野良犬の生活

部活もバイトもやっていない堕医学生の暮らしを記憶するレポート

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ほくほく線・ゆめぞら / 越乃Shu*Kura―花火と、酒と、ジャズと、海

 大体汽車が好きで用事があるから汽車に乗ると云うのではなく、汽車に乗る為に用事を拵えたり、時にはなんにも用事はなくてもただ汽車に乗る為に出掛けたりした。
                                                        ―内田百閒「先年の急行列車」より抜粋






 本来、旅の移動手段の一つに過ぎない鉄道は、時に旅の目的そのものとなりうる。それはただ単に、“列車に乗る”ということだけが楽しみであるのかもしれないし、あるいはどこかの路線や駅舎を気がかりにしている場合もあるだろう。
 最近に分かりやすい例が、季節を限定して走る観光列車の類だろう。これらの特別列車は外観や内装で一般の車両とは大きく違っており、車内では心尽くしのサンビスを賜ることができる。まさに、この列車に乗ること自体が旅行の目的となりうるのだ。
 私は事あるごとに、各種の観光列車に乗ることを企て、定期的に駅でパンフレットをもらって、列車の走行計画と、自身の予定とを照らし合わせたりしている。
 それは、とある用事で新潟無機終焉都市を離れ、上越市高田に滞在しているときでも同じであった。違う土地に暮らすことで、無機終焉都市にいる時とは全く違った旅程を組める機会が生まれたのだから、これは最大限に活用するのが一等である。そして私が編み出したのは、主に越乃Shu*Kuraの乗車を念頭に置いた日帰りの小旅行である。
 越乃Shu*Kuraとは、地酒王国・新潟を縦横に駆ける「酒」をコンセプトとした列車であり、私は新潟にいるうちに一回は乗りたいと思っていたのだ。ここでいう「越乃Shu*Kura」とは広義の意で、実際は上越妙高―十日町間の狭義の「越乃Shu*Kura」、上越妙高―越後湯沢間のゆざわShu*Kura、上越妙高―新潟間の柳都Shu*Kuraの三路線があり、各週末ごとに、どの路線で運行されるのかが変わるのである(ほとんどが越乃Shu*Kuraであるが)。
 今回私は、帰りの時間やその他の列車との都合から、ゆざわShu*Kuraの復路、つまり越後湯沢から上越妙高までの切符を購入した。列車が越後湯沢を発つのが午後二時半過ぎ。それまでには当駅に到着している必要があるが、この往路の越後湯沢行に、私はちょっとした工夫を加えることを決めていた。
 北越急行、通称「ほくほく線」が土休日に限って運行している、「ゆめぞら」への乗車がそれである。ゆめぞらは日本初のシアター・トレインである。トンネルに入ったときに、車内天井をスクリーンとして、コンピュータ・グラフィックスの映像が映されるのだという。この、ゆめぞらの越後湯沢行が、朝早くに直江津から出る。ゆざわShu*Kuraへの乗車を企画した理由には、ゆめぞらに乗りたいという心情も大いにあったのである。この旅程でいくと、越後湯沢での自由時間もたっぷり取ることができるので、なおさら都合がいい。

 朝イチで高田から直江津に向かい、ホームに停まっているゆめぞらに乗り換える。ゆめぞらは、シアター・トレインという珍しい形式の列車であるが、ただの快速列車としての扱いであるため、指定席券などは存在せず、したがって普通の乗車券のみで乗ることができる。このあたりは良心的であるように思われる。
 まだ早い時間であるためか、あるいはいつもそうなのか、車内が乗客でごった返すということはなかった。乗客の種類としても、私のような旅行者というよりは、なにかの必要性に従って乗り込んでいる地域住民あるいはビジネスマンといった様相の人のほうが、多く見える。
 初めて見るほくほく線の車窓も楽しみであった。各地のローカル線と同じく、こちらも森や農村の中を縫って駆けていく。そして、沿線には長短様々なトンネルが数か所造られている。短いところではやらないが、長いトンネルに入ったと思うと、突然に音楽が鳴り、天井をスクリーンに、臨場感のある映像作品が上映される。
 この作品には五種類のテーマがあり、それを月ごとに変えて上映しているのだが、今回は「花火」であった。メジャーなクラシック音楽に合わせて、天井に花火が打ち上げられていく。思ったよりも、映像には迫力がある。そして、次々と花火が打ち上げられていくので、天井が彩り豊かに色付けられ、とても綺麗だ。予想以上に完成度が高く思え、なぜかフェニックスが翼を広げているクライマックスに至っては、普通に感動してしまった。しかも、この映像は、トンネルごとに違うものになっている―つまり「花火」というテーマの中にも数種類の映像がある―ので、最後まで飽きることはない。ちなみに、編成の二車両のうち、より迫力のあるものを観たいときは前方の車両に乗ればいい。後ろの車両にも行ってみたが、たしかに映像の大きさ等では前車両に劣る。でも音楽は違っていて、軽快なルンバが流されるのだが、私としてはこちらの方が好みであったかもしれない。



