野良犬の生活

部活もバイトもやっていない堕医学生の暮らしを記憶するレポート

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アイコンをつくろう

 最近、自分でアイコンを作るのにハマっている。ここでいう「アイコン」とは、各種SNSサイトやこのブログ(赤面)などにある、プロフィール画像のことである。私はこれまで、様々な場所におけるアイコンには頑なにアニメのキャラクター(しかも毎回美少女キャラ)の画像を使用していたのだが、ひょんなことから、このブログ(赤面)だけでもアニメアイコンを脱却したいと思い始め、そして程なくして『アイコンを自作する』というアイデアに着地するに至ったのだ。
 「自作」と言ったが、私がやっているのは全く大したものではなく、ただ、ネットで見つけた画像を、ウインドウズに備え付けられている画像編集機能を使って、ほんの少しだけいじっているだけだ。トリミングして、文字を挿入しているだけ。まあ言ってしまえば児戯に過ぎないのだが、しかしそうだとしても、自分の手に掛けたものに変わりはないので、中々に愛着が湧いてくる。ブログ(赤面)のタイトルや自分の名前も刻めば、完全に私のオリジナルじゃないか、とちょっぴり誇らしく思う。
 せっかくの機会なので、自作アイコンの変遷を振り返りながらご紹介。なんだよ紹介したいんだよ察しろよ!
 まず手始めに、試験的に作ってみたのが下のもの。アイコン作りのきっかけとなった出来事によって、この時の私は深く反省したい気持ちだったのだ。

2128


 2つ目の“作品”が下図になる。だいぶ編集機能の操作にも慣れ、タイトルのフォントも工夫して、1作目と比べるとだいぶそれっぽくなっている。この時から「presented by Shibaken」が「Shibaken Presents」に変わっているが、これは私の好きな往年のディズニー作品のオープニングタイトルには必ず「Walt Disney Presents」と書かれていることを思い出したからだ。

200507_img_21111_20140620175757ca4.jpg


 そして最近作った最新作、現在アイコンに使っているのがこちら。自分では結構気に入ってる。タイトルのデザインは好きな映画のロゴを参考にしてみた。できあいの編集機能だが、オシャレなフォントが用意されているのは助かる。下のワンセグ字幕風デザインについてはノーコメントで。言うなれば、「衣の下の鎧」といったところか。使いたかったんだよ、このネタ・・・・。

柴犬43


 かつてはアニメのキャラクターだったが、今は、必ず柴犬の画像を使うというところにこだわっている。『柴犬』で検索してみると、オモシロ可愛い画像がわんさか見つかるから困る。いや、助かる。









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  1. 2014/06/20(金) 18:27:13|
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ムズいよ!Microsurgery

 臨床実習が始まって2か月が過ぎた。だいぶ臨床実習がある生活にも慣れてきたところである。私はこれまでに4つのシリーズを終え、現在は5つ目のタームの真っ只中ということになる。
 今、私が回っている診療科は定期的に手術を行うところで、そのため曜日によっては、実習内容に手術見学が予定されることがあるのだ。この日も午後から手術があったため、手術室に見学に向かった。今や私は、手術室でもすっかり我が物顔で歩くことができる。この科が行う手術の種類は肉眼的なものでなく、顕微鏡下で施行される、いわゆるMicrosurgeryというものがほとんどだ。このタイプの手術の見学は、オペ室に設置されてあるモニターをじっと見ているしかなく、これが結構疲れるのだが、この科でやられる術式は割と短時間で終わるものが多い。うん、コンパクトでいいことだ。
 この日に実施されていた手術も1時間足らずで終了したのだが、どういうわけか執刀していた教授に退室する気配がなく、むしろ何かこそこそ(?)と顕微鏡やら手術器具やらの準備をしている。この手術で補助をしていた、おそらく6年生の先輩と、同じく補助をしていた同班のクラスメイトも、どうやら付き合わされているみたいだった。実はこの後にもう一件手術があると勘違い(実際にはこれでこの日のオペはすべて終了していた)していた私は、それを待ちながら手持ち無沙汰にその光景を眺めていたのだが、私の佇まいに漂う退屈を察したのか、その場にいた先生が、私に誘いの言葉をかけた。
「やってみますか?」
『えと、あれは何ですか。』
「縫合の練習。」
(なるほどなるほど、そういうことか。でも次のオペがあるのに、こんなことしてていいのかな。まあ、別にいいのならやってみたいな)
そして私も、顕微鏡下における縫合練習会に参加することとなった。
 練習会は、先輩、クラスメイト、そして不肖私が、交代交代で顕微鏡を覗きながら手元のウレタンを縫合していくというもの。私はこのように顕微鏡下で縫合作業をするのは生まれて初めてなのだが、それでも私にはいくらか自信があった。というのも、私は意外にも手先が器用で、こういう作業を得意としているのだ。先月も手術支援ロボット・da Vinci(のシミュレーター)を、初めてにしてはスムーズに操作できたし、腹腔鏡(のシミュレーター)でも、初めてなのにすぐにコツをつかんで縫合・結紮をやってのけたのだ。だから今回のMicrosurgeryもそつなくこなせるに違いない。そんな自信を抱いていた私は、順番が先であった先輩やクラスメイトが手技に苦労しているのを、内心あるいは露骨にあざけ笑っていたのだった。そしてついに私の番がやってきた。さーて、3、4回くらい縫合してちょっくら将来性でも見せつけちゃいますか。うぷぷ。持針器を受け取って、よっしゃ、針一閃!
 ・・・・あれ、普通にムズくね?
 あれ?あれあれあれあれ。いやいやコレおかしいよ。ムズすぎやしないですか?あ、あ。糸切れた。あ、ううぅぅぅん・・・・!
―(空白)―
 てなわけで、結構、いや、かなり苦労させられた。こんなはずじゃなかったのに・・・・。作業の実際は、前の人がやってるのを見て描いていたイメージとだいぶ違っていた。持針器や鉗子で糸をつかむことからして手こずるし、縫合糸の芯が予想以上に強く、思い通りの位置にいてくれない。教授のアドバイスで最後にはだいぶそれらしい形になってきたけど、うーん、満足できない。もういっそ、“器用キャラ”も返上しちゃおうかな。
 そういえば、今まで見てきた手術で、先生たちは顕微鏡下であっさりと作業していたよな。やっぱり医者は職人なんだな。でも、きっと場数をこなせば自分にもできるようになるよね、ハム太郎☆









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  1. 2014/06/16(月) 19:06:38|
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思いをのせて

 先月の末、私の家に贈り物が届いた。贈り主は、私の地元の田舎町で開業している医者の先生だった。この先生は、私の花粉症のかかりつけ医であり、また昨年夏の保健所実習でも少しお世話になったのだ。その際、「いい文献をあげるから。」ということで、アパートの住所を尋ねられ、私は文献欲しさにホイホイ住所を教えたのだが、どうやらこの贈り物は、あの時の約束の品ということになるらしい。
 私はこれまでずっと、先生はきっと使っていた本のお古をくれるのだろうと思っていたために、まさかアマゾンギフトで新品を頂けるなどとは今の今まで1ミリも考えてもいなかった。しかもよりによって「今日の診断指針」を頂けるとは。裏表紙で値段をちらと確認してみると、結構ガチな価格で、もう恐縮しきりだった。医者ってスゴいなあ。また、一冊の文庫本も添えられていた。ちょうど読む本が尽きてきたところだったので、嬉しさもひとしおだった。
 頂いた書籍そのものも嬉しいのだが、私には、自分を応援してくれる人がいるということ、それを思い出させてくれたことの方が心に沁みた。自分はもうひとりで医者になるのではない。なんだかよく分からない感情で胸がいっぱいになり、思わずしみじみと双眸から落雷してしまった。
 素敵な贈り物、そして大切なことを気づかせてくれた感謝を伝えなくてはいけない、私はそう思った。そしてほぼ同時に、少しも考え込むことなく、そうだ、手紙を書こう、この感謝は手紙で伝えようと思いついた。
 お店でレターセットを買ってきて早速手紙を書き始める。なんとなくこういう時はボールペンとかじゃなくて、しっかりと万年筆で書かなきゃいけないような気がした。この万年筆も高校時代の恩師から頂いた大切なものだ。しかし、万年筆はまだまだ使い慣れていない。気づかないうちに指先がインクで汚れるし、文字もいつもと違うかたちになってしまう。それに何よりインクが乾きづらいので、気をつけなければ書いている時にインクを手でこすって便箋を汚すということもある。あった。もちろんそういう時や、誤字脱字をしてしまった時は、また最初から書き直さなくてはいけない。
 だから、一文一文、多くのことに留意をしながら、それでいて丁寧に書かなくてはいけない。筆への集中も要し、中々に神経が擦り減る。確かに大変な作業であるが、これは「文字に思いをのせる」「言葉を大切にする」ということを、自らの身を以て体現しているようで、決して悪くない。
 最近、言葉を起こす機会は、携帯電話や、このブログ(赤面)を書いている時のようにパソコンを用いて、ということがほとんどだった。この場合、文字は簡単に紙面上に表れ、間違いの修正も簡単、しかも言葉や文章の位置でさえ簡単に入れ替えたりすることができる。とにかく、この簡単さにすっかり慣れてしまっていたような気がする。だからこそ人を傷つけるような言葉でさえも、簡単に使うようになってしまうのかもしれない。
 自分の手で文字を書く。そうすると、自分の込めたい思いや気持ちが、ひとりでに言葉の上にのってくれる。こんな体験は久しぶりだった。もしかすると、言葉をしたためる時にも、「心身一如」というものが当てはまるのかもしれない。
 やっと書き上げた便箋には、いつもよりも少し味わい深くなってしまった文字が連なっている。指先はインクですっかり汚れてしまった。決してスマートとは言えない出来映えだが、それでもこれが自分には満足のいくものに仕上がったと思う。これは私が書いたのだ、と思う。送る人への思いをのせる。言葉にはこういう役割があってほしいと今は思う。


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↑毎日の学習を大いに助けてくれます










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  1. 2014/06/15(日) 11:57:04|
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ウォークマン依存症

 いつからかは詳しくは覚えていないが、突然に、愛用のウォークマンから流れる音楽にちょっとした異変が生じた。どういうわけか、イヤホンの左側から音が聴こえなくなったのだ。曲が片方の耳にしか聴こえないというのはどこか気持ちが悪いし、曲によっては右側から聴こえる音と左側から聴こえる音が完全に分かれているから、どうも物足りなく感じてしまう。そして何より音楽は大音量で聴きたい派の私、たいそう困った。
 こういう時、原因として二つの説が考えられる。ウォークマン本体がおかしい、と、イヤホンがおかしい、の二つである。本体がおかしくなった場合これは大事になるが、不幸中の幸いか、どうやら不調なのはイヤホンであったらしい。試しにイヤホンをパソコンに繋げてみると、やはり左側から音が聴こえないという状態だった。
 音楽というものは、私の生活に欠かすことのできない要素だ。朝昼晩、家にいる時はいつでも、何かしら音楽をかけて過ごしている。部屋にはCDコンポ(もっとカッコイイ呼び方ある?)もパソコンもあるから、それを使えばまあ事足りるわけだが、それでもウォークマン、もといイヤホンが必要になってくる瞬間は意外と多い。学校や出先、あるいはトレーニングの最中などでは、ウォークマンで音楽を聴くしかないし、それにやはりどうしても爆音で聴きたい時もある。
 無音よりはマシだと思って、しばらくこのままで使っていたが、あまりに腹のこなれが悪いので、先日耐えかねて新品のイヤホンを買いに行った。高級なものでなくてもいいので、千円弱の商品を購入したが、千円弱の買い物は私にとっては十分大きな買い物である。
 イヤホンからしっかりと音楽が流れる、これは当り前のことだが、久しぶりにそれを実感するとなると、なんとも言い難い安心感のようなものを覚えた。そう、安心。私の生活には音楽があって当然というようになっていた。その担い手の一つであるウォークマン、そしてイヤホンがうまく機能しなくなっただけで、私は不調や不安を催した。失くして初めて気づいたのだが、これは一種の依存のようなものである。私はこれらの電子機器に知らず知らずのうちに、大きなものを負わせていたのだった。依存というものはすればするほど、縛られてがんじがらめになって生き辛くなるので、できればあまりしないで暮らしていたかったが、もしかすると自分が知らないだけで、他のモノにも依存をしているのかもしれない。だとしても、できればその依存に気づく機会が訪れないように、と願いながら過ごす最近である。


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↑愛用のウォークマンとはかれこれ五年の付き合いになる



☆おまけ☆


↑やっぱりこういうのは爆音じゃないとダメだね










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  1. 2014/06/14(土) 10:23:47|
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ていうか“Convention”ってなにさ

 6月に入ってしばらく経つし、気温も上がってきているので、もういい頃だろうと思って衣替えをした。押し入れに仕舞われた服と、外出しのタンスに収納されている服を入れ替える、年に2回の行事だ。部屋のそこかしこに掛かってあるシャツも、長袖から半袖に交替させた。
 大量の衣服をたたんで仕舞うことになるため、衣替えというのは結構な重労働だ。本当は億劫なのだが、だからといってやらなくてもいいとは決してならない。今後の生活を考えると、当り前にやった方がいい。夏を暮らしているというのに、夏服は押し入れの中、タンスには冬用のスウェットが入ってるとか、不便なんてレベルじゃない。それに衣替えは、衣服の管理に関して、実にいろいろなことに気づかせてくれる。今日だと、久しぶりに夏物の靴下を出してみたら、思ったよりも少ないことに気づいて、そのおかげで今度買うべきは夏用の靴下だなということが分かった。今年は実習があるから、夏でも靴下を履く日が多くなるからな。
 衣替えで、長い間押し入れてあった服に久方ぶりの再会を果たしてみると、おー、こんな服あったんだと少し嬉しくなることの方が多いが、一方で、正直あまり会いたくなかった・・・・と思うことも、ちらほらある。それは、昔は別によかったけど今着るのはキツい服や、なんでこんなの買っちゃったんだろう・・・・//と思わず恥じ入ってしまう服との再会である。私の場合は、なんとも中学生チックな英字プリントが施されたTシャツがそれである。少し前までは部屋着として使っていたが、今では部屋で着るのでさえ恥ずかしく思える。たぶんこれから一生着ないんだろうな、これ。
 そういえば、いらない服ってどうしたらいいんだろう。思うに、私には服を処分する経験が圧倒的に少ない。単純に捨てればいいのだろうが、なんというか、それはそれで気が引けるというか・・・・。リサイクルショップに持っていくという手もありそうだが、店の人に「私は昔こんな服を着ていたんデース!」と伝えるみたいで、それもなんだか恥ずかしい。うーん、まあ、このまましばらくは押し入れで待機してもらいましょうか。


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↑こういう服はもう着るにはキツい









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  1. 2014/06/08(日) 20:01:28|
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筆者紹介

シバケン-いかれたNeet-

Author:シバケン-いかれたNeet-
Sex:\(`・ω・´)
Work:堕医学生
Base:新潟死期終焉都市

趣味はお散歩、特技は悪だくみ

筆者結語

日常系赤面ブログ「野良犬の生活」を応援していただきありがとうございました

「野良犬の生活」の物語

 はじめましての皆さんへ

長い間ありがとうございました

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