野良犬の生活

部活もバイトもやっていない堕医学生の暮らしを記憶するレポート

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ふんわりあたたか会津の旅・一日目

 週末、秋田県の家族が新潟無機終焉都市に来るついでに、会津方面に小さな家族旅行をすることになった。秋田から無機終焉都市まで自動車で来て、そこで私を拾ってそのまま会津に向かうという、家族(特に運転手の父親)にとってはハードなスケジュールになってしまった。
 無機終焉都市から会津若松までは高速道路に乗って一時間半程度で到着する。日帰りも可能な距離である。会津若松。昨年の秋頃に高校時代の戦友を訪ねにひとり旅をしたが、それ以来ということになろうか。わずか一年ぶりというのに、どこか懐かしく感じるものだ。
 会津若松に来たからには、ということで、まずこの地のシンボル・鶴ヶ城を訪れた。翌日から会津まつりが開催されるので、その混雑も考えてこの日のうちに見物した方がよさそうだったのだ。相変わらず、大らかで上品で母性的な城である。一度上ったことがあるが、せっかくなのでこの日も天守閣を上ることに。旅に“ノルマ”などはないのだ。「○○したことがある」という事実を手に入れて満足するのはナンセンスである。「せっかくだから」を大切にして、色々なことをできる時に楽しむのがいい。城内の火縄銃体験コーナー(レーザー銃で的を狙う簡単なもの)をやってみたが、予想以上に引き金が“遊んで”うまくタイミングがつかめず、的を撃ち抜くことができなかった。狙撃に失敗すると、会津若松のキャラクター・八重たんに「集中しなきゃダメでしょ!」みたいに怒られる。テヘヘ・・・・。時刻はすでに夕暮れ時にさしかかっていたために、鶴ヶ城公園内では犬を散歩させる住民の姿をよく見かける。弘前でも松本でもそうだったが、城のある町は日常的にいい散歩ができそうだし、地域の魂のシンボルと言うべきものがあって羨ましい。余談であるが、園内の売店で売っているさくらソフトクリームが結構おいしかった。
 今回の家族旅行では湯野上温泉に宿をとっている。宿に向かう道中、会津鉄道芦ノ牧温泉駅に立ち寄ることにした。会津若松市街地から湯野上温泉に車を走らせると、それはすなわち会津鉄道の線路沿いに走るということになるが、この会津鉄道が田んぼの真ん中を走るようないかにもなローカル線で、とても風情があって好感がもてる。芦ノ牧温泉駅には、ネコの駅長・ばす(「となりのトトロ」のネコバスにあやかって命名されたのだと)がいることで有名で、私たちもネコ駅長に会いに行こうとしたのだ。しかし、すでに事務所は閉まっていて(午後五時には閉まるらしい)、駅長の姿もなかった。残念である。しかし、芦ノ牧温泉駅は駅舎が小ぢんまりとしていてこれまた風情があり、周辺には鉄道車両を再利用した小さな資料館(これも閉まっている)や、田んぼと線路を望むコカ・コーラのベンチなどが置かれていて、大層感じが好い。すると、ちょうどよく駅に電車が停まった。目的地である湯野上温泉方面に走るらしいので、母親、姉、そして小生の三人は列車に乗り込むことにした(父親は車で向かう)。意図せずローカル線に乗れて、もう感無量である。芦ノ牧温泉から湯野上温泉までわずか三駅であり、乗車時間はせいぜい二十分程度だったのだが、感覚としてはもっと長く思えるほど楽しかった。鉄道はひたすら田んぼや山の中を走る。またこの区間から山深くなってくるためか、トンネルが多くなってくるが、このトンネルが狭くてまたいい!実は車両の先頭にひっついていたのだが、目の前に何もなく、トンネル内を駆け抜ける列車の体験ができる。また、このあたりから車窓から渓谷なども見られるので、三駅分とはいえ、バリエーションに富んだ景色を楽しむことができた。そして目的の湯野上温泉駅だが、実を言うと、私はこれを見るのが一番の楽しみだったりするのだが、駅舎が日本で唯一、茅葺き屋根なのである。駅の一部がそうというわけでなしに、近くにある大内宿地区の民家のように、もう完全なまでに茅葺きなのである。かつ、駅舎内には囲炉裏なんかも備わっていて、時代の流れが止まっているような感じなのだ。凄まじい。
 宿は民宿Sをとった。「民宿」と冠をつけているが、建物の規模や各種サービスは民宿のレベルを超えている。しかし、部屋に冷蔵庫がなかったり、女将さんが話好きであったりするところはなんとも民宿らしいじゃないか。夕食も地域の食材をふんだんに使った結構豪勢なもので、完食する頃には満腹になってしまった。家族に至っては完食することすらできなかった。味付けが、甘めなものと濃い口なものが多かったので、ビイルなどのアルコオル類がほしくなるが、私は入浴前だったので控えた。家族は入浴を済ませていたので冷たいグラスでビイルを飲んでいて羨ましかった。
 食後しばらくのんびりしてから、満を持して風呂に入る。私は長風呂なので、食前のタイミングで入浴してしまっては食事の時間に間に合わないだろうから、先ほどは控えていたのだ。小さな内湯と露天があるが、夜の露天が素晴らしかった。照明が最小限に抑えられており、かなり暗くてしばらくは目が慣れない。しかし、色々なものが“像”ではなく“影”でしか見えなく、温泉の湯気がほんのりと立ち込めるのもあって、どこかエロティックな雰囲気である。また露天から見えるのは近くに生い茂る木々と田んぼ(露天のすぐそばにある)。木々の方向を向くと、木々に囲まれているような感覚を覚え、暗くて根っこのある底が全く見えないこともあって、少し薄気味悪いが、田んぼの方を見ると、これは完全に開放的である。日中普通に人がいるようなところで裸体を晒しているのだが、これが露出の楽しみというものなのかもしれない。なんだその眼は。また、上を見ると今度は夜空に星が散りばめられている。他の宿泊客もいなく、ずっと私ひとりで浸かっていたのだが、これほど満ち足りる体験もない。聴こえるのはそばを流れる阿賀川(見えないけど)の音、リリリリという虫の声、そしてとめどなく注がれる源泉の音だけだ。そして時々、例の会津鉄道の列車のガタンゴトンやトンネル前の汽笛が聴こえる。全く素晴らしい温泉である。翌朝の朝風呂にもただひとりで入ったが、周囲の景色が完全に見えて開放感が増す。向こうに見ゆる山にはまだ霧がかかっているのだ。なお余談だが、この露天風呂、簡単に隣の女風呂が覗ける構造になっている。あ、ちょっとまて。私は女湯含めて、自分ひとりしかいないなと判断したから色々と試してみただけであり、本当に覗きを仕出かしたわけではないからな。なんでその眼は。


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  1. 2014/09/23(火) 19:08:23|
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さかた湊町チャリ紀行・一日目

 先の夏期休暇の最中に、泊りがけで山形県の酒田市に出向く用事があった。その用事は丸々二日間を要するものであったが、それを挟む前後の二日、つまり酒田に前乗りした日と、新潟無機終焉都市に戻る日にそれぞれ半日ほどの自由時間ができたので、せっかくなので酒田の町を色々と見て回ることにした。
 観光列車に乗って酒田に前乗りした日、到着は正午過ぎであった。夏らしいカラッと晴れた天候である。なんとかの一つ憶えではないが、今回の旅でも私はレンタサイクルを利用しようと考えていた。酒田市では観光用自転車を無料で貸し出していて、その貸出場所も市内に点在しており、そして自転車の返却は貸出場所ならばどこでもよく、別に借りたところでなくてもいいことになっているのだ。これは便利なサービスである。しかも私の宿舎も貸出を行っているので、なおさら都合がよく、こうなっては利用しない手はなかった。
 早速、酒田駅の観光案内所に尋ねてみると、“ボランティア風”(他の都市の案内所ではかっちりと“職員風”だったのに比べてあまりにも“ボランティア風”)のおばちゃんが人を見下したような態度で曰く、「もうここ(駅)にあるのは全部出てしまった」とのこと。おやおや、なんかいきなり雲行きが怪しくなってきたぞ。ならばと、他の貸出場所、特に駅に最寄りのホテルなどではどうなのかと聞いてみると、“ボランティア風”のおばちゃんはやはり人を見下したような態度で、そこももうないかもと、なんとも無慈悲な返答をする。ちょっとまて。果たしてそうだろうか?駅ならまだしも、本当に他の場所にも自転車はないのだろうか?バスで主要観光地への行き方を教えてくれているおばちゃんの話を、適当に相槌を打ち聞き流しながら、とりあえず近くのホテルに行こうと思った。ホテルに行ってみると、ある。あった、自転車たくさん。はん、ざまあみろ。
 酒田の町の地図は先程もらっていたし、観光自転車のカゴにもマップが備え付けられているのだが、なぜか酒田は一向に土地勘がつかめなくて困った。私は地図の読めないタイプではないし、むしろ得意な方だと言ってもいい。初めての町でも、地図さえあれば自由に動けると自負している。のに、どうしても酒田の町には慣れるのに時間がかかり、目的地までの道を憶えることもできずに、何度も地図を読み返しながら巡っていた。なお、酒田の道は結構せまくて危ないし、坂もあったりするので、お世辞にも快適なチャリ路とは言えなかった。
 私は旅先では有名な観光地よりも、自分の趣味に合う場所を優先して回る傾きがあるので、酒田に来て第一に訪れたのは山居倉庫でも本間家旧本邸でもなく、光丘(こうきゅう)文庫という図書館であった。駅から相馬樓を右手に見やり、舞娘坂を走って正面の小高い山に佇むこの図書館は、酒田の豪商・本間家に関係のある施設で、三代当主光丘(みつおか)の奨学の意志を継いだ八代光弥が設立し、大正十四年に竣工した建物である。当時としては進歩的な鉄筋コンクリート造りで、耐火・耐震性に優れ、今も大正当時の姿を保ち続けているのだ。どこかオリエンタルな雰囲気漂う社殿造りの建造物だが、高台の森にひっそりと建っている姿は、少し薄気味悪い。歴史的な建築だが、今も図書館として現役であり、館内には多くの展示、蔵書を閲覧することができる。とはいえ、私は建築目当てにここに足を運んだので、あまり資料には興味はなかったのだが・・・・。しかし、自分の他に誰もいない図書館にいるのは、悪い気がしない。
 せっかくだから、この辺りの名所を巡ってみようと思い、すぐそばの酒田大仏に向かった。私はデカいものを見るのが好きだ。幸い酒田大仏がある持地院はすぐに見つかったが、境内までは幼稚園を通るかたちになっていて、少し戸惑う。大仏はどこにあるのか探してみたが、案内に従って進むと、今度は幼稚園の運動場に出てしまう。こんなところに大仏があるはずがないと、一度引き返したが、住民たちが次々とお供えの花を手にして運動場の方に歩いて行くのが見えたので、まさかと思いながら再び運動場の奥まで行ってみると、そのまさか、幼稚園を見下ろすように、大きな大仏様が立っていた。なんだこの光景は。偶然にこの日は何かお祭りをやっていたみたいで、住民が絶えまなく訪れては大仏様に花を供えて拝んでいく。酒田市民の信仰を見た気がした。お供えの花は用意できなかったが、私も彼らに倣って心をこめて拝む。
 日和山公園方面にチャリを走らせて、今度は海向寺を訪れた。映画「おくりびと」に登場するNKエージェントを通りの向かいに見て建つ海向寺は、庄内地方にある六体の即身仏のうちの二体・忠海上人と円海上人を祀っている。私は宗教人ではないので、即身仏についての詳しい説明は省くが、簡単に言うと、つまりはミイラである。その即身仏が同じ場所に二体祀られているというのは、全国的に考えても極めて珍しい。大願成就の為に、一千日の厳しい修行を経て即身仏となった二人の上人に実際に対面を果たすと、宗教人ではないにしろ、何か心に沁み伝わるものがある。新潟県の西生寺には日本最古と呼ばれる即身仏弘智法院が祀られており、以前そこで対面した時に同じような感覚を覚えた。またここ海向寺は弘法大師空海が開いたと言われ、故に大日如来を御本尊としているが、これは私の干支(未年)の御本尊と同じであるため、そういう縁もあっていつもより心なしか熱心に拝んだ気がする。お堂にひとりで即身仏といる時間は、実際の時間の経過や目的を超えてそこにあったように感じる。
 日和山公園周辺は色々と見物しがいのあるスポットは他にもあるのだが、すでに夕方の時間になりつつあり、少し疲れてもいたのであまり無理はしないで、公園内を軽く散策するに止めることにした。酒田は松尾芭蕉ゆかりの地でもあり、公園には芭蕉翁のブロンズ像や句碑が残され、他の文学者の二十九基の文学碑も建てられて、「文学の散歩道」なるものが形成されている。広大な芝生の広場があり、犬の散歩をする住民の姿や、芝の上を走りまわって遊ぶ中高生を見かける。また、高台の展望台からは酒田港を望むことができ、爽やかな眺望にしばらく見入っていた。園内には明治時代建築の、日本最古級の灯台や、北前船の模型が池に浮かべてあったりと、湊町として栄えた酒田らしい光景を目にする。こういう公園っていいなあ、と素直に思う。
 宿舎までの道のりの途中に、あの有名な山居倉庫があったので、ちょっと寄って行くことに。米蔵が並ぶケヤキ並木の小道は、ここでしか見られない光景であり、なるほどたしかに見事なものであった。並木の道はそこだけ涼しくなっていて、爽やかな風も吹き抜ける。ちょうどよく屋外に休憩用のテーブルが置かれていて、全く感じがいい。蔵の中は物産館になっていて観光客で賑わっていたが、そういうのにはあまり興味が湧かない。お土産屋とか面白い試みとか、そういうのがなくても、ケヤキ並木を散歩したり、ボーっと座ったりするだけで旅心が満たされる。こういう時間や感覚は必要だと思う。
 そこから、観光自転車で通るには少し危ない大通りをひたすら走って宿舎へ。部屋が超タバコ臭かったので、備え付けのファブリーズをありったけ噴射していたら、霧が床に落ちて湿っぽくなってしまった。この日の夕食は、偶然に私と同じ用事で酒田に来ていたクラスメイトと、駅近くの食堂でふんわりディナーを楽しんだ。


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  1. 2014/09/22(月) 19:26:30|
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夏のイーハトブ旅行記

 この夏にSL銀河に乗ることが決まったので、その乗車までの旅程を立てる中で、SL銀河のモチーフである名作「銀河鉄道の夜」の作者である童話作家宮沢賢治ゆかりの地・花巻を回ってみようと考えた。
 旅立つ日、私は故郷である秋田県に帰省をしていた。実家は東北各地の名所を回る拠点にちょうどいい。田舎町から花巻までは奥羽本線の湯沢駅を発ち、横手駅で北上線に乗り換えて行く。この北上線がローカル線の中のローカル線といった風情で、ひたすら田舎の農村と山々を走り抜ける。錦秋湖を見下ろして進む区間があるが、この景色が素晴らしい。いつか青春18きっぷの宣伝ポスターにも採用された絶景である。この時はまだ朝方であったため、旅のはじまりとしてふさわしい爽快な車窓であった。終点の北上駅からは東北本線に乗って、花巻方面に向かった。
 一度花巻を通り越して、まずは花巻空港駅に降り立つ。賢治めぐりの旅の最初の舞台は、駅から徒歩二十分の県立花巻農業高校敷地内に建つ羅須地人協会だ。花巻農業高校はかつて賢治が教鞭を振るっていた学校で、敷地内には賢治先生のブロンズ像が作られている。銅像の近くに建っている羅須地人協会は、賢治が自炊生活をしていた家屋を移転したもので、「賢治の家」などとも呼ばれている。農学校を退職した賢治は、この家で農業技術や農業芸術を講義したり、レコードコンサートを開いていたのだという。賢治は“農業芸術”というものを興すために、セロの練習、演劇の勉強、世界言語・エスペラントの習得など、多様な方面に食指を伸ばし、寝る間も惜しんで必死に文化活動に励んでいた人であった。それに加えて、花壇の設計や肥料設計、そして稲作の指導にと、農業に従事し狂気のように村々を駆け回っていた。そんな賢治が病に落ちるまで、自給自足の暮らしをしていたのが、この羅須地人協会ということになる。玄関横の黒板には賢治の筆跡を模した、かの有名な「下ノ畑ニオリマス 賢治」が書かれてある。当時、家を訪れていた人たちが座っていただろう小さな丸椅子に座り、ひとり家屋を吹き抜ける風に当たっていると、なんとも不思議な気持ちがこみ上げてくる。余談だが、家の最寄り駅となる花巻空港駅は、花巻空港に隣接しているわけでもなく、結局空港までタクシーなどで行かなければならない位置にある駅である。周りには住宅や個人の商店ばかりが建ち、そもそも駅自体が小さい。花巻空港駅という大仰な名前に反したその実態に、“裏切り”を感じて、いっそ心地よくなってくる。
 賢治めぐりの拠点となる花巻駅に降りたのはまだ午前のことであった。駅に併設された観光案内所―私は旅先では観光案内所に必ず寄るようにしている―で色々な情報を聞き、次は宮沢賢治記念館のあたりに行くことに決めたが、そこに行くバスの時間までまだ間があったために、駅近くにある喫茶店、その名も林風舎で休憩していることにした。林風舎は賢治の弟の孫が経営しているとかいう喫茶店で、外見からアンティーク風でセンスがいいってのに、店内にはたくさんの個性的な輸入雑貨が並び、その雰囲気作りの徹底には驚かされる。いろいろなものがゴチャゴチャ置かれた場所は落ち着かないのだが、そこまでのレベルには達していなく、絶妙なラインで居心地のいい空間を保っているという感じだ。八月の蒸し暑い日である。先刻も屋外を歩いていたので、喉が渇いていた。アイスコーヒーのケーキセットを頼んだ。火照った身体に、冷たい飲み物とスイーツが実に沁みる。しばらく、旅の計画を立てたりして涼んでいた。
 時間がきたので、バスに乗って宮沢賢治記念館方面に向かう。旅の交通手段として、バスも案外と好きだ。その土地の住人の生活に溶け込むような気がして、この感覚が好きなのである。最寄りのバス停を降りるが、そこから目的の施設のあるところまでは、三百段ほどの長い階段を上らなくてはならない。ただでさえ膝が悪くて階段は不得手だというのに、こんな夏の暑い日に階段を三百段も上らなくてはならないとハ・・・・。死にそうになりながらもなんとか上りきった。時刻はお昼時だったため、このあたりで昼食を摂ろうと息を切らしながら考え、記念館付近の、観光客に人気のレストラン・山猫軒に入った。山猫軒とは、賢治の作品「注文の多い料理店」に出てくる山の中のレストランの名前である。店の入り口には、もう当然のように「どなたもどうかお入りください。決して遠慮はありません。」と書いている。やはり時間が時間だからか、平日だというのにレストランは満席であった。少し待って席に着く。店の中は結構広いのだが、幸いにして、隅の席に着くことが叶った。ランチタイムの慌ただしい店の真ん中では落ち着いて食事などできるわけがないからな。メニューにはイーハトブらしい定食(わんこそばとか。)も並んでいるのだが、単純に食べたいという理由でナポリタンを頼んだ。味はまあまあといったところ。時間帯のせいかもしれないが、店内はとても慌ただしい。明らかに店員さんの人数が足りていないと思った。
 腹ごしらえを済まして、満を持して宮沢賢治記念館に行く。ここは賢治の作品の原稿などはもちろん、鉱石や南無妙法蓮華経など賢治を創り上げた物々にまつわる展示や、先述したような農業芸術確立を目指して勉強していた痕跡なども見ることができる。愛用のセロなども展示されていて、賢治の多才さや好奇心が旺盛な人となりが容易に伝わる。賢治ほどの強い信念は持ち合わせていないが、彼の生き方には憧れるものがある。特別展示は三陸沖と賢治との関係についてのものだったが、どういうわけか、展示室内で「劇場版文学少女」が上映されていた。「鎧の下から衣が見える」と言ったところか、急にアニメ好きの顔が出てきてしばらく見入っていた。記念館から林を下っていくと、ポランの広場に行き着く。賢治が設計した日時計花壇があり、色とりどりの花が咲き誇っている。このあたりには他にも花壇が造られているが、かなり傾斜がキツくなっているところがあり、一度転んでしまったら一気に下まで転げ落ちてしまうのではないか?とも思えるくらいなので注意したい。
 例の三百段の階段を下り、今度は宮沢賢治童話村を訪れた。実を言うと、私は小さい頃から家族に連れられ花巻を何度も訪れており、先の羅須地人協会も山猫軒も記念館も初めての場所ではなかった。幼い私が特に気に入っていたのがこの宮沢賢治童話村で、何度訪れたか分からない。本当は立ち寄る気はなかったのだが、時間を持て余していたし、成長した自分にこの童話村はどう映るのか興味が湧いてきて、少しだけでもと、訪れることにした。時代の流れか、園内に人の姿がないのが少し寂しい。当時の記憶は断片としてしか残っていないので、もしかしたら昔からこんな感じだったのかもしれない。何度も訪れた思い出の場所であるのには違いないが、思ったよりも記憶にないところが多く、懐かしく思うよりはむしろ新鮮に感じる。こんな家族連れがまばらな園内に、いい歳した男がひとりで何をやっているのだろうと、ここを訪れたことを少し後悔するような気持ちであった。童話村というが、ここはほとんどが芝生の広場や、森の散歩道で占められている。メインとなる建物は「賢治の学校」と呼ばれている。ファンタジックホール、宇宙の部屋、天空の部屋、大地の部屋、水の部屋の五つに分かれたブースを順に回っていく形で、賢治の作品のエッセンスを感じるインテリアにはなっているが、直接的に作品と関係のある展示は一つもないことに気づいた。幼い私は、巨大な虫に囲まれて束の間のアリス気分を味わえる大地の部屋がお気に入りだったが、成長して色々なものを見てきた自分には、ただの大きなぬいぐるみでいっぱいの部屋という印象しか持たなかった。七棟のログハウス「賢治の教室」では昔はいろいろな体験学習ができたが、この日はどの部屋も閉められていた。唯一空いていた「森の店っこや」というお土産屋にもなんとなく入る気になれない。あの頃の思い出って、こんなものだったのかなと、悲しい気持ちになってしまった。芝生の広場にはステージが造られている。小さい頃、家族とここに座ってマクドナルドのハンバーガーを食べた記憶がある。成人を過ぎた今も覚えているとすると、当時の私にはとても楽しい思い出だったに違いない。あの頃のように、ただし今度はひとりでステージに腰掛け、自動販売機で買った炭酸飲料を飲みながら、しばらく童話村をぼーっと眺めていた。途端に家族のことが思い浮かばれ、自分だけ色々なところに旅に出ていることを、多少後ろめたく感じた。思い出の場所・童話村を後にして、そのまま歩いて新花巻駅に向かった。少し疲れてしまったので、この日はもう宿に行くことにした。
 翌日。宿から再び花巻駅に来たが、ちょうどSL銀河が花巻を出発する時間だったので、入場券を購入して、見送ることにした。SLに乗りながら、手を振る住民たちを見るのは楽しいが、立場を変えて自分がSLに手を振る方に回っても楽しかった。この列車には明日乗る予定だった。
 この日は、正午頃に遠野に行かなくてはならなかったので、花巻では早めの昼食を摂るに留めることにした。賢治めぐりのイーハトブ旅、それを締める食事ももちろん賢治関連からということで、花巻駅から歩いて十数分のやぶ屋総本店に立ち寄った。ここは寿司やそばが食べられる老舗の日本料理店で、わんこそばに挑戦できることで観光客に人気だが、実は宮沢賢治ともゆかりが深く、花巻農学校時代に賢治はこの店をひいきにしていて、いつも天ぷらそばとサイダーを注文していたのだ。当時サイダーはかなりの高級品であったらしい。早めの昼食ということで、開店直後に入ったが、誰も客がいなく、どのテーブルも空いているのに、いきなりカウンター席に案内された。普段温厚で通している私も、この扱いには少しイラっとした。板前さんに話を聞くと、どうやらこの日は団体の予約が入っていたらしい。だとしても、いきなりカウンターというのはどうも、な。注文はもちろん、天ぷらそばとサイダーだ。このテンプレ通りの注文をするのはかなり恥ずかしく、『天ぷらそばと・・・・サ、サイダー・・・・(赤面)。』みたいになってしまった。天ぷらそばはともかくとして、普段私はサイダーは嗜まないのだが、久々に飲んだ瓶サイダーは、驚くほど爽やかでおいしく、思わずもう一本頼んでしまった。おいしいものを身体に入れた後は、無条件で機嫌がよくなる。旅先でならなおのことだ。
 宮沢賢治が「イーハトブ」と呼び理想郷として存在していた岩手県、そして賢治の故郷・花巻市。彼の辿ってきた足跡をいま一度確かめてみると、彼の人間味が見えてきて、現実感のなく童話のなかに暮らしている印象だった彼が、本当はずっと前から自分たちの近くに生きていたように感じられるようになった。


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  1. 2014/09/19(金) 19:44:41|
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点いた!

 先日・・・・と言っても、もうだいぶ日が経ってしまったことだが、バックライトの不調で修理に出していた愛用のノートパソコンが、修理を終えて無事に私の元に帰ってきた。電源を入れるとバックライトが点き、液晶がその明るさを保つ。こんな当たり前のことで、これほど感動できるとは思ってもみなかった。
 家電量販店の長期保証があったからよかったものの、今回の事案で下手したら洒落にならないくらいのお金が飛んでいたかもしれなかったし、新しいパソコンに買い替えなきゃいけなくなる可能性もあった。金銭的な問題だけでなく、今まで旅先で撮影した写真や音楽データ、映像データなど、こういう点でも私はパソコン一台に強く依存していることに気づかされた。今でこそ気兼ねなく作業に没頭できるが、いつか来る“その日”に備える必要もあると知った。
 さて、これまで暗い画面を懐中電灯やデスクライトで照らしながら、そして画面に張りつき目を凝らしながらパソコン使っていたが、これはかなりのストレスであった。そんなんだから、ウチでパソコンを使う機会はめっきり減り、実習の課題レポートや、赤面ブログの赤面レポートを作成する際は、学校や図書館のパソコンを利用することが多くなった。人がいるところで作業するのには慣れていないので、これもこれで少し不便であったが、今ではそんな面倒ともオサラバ。とりあえず再び快適なパソコンライフに浸かっているところだ。


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↑アニメも見れるお!\(^ω^)/










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  1. 2014/09/18(木) 19:46:28|
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きらきらうえつーきらきら北半球の旅

 夏休みの期間中に、山形の酒田市に出向く用事があった。私の住む新潟無機終焉都市と酒田とは、日本海沿いに特急いなほが走っている。車や二輪を持たない私の交通手段は鉄道に限られてくるし、とある事情から、運賃に関しては特に心配する必要もなかったので、久しぶりに特急に乗る贅沢をしてもよかったのだが、時間に余裕があり特急に乗らなければならない理由が見当たらないのと、青春18きっぷをまだまだ余らせていたことを考えて、羽越本線のジョイフルトレイン・きらきらうえつに乗って酒田に向かうことにした。きらきらうえつは指定席券さえ購入すれば、18kipperでも乗車することができるのだ。
 夏らしいカラッと晴れた日の午前、始発の新潟駅から列車に乗り込む。新潟無機終焉都市に暮らして早五年にもなるので、このきらきらうえつについてはよく知っていたのだが、実際に見るのは案外この日が初めてかもしれなかった。外観塗装には、色々な色がモザイクタイル状に並べられていて、実にカラフルでポップな印象だが、少しデザインが安易かつ垢抜けないものに思え、実を言うとこの外見はあまり好みではない。
 きらきらうえつは全席指定、四両編成の観光列車だ。そのうちの二号車はラウンジカーとなっており、ラウンジ四席と、近くには売店もある。また、バリアフリーを考慮してか、デッキにはスロープが設置されているのも特徴の一つと言えよう。
 きらきらうえつ乗車は完全に思いつきであって販売開始直後に切符を購入したわけではないのだが、みどりの窓口の職員さんの協力もあり、私は運よく日本海を望む窓際の座席に座ることができた(切符購入時、海沿いの座席はここしか空いていなかった。危なかったですヨ?)。早速自分の席に向かってみると、なぜか男性が座っている。切符を見せながら、『ここ、私の座席ですが。』と言ったら、男性は「あ、ここ指定席なんですか!」と言って、いそいそと立ち去った。ここだけじゃなく、全部の席が指定席なんですが・・・・。発車後に車内を見て回ると、その男性は違う号車で座っていたので、ちゃんと指定席を買うことができたのだろう。
 私は肩幅がまあまあ広いので、こういう時に出来る限り隣に人が来てほしくないと思うのだが、その祈りもむなしく、隣の席には若い女性が座った。中年男性が座らなかっただけマシなのだが、若い女性というのもそれはそれで、また違った意味で気を遣う。結構可愛い。それにしても、女性がひとりでこのような観光列車に乗るなんて珍しい。あまり鉄道趣味を持っているようには見えないけど、帰省かしら、なんてことを考えていたら、その女性は程なくうつらうつらと睡魔に誘われ始め、ついに私の肩を枕にし始めたではないか。なんだこれは。一般的には羨ましい状況なのかもしれないが、私はひとりで静かに旅がしたいのだ。こんな若い女性(結構可愛い)に寄りかかられては、落ち着いて車窓を眺められないではないか。困ったなあ・・・・と、ちらりと女性の方を見てみると、その女性は結構胸元の空いた服を着ており、そして、あの、思ったよりも見事だった、その、いわゆる、“北半球”が露わになっているではないか。これはマズい。“北半球”はマズい。いや、ダメだダメだ景色を見ていよう。海、海、日本海。キレイな肌してるな。やわらかそう・・・・、て、あ!いやいやアカン!向こうの座席の人にこんな(女性の胸元を凝視している)ところを見られたら、すぐさま不審者扱いだぞ。ここは落ち着いて酒田に着いてからの計画を立てよう。んん。・・・・やっぱり生身っていいな。って、コラ!もういっそ、ラウンジあたりに行こうか。でもなんか逃げたみたいで癪に障るし、寝ている女性を起こすのもな。そう、私は紳士なのだ!にしても、なんで女性ってこんないい香りするんだろう。もうなんでもいいや。不自然にならない程度に見ているか。そうだ、細目。細目で見ていよう。などと、ひたすら悶々としていたら、その女性は途中の桑川駅で降りた。笹川流れに海水浴に来たのだった。彼女の同行者は違う座席に座っていたようである。ああ、残念・・・・じゃなくて、ああ、やっとゆっくりできるから一安心だ。ふぅ・・・・。なお、その後は私の隣の座席に座る乗客は現れなかった。
 きらきらうえつ沿線の旅の魅力は笹川流れを代表する、日本海の美しい景色であるが、この羽越本線は私が新潟無機終焉都市から故郷の秋田県に、鈍行あるいは特急いなほを使って帰省する時に必ず通るルートなので、実を言うと、新鮮味は全くない。だが、何度見ても、この景色は見飽きない。この日は見事な晴天であり、向こうには粟島もくっきりと見えるほどだったため、いつにも増して爽快な景色である。途中途中で、民家の窓などに、自分の乗るきらきらうえつの姿が反射して見えるのだが、外観のカラフルタイル模様が流れる様子を見ることができ、その光景は、なるほどたしかに“きらきら”している。
 この列車に乗ったからには、ラウンジを利用しない手はない。別に座席にいても素晴らしい景色が見れるのだが、せっかくジョイフルトレインに乗っているのだから、少しでも特別な気分を味わいたいというのが、旅心というもの。昼時に近づいてからラウンジカーに行ってみると、すでにラウンジは他の乗客グループで埋まっている。これはキビしいかなと思ったが、一応近くの売店の店員さんに、ラウンジの利用方法について確認を求めると、私の予想外に、このラウンジは予約をすることができるみたいだった(予約については乗車時に店員さんに確認しておいたほうがいいかもしれない)。予約方法も簡単で、希望の時刻を告げて整理券をもらい、時間がきたらまたラウンジに行けばそれでいいのだ。ね?簡単でしょう?早速予約をして、これにて、ひとりでラウンジに座ってランチを楽しむことに決まった。
 ラウンジを利用する時は、売店で何かしらの飲食物を購入しなくてはならない。私はきらきら弁当なるものを選んだ。ただのおにぎりでも何でもよかったのだが、せっかくだからそれらしいものを食べたい。私は幼少時、とにかく野菜が嫌いでハンバーグとかエビフライとかカレーライスとか、そういう大味な子供っぽいものばかり食べようとしていたが、最近になってやっと、野菜、そして煮物や漬物のおいしさに気づき、昔よりももっとたくさんのおいしいものを食べることができるようになった。そんな自分の成長を感じられる弁当だった。ラウンジでは、他の乗客と少し距離を置いて、ゆっくりと食事、そして流れる景色を楽しむことができる。ひとり旅の醍醐味は、やはりひとりでいる時間なのだ。
 旅の目的地である酒田駅に着いた。ここが終着ではないので、列車は私を降ろしてすぐに、次の駅へと走り始めた。その列車が走っているのを、その姿が見えなくなるまで見送っていた。たくさんの色をまとって走るきらきらうえつは、やっぱり“きらきら”していたんだ。


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  1. 2014/09/17(水) 19:53:14|
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シバケン-いかれたNeet-

Author:シバケン-いかれたNeet-
Sex:\(`・ω・´)
Work:堕医学生
Base:新潟死期終焉都市

趣味はお散歩、特技は悪だくみ

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