野良犬の生活

部活もバイトもやっていない堕医学生の暮らしを記憶するレポート

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モーニングの名古屋でモーニング

 新潟無機終焉都市ならともかく、関東や東海などのもっと南の地方なら、この時期にはもう暖かくなっているだろうとタカをくくっていたのが、そもそもの間違いだった。バスから降り立った名古屋の朝は思っていたよりも厳しい冷え込みを見せており、例の早合点から薄手のコートを羽織っていた私は身を震わせて歩かなければならなかった。
 時刻は、午前六時過ぎ。ここ、名古屋で乗り込む予定の列車は、だいたい四時間後の午前十時半に出発をする。そして、クラスメイトの乗る新幹線が、東京を出て名古屋に着くのが、午前九時過ぎ。合流もその辺りになるが、それまでは私ひとりの時間だ。さて、どうしようか。
 だいたいの目当てはある。名古屋で過ごす朝といったら、独特のシステムと満点のボリュームを誇る朝食セット、通称“モーニング”ということになるだろう。いずれ朝ご飯は食べることになるのだから、当地にきたあかつきとしてモーニングを楽しみ、残りの時間は名古屋城見物でもしてぶらぶら過ごすつもりでいた。
 事前にモーニングが食べられる店を調べておいたが、流石にこの早い時間から空いているところは一軒もない。一旦、JR名古屋駅構内で、どの店に行くか吟味しつつ待機することにした。過去に一度だけ、名古屋を訪れたことがある。だが、それは高校時代、部活動の遠征のときであったため、自由な時間は少しもなく、名古屋の街をじっくり見て回ることはできなかった。観光らしいことといえば、移動のバス車内から名古屋城をちらと見かけたくらいである。だから、日本でも有数の大都市とはいえ、名古屋に関してはよく分かっていなかった。
 バスの降車場から寒さに耐え忍びながら歩く。奇怪な名物モニュメント・ナナちゃん人形を通り過ぎて程なく見えたJR名古屋駅は、高く聳えるJRセントラルタワーズが目立ち、ひどく巨大な印象を持った。駅構内もダダっ広く、中央コンコースをはじめ、多くの飲食店やお土産屋が入っているが、その割に何かがあるというわけではなさそう。座って休むところも見当たらない。
 まだ朝早い時間帯であったが、驚いたことに構内のお土産屋はすでに営業を始めている。喫茶店などが開き始める頃まで他にすることもないので、暇つぶしにどんな名古屋みやげがあるのかを見ていた。その中に、名古屋モーニングをモチーフにしたお菓子なんかもいくつかあったが、それらを見て察するに、どうやら小倉トーストというのが有名であるらしい。確かに事前に調べた際にも、小倉トーストなるワードはよく見かけていた。トーストに小倉クリームを塗るという得体の知れなさから、当初はそれほどのときめきは抱いていなかったが、こうやってお土産にもなるくらいに推されているのを目の当たりにしてしまうと、思わずミーちゃんハーちゃん心が疼きだしてくる。
 行きたいお店は他にもあったが、あの寒さの中、再び外に出るのも嫌なので、今回は駅構内にある喫茶店Gにて小倉トースト、もといモーニングをいただくことに。開店してすぐだったため、店内には私の他に中年の男女一組が見えるばかり。私の注文は小倉トーストのモーニングで、厚みのあるトースト一枚(縦にカットされ二分されている)につぶあんの小倉クリームと生クリームが添えられたプレート、ゆで卵一つ、そしてドリンクのコーヒーがセットにされている。これで確か八百円程度。他のお店だとこのくらいの値段でパンが食べ放題だったりするので、正直、お得感はあまりない。自分で小倉クリームをトーストに塗りたくって一口目を口に運んだが、これが思っていた以上においしくて驚いた。洋風のトーストと和風の小倉が妙な調和を持っているのだ。生クリームをトーストの上に載せると、つぶあんとは違った淡白な甘みも加わって、これまたおいしい。名古屋滞在中だけでなく、定期的に食べたくなる味である。食後もしばらくダラダラとコーヒーをすすりつつ今後の予定を確認していたが、次第にビジネスマン様の客の姿が目立ってきて、旅行者にしか見えない私には場違いに感じ、喫煙席から漏れ出てくるタバコの毒煙にも耐えかねて、店を出ることにした。本当はもっとのんびりとしていたかった。
 クラスメイトの到着までまだ時間があったため、当初からの思惑どおり、名古屋城の見物に出かけることにした。地下鉄を利用すると楽チンなのだが、街の姿や地理関係を把握したいので、時間はかかるが徒歩で行く。名古屋駅から名古屋城までは、私の足で二十五分ほど。散歩が趣味の私には、「徒歩二十五分」はたいした数字ではない。名古屋高速下の薄汚い通り(菓子問屋などがあって趣は深い)を北に行く。浅間町で右に曲がってしばらくすると加藤清正像や能楽堂が右手に見え、それらを横切れば名城公園である。この辺りでは、まだ金のしゃちほこが有名な天守閣は遠くに小さく認められるばかりである。もっと公園の中に入ればしっかりと見えるだろうと思ったが、ここで思わぬ事態に遭った。実は、公園の入口のところにある門をくぐるときから入場券が必要で、天守閣に近づくにはこの入場券を購入して城内に入らなきゃいけなかったのだ。しかも、私が訪れた午前八時過ぎには、まだ開城はされておらず、これからの予定を考えても、天守閣との対面は叶わぬものとなったのだ。仕方なく、門外、お堀の外縁から天守閣の方を眺めたが、生い茂る木々の間、向こう彼方にやっと見えるだけの天守閣に、どうも煮え切らない物足りなさを感じた。
 弘前城、鶴ヶ城、松本城・・・・。私がこれまで対面してきたお城は、その周りが自由に往来できる公園になっていて、散歩をしている住民や、犬を連れている人たちがたくさんいた。私はその光景に、地域の“魂のシンボル”としてのお城の姿を見、大きな感動と城下町への憧れを覚えたものだが、この名古屋城は一体なんだろう。「公園」とは名ばかりで、実際は市民たちの城内への立ち入りを許さず、距離を置いて、どこかいそいそと身を隠しているようだ。諸々の事情があるだろうが、この出来事だけを以てすれば、残念ながらこの名古屋城はこの町のシンボルにはなりえないと、私は断言する。
 この、予想外の残念な体験により、気持ちがしゅんと萎んでしまったが、愛知県民体育館付近を中心に公園内にはたくさんの野良ネコが生息していて、新たなネコが次から次へと登場してこちらに寄ってくるので、気づけば周りはネコばかりという状況になった。私は動物が大好きなので、朝からネコに囲まれて、先ほどの情けない気持ちが慰められるようだった。
 そろそろクラスメイトが名古屋に着く時間なので、ネコたちに後ろ髪引かれる思いを振り切り、元来た道を駅に戻る。お城があるのに、お城が町のシンボルとして成り立っていない。この町のアイデンティティは一体ドコにあるのだろうか。そういえば結局、中心街らしきところは一度も目にしたことはないな。大都市・名古屋が、未だによく分からない。


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  1. 2015/03/29(日) 18:47:08|
  2. 旅行記
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クラスメイトが来た!(横手観光案内)

 クラスメイトが春休みの病院見学ツアーの合間に、私の故郷・秋田県に寄る機会があるとのことで、いつものように実家に里帰りをしていた私も、少しの時間だが、彼と合流して遊ぶという予定を立てた。この話は春期休暇に入る前から出ていたのだが、秋田について多くを知らず、旅らしい旅もしない彼のこと、実際に秋田で何をするのかは私に大部分を委ねられていた。
 数日の旅程を組んでいるならまだしも、半日足らずという時間的制約があって秋田で楽しめるところを考えるのは、とても難しい。秋田県は自然、食、酒、温泉、祭り、歴史、伝承など、“かつてこの国にあった暮らし”に即した魅力に溢れていて、一日そこらでは十分に堪能することはできない奥深さがあると、私は思っているからだ。しかし、特に旅が好きというわけでもなく、秋田に今も残る“情けない日本の姿”には興味のなさそうな彼を相手にこれを説くのは、全くの見当外れであろう。
 秋田市は今ドキの店があるだけで実は何もない街だから、私は行く気はない。角館→田沢湖の安易な観光ルートを提案してみたが、今度は彼に行く気がない。議論は停滞し、私の田舎町を訪ねて、私の生い立ちを辿るという案まで飛び出してしまう始末であった(それならそれである程度の用意をする自信はあったが)。結局、方針の決まらぬまま春休みを迎えることになったが、約束の日の直前に、彼から「(秋田県立)近代美術館に行きたい。」という希望を賜ったので、今回はそれをメインに据え、あとは適当に回るプランを組み立てることにした。
 彼は宮古から自動車で、私は湯沢から奥羽本線でと、それぞれの方法で移動し、近代美術館最寄りの横手駅で合流をする。当初は正午過ぎに落ち合い、まずは当地が誇るB級グルメ・横手やきそばでランチを摂る計画でいたのだけれど、前日に彼が体調を崩したので、色々と余裕を持たせて、最終的に午後二時過ぎに合流の約束になった。到着は私の方が後になってしまったので、彼の車に乗り込みながら『秋田にようこそ。』と言うあべこべを演じることになった。
 ところで、ここ横手は毎年二月中旬に催される伝統行事「横手のかまくら」であまりにも有名である。クラスメイトは本物のかまくらを見たことがないだろうし、せっかく横手という極めてレアな土地に来たのにかまくらを見ないで帰ってしまってはあまりにもカワイソウである。そういうことを慮り、美術館に向かう前に、市役所本庁舎のすぐそばにある「かまくら館」という施設に立ち寄らせた。ここには常にマイナス十℃ほどに保たれた部屋があり、そこで一年中かまくらを見ることができるのだ。かまくら室の出入口は二重になっていて、内扉と外扉が同時に開くことのないようになっている。この扉はボタン式で開くようになっているのだが、一々「ガガガ」という轟音が鳴って驚く。重厚な金属扉が開くと、中に本物のかまくらが見えるというのは、なかなか奇妙な体験であった。私は秋田の県南地域に生まれ育ったものの、かまくらをこれほど間近に見る機会はなかったので、お客の隣で素直に感動してしまった。しかし、室温マイナス十℃というのは、雪国・秋田に暮らしていても滅多に経験できない寒さであり、長々と見物するのはかなりの酷である。本来、かまくらの中では火鉢が焚かれており、その内部は思ったよりも暖かいという説であったが、この施設のかまくら内ではそのようなことはされていないので、普通に寒い。そういえばこの日、クラスメイトは体調があまり芳しくなかった。落ち着いて考えると、このマイナス十℃の世界は、身体の不調を来している人間にとっては地獄のような環境ではないだろうか。事実、意気が落ちているような彼の表情に、私は『しまった!』と反省する気持ちだった。
 クラスメイトの体調をちょくちょく気遣いつつ、ぼちぼち美術館へと向かうことにする。私たちのお目当てである秋田県立近代美術館は、秋田ふるさと村というテーマパーク(笑)のなかの一施設である。駐車場に車を停め、さあ美術館へ・・・・といったとき、ふと彼が、ふるさと村内の他の施設に興味を抱いたようであった。その施設の名は、「ワンダーキャスル」。四角三角などの単純な図形で構成された城型の施設で、色調は薄汚れた白銀に統一されている。知らない人が見たら、ラブホテルと勘違いしてしまいそうなビジュアルである。見た目が胡散臭いのは言うまでもないが、第一、「ワンダーキャッスル」という名前からして実に怪しいではないか。明らかにバブル時代の悲しき遺産である。これを初めて目にして混乱しているクラスメイトに説明を求められたが、実は私もこれについては多くを知らない。保育園時代に家族と一緒に訪れた記憶があるのだが、たしか私は出入口近くにあったボールプールでひたすら時間を過ごしていたために、内部の実際は見ていないのだ。
 キャッスルの入口に至る階段を上ろうとするが、巨大な雪塊が塞いでしまっていた。なんとか人ひとり通れるスペースがあった(あるように見えた)ので、クラスメイトの先行で日常生活では避けたい姿勢で上るが、大きな不安が襲い途中で立ち止まる。すると、頭上から人の声が聞こえたので、もしや別のルートがあるのではないかと、冷静になって階段を下りてみると、そこにはエレベーターがあった。どんだけ混乱してたの。
 保育園時代の記憶ではワンダーキャッスルの中はもっと薄暗く少し怖かった印象があるのだが、いま改めて訪ねてみると、案外と明るく開放的だったので拍子抜けしてしまった。思い出のボールプールもまだ存在しているみたいで、どこか安心したような気分を抱く。しかし、城内に入ってはじめに視線が向かう先は、真正面の「なまはげフリーフォール」である。男鹿半島の伝統行事「なまはげ」をモチーフにした、高さ五メートルの落下式すべり台である。噂には聞いていたが、こうやって生で見るのは初めて。すべり台の横から落下角度を確認してみたが、これはもはやただの壁だと言う他ない。だが、我々はお互いにいい年(クラスメイトは三十代。私は見た目が三十代)でありながら未だに少年の心を捨てずに大事に持っている人種であるため、当然のように後ですべる流れができた。
 ワンダーキャッスルのメインの展示は、城の三階四階にある「トリックアートワールド」である。「トリックアートワールド」・・・・これまた寂寥を秘めている響きである。こういうトリックアート系の施設は、二十世紀に全国各地の中堅観光地に創られ、諸事情で今は廃墟と化しているものの典型である。それを、今もこうしていちばんの武器にして商売をしているというところに、第一の物悲しさがある。そして、プロジェクションマッピングや3D技術の進歩は目を見張るものがあるが、そんな時代に未だにハリボテの二次元絵で人を楽しませようとする竹槍根性に、第二の物悲しさがある。最初は自慢の技「から元気」で楽しげに見物していた私たちだが、次第にこの、文化祭のお化け屋敷的な物悲しさに気づき、囚われ、最後にはどこか耐えるように、一種の惰性で順路を辿るようになってしまっていた。
 具体的にどんなものがあるのかを記録してみるが、ますパンフレットに「No.1人気コーナー!」という紹介がされていた、「斜めの部屋」は平衡感覚が失われて、歩くことも難しく、入ってすぐに気持ち悪くなる。クラスメイトは本当に苦しそうであった。また、「エイムズの部屋」というコーナーがあるが、これは基本的に三人以上のグループじゃなきゃ楽しめない代物である。私たちのように二人で行ってしまうと、微妙な気持ちになってしまうので注意が必要である。また、三階の「ワンダーサーカス」という一画は、ハッキリ言ってめちゃくちゃ怖い。ちょっとしたホラーハウスである。題材となっているサーカスからして、ちょっとしたホラー要素を孕んでいて怖い(これは私観)というのに、それに加えて、壁に描かれた絵が訪問者の恐怖感を倍増させる。ピエロは、サーカスに欠かせないキャラクターであるが、「ピエロ恐怖症」というものがある(原因はどう考えても「IT」(1990)だと思うのだが・・・・)ように、見た目はかなり怖い。ディズニー映画のようにデフォルメして描けばまだよかったのだが、よりによってここのピエロは眼光がガチ。例えば「ダンボ」(1941)に出てくるピエロたちは目がアニメチックな黒目だけでまだかわいらしさがあるが、ここのピエロはきちんと白目があって、やけに写実的なのだ。これが実に背筋が凍る絵なのである。楽屋を覗けるような小コーナーもあるが、やはりリアルな絵と不気味な静寂に襲われ、覗いたことを大いに後悔する。このトリックアートワールド、来訪者にも求めるものが大きいように思えてならない。積極的に写真撮影にヤイヤイとはしゃいでいれば、それなりに楽しめるのであろうが、私たちのように、最初から混乱を持って入ってしまった者は、もはや向こうの意図からして通じなくなり、不可解な気持ちに呪われてしまう。実に恐ろしいスポットである。
 ・・・・とまあ、そういうふうに書いてしまうと、私がワンダーキャッスルをボロボロにこきおろしているように思われてしまうかもしれないが、物悲しさはあっても、心からの楽しさは感じなくても、決して面白くないわけではない。むしろ私は、こういうなんとか頑張っているような時代遅れの施設が結構好きである。閉鎖寸前のしょんぼりとしたレトロ感が、なぜか落ち着くのである。各地の微妙な観光スポットにある薄汚い売店を見ると、ほっとするのである。私のように、清潔で見た目のいいモノばかりが崇められ始めたこの国に、今も息づく“情けなさ”を感じたい向きには、このワンダーキャッスルはオススメである。
 戦慄のトリックアートワールドから逃げ出した二階には、巨大なアスレチックがある。こういうアスレチックに憧れを持つ私は是非ともヤイヤイしたかったが、クラスメイトが混乱状態から回復できず、体調が悪化したみたいな顔をしていたので、諦めた。先述した、なまはげフリーフォールの飛び出し口があったが、滑るためには、どうやらゴザ袋を履いて、ヘルメットを装着して、スタッフの人を呼び出さなきゃいけないという、実に億劫な過程を経なければならないらしく、すっかり気持ちが萎えてしまい、見送る方針をとった。しかし、すぐさま「チューブスライド」という自由に滑れて、一階に下りることができるすべり台を見つけた。というのに、出口にあたりに人が座っているのを見て、照れが出てしまった私たちは、しばらく踏ん切りがつかずにくすぶっていた。すると、高校生~大学生に見える若い女子二人がやってきて、私たちを尻目に、躊躇いなくすべり出してキャッキャしているではないか!それを目にすると、「よし、行くか。」と、彼女がすべり終わったのを確認して、私たちもすぐさますべり始める。結構スピードが出てこわい。そういえば、この女子二人組だけでなく、この日は若い女子グループが多く訪れていて意外に思った。ここは今どきガールにとっては熱いスポットなのであろうか。
 シュールな彫刻が立ち並ぶ広場を抜けて、いよいよ本来の目的である近代美術館に入る。秋田県立近代美術館は、奇怪なデザインの巨大な建築である。この日は企画展として、秋田出身の画家たちが日々描き残した写生スケッチを主に集めた展覧会を開いていた。私は美術方面には明るくないので、今回特集されている画家はひとりも知らなかったのだが、美術館という空間自体が好きなので、別段、退屈することはない。有名な作品だけを見るためだけに美術館に出かけるのはもったいないと思う。こういう作品としては完成していないスケッチからでも、何かを感じとることはできるはずだ。
 秋田ふるさと村内のお土産コーナーでクラスメイトたちへのお土産(長期休暇後にはいつも秋田県のお土産を配っている)を買い、フードコートでしょうゆソフトをインストールして(クラスメイトは何も食べなかった。申し訳ないことをした・・・・)一休みした後、帰りの電車の時間に合わせてクラスメイトに駅まで送ってもらった。彼はこのまま秋田市に向かい、翌日には病院見学の予定ということであった。体調が悪いというのに、なんともタフである。
 今まで何度も通った道や街並みを大学のクラスメイトと見るというのは初めてで、なんとも不思議な体験であった。出身地は、家族と並んで、人の人生や人格形成における“種”のようなもので、今まで重ねてきた後天的要素の中に秘められた最も内面にあるものである。だからこそ、それらを人に見られるのは恥ずかしく思うのだろう。この日も私はいささか恥ずかしい思いをしたのだが、他の地方ならともかく、秋田県の、しかもマイナーな県南地域を訪れてくれる友人がいるというのは、素直に嬉しいことである。


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  1. 2015/03/25(水) 18:55:58|
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俺の Disney’s Best of Best [パーク篇]

 昨年の初夏、私はこのような企画をやっていた。

「俺の Disney's Best of Best [映画篇]」

 事あるごとに次々と発売されるディズニー音楽のベスト盤CD。それらの選曲がありきたりであるのを見て、『これがホントに“ベスト”なのか?』『だったら自分にとっての“ベスト”は何だろう?』という疑問が湧いて、そこから思いついた企画である。この時は、[映画篇]と称して、数々のディズニー映画の楽曲から珠玉の12曲を選んで紹介をしたのだが、このレポート(赤面)の枕は、以下のような一文で締めくくられている。
『また、ディズニーランドなどのパークミュージックについては、違う機会にベストを紹介しようと思っている。』

はい。忘れてました。

 それはもう見事に、忘れておりました。自分がこんな企画をやっていたことを。
 前回のレポート(赤面)の提出からすでに9か月が経とうとしているわけだが、せっかく思い出したことは、二度と忘れないうちに取りかかるのが吉である。
 というわけで今回は、私が考えるディズニー・パークミュージックのベスト12曲を紹介していこうと思う。前回の[映画篇]は私の個人的趣味が存分に反映されているが、今回の[パーク篇]は少しベタな選曲になってしまうかもしれない。また、前回の形式に則って12曲縛りということで進めていくが、パークミュージックとなると、ショー、パレードはもちろん、アトラクションや、エリアBGMもまとめて選考に入ってくるので、その中でたった12曲というのは、はっきり言って少なすぎる。そのため、私にしても取り上げることを泣く泣く諦めた曲もかなりあるので、「私のお気に入りの曲が入ってないじゃない!!むっきー!!」というヒステリーは起こさないでいただきたい。


1.フェアリー・ガーデン(東京ディズニーランド「ディズニー・ファンティリュージョン」より)
 ホントすいません!ベタだってのは重々承知してるんですけど、コレは外せないっ!
誰も疑う余地のない、ディズニーのパーク音楽の最高傑作。未だにこれを超える完成度のパレードを観たことがない。壮大かつ神秘的なファンファーレと胸高鳴るメイン・テーマは一度聴くと、心に残って離れない。キャラクターなどのディズニー要素をできる限り排して、幻想的な自然世界を表現するのに力を入れているところが、かえってディズニーらしく思える。そして極めつけは、第2セクションの「イヴィル・ヴィランズ」である。明らかにいちばん力を入れているパートだ。このセクションも音楽(たしか、メイン・テーマを短調にしただけだったような)も滅茶苦茶かっこよくて、もう鳥肌が立ちっぱなし。登場するキャラクターのセレクトもたまらないのだが、各キャラクターごとに関連音楽をミックスしているのも素晴らしい。各キャラクターのイカれた喋りもシビれる。ショー・パレードの完成度を高めるには、キャラクターが英語で話すことが不可欠だと実感できるパレードだ。クライマックスの「禿山の一夜」に至っては、もう語る言葉が見つからない。このセクションはただただ圧倒されて、何も考えずに立ちつくしながら観るのが正解だと思う。ちなみに第3セクションは惰性で観てました(笑)。


2.東京ディズニーランド10thアニバーサリースペクタキュラー「イッツ・マジカル!」
 うーん、これもちょっとベタですな~。でも好きなんだから仕方がない。
「イッツ・マジカル!」は個人的にキャッスルショーの最高傑作じゃないかと思っている(たぶんそう思ってるの、私だけじゃない)。神秘的な音楽や密度の高いシナリオ、そして他とは一線を画す独特の世界観は、今も玄人の胸を熱くさせる。色々と観比べてみると、このショーは他の演目とは違う雰囲気を纏っていることに気づく。なんというか、少し“無機質”というか、“金属的”というか、“硬派”というか。最近のディズニーのショーは、ゲスト(そのなかでも特に、その8割を占めるであろうキャラクターが好きなだけのヒト)の好みに合わせて、どこか譲歩して内容を作っているように見えるが、この「イッツ・マジカル!」はディズニー側がやりたいことをやって、何を感じるかはゲストに委ねる、というかたちになっていると思う。オープニングに流れる東京ディズニーランド開園10周年のテーマ・ソング「ジョイン・イン」からして洋楽風のかっこよさがあってイカすが、そこからミッキーマウス登場時のファンファーレ(これがまた超かっこいいのよ!)→ダンサーが続々登場するときの盛り上がりと、一気に畳みかけられて、こちらとしてはもう気持ちが高ぶらずにはいられない。“ビッグ7”登場演出もかなり凝ってる。「ファンティリュージョン」に通じるところがあるが、登場キャラクターを最小限に抑えているのが、ホント、洗練されてて実に素晴らしい。メインのシナリオは“ビッグ7”とヴィランズだけで進めて、他のキャラクターはエンディングにぞろぞろ登場でいいと思うんだけどなあ。


3.オープニング(東京ディズニーランド「ワン・マンズ・ドリーム」より)
 3連続ベタすいません。いやホント仕方のないことでごぜえます。
 言わずと知れた伝説のショー「ワン・マンズ・ドリーム」の伝説のオープニング。「Ⅱ」じゃダメなんです!初代がいいんです!何がいいのかを一々語っていくと、フルスコアを辿っていってしまうのでここではざっくりいきたいが、まず、はじめの「♪ワ~ン マ~ンズ ドリ~~~~~~~~~~ム」、この時点で双眸から落涙は必至。そしてカーテンが開き、動かないモノクロのミッキーマウスとミニーマウス。ウィリアム・テル序曲が流れて動き出して、花束を渡すミッキーの頬へのミニーのキスとともにステージに色が現れて盛り上がるイントロが流れてダンサー(初代はクラシックな揃いの衣装でかっこいい。「Ⅱ」はカラフルだが統一感がなく安っぽく見えてしまうのであんまり・・・・)たちが登場してミッキー&ミニーも回転扉でカラーになって虹がかかって、ついに「♪ワン マンズ ドリ~~~~ム」と歌い、踊り出すというこの一連の流れが、ホントに素晴らしい。個人的に、ミッキーとミニーがダンサーに囲まれて踊っているのを観るのが好きなんですよね。また、このオープニングは歌詞がいい。ウォルトが生きているんですよ、この歌には。そして日本語が美しいんですよね。「星に願いをかけること 教えてくれた」なんて、感涙するしかないじゃない!あと、このショーの中では「不思議の国のアリス」のキャタピターのシーンでの、ジャズアレンジの「A・E・I・O・U」がゴキゲンな感じでいい。ちなみに「Ⅱ」だったら、ヴィランズ・パートの「イン・トゥ・ザ・ファイヤー」が大好きです。オープニングとここだけ観てる感あります。


4.「ディズニー・オン・パレード 100 イヤーズ・オブ・マジック」
 ベタ・・・・ではないよな?
これは、ウォルト・ディズニーの生誕100周年を記念して2000年にスタートした、デイ・パレードである。ディズニー作品を中心にしてアメリカの文化史を辿っていくようなパレードで、フロートの統一感はあまりないし、どうして70年代後半~のロック時代に1961年公開の「不思議の国のアリス」がフューチャリングされているのかなどの疑問はいろいろとあるが、それだけに面白い試みだとも言える。実際、このセクションの音楽はかっこいいし(特に「A・E・I・O・U」が)。「プレーン・クレイジー」や「シリー・シンフォニー」の単独フロートがあるというのも極めてレアだし、ノリノリのヴィランズの皆さんも新鮮だった。そして、何よりもメインテーマがものすごく耳に残って覚えやすいのよ!各フロートの世界観に合わせてのアレンジもとても自然。今でもたま~に口ずさんでしまう名曲です。


5.オール・オブ・ミー(東京ディズニーシー「ビッグ・バンド・ビート」より)
 2006年、東京ディズニシー開園5周年プログラムの一環としてスタートした「ビッグ・バンド・ビート」は私もとても大好きなショーだ。ディズニーの仲間たちも活躍しながら、本格的なビッグ・バンド・ジャズも楽しめるという実に贅沢なショーだ。これまた豪勢なブロードウェイ・ミュージックシアターに足を運び、このショーを鑑賞したときには、他のテーマパークとは桁違いな、圧倒的なディズニーのエンターテイメント力を強く感じずにはいられない。というか、このショーは世界のパークに誇ってもいいとさえ思える。
 このショーのお気に入りのシーンは、まずはエロかわいいネコダンサーが登場する・・・・え?ディズニーキャラクターも出てくるって?う~ん、そうだったっけ?まあいいや、その「ジャズ・ベイビー」と、クライマックスの「シング・シング・シング」でドラムを叩いたあと(ドラム・ソロの掛け合いで時々嫌らしいアドリブを入れるところが憎い)すぐさま華麗なジャズ・ダンスを披露するミッキーマウスのスーパースターっぷり、そして、そのクライマックス前の「オール・オブ・ミー」だ。曲だけを評価すると、いちばん好きなのは「オール・オブ・ミー」になる。男性シンガーがひとりだけステージに立ち、バンド・メンバーを紹介したあとに歌う。このショーの中でいちばん舞台の上がシンプルになるナンバーだが、なぜか好きなんだよなあ。


6.ストームライダー組曲(東京ディズニーシー「ストームライダー」より)
 「ストームライダー」は特に大好きなアトラクションの一つだ。あのサイエンティフィックなSF的世界観は全くたまらんですな。設定の作り込みも流石はディズニーと言ったところ。「ストームライダー」のデザインも斬新だし、何より「ストームライダー」っていう響きがもう最高にイカしてる。実はディズニーパークのアトラクションは、ノン・ディズニーものの方が全体の作り込みが半端じゃなくて魅力的だというのは多くの人が気づいているところ。ディズニーものは“再現”に終始しているところがあるが、ノン・ディズニーものは何から何までゼロからのクリエイトですからね。「タワー・オブ・テラー」や「センター・オブ・ジ・アース」なんかもそうだけど、揺れたり落ちたりのスリルに絶叫するのだけを楽しんでいたらもったいないですよ。そういうのを楽しみたいなら他の遊園地に行った方がいいですよ。ディズニーだからこそ創ることができる異世界の体験という視点も待ち合わせていた方が断然いいですヨ!
 そして、このアトラクションのライドBGM、いわゆる「ストームライダー組曲」だが、初めてこれを聴いたとき『なんてかっこいい音楽なんだ~!』と心が震えたのを覚えている。そしてキャプテン・デイビスの「じゃあな。」にときめいた。


7.ビジョナリアムのテーマ(東京ディズニーランド「ビジョナリアム」より)
 アトラクション音楽が続きます。題名が分からなくて「ビジョナリアムのテーマ」と自分でタイトルをつけてしまいましたが、分かる人は分かってくれるはず。
 「ビジョナリアム」・・・・東京ディズニーランド開園10周年プログラムの一環としてオープンするも、諸事情により2002年に多くのファンに惜しまれながらクローズした、ウォルトがトゥモローランドに託したテーマ「未来への夢・ロマン」を最も体現している、最高のアトラクションだ。「アメリカン・ジャーニー」のような360度円筒スクリーン「サークルビジョン360」形式で、タイムキーパー(CV:所ジョージ)と(自称)美少女ロボット・ナインアイ(CV:斉藤由貴)のタイムマシン実験に付き合うという内容であった。このストーリーで、ジュール・ベルヌ(CV:岡田真澄)やH.G.ウェルズ(CV:青野武)という、歴史に残るビジョナリーの面々も登場するが、ラストシーンで、タイムキーパーの計らいでタイムトラベルを体験し、飛行機に乗って近未来の世界を見下ろしながら、ジュール・ベルヌ御大が実に嬉しそうに叫ぶ「未来に不可能はないのさ!」はもう、感涙必至。この「未来に不可能はないのさ!」は、まさにトゥモローランドのコンセプトを表現する名言であり、ウォルト・ディズニーというビジョナリーが私たちに伝えたかった思いである。トゥモローランドは決してピクサー作品の世界などではないのだよ。
 このアトラクションのテーマ曲は、前世紀のレトロな宇宙映画を思わせる勇壮な曲調で、
聴くだけで胸が高鳴る。アトラクションのクローズにより、もうこの曲は聴くことができなくなったと思いきや、嬉しいことにシーのポートディスカバリーのエリアBGMに使用されている。「レトロフューチャー」がコンセプトのテーマポートにとても似合っている。


8.エヴリバディ・ハズ・ア・ラフィヒング・プレイス(東京ディズニーランド「スプラッシュ・マウンテン」より)
 「スプラッシュ・マウンテン」は今もゲストの行列を作る人気アトラクションだが、その題材となった作品が世間に全く認知されておらず、実に不憫なアトラクションだとも言える。「南部の唄」(1946)はなあ・・・・ホント残念だよなあ・・・・。私みたいに、例えばインターネットなどで全編観ている人はまだマシだけど、ストーリーもキャラクターの名前もままならない人たちは、これに乗って一体何を感じているのだろう。
 この「南部の唄」は、ディズニー音楽を代表する名曲「ジッパ・ディー・ドゥー・ダー」の元ネタ、否、本物であるが、これ以外にも「ハウ・ドゥ・ユー・ドゥ」や「エヴリバディ・ハズ・ア・ラフィヒング・プレイス」など、いい曲が揃ってるんだこれが。で、この「スプラッシュ・マウンテン」でも、これらの唄が流れるが、「エヴリバディ・ハズ・ア・ラフィヒング・プレイス」のアレンジがすさまじくいい!原作だと、キャラクターがふざけて歌っているようだが、これでついに楽曲として完成したような印象である。


9.パピーラブ(東京ディズニーランド トゥーンタウンエリアBGM)
 パークを何気なく歩いていると、耳に入ってくるエリアBGMも結構素敵なことに気づくだろう。ランドならワールドバザールのラグタイム音楽が、シーならメディテレーニアンハーバーの陽気なイタリア音楽が好きですね。メディテレーニアンハーバーの「もう糸はいらない」のアレンジがまた凄まじいんだ、これが。だが、エリアBGMでいったら、私のナンバーワンは、トゥーンタウンの「パピーラブ」ですね。「Puppy Love(邦題:ミッキーの日曜日)」(1933)という短編に使われている音楽ですが、「古き良き時代」ってこういうことを言うんだろうなあって思ってしまうほどに、ロマンチックで優雅、それでいてゴキゲンな曲だ。なぜか「東京ディズニーランド ミュージックアルバム」に収録されてるんだよなぁ。


10.ファンタズミック!(東京ディズニーシー「ファンタズミック!」より)
 はーい、再び“BT”(ベタタイム)がヤッテキマシタヨ!
 「ファンタズミック!」は、もう説明する必要はないかもだが、1993年カリフォルニアのディズニーランドで初演を迎えたショーだ。私は某動画サイトで観たのだが、これ、ディズニーが手掛けるショーの最高傑作でしょ!あのファンファーレに乗せて水と光と色彩とを操るミッキーマウス、ロック・アレンジの「Pink Elephants On Parade」、実際に動く海賊船の上でのピーター・パンとフック船長の決闘、ディズニー・プリンセスの世界(アレンジが凄まじくいい)、そしてここでも極めつきはヴィランズの圧倒的な闇の力、そしてついに実体化したマレフィセント・ドラゴン(あれは本物)!炎も吐くよ☆マレフィセントを倒したあとに世界を甦らせるのはティンカー・ベルだというお約束も忘れていない。で、エンディングがホントによくて、モノクロのミッキーマウスが操縦する蒸気船(マークトウェイン号)に、昔から現代までのディズニーキャラクターが乗っている。つまり今までのディズニーアニメーションの世界は、1928年の「蒸気船ウィリー」から始まったってことなんですよ!このショーにはウォルト・ディズニーが生きているんですよ!泣くしかないじゃない!クライマックスはファンタジア・ミッキーが登場して、花火を縦横無尽に打ち上げ、もはや神々しい。かと思ったら、最後の最後にはおなじみの衣装というのも印象的ですな。このショーを生で観ることは私の悲願である。
 それがついに東京ディズニシーに輸入されると聞いたときの私の顔を見せてあげたいくらいですよ。初めてパークで「ファンタズミック・ファンファーレ」を聴いたときの私の感動はどうやっても伝えきれそうにない。それくらい「ファンタズミック!」には思い入れと憧れがあった。まあ、シーのは「ファンタズミック!」とは別物かな思ってますけど・・・・。


11.東京ディズニーシー「ファンタズミック!」前後のBGM
 これは少し説明が必要ですかね。
 まず前のBGMですが、「ファンタズミック!」の上演を、メディテレーニアンハーバーの夜景を眺め、さざ波の音を聴きながら待っていると、森川智之さんのナレーションでショーについてのアナウンスが流れますでしょ?そしてその直後、今まで陽気な、あるいはロマンチックなイタリア音楽がBGMとして流れていたところに、いきなり、“いかにももうすぐ「ファンタズミック!」が始まりますよー”みたいな音楽になりますでしょ?それです。分かってください(懇願)。「イッツ・マジカル!」の世界観に似ているところがあると思うんですが、神秘的でありながらちょっと無機質みたいな曲調。宇宙を漂っているかのような浮遊感。あれがたまらなくかっこいいんですよ!こちらの気持ちも滾るってなわけです。
 で、今後は後のBGMですが、ショーが終わった後も、しばらく「ファンタズミック・ファンファーレ」が流れていますよね。あれも大好きなんですよ。なぜかというと、あれはメロディがカリフォルニア版の「ファンタズミック!」そのものなんです!下手したらシー版よりも思い入れのあるカリフォルニア版の音楽がパークで聴けるというのが、ホントに嬉しくてしょうがないのです。


12.「ワンス・アポン・ア・タイム」
 締めまでベタになっちゃってすいません。
 「ワンス・アポン・ア・タイム」・・・・2014年にスタートした、東京ディズニーリゾート初のプロジェクションマッピングによるナイトショー。「ワンス・アポン・ア・マウス」じゃないよ。「ワンス・アポン・ア・タイム」だよ!
 シンデレラ城をスクリーンにした、いま流行りのプロジェクションマッピングということで、世間の注目度はかなり高く、現在のランドのメインといったらこれだといってもいいでしょう。ですが、実は私、これまだ一度も観れてないのです・・・・(泣)。「オウオウ、そんじゃあ貴様なんでベストなんかに入れとんじゃい?」と思われるでしょう。自分でもそう思ってるし。
 このショーの音楽は、昨年の「ディズニー・オン・クラシック」で初めて聴きました。ディズニー伝統のファンファーレで心をグっとつかまれるや否や、曲はピアノだけの演奏になり、あのなんとも懐かしく切ない旋律を奏でていくではありませんか。そしてそっと歌い始めるシンガーたち・・・・。ここで初めて聴いたというのに、目頭が熱くなった。私の乏しい語彙では形容できませんが、とにかく懐かしい気持ちになるんですよ、この音楽を聴いていると。音楽だけでこんな有様だったら、実際にパークで観たら大変なことになるんじゃないか。でも、たとえ大変だとしても、その体験は絶対にかけがえのないものになるだろうと予感している。近々観に行きたいところですな。


 なんだかんだかんだなんだで、結構ベタなセレクトになってしまったが、以上が私のDisney’s Best of Best [パーク篇]になる。選曲したものを眺めてみると、自分はただの“ファンファーレ好き”なんじゃないかと思えなくないこともなくもない。歴史を辿ってみても、パークは実は素敵な音楽の宝庫なのです。アトラクションの待ち時間にばかり気を取られていないで、ふとした瞬間に聴こえてくる音に耳をすませてみてはいかが?










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  1. 2015/03/24(火) 00:20:12|
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「一生に一度はお伊勢参り」(伊勢名物赤福の旅)