 高田に戻るべく、今度は越後湯沢にて念願の越乃(ゆざわ)Shu*Kuraに乗り込んだ。外観としては、藍下黒という青みを帯びた黒の伝統色に白色を合わせたものになっていて、言ってしまえば割と地味めだが、その分凛々しさがあり、新潟の風光明媚な景色にも調和するだろう。
 越乃Shu*kuraは全席指定。今回私は、購入時にわがままを言って、海側の座席を用意してもらったが、周りに家族のグループ客がいて何かと気不味かったので、ほとんどの時間をイベントスペースで過ごした。イベントは絶えず開かれるので、そういう面でも、座席にじっとしている必要はなかったし、不意に戻ってみた時に、私の座席を含む二つがけが回転され、そのグループのボックス席ができていたのを見たら、もう座る気にはなれなかった(それでも終盤には席に戻って、そのグループの人たちに言って、席を元通りにしてもらったが)。
 乗客の姿をちらりと一瞥してみると、列車自体には興味はないけど、とにかく酒を飲みにきたグループが多いように察せられた。とはいえ、見るからに鉄道が好きそうな、近くで鼻呼吸をしたくないような層もたしかにいる。小耳に挟む限り、かなりのリピーターと思われる人もいるようである。こういう人は、「前来た時は・・・・。」などと、聞いてもいないのに自身の常連エピソードをとかく話したがるので、私はあまり好きではない。車掌さんやアテンダントさんの署名を集めている人もいて、これに至ってはただただ気持ちが悪いだけである。
 さて、先述したが、この列車のコンセプトは「酒」であり、とにかく新潟が誇る地酒を心いくまで堪能できるようになっている。旅中に提供されるサンビスのほぼすべてが酒関連と来ている。サービスカウンターには常時五種の銘柄が揃っていて、おちょこ一杯ずつで利き酒を楽しむことができる。地酒のボトルは当然として、オリジナルのおちょこのような酒飲みグッズなんかも売っているし、地元の食材にこだわったおつまみも並んでいて、全く酒飲みはたまらない列車となっているのが分かる。スゴクカタイアイスも売っているので安心していい。
 極めつけは、イベントスペースで開かれる、蔵元イベントであろう。これは新潟県各地の蔵元選りすぐりの銘柄の試飲ができるという、いかにも酒好きが悦びそうなイベントである。嬉しいことに、ひとり一杯などという制限もないので、好きなお酒を好きなだけ試飲することができるのだ。気に入ったものはすぐそばのカウンターで購入して、どうぞ、という趣向になっている。なお、このイベントは乗車中に二回開かれるが、多くの人で賑わった一回目と比べ、流石に二回目となると試飲希望の人の姿もまばらとなっていた。二回目に集まるのは、相当の酒好きばかりということになる。私も、ずっとイベントスペースにいたことから、二回目の試飲会にも立ち合い、気に入った銘柄その他を何杯もいただいてしまった。ここまで来ると、他の客も酔いが回ってくるようで、誰かれ構わず話を交わすようになるのが面白い。
 このように、越乃Shu*Kuraにはアルコオルを摂るのに打ってつけな環境が形作られているのである。沿線の田園風景や、信越本線の日本海沿いの絶景を眺めながら地酒を飲むという、なんともいなせな体験ができる。これは、酒飲みには大きな幸いである。
 列車内での催しには、ミュージシャンによるジャズ生演奏という、もう一つの目玉がある。「La Vie En Rose」「Some Day My Prince Will Come」「When You Wish Upon A Star」などのスタンダード・ナンバーが次々と演奏されるので、ジャズに明るくない私でも充分に楽しめる。列車に乗って酒を飲み、車窓を眺めながらあまつさえ良質な音楽も聴けるなんて、これ以上の至福というものがあるだろうか。ここに至っては、自分が今まで持っていた観光列車の概念も揺らいでいく。ちなみにこの日は、ギターのおっさん、ベースのおっさん、ピアノのお兄さんというメンバーであった。ギター、ベースのおっさんは、いかにもジャズメンというシックな出で立ちである。唯一若いのがピアノのお兄さんだが、二人のおっさんと普通にタメ口を聞いているのが、なんというか、タダ者じゃないような感じを受けた。彼らはアテンダントさんたちとも馴染みのようで、演奏会が終わり後片付けも済むと、カウンター周辺にたむろして四方山に転じていた。
 列車は途中で青海川駅に停まる。この駅は、日本でいちばん日本海に近い駅として知られ、歩廊に降りると目の前にすぐ日本海が視界いっぱいに広がる。日本海の素晴らしい眺望を楽しんでもらうため、青海川には二十分ほどの停車をするのだ。
列車から降りて、どこまでも広がる日本海を眺める。列車から漏れるジャズの音色の合間に、寄せては返す波の音が混じって聴こえる。そろそろ水平線に下り始め、間もなく紅に染まるであろう西日の光線がさざ波立つ水面に陰影を刻み、形があるようなないような図形を、海のずっと向こうまで描いている。旅の情緒だとか、あるいはアルコオルの効果もあったかもしれない。その光景は私の目に、とてもとても、眩しく映った。


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  1. 2015/07/30(木) 19:31:51|
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Mind Scape(クリクラ日記15-最終回)




 新潟無機終焉都市に戻ってすぐに、以前実習でお世話になった先生方と酒を飲む機会があった。この先生たちとはとりわけ親しみやすかったので、この時も気兼ねなく楽しんだ。
 この会には病棟の看護師さんも来席していた。プライベートで看護師さんと言葉を交わす機会は、私にはほとんどなかったのでそれだけに貴重だと感じる。実習学生である私のことを、最初は三年目の医者だと思っていたというくだりはもