野良犬の生活

部活もバイトもやっていない堕医学生の暮らしを記憶するレポート

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風にあそばれて

 

 二十三歳になりました。そうです、実は今日は私の誕生日だったのです。
 今日が自分の誕生日だと報告するのは、別にそれを祝ってほしいとか、そういうことではない。ツンデレというわけでもない。ただ、私はそういうことを報告あるいは意識するときに現れていた諸々の感情を、もはや感じなくなっているという話なのだ。年をとる、ということに対する意識はとっくに冷めているのだ。子供の頃のように、誕生日が近づくのが楽しみでしょうがないという気持ちもないし、十九歳から二十歳になるときに感じた年齢の重みや一抹の寂しさも、今や影を落とすことはない。二十二歳から二十三歳になった。ただそれだけのことなのである。年をとったからといって、別にどうも感じないのだ。中身の成長とは無関係に、「大人になる」というのは、もしかしたらこういうことに鈍感になることなのかもしれない。
 どういうわけか、私は誕生日に災難にあうことが多い。小学生の頃は風邪をひいてその日に予定されていた遠足に行けなかったこともあるし、中学校では授業中のハプニングにより鼻の骨にヒビが入ったし、高校に上がったときは部活中に壁に頭を思いっきりぶつけたりと、一年に一回あるかないかレベルの災難に、よりによって自分の誕生日に遭遇するという経験をよくしている。
 そんなことがあるから、できるかぎり自分の誕生日には大人しくするようにしているのだが、その例は今回ももれなく適用される。今日は一度だけ外出したが、あとはひたすら家にこもっていた。家にこもって、アニメを見て、ゲームして、ちょっとだけ勉強をする。本来誕生日というのは一年に一度しかない記念すべき日であるはずだろうが、今年は普段のような平々凡々な日曜日になった。少し前だったら、こんな誕生日を過ごすのを情けなかったり寂しかったり思っただろうが、先に述べたとおり、今の私には誕生日へのこだわりがない。かえって余計ななことを考えなくて済むので、案外こういう暮らし方のほうがすっきりしてていいものだ。
 ていうか、皆さんの誕生日もこんな感じですよね?ね?


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↑あ、でもケーキはちゃんと食べました。こういう“口実”がなきゃケーキなんて食べられないですからね









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  1. 2014/05/18(日) 19:31:40|
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とある少女の三十日間

 ひょんなことから、クラスメイトと女性ファッション誌の話で少しの間盛り上がった。念のために言っておくが、私は男である。しかも男の中でもかなり雄々しい方の男だ。そして相手のクラスメイトも、男。どうして男二人で女性ファッション誌の話題になったのかということだが、そのあたりは本当に「ひょんなことから」で、特に話す必要もなさそうなので、ここは「二人で女性ファッション誌の話をした」という事実、そこから初めてみようじゃないか。
 私には三つ年の離れた姉がおり、姉が購読している雑誌を以前から度々読んでいたので、女性ファッション誌を読むということに対して、それほど抵抗は感じていない。だから大学の生協の書籍コーナーでも、たまにそのような雑誌を立ち読みをしているのだが、傍目から観ればその光景は大層気色悪いだろう。さて、今回の会話から察するに、このクラスメイトも私のように、時折女性誌を読んでいるような素振りである。さすがに購読はしていないだろうが、立ち読み等の手段で、かなり中身は読み尽している、そんな印象だった。このクラスメイトが女性ファッション誌を読んでいる光景を思い浮かべてみるとかなり気味悪く思ったが、これについてはお互い様だろうから口にするのは控えよう。もしかしたら、雑誌を読んでいる想像上の彼の姿は、そのまま客観的な自分の姿にもなるのかもしれない。
 私たち男性が女性向けのファッション誌を読むとき、最近の流行を知るとか、ファッションの参考にするとか、そういうのではなく(第一どうやって参考にすればよいのだ)、「うわ~!女性ファッション誌ってこうなってんのか~!」という、極めて単純で男の子男の子した面白みがあるのだと思う。女性からしたら当り前のことでも、男の目で見たら結構面白いものだ。特に、雑誌の中盤によくあるモノクロ刷りの恋愛ハウツーコーナーは絶妙である。結構エゲつない内容に苦笑いすることしきりである。
 また私は、「春コーデ着回し30days☆」みたいな、毎号必ず特集されているコーナーがとりわけ好きで、雑誌を読むときはまずこの特集を探してしまうくらいなのだ。こういうコーナーは私たち二人の間では一種の「あるあるネタ」のような扱いになっていた。私は、一日だけではなく、一週間ないしそれ以上の単位で、つまり、一断面ではなく横断的に考えて日々の衣装選びをしているので、このような一定期間における服装を俯瞰するような特集はそもそも好みなのだが、女性ファッション誌におけるこのコーナーには必ずといっていいほど、何かしらのショートストーリーが添えられる。このショートストーリーがもうたまらなく好きなのだ。1dayでボーイフレンドと別れたと思ったらあれよあれよと30dayで新しいボーイフレンドができたり、それはもうお約束やご都合主義にまみれているのだが、なぜか嫌いになれない。それに「今日は知的にメガネでお勉強☆」みたいな甘ったるいフィクションを、心の電源を切って見ていくのは、とてもいいストレス解消にもなる。
 にしても・・・あのコーナーの女の子の生活、いくらなんでも充実しすぎだよなあ。連日、合コンにフェスに女子会にと、賑やかな予定がびっしりなんて。最近の私の生活は、学校と自宅を往復するだけの単調なものになってきていて、少し退屈しているのだが、もし私が、あの女の子みたいに毎日何かをしなくちゃいけない暮らしをしていたら、それはそれでストレスで身体が参ってしまうだろう。見るのとやるのは全く違う。やるのであれば、何事もほどほどが肝心なのである。









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  1. 2014/05/14(水) 21:23:25|
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谷川俊太郎に会いに行く

 詩という文学を日常的に嗜まない人でも、谷川俊太郎という詩人の名前は知っていることだろう。その豊かな感性は詩のみならず、絵本、童話、エッセイ、作詞、翻訳(ピーナッツやイギリスの童謡マザーグースの翻訳でよく知られる)など様々な創作に表れ、海外での評価も高い・・・、なんてことは今さら私がいうまでもない。実は私は詩には一切親しまない人種なのだが、谷川先生のエッセイが好きで、「ひとり暮らし」といういかにも私向きのタイトルのエッセイ集を枕元に置いて折にふれては読み慕っているのだ。そんな先生が新潟で催されるイベントにお出でになるということを耳にした私は、友人を誘って出かけることにした。先生の作品を溺愛しているわけではないのだが、先生は私の「賢者」のイメージに近い人物であり、実際にお会いして、何かこれから生きていくうえのヒントになる言葉を見つけられたらと思ったのだ。
 新潟市新津美術館で開かれている、川島小鳥写真展「未来ちゃん」のイベントの一つとして、川島小鳥さんと谷川俊太郎先生のトークショー&サイン会が開催された。このイベントへの参加希望者は事前に美術館に申し込む必要があり、私もそれに従った。美術館側の話によると、百人という当初の定員の何倍もの応募があり、急遽会場を変更して定員数を増やしても十分ではなかったために抽選を行ったのだそうだ。その結果、私と友人は幸運にもイベントへの参加を引き当てた。ちなみに私は、写真家の川島小鳥さんおよび当展のテーマ作品「未来ちゃん」については全くの不勉強であったが、事前に調べてみると、川島さんは私の好きなバンド銀杏BOYZのCDジャケット写真を撮影していることを知り、一気に親近感が湧いた。
 美術館ではトークショーに先立ち、急遽、谷川俊太郎先生による詩の朗読会が開かれた。開演を今か今かと待ちながらふと周囲を見回してみたら、谷川先生がその辺を普通に歩いていたので、私は出鼻をくじかれた気分になった。文庫本の筆者紹介欄で見た顔を実際に目にする。先生は想像上の人物でも、本の中だけに住む人物でもなく、この世界に実際に生きていたのだった。時間の都合上、朗読会は数十分で終わったが、当初一篇の予定だったところを、六篇もの詩を読んでくれた。先生自ら朗読する、デビュー作「二十億光年の孤独」は嬉しかった。
 その後のトークショーは、谷川俊太郎先生も川島小鳥さんもどちらかというと無口な方ということで、時おり不思議な間が現れる、ふわふわした会話に終始した。特に川島さん(オーバーオールを着こんで今すぐにでも教育テレビに出てきそう)は思った以上に口ベタで、谷川先生を相手にして緊張していることもあるだろうが、地に足付かない、ぽわわんとしたトークをするのが面白かった。トークは、普段は無口だがこういう場に出てきたらがんばって喋るという先生が要所要所でいなしながら今回もがんばって喋り、川島さんがぽわわんと質問を続ける場面がほとんどだった。内容は思ったよりも雑談が多かったが、先生の“宇宙的な個人と社会的な個人”の話は、思わずなるほどと唸ってしまった。“宇宙的な個人”が強い人は詩人になるだろうし、“社会的な個人”が強い人は政治家になったりお金持ちを目指したりするのだそうだ。私が将来就く職業は果たして宇宙的だろうか、社会的だろうか。会の最後には質問コーナーが設けられたが、こういうときに限って聞きたいことが浮かんでこない。そして、質問が締め切られる段になって初めて「あ!」となるのである。本でも映画でも音楽でもなんでもいいが、お二人の創作に影響を与えるものについて聞きたかったのだ。
 トークショー終了後にはお二人のサイン会が開かれた。谷川俊太郎先生はご高齢(というわりには元気そうだったけど)ということで、先着百名のみということだったが、私たちはその整理券(事前に配布された)をもらっているので、運よく先生からサインをいただけることになった。まずは川島さんにサインを書いてもらいに。口ベタなのに人の目をまっすぐ見て話す人だった。
犬(私)「実は銀杏BOYZのファンでして・・・いつもCDジャケット楽しく見させてもらってます・・・(オズオズ)。」
鳥「そうですか~。嬉しいなあ。・・・アルバムはどうでした?」
犬「(『光のなかに立っていてね』のことだと考え)もう・・・泣いちゃいました(実話。『新訳 銀河鉄道の夜』で目からシベリア鉄道)。なんかノイズがよく入るんですけど、それも峯田さんらしいかなーって。カードの女の子の写真もかわいかったです。」
鳥「わあ~ありがとうございます~。・・・新潟の方ですか?」
犬「あー・・・学生で今は新潟に住んでいますが生まれは秋田です。」
鳥「え、秋田?ボク昔秋田に住んでましたよ。」
犬「え、マジすか。いつ頃ですか?」
鳥「小さい頃に。」
犬「そうなんですか。へえ~。」
次の人がいるので、会話はこれで終わった。なんかすごく話しやすい人だったぞ。
 そして谷川俊太郎先生にもサインを書いてもらいに行った。巨匠の域に達しているに違いないが、いい意味で威厳のようなものがなく、自然体で気さくな話しやすい人。
犬「『ひとり暮らし』というエッセイ集が好きで、枕元に置いて楽しく読ませてもらってます・・・(オズオズ)。」
俊「そう(笑)。・・・え、きみもひとり暮らしなの?」
犬「はい。今、学生でひとり暮らししてます。」
俊「そうか。でも最近『孤独死』って言葉もあるからねえ~。」
犬「ええ。なんか『孤独』って言葉、嫌ですよねえ。」
俊「(笑)。そうだね。」
会話はここで終わり、私は先生と握手をしてもらって別れた。時間があったらもっといろんな話をしていろんなことを聞きたかったのだが、仕方がない。
 最初の朗読会のときからずっと感じていたのだが、 谷川俊太郎先生のように、もはや一つの概念にすらなっている人物が、自分の目の前で歩き、話し、呼吸をしているという光景が、私には不思議で不思議でしょうがなかった。好きなアーティストのライブでもよくこういう体験をするが、「この人やっぱり生きてたんだな」という当りまえの事実が、時おりどうしようもなく不思議になる。そんな私の思いはさておき、やはり谷川先生もこの世界に生きていたのだった。今、目の前にいる谷川俊太郎は、幻影でもニセモノでも3Dホログラムでもなく、本当に、ここに生きているのだった。だって私の手を握り返してくれた先生の手は、とてもあったかかったんだ。

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↑写真家・川島小鳥さん(左)と詩人・谷川俊太郎先生(右)。二人のトークからふわふわと不思議な空気が漂う。










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  1. 2014/05/06(火) 20:29:43|
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オタクの末路

 大学三年の春休みのことである。私は長期休暇を利用して田舎に帰っていたが、そんなある日家族に連れられて宮城の石巻に出かけた。二年前の大震災以後、長きにわたって閉館していた石ノ森萬画館がこの日にリニューアルオープンを迎え、それを記念したイベントも催されるということで、これを目当てに出かけたのだ。
 覚えている限りでは、私が初めて読んだ萬画は石ノ森章太郎先生の「サイボーグ009」ということになる。親が持っていたのか、なぜか家にあった単行本を幼い私は夢中になって読んでいた(武器がたくさんあるハインリヒが好きでした)。田舎町からほど近い増田町(現横手市増田)のまんが美術館で石ノ森先生のサイン会が開かれたときも、子供の私は連れてってもらい、サインと、特別にその場で島村ジョーを描いてもらった。その頃の私は、ジョーじゃなくてハインリヒを描いてほしかったと、実に贅沢なことを考えていたが、今では、立派な額に装丁された直筆サインと幼い私のためだけに描かれたジョーのイラストは私の宝物となっている。そういった経緯もあって、石ノ森萬画館に行くというのは、私の念願の一つでもあった。
 待望のリニューアルに目玉のイベントも重なり、萬画館はたいへんに盛況であった。仮面ライダーに夢中の子供たちもたくさんいて、それはもうわいわいと賑やかである。私も初めて目にする展示を熱心に見て回ったが、突然、館内の雰囲気が妙になっていくのに気づいた。耳をすましてみると、かすかに人が怒鳴っている声が聞こえてきた。何が起きたのか気になったので、怒鳴り声のする方へ向かってみると、展示スペースの一画で、いかにもな服装でこれまたいかにもな大きなリュックサックを背負った中年男性がひとりで声を荒げていた。「なんというか・・・典型的だな」と思い呆れながらも、何が起きたのか、事の真相が知りたかったのでしばらく騒動を観察してみた。
 ギャラリーの談や本人の声から察すると次第は以下のようである。代表作にあやかって「009」コスチュームを着ている萬画館の案内のお姉さん(これがまた美人揃いで・・・おっとよだれが)に、突然男性がいちゃもんをつけてきた。内容は「お前らそんな格好(コスプレ)してるけど、(石ノ森先生の)マンガ全部読んだのか。(壁に描かれているイラストを指して)キャラクターの名前全部言えるのか。」というもの。そんなことを言われたお姉さん(美人)は他の客もいるので、とりあえず男性をなだめようとするが、何をやっても火に油を注ぐかたちになり、そのまま現在に至るというのだ。男性にはもう何を言っても無駄ならしく、勇気ある他のお客さん(子連れの母親)が「子供もいますから・・・。」と常識的な注意をしても、怒りを収めず、しまいにはそのお客さんにも当たり散らす始末。曰く「なんだよ正義ぶって!」
 しばらく観察をしておいてなんだが、こんなに哀しい光景は見たくなかった。震災以後たくさんの人が楽しみにしていたリニューアルの日に、こんなことをしなくてもいいじゃないか。大人である私が見ても嫌な気持ちになったのに、その場に大勢集まった子供たちはどう思っただろう。話の内容は分からなくても、子供は大人が発する怒りに敏感なんだからな。それになにより、いい年した中年の男性がこんな情けない姿を見せているというのが、私にはいちばん哀しかった。
 だがおそらくこの中年男性は、相当に石ノ森先生の作品が好きなんだと思う。リアルタイムで萬画を読んで胸を熱くした世代だろうし、作品に親しんできた時間も他の人とは比べ物にないくらいに長かったのだろう。その時間の利から、「オタク」の称号を贈ってもいいくらいの知識を蓄えているのだろう。そして何よりも男性は、作品をずっと愛してきた自分に誇りのようなものも抱いている、少なくとも私にはそう見えた。
 そんな彼には、「にわか」というべき、ぽっと出のライトなファンが許せないのだと思う。平成の時代しか知らずにはしゃぐだけの子供たちや、作品の神髄をまだ理解しないであろう若い館内スタッフのコスプレを、心のどこかで軽蔑していたに違いない。膨大な知識をもって久しい男性の考えでは、「すべて」を手に入れなければファンになっちゃいけない、語るのも許されない、つまりはそういうことだろう。こんな極論の持ち主だけが、人目もはばからずに怒声を放つことができるのだから。そうなると、石ノ森先生の作品でも「009」「仮面ライダーシリーズ」「キカイダー」「がんばれロボコン」くらいしか解さない私も、彼の中では立派な「にわか」に認定されてしまうに違いない。「009」に特別な思い入れがあるのだが、それが「すべて」ではないから、私には石ノ森作品を語る資格はない、彼の中ではそういうことになるだろう。
 中年男性が作品を愛していることはよくわかった。だがこの騒動を眺めていた私は、彼はとても大切なことを忘れてしまっているんじゃないかなと思った。それは先生が萬画を通して教えてくれた人間の愛や勇気や正義の心、娯楽としての萬画の楽しさ、そして彼自身が先生の萬画を読んだときに抱いた熱い気持ちである。先生は私たち読者を楽しませてくれようと萬画を描き続けてきたのであり、その多くの作品は、知識量をひけらかして大威張りするための手段には決してならないはずだ。それに自分の考えを他の人にも強要させるのは正義でも勇気でもない。何より、人のいうことに聞く耳もたず、怒鳴り散らしている男性の姿は、「黒い幽霊(ブラックゴースト)団」が送りこむ怪物が暴れている様にそっくりであった。彼が作品に親しんできた時間、そして彼が抱いていた誇りは、彼の作品に対する愛を、知らず知らずのうちに“その作品を愛する自分自身への愛”に変えてしまったのではなかろうか。こうなってしまうと、自分の極論こそをすべてとし、他の人のやり方や意見を認める余地のない心を持った“狂人”ができあがるのだ。私はこれを「オタクの末路」と呼んでいる。
 いろんな方面に関して、「オタク」と呼ばれて久しい私である。「にわか」を嫌う男性の気持ちもほんの少しは分かるだけに、「人間、極論を持っちゃ終わりだよな・・・。」と、この日の騒動を反面教師として心に留めていこうと誓った。


009.jpg
↑サイボーグ戦士 誰(た)がために戦う









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  1. 2014/05/05(月) 14:59:23|
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チリビーンズとウォルト・ディズニー

 チリビーンズという料理が好きで、よく作っては食べている。チリビーンズはご存知かしら?チリビーンズはアメリカの代表的な家庭料理で、簡単にいうと、豆をトマトとチリパウダーで煮込んだものである。豆、トマト、チリパウダー、この三つが揃って初めてチリビーンズができる。逆にいえば、この三つのうちどれか一つでも欠けたら、チリビーンズにはならないのだ。豆がなかったら“チリズ”になるし、チリパウダーがなかったら“ビーンズ”、もしトマトがなかったら、それはもうただの“辛い豆”である。作る側としてはこれほど手軽に作れる料理もないと思う。あらみじん切り―「みじん切り」ではなく「あらみじん切り」なのがポイント―にしたニンニクと玉ねぎ、豚ひき肉などを炒めたところに豆を投入、さらにはトマトをぶちこんでローレルなんかを添え、あとはいい感じにベチョっとなるまで煮込んで仕上げにチリパウダーをささっと振りかければ完成だ。手順さえ間違えなけりゃ、誰にでも簡単に作れちゃう。それでいてしっかりとおいしい。
 トマトの香りやチリのスカッとする風味がいかにもアメリカ的で、見た目にも西部劇に出てきそうな雰囲気を醸しているため、チリビーンズを作るときにはいつも、他の品目にもこだわって、トータルとして米国かぶれのような食卓を創り上げたい気持ちが沸々と湧いてくる。お店で気取ってバケットを買ってガーリックトーストにして添えたり、いつぞやは何を思ったか奮発してステーキを並べたこともある。飲み物もいつものように麦茶ではあまりに垢抜けないので、食後はもう何の仕事もしない覚悟でフォアローゼスなどのアメリカン・ウイスキーや好物のハイネケン(アメリカの銘柄じゃないけど、好きなので)を選び、遠きアメリカの荒野に思いを馳せ食事の席に着くのだ。どうです、なかなか洒落ているでしょう。とはいえ、チリビーンズは私のするような恥ずかしい食べ方をしなくとも、白飯-SHIROMESHI-にも普通にあうので日常的な食事の主菜にもピッタリだし、パスタと食べてもまたいい。私はまだ試したことはないが、ホットドッグの具として挟む食べ方もある。カジュアル・アメリカンな食事にしたいなら、チリ・ビーンズ・ドッグにフライドポテトとピクルスを合わせると様になるだろう。しかし、こういうアメリカンな食事はカロリーが高そう、いや、絶対高いに違いないので、あまり頻繁にとらないように戒めるのがよろしい。
 私は日々の暇に飽かして、大学入学以来頑なに自炊の道を歩んできたが、私の作るものといったら、これまで田舎で食べて育ってきた、いわば私の血肉をつくってきたメニュウがほとんどである。たいていが中学高校時代に母親から教わった料理なのだ(今も帰省した折にはいろいろと教わってくる)。ところが、このチリビーンズに関していえば、実家で食べるどころか話題に上がった記憶すらもないもので、これはレパートリーには珍しく私が自分で作ってみようかと思い立った料理なのだ。はて、ならどうして私はこんな、いってしまえば何の思い入れもなさそうな料理を作る気が起きたのだろうか。しかし考えてみると、どうやら私は、このチリビーンズに何の思い入れもなかったというわけではなさそうなのだ。私とチリビーンズの間には、あるひとりの男の存在が関わってくる。その男の名はウォルト・ディズニー。
 チリビーンズはウォルトの大好物だったという話は有名である。ウォルトは自身の事業によって、最終的には歴史的な成功者として語られるようになったが、そもそもはアメリカの貧しい家庭の生まれであるため、高級料理よりも素朴な家庭料理を愛していたのである。カリフォルニアのディズニー本社の食堂ではチリビーンズは「ウォルトのチリ」と呼ばれ今も親しまれているそうだ。
 私はそのようなエピソードをわりと昔から知っていたために、知らず知らずのうちに、チリビーンズ=ウォルトというような連想付けが完成していたのである。ウォルトの人生、あるいは彼が創ってきたものや世界、および彼の死後も連綿と受け継がれてきたものは、私の情緒的な血肉を作り育んでくれたので、私は彼のことを心から感謝している。そして大学入学以後の某日、私はTVでチリビーンズの作り方を初めて知ったのだが、思わず驚いてしまった。だってそれまでの私は、チリビーンズがあんなに簡単に作れるなんて知らなかったんだもの。あれくらいなら自分の家のキッチンでも作れるし、それにこれは何よりもウォルトにゆかりのある料理だ、私が作らないわけにはいくまい!そうして私はチリビーンズをレパートリーに加え、現在に至るのである。ほら、十分に思い入れがあるでしょう。
 なお、日本国内でディズニー関連でチリビーンズときたら、やはりディズニー・パークのレストラン・メニュウということになりそうだが、私の覚えている限りでは、現在ランド・シーのどちらでもチリビーンズの提供はされていないはずである。以前は両方のパークでも食べることができたのに、よりによってウォルトゆかりの料理がメニュウから外されてしまうとは、残念きわまりない。

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↑チリビーンズ。私は料理の写真を撮るのが好きではないのでネットで拾った画像を載せておきます










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  1. 2014/05/04(日) 20:47:01|
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筆者紹介

シバケン-いかれたNeet-

Author:シバケン-いかれたNeet-
Sex:\(`・ω・´)
Work:堕医学生
Base:新潟死期終焉都市

趣味はお散歩、特技は悪だくみ

筆者結語

日常系赤面ブログ「野良犬の生活」を応援していただきありがとうございました

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 はじめましての皆さんへ

長い間ありがとうございました

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