 春休みの序盤に計画したクラスメイトとの旅行は、鉄道旅行としての面が強かったが、一つメインの地名を挙げて言い表すとなると、あれは、伊勢を巡る旅であったということになりそうだ。伊勢神宮の外宮(げくう)内宮(ないくう)の参拝を主要の目的として、その他諸々を含め、伊勢の街を堪能するような旅行だった。
 旅のはじまりは近鉄伊勢市駅。正午を過ぎての到着である。伊勢神宮の二つの正宮・外宮と内宮の参拝が私たちの大きな目的であったが、色々な都合から、まずは駅からほど近い外宮から詣でることに。ちなみに、この時の私たちは何も知らなかったが、古代から外宮、内宮の順で参拝をするのが正式なんだそうだ。あ~よかった。
 駅から外宮まで真っ直ぐのびる外宮参道は、思ったよりも新しい店が多く並んでいて、さっぱりと垢抜けている。そして時折、重厚な歴史を感じさせる面構えのお店が建っているというような印象だった。参道の終わりが見え、代わりに正面に外宮が広がり始めるというところに、赤福の外宮前特設店がある。そう!伊勢といえば、神宮とこの名物餅・赤福である。赤福本店は内宮の参道にあるのだが、このようにフラッグショップも開店しているみたいである。しかし、ここはまず参拝をしに行ってからということで、何事もなく店の前を通り過ぎるに至った。
 おしゃれな店で賑わう参道を抜ければ、目の前に広がるのは外宮の森である。表参道の火除橋を渡れば、そこはいよいよ外宮の神域だ。第一鳥居、第二鳥居と参道を進むが、周囲には無数の木々が生い茂っていて、ますます森のイメージが強くなる。神楽殿を過ぎる頃になると、大きな神杉も並ぶようになって厳かさが増してくる。伊勢神宮では二十年に一度、神殿を新しく作って、そこに祀られている神様に引っ越しをしていただく、「式年遷宮」という大祭が行われるが、二〇一三年の十月に遷宮を行ったため、御正宮はとても新しい見た目となっている。御正宮に限らず、どの神殿でもそうだが、引っ越しの跡は古殿地と呼ばれ、小さな社(覆屋というらしい)が建っていて、次の遷宮の時を静かに待っている。外宮には豊受大神(とようけのおおかみ)という神様が祀られている。豊受大神は天照大神の食事を司っていて、衣食住をはじめとする産業の守り神である。御正宮はとても広大であり、何重もの垣に囲まれているのを眺めていると、たとえ詳しい由緒などを知らなくても、誰でも清廉な心境になりそうだ。外宮には、形が亀に似ている、その名も亀石(そのまんまですね)で池を渡った先に、多賀宮、土宮、風宮という三つの別宮がある。石段の上った先にある多賀宮をはじめ、どれもさらに森深いところに佇んでいて、周囲には異様な静けさが漂っている。正宮のように、別宮も一定の頻度で遷宮をするらしく、新しい風宮がまさにいま作られているところであった。
 外宮をお参りして、待望の赤福に立ち寄る。お店ではお土産用の赤福を購入することはもちろん、「盆」という、赤福餅三個とほうじ茶のセットをいただくことができる。私たちも迷わず「盆」を注文する。これまでお土産に赤福をもらって食べることはあったが、こうして地元で食べるのは初めてで、これには感慨の浅からぬものがある。今まで食べた赤福は、食べる頃には餡も餅も固まってお互い分離してしまってしまう(それでもおいしかった)が、伊勢で食べる赤福は、餡と餅にしっかりと引っ付いて離れない。餅のもちもち感も凄まじく、これなら喉に詰まらせて窒息してもおかしくない。かつ、噛み切ることができずないで、結局一口で食べてしまうのだ。これまで私が食べた赤福よりも桁外れにおいしい。これが、赤福の真の姿・・・・。
 続いて内宮へと近づくべく、電車に揺られて近鉄五十鈴川駅に降りたった。この日の宿舎も内宮の近くにあるため、駅からバスに乗ってそちらの方面へと向かうのだが、次のバスまで時間もあるため、私のわがままで、とある場所に寄り道をすることになった。伊勢の古市はかつての歓楽街であり、江戸時代には吉原、島原とともに三大遊郭に数えられるほどの賑わいを見せていた地区である。そのうち、今も営業を続けている老舗宿・麻吉旅館のある一角は、当時の名残をとどめていると聞きつけ、この度の伊勢旅行でも是非訪れてみたいと思っていたのだ。五十鈴川駅から住宅街を歩いて十数分ほど、伊勢自動車道沿いの歩道から一本入ればすぐのところに、唐突にそれはあった。『なんだこれは!?』石段に合わせて、多層的に入り組むように建てられている麻吉旅館。これまで各地の昔町や昔ながらの通りは何度か訪ねたことがあるが、それらを遥かに凌駕するタイムスリップ感。かつての歓楽街というが、なぜかほのかに醸される、つげ義春作品に出てきそうな怪しげな場末感。これは、すごい。先の神宮とは全く違う種類の感動を抱いた。これは、ホントに、すごい。この一角は、地域の小中高生の通学路になっているらしく、私たちが立ちつくしている脇を、何人かの学童が通り過ぎて行った。不審者か何かに思われていないか心配である。
 駅に戻り、バスに乗って内宮方向を目指した。とはいえ、時間的にこれから内宮に参拝をするのは難しそうだったため、その目的は明日の早朝にとっておいて、この日は辺りを散策するに留めることにした。まず、本日の宿に寄ってチェックインをすます。この宿は内宮からいちばん近い立地の好さと、宿泊費の安さ、あとはひとり一部屋という条件が決め手となって選んだ。部屋に荷物を置いて身軽になってから、宿舎から通りを挟んですぐのおかげ横丁にやってきた。おかげ横丁は内宮門前町のちょうど真ん中にあり、お土産屋や飲食店が立ち並んでいて人気のスポットである。しかし、この時点で夕方のいい時間であったためか、横丁の店はほとんどが店じまいを始めていて、祭りのあとのようになんとも活気がなかった。
そんな中、いまだに店を開けているのは、我らが赤福の本店である!新橋の袂に建っている赤福本店は、先ほどの外宮店とは比べものにならないどっしりとした貫禄で、通りを行く人たちの視線を奪う。この伊勢において、「赤福」の二文字は絶対的なパワーがあるのだと感じた。もちろん本店にもお邪魔し、例の「盆」をいただくことにする。さっきも同じものを食べたのだが、歴史ある本店で味わうとなると、やはり気分の高まりが違う。
 この時点で午後六時過ぎ。時間的に、そろそろ夕食も摂りたいところだったが、先述のようにおかげ横丁の店はすでに営業を終えている。旧参宮街道であるおはらい町通りを歩いてみても、やっている店は信じられないほどに見つからない。これは他の観光地でのことを考えると、非常に驚くべき事態であるが、神域に続く町が夜遅くまでわいわいがやがやと賑やかだというのも少し嫌なので、これはこれで清潔でいいかもしれない。やっとのことで見つけた食堂に入り、伊勢湾の特産の一つであるカキを使ったカキフライ定食に舌鼓を打った。運のいいことに、おはらい町通りにはコンビニエンスストアもあって、実に救われた気持ちになったのだが、他の歴史的地域のそれのように、門前町の調和を保つような外見になっている。このあたりで雨が降り始めたので、寝静まったかのようにひっそりとしているおかげ横丁を急ぎ足で通って、宿に戻った。クラスメイトはアルコオル類を嗜まない性質なので、その後は特に酒宴などは開かず(私はコンビニで購入した地ビイルを飲んでいたが)、翌日の計画を確認して、各自入浴、就寝の運びとなった。実はこの時、個人的に今後の進退に関わる心理労働があって、色々とやらなきゃいけない作業もあったりしていて、全く気が気でなかったのだが、明朝は早くから内宮の参拝に向かう予定だったので、雑務が一段落してから、なんとか気持ちを落ち着かせて床についた。
 翌午前四時半、起床。簡単に準備を済ませて、五時頃に内宮に向けて宿を出発した。外はまだ夜のように真っ暗である。ふと空を見上げてみると、星がキレイだった。そんな中、すでに店を開けているのは、我らが赤福本店である!昨日は見れなかったが、この時間からだと店内で実際に赤福を作っている工程を見学することができる。二人一組で、餅をこねる人、餡と絡める人というように分担して赤福餅を作り上げていた。赤福の、あの特徴的な線条も手作業の産物だったのだな。参拝へのエネルギー補給として、再び「盆」をいただく。起床後の低血糖に、赤福の甘みは沁みた。
 まだ寝静まったままのおはらい町通りを歩き、ついに内宮に辿りついた。まだ日は昇らず辺りは真っ暗だが、その暗闇の中、宇治橋の手前に立つ鳥居がライトアップされており、その光景の異様さに気持ちが緊張していく。宇治橋は私たちの住む世界と神様のすむ世界のかけ橋であり、渡りきったところから内宮の神域に入る。広大な参道はやはりまだ暗いままで、道沿いに灯る灯篭を頼りに前へ、前へと進む。第一鳥居をくぐった先に、五十鈴川に下りる石段があった。川の音だけが聞こえる中、夜明け前の薄闇を走る五十鈴川の流れを眺める。光の粒がまかれた日中の川もキレイだが、夜の川の姿にも、いくらか恐怖感の伴う、得体の知れない魅力があると思う。神楽殿を横目に見て、案内の看板を探しながら歩き続けると、ついに御正宮との対面を果たした。伊勢神宮の内宮は正式には皇大神宮と呼ばれ、日本人の大御祖神である天照大神を祀っている。御正宮も薄闇の中、照明に照らされて石段の上に建っている。外宮の御正宮と同じく、垣で何重にも囲まれていて、この領域の神聖さを物語っているようだった。その後の、御正宮の後方にある荒祭宮や、唯一神明造の御稲御倉などがライトアップされている光景は、おそらく夜明け前に参拝した人じゃなきゃ見れないものだろう。観光案内に載っているものとは一味違った内宮体験をすることができたように感じた。
 再び神楽殿に戻ってきて、子安神社に参拝する頃になると、空はだんだんと明るみを帯びてくる。私たちは、神域で夜明けを迎えたのだ。この朝はいつもとちょっと違う特別な朝。色づき始めた空の下、先ほどと違って輪郭を有つ宇治橋を渡って、神域から私たちの住む世界へと戻った。


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  1. 2015/03/21(土) 23:52:49|
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京都・薄紅デイトリップ 一日目




