩く。
この辺りは道が分かりづらい。
ここまで来ると観光地というより、ほとんど住宅地と言ってもいい位である。
旅行でこういう住宅地を歩くのは初めてではないが、なんとなく毎回不安を感じながら歩いている。
この辺りではないかと思う所で、子供達の声が聞こえる。幼稚園があるみたいだった。
マズイ!子供達にこんな馬の骨の姿を見せることはできない!と思い、ササササと歩くが、
その幼稚園のすぐ隣に、私の目的地があった。
カトリック弘前教会
(子供達とその親御さんがいたので、不審に思われたくないから外見の写真は撮っていない。)
まず勘違いしてほしくないが、私はキリスト教徒ではない。
むしろ生活の仕方としては仏教側に立つ人間である。
じゃあ、こんな男がどうして教会に?と不思議に思うだろうが、やはりここでも私は建築に興味が出ていたのだ。
この教会は1910(明治43)年に、堀江佐吉の弟・横山常吉が建築したのだそうだ。
では、中を見学してみよう。
幸い(?)中には、案内者やガイドといった人はいなく、見学者は自由に入る事が出来る。
こういう宗教的な建築物はできれば一人で静かに見てみたかったのだ。


CIMG0916.jpg

CIMG0914.jpg

私はキリスト教を信仰している訳ではないが、こういうものをしんとした場所でひとりで眺めていると、どこか自分の敬虔な気持ちの持ち主であるように感じる。
私も案外ちょろい奴だ。意外と宗教にのめり込みやすい人種なのかもしれないな。

CIMG0915.jpg

CIMG0918.jpg

ステンドグラスが西日を受けてキラキラ輝いて、それはもうキレイだった。
この教会の見どころとしてこのステンドグラスが挙げられそうだが、その中の一枚を見てみると、


CIMG0911.jpg

岩木山リンゴ津軽三味線など、津軽地方を連想させる珍しい趣向となっているのだ。
また、建築デザイン的にもう一つ特徴的なものを挙げるとすれば、一枚目の写真でもちらりと写っているが、


CIMG0913.jpg

畳なのだ。
私は出発前に調べて知っていたのだが、このユニークなものを実際に見てみたかったのだ。
本当は、時間が無いだろうと思われ、見学するのは諦めていたのだが、今回予想外に時間が余って結果、見学することができたのは嬉しかった。

さて教会を後にすると、時間がだいぶいい具合に経過していたので、そろそろ駅に向かうことにする。
最寄りである文化センター前バス停に行くと、これまた絶妙なタイミングでバスがやってきた。
循環バスはこういう時間の小回りがきくので、今回の観光に大変重宝した。


なんやかんやで青森駅に戻ってきた。
一旦宿舎に返って荷物を部屋に置いた後、身軽な格好でアスパムに行く。
家族へのお土産を買うためだ。私は外見上は親孝行者である。
この話はする必要は全くないと思うが、私の親は全国各地の「ご当地キューピー」なるものを集めている。
これはその名の通り、キューピー人形が各地の名産や名所、ゆかりのある人物のコスプレをしている小さなマスコットである。確かにかわいい。
私は集めていないが、割と家族の中でも出歩く方なので、その度にその土地のキューピーを買ってくるようにと親から頼まれるのだ。
このような伝で、アスパムで探すのもキューピー人形だ。
確か青森県のキューピーは親も数種類所有していた筈だ。
となると、何か新作があればそれを買っていけばいいだろうと思ってみてみたが、どこを探してもない。
ない。ない。
参ったなあ。でもないんだからしょうがない。明日また弘前駅に行くから、駅ビルのお土産屋にでも行ってみればいいや。
結局アスパムでは何も買わなかった。

さて、買い物も済んだ(何も買っていないが)ので、夕食でも食べますか。
当初は、駅前にあった安い寿司屋にでも行こうかと考えていたが、日中母親からのメール(母親は私の旅行中に頻繁にメールを送ってくる。)で思い出し、とある青森名物を食べに行くことに決めた。
駅からあるいて約10-15分くらい。
味の札幌大西
もしかしたら一部の人はもう分かったかもしれないが、
私は今夜の夕食に、青森名物味噌カレー牛乳らーめんを選んだ。
味噌カレー牛乳らーめん・・・。昇天ペガサスMIX盛り的発想の料理だ。
名前のインパクトはあまりにも強いが、実際どんな味なのかはまるで想像がつかない。

店は普通の食堂といった雰囲気。
私の生活拠点・新潟無機終焉都市はらーめん激戦区で、らーめんの地位向上だとか、革命を起こすだとか言って、
らーめんそのものを工夫(王道とだいぶかけ離れて行くような工夫である。でも確かにこれはこれでおいしい。)したり、店の面構えをファッショナブルにするところがあったりするが、私はそういうギラギラした野心的なのは飲食店としては少し苦手で、できれば住民が普段遣いするような、善良な庶民の顔をした店の方が好みである。
そういう意味ではこの店は私の好みの表情と、完全とまではいかなくとも、だいぶ合致していた。

さて肝心の味噌カレー牛乳らーめんであるが、
大変に描写しづらく、不思議な味だった。
味噌の風味もするし、カレーのスパイシーな所も現れ、かと思ったら牛乳のクリーミーなテイストが出てきて、もう訳わからん!
でもおいしかった、これだけは言えるのだが、それでも終盤になると少し飽きが来る。
調子に乗って大盛りを頼んだのがいけなかったのだろうが、最後の方は食べるのがちょっと辛くなるという、実に本末転倒なことになってしまった。
食べ終わると、嘔気がする。
全くこれは自業自得である。食事は腹八分目にするのがいいということをすっかり忘れてしまっていた。

余談だが、注文をして品物がくるのを待っている間、
私が来店した時かららーめんを食べていた男が食べ終わって勘定を払う際、店の人に
「この店は観光客とかも来るんですか?自分、仙台から来たんですけど。」
と言っていた。
これはいけない。
この男、私と同じくひとりで青森に旅行をしに来ていると見えるが、その事実を自分から言うなど図図しい事はしてはいけない。
この男は地元の人と会話ができて誇らしく思っているのだろうが、実際にはただ旅行者アピールをしてチヤホヤされたかっただけに過ぎない。ー少なくとも私にはそう見えた。
世間話や情報収集ならいいが、「自分は観光客です!(エッヘン」と白状してしまうのは大変に恥ずべきことだ。
謙虚に静かに目立たずに。これが旅行者の正しい姿勢である。
また不思議に思ったのは、どうして仙台出身の人間は「宮城出身」とは言わずに「仙台出身」と言うのだろう。
神奈川県に於ける横浜市もまた然りである。
私だったら「秋田出身」だと言わず「羽後出身」ですと言うのと同じ事である。
その羽後がどこにあるんだか全く分からないだろう!


宿舎で息をついたら、さっきまでの嘔気も収まった。
さて、明日は津軽歩行最終日。弘前駅を14:oo頃の電車で秋田に帰らなくてはいけない。
それまでの間どこに行こうか。
大まかな計画としては、浅虫水族館青森県立美術館のどちらかに行ってから、弘前に向かい太宰治まなびの家を見学するというような感じだった。
問題は朝一でどちらに行くかだ。水族館か、美術館か・・・。
だが、その日は結論を出すのは見送って、明日の朝散歩しながら決めることにした。
軽く酒を飲み、就寝。
寝付きよし。



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では、失敬。

  1. 2013/09/24(火) 20:23:37|
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筆者紹介

シバケン-いかれたNeet-

Author:シバケン-いかれたNeet-
Sex:\(`・ω・´)
Work:堕医学生
Base:新潟死期終焉都市

趣味はお散歩、特技は悪だくみ

筆者結語

日常系赤面ブログ「野良犬の生活」を応援していただきありがとうございました

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 はじめましての皆さんへ

長い間ありがとうございました

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