 大阪モノレール、阪急京都線、烏丸線と乗り継いで、京都観光の玄関口、そして自身にとって丁度三年振りになる京都駅に辿りついた。相変わらず大きな駅である。ランチを摂るのによさそうな時間であったため、まずは腹ごしらえと、大階段をエスカレーターで昇り、駅ビル九階の京都拉麺小路へと向かった。この中にある徳島ラーメンのお店が好きで、この街に来るたびに(とはいえ、それほど京都を訪れる機会はないのだが・・・・)足を運んでいる。徳島ラーメンは甘じょっぱいスープと、やはり甘じょっぱい肉、そして生卵を落として食べるというのが特徴的である。幸い店は混雑しておらず、並ぶことなく食事をすることができた。私が食べ終わって店を出る頃には、店の外には待機の列ができていた。どうやら来客のピークを避けることができたようだ。
 京都市内はバスや地下鉄などの公共交通網がいたるところまで伸びており、観光して回るのに苦労はない。レンタサイクルなどもまた魅力的であるが、荷物の詰まった大きな軍用バックパックを背負いながら、チャリを漕いで回るのはどうも大変そうだったため、今回は素直に交通網のご厄介になることに決めた。見て回りたいところを挙げていくと、バスを使うと都合がよさそうだったため、市内バスの一日乗車券を購入し、早速、ターミナルから出るバスに乗り込み、第一の目的地である東寺に向かった。
 東寺道バス停で降車し、すぐ近くの交差点を横断してそのまま真っ直ぐに歩くと、東寺の東門に行きつく。東寺は世界遺産にも登録された屈指の観光地であるというのに、そこへ続く道は土産屋の類に乏しく、静かな住宅街然としている。東寺といえば、各メディアで「京都」を表現するのに必ずといっていいほど登場する五重塔が有名であるが、私のお目当ては講堂内の立体曼陀羅である。大日如来を中心に据え、五智如来、五菩薩、五大明王、四天王、梵天、帝釈天の二十一体の仏像で、密教浄土の世界である曼陀羅を立体的に表現しているのだ。静寂に包まれた堂内に大小様々な仏像が佇んでいるその光景は、まさしく異次元のもの。現世にいながら奥深い密教の宇宙観に身を置くような体験ができるここは、全く稀有な場所である。また、この日は京都デスティネーションキャンペーンの一環として、特別に五重塔の初層内部が公開されている。東寺の五重塔は高さが約五十五メートルで、国内最高の木造塔である。初層の内部には、大日如来に見立てた心柱を囲むように四如来と八菩薩が安置されている。現在、多少剥落しているが、極彩色の文様が描かれていたと見られ、四天柱に描かれている諸尊も加わり、当時は絢爛豪華な仏教世界が形成されていたことが偲ばれた。大師堂にも参拝に行ったが、国宝の弘法大師像は公開されておらず、少し残念に思った。また、宝物館に収蔵されている千手観音像も楽しみの一つであったが、宝物館の公開もされていなかったため、これは大いに残念に思った。ひととおりの東寺見物を終え、一旦、京都駅に戻ろうかと最寄りのバス停に向かうが、次のバスは約一時間後という、予想外の不便さであった。仕方なく近鉄東寺駅から京都駅に戻る。ちなみに、この時に曇天からぱらぱらと小雨が降ってきたが、勢いが増すことはなく、すぐに晴れ間がのぞいた。
 私の次なる目当ては三十三間堂であった。先に東寺講堂の立体曼陀羅を体験して、こうなりゃ異様な仏教的光景を見て回ろうじゃねえかという意気が湧き出したのである。そういう意気があってもなくても、元々、三十三間堂は一度は訪れてみたいところだったのだ。三十三間堂は、博物館三十三間堂前バス停で降りてすぐにある。私が思っていたよりも大勢の観光客が集まっていた。修学旅行の女学生たちもわんさかいて、彼女たちの姿を目にして、物静かな見物は叶わないだろうなという諦観が兆した。でも、大勢の女子高生に囲まれるというのは、まあ、それはそれで悪くないかな。
三十三間堂は正式には蓮華王院といい、長いお堂の正面の柱間が三十三あることから、「三十三間堂」という通称で呼ばれるようになったのだ。お堂には中央の巨像を中心に、左右五百体ずつ、総じて千一体の観音立像がまつられている。この光景の異様なことといったら!これはもはや一種の狂気である。お堂の奥の方までの雛壇に置かれた無数の千手観音立像が、左右にズラーっと並んでいて、あたかもこの景色が無限に続いているかのようだ。東寺の立体曼陀羅と異なり、数や配置に特に意味合いはなさそうで、少し俗っぽいところもあるが、それでもこの堂内に創られているのもまた、仏教的宇宙なのではないだろうか。千手観音の軍団に圧倒されて見落としてしまいがちだが、観音の前方に安置されている雷神・風神像や観音二十八部衆像は国宝であり、素人目に見ても写実的な作りがされてあって中々見応えがあった。
 再びバス停に舞い戻り、そのまま東山方向を目指す。一日目最後の目当ては建仁寺であったため、祇園で降りればいいのだが、時間が余りそうだったので、一つ前の東山安井で降車し、高台寺エリアを見て回ることにした。この辺りはねねの道をはじめ、いかにも京都らしい風情の街並みで歩くだけでも心躍り、人気を集めている。しかし、ねねの道は普通に車も走るので、カメラのファインダーに夢中でふらふらと歩いていたらとても危ないので注意されたし。
バスから降りてすぐに気づいたが、この日、やけに着物を着ている女性の姿を見かける。着物といっても、格式高い本物の着物でなく、けばけばしい柄のカジュアルな着物なのだが。カジュアルとはいえ、一応、着物姿の女性が歩く京の景色というのは、多少はそれらしい雰囲気が出て一見よさそうである。だが、ここに大きな問題がいくつかあり、それは、着物で着飾って歩いている女性がすべからく、衣装の華やかさに釣り合わないような器量の悪い仕上がりだということ、そして、髪を薬品で茶色に染め、それでいて盛り上がった品のない髪型にしているということである。嗚呼、大和撫子は遠くになりにけり・・・・。この光景を嫌というほど見せつけられた私はもう、お金は払いますからどうかやめて下さいとあちらこちらに倒拝して回りたい気持ちだった。
 閑話休題。私がこの地域を訪れて第一に足を運んだのは、観光案内にはあまり記述されていない、霊山観音であった。ここで少し私の回想タイムに付き合って下さい。
 
 私にとって、高校の部活動最後の大会が夏の京都で開かれた。残念ながら、チームは一回戦で敗退を喫し、私の部活動はフィナーレを迎えることになった。その後は試合もないので、他のチームの試合観戦などをしていたが、突然に、ほんのわずかながら京都観光(というか、“京都駅”観光)の時間ができて、私と戦友は京都タワーに上ってみることにした。煙となんとかは高い所が好き、というやつである。京都タワー頂部の展望台で、私たちはヤイヤイとはしゃいでいたが、近くでコイン式の望遠鏡を覗いていた外国人が、突然こちらの方を向き、実に楽しそうな顔で“Buddha!”とアピールしてくるではないか。仕方ないからグラスを覗かせてもらうと、たしかにそこには巨大な白亜の観音が映っている。ん~?京都に観音なんていたかあ?その時は、持ち前の運動部テンションで『イェー!ホワイトブッダ!』などと言って応じたのだが、私には、あれは一体何なのか、その真相が気になってしょうがなかった。後日、望遠鏡が向けられていた方向を考えるに、あれは高台寺そばの霊山観音だという結論に辿りついたのだ。

というわけで、霊山観音は私にとってちょっとした因縁のある場所であったのだ。これは一度は訪れなくてはいけないと思って、実は三年前に観劇旅行で京都に立ち寄った際にも足を運んでいるのであるが、すでに拝観時間が過ぎているという不覚をとってしまった。今回はそのリベンジということになる。とはいえ、霊山観音に対してその程度の思い入れしか持っていないために、内陣に参拝をしてからは、何とも気の張らない見物をしてしまった。実際に、この観音は建立してから百年も経っていないため、他と比べると貫禄や歴史の重みというものに乏しいように思える。本来、仏閣に歴史の有無による貴賎はないのかもしれないが、あの胡散臭い「願いの玉」などを見てしまうと、やはりどうも俗っぽい印象は拭うことはできなかった。
 再びねねの道に下りて(霊山観音は高台の上に建てられている)、さて、今度こそ建仁寺を目指そうかと思っていたところ、ねねの道の途中から東大路通り方向に、なんとも旅情を誘う小路が伸びているのが目についた。名を石塀小路というらしい。私はちっとも知らなかったが、これ、結構有名なんだそうだ。木塀で囲まれた料亭や住居が多く軒を並べ、石畳が敷かれた路は迷路のように入り組んでいて、どこか秘密めいている。金沢の武家屋敷通りを思わせる、何とも心地のよいタイムスリップ感を味わうことができる。路の両脇には灯篭のようなものが置かれていたが、どうやら翌日からこの小道に灯りを灯すイベントが開催されるらしい。少し興味の湧くところもあるが、このような催物があっては、きっとこの小路もたくさんの人で賑わうだろうから、すんでのところで回避ができてよかったと思う。この日は、ここを歩く人もまばらで落ち着いている。いろいろな分岐に進んだりして、何度も歩いた。
 石塀小路から下河原通に出て、そのまま東大路通を横断して、いよいよ建仁寺に向かって八坂通に歩を進める。霊山観音と同じく、建仁寺も三年前のリベンジということになる。やはり前回は拝観時間の関係で参拝をすることができなかったのだ。建仁寺は臨済宗建仁寺派の大本山で、京都最古の禅寺ということで名高い。私個人としては、臨済宗には何の縁(えん)も縁(ゆかり)も有たないのであるが、高校時代の修学旅行前(行き先は京都・大阪であった)に京都について調べていたときに知ってから、ここに展示されている美術品に強い興味を抱いて、それ以来、拝観を願っていたのだった。この日も夕方の微妙な時間に訪れてしまったが、まだ受付は終いになっておらず、むしろ閉門の時刻まで余裕があり、だいぶ落ち着いて拝観することができそうであった。これまで訪れた寺社仏閣のたいていは、堂内や収蔵品の撮影は厳格に禁じていたのであるが、本坊にて拝観料を納めていざ踏み入るという段に、受付の人から「写真撮影は自由」という説明を受け、とても驚いた。常設展示されているものの多くは複製品だったからだろうか。
 ここでの目当ては、私の“内なる中学二年生”が胸を焦がしそうな品々で、単純にかっこいいものばかりである。第一に対面を果たしたのは、俵屋宗達の代表作である、国宝・「風神雷神図屏風」である。そのスジに疎い人でも知っているような有名な作品である。寺内に入ってすぐの小部屋に展示がされているのは精巧なレプリカであるが、二曲一双の屏風にまんべんなく金箔が貼られていて、大層煌びやかだ。複製品とはいえ教科書に載るような有名品を実際に目にするというのは、中々に感慨の浅からぬものがある。観光客の悲しい性として、こういうものはもれなく撮影してしまうのだが、いくら自由と言えども、美術品に向けてシャッターを切るのにはいくらか罪悪感が伴う。方丈の部屋の襖には、「雲龍図」(複製)や「竹林七賢図」(複製)が描かれている。桃山時代に描かれたものの高精細なレプリカであるが、特に「雲龍図」は双龍の顔つきや墨の濃淡により、力強さや迫力が生まれ、単純にかっこよかった。そして最大の目玉である、法堂の天井画に会いに行く。方丈から法堂まではほんの少し屋外を歩くことになり、そのためにスリッパが用意されてある。方丈と法堂を結ぶ屋外通路にはゲートのようなものがそれぞれの側に一つずつ作られていて、出る時は勝手だが、入る時には自分でロックを解除しなければならないというシステムになっている。このロックの解除方法は直前にアナウンスされてあるが、実際にロックを解除するところまで進んでしまうともう参考にできる案内がなくなるので、やり方を忘れた拝観者が困惑するという場面をちらほらと見かけることになった。私は親切心で、戸惑っている様子の人に方法を教えてあげようと思ったのだが、どういうわけか、無視という、実に不当で残念極まりない扱いを受けてしまった。私は何か悪いことをしただろうか。これからは、他の旅行者には絶対に話しかけねえぞと強く決意した。肝心の法堂の天井画「双龍図」は二〇〇二年の筆で、実はかなり新しいものである。歴史は浅いが、お堂の広い天井に描かれた二匹の龍は、えも言われぬ迫力があって思わず息を飲む。堂内に残っているのは私ひとりという時間がしばらくあったが、他に誰もいない森閑とした法堂の中で、ひとりで巨大な双龍を見つめていると、不思議と身体中にエネルギーが満ちていくように感じた。普段、滅多にできない体験である。このような自分ひとりだけが取り残されたような時間こそ、ひとり旅の大きな魅力であり、目的でもある。
 この頃になると、だいぶいい時間になっていたので、ぼちぼち本日の宿舎に行っておこうと、花見小路通から四条通を河原町の方向に歩く。花見小路通はたくさんの料亭が軒を連ね、祇園の風情を醸している人気の通りだが、ねねの道のように車が走っているうえ、思ったよりも車の往来は多いので、カメラ片手に惚けているととても危ないので注意されたし。四条通にはお土産屋や甘味処が多く並んでいて思わず目移りしてしまう。南座で歌舞伎の公演が催されていて、少し心魅かれるものがあったが、残念ながらその日の公演は終わっていた。チャンスがあれば是非観たかった。途中、小雨がちらちらと降る場面もあったが、それからは早春を感じさせる清々しい天気になり、四条大橋から眺める鴨川の流れも実に清廉であった。大橋の袂に、バケツや灰皿さらにはちりとりなど、生活感のあるアイテムをパーカッションにして演奏しているパフォーマーの姿があり、面白いのでしばらく見ていた。そういえば、河原町の街角でも三味線を演奏している人を見かけたが、その度に、この街にはいろんな人がいるんだなぁとしみじみ思った。自分のやりたいことをやる、ということを受け入れる素養が、都市の発展の条件なのかもしれない。
 ちょうど、宿舎までの道の途中にあったので、前々から気になっていた河原町の喫茶店に立ち寄ることにした。昼過ぎから動きづめで疲れていたから、少し休憩したかったところもあった。阪急河原町駅からすぐ、高瀬川沿いにひっそりと佇む、喫茶店・ソワレ。一九四八年創業の老舗である。私はことりっぷを愛読しているのだが、この店もその伝で知り、レトロで幻想的な店内の様子に、今度、京都を訪れたときに行ってみたいと思っていたのだ。店を外からスマートホンで撮影している若い女性のグループがいたが、彼女たちもこのお店に憧れていた人たちだったのかもしれない。店は二階建てになっているが、一階は席が埋まっていそうだったため、二階への階段を上った。二階も人お客でごった返していたらどうしようと少しは心配なところもあったが、それは杞憂に終わった。店内は小ぢんまりとしていて、図体が大きく、軍用の巨大なバックパックも背負っていた私には少し動きづらい。エメラルドグリーンのベンチとアンティーク調のテーブルや衝立が、青色の照明に控えめに照らされて、幻想的な光景が創られている。東郷青児の絵画も、この不思議な空間を演出している。人気のありそうな喫茶店だから、がやがやとしているのかなと思っていたが、静かで落ち着いていたのでとてもよかった。店員さんもかわいい(←)。私は、この店の名物・ゼリーポンチと、チーズケーキと紅茶のセットを注文した。ゼリーポンチは、ソーダ水のなかに色とりどりのゼリーを浮かべた、店と同じく幻想的なデザートだ。爽やかな甘みがあっておいしい。私は普段、飲食店で料理の撮影をするのは是としないのだが、こればかりは写真に収めておきたく思い、店員さん(かわいい)の許可をとって撮らせてもらった。嗚呼、恥ずかしい・・・・(赤面)。他にもメニュウは充実していて、何より店内の雰囲気がいいので、いつかまた京都に来た際には、是非立ち寄りたいなと思った。
 河原町は京都有数の繁華街で、様々な店があって人通りも激しい。私の今宵の宿は、四条通から藤井大丸の角を曲がった寺町通に建つ、新感覚カプセルホテル・ナインアワーズ京都である。このホテルは何かと話題になっていたし、何より宿泊代がかなり安いので今回の宿舎として選んだのだが、実際の徒歩のスケールで測っても寺町京極や新京極から近く、立地も物凄くいいということに改めて気づいた。ナインアワーズの宿泊体験談は、他の人が書いたものがネットにあった(私もそれを参考にした)ので、ここには記述しない。違うレポート(赤面)として、これとは別個に記録してもいいかもしれない。
 ホテルに荷物を置き、身軽になったところで、今度は夕食(あるいは晩酌)を求めて街を歩くことに。最初は京極とは反対の方向に寺町通を歩いてみる。この通りには、観光客にも人気というオシャレな居酒屋があるが、まずはそれを確認。昔ながらのいかにもな居酒屋があることも把握した。だいぶ奥の方まで歩いたが、古本屋が数件ある以外は目ざとい店はなく、引き返して今度は京極の繁華街へと歩く。
 寺町京極、新京極、あるいは三条名店街。高校時代の修学旅行で、夜間の自由行動の時間があったが、一緒に歩く友人がつかまらず(別に友人がいなかったというわけじゃないからな!)、結局ひとりで見て歩いた記憶が甦ってくる。今回は完全にひとりの旅行であるため、当時のようないたたまれなさや情けなさは皆無で歩くことができる。いま思えば、この辺りをゆっくり見て回ることは案外なかった。途中で、「けいおん!」の聖地にも立ち寄りつつ、夕げによさそうな店を探して、ぐるぐると歩き回る。せっかくなので、京の街でアルコオルに溺れたい欲もあったが、歩きながらじっくり考えてみると、アルコオル欲はそれほど強くないことに気づいた。それに、今回の宿舎に泊まるのは初めてで、アルコオルで判断能力が鈍ってしまうと色々と大変だろうから、アルコオルは控えめにする方針に舵を取った。そうなると、別に京都だからって特別なことしなくていいやと思うようになり、食べたいものを食べようと、なんだかんだかんだなんだでいちばん心ときめいたお好み焼きの店に落ち着いた。家族でやっているような店で、どこか垢抜けないところに好感がもてる。アジア圏の旅行者一家が店内にいたが、注文したオムそばをなぜか開いて食べていて、それを見たお店の人が苦笑いしているのが面白かった。生ビイルとお供に、二種類のお好み焼きを食べる。京都らしさはないが、好きなものが食べれて満足だった。お好み焼きを食べていると甘いものが欲しくなったので、店を出てすぐ、先ほど目星をつけていたファミリーレストランに行って、いちごパフェを食べる。カロリーの悲劇!店員さんも、夕食時に店に来たいかつい男性客がまさかいちごパフェだけを食べて帰るとは思いもしなかっただろう。パフェの注文をした後、「以上ですか!?」と意表をつかれたような確認をされた。
 結局、寺町通の人気の居酒屋にも行かずにホテルに戻った。旅先で夜更かしをしてもいいことは一つもないので、シャワーを浴びて明日の計画を立てるとすぐに眠りにつく。やはり一日中歩き回った疲れや長旅の疲労があったのだろう、寝付くのは早かった。


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シバケン-いかれたNeet-

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Base:新潟死期終焉都市

趣味はお散歩、特技は悪だくみ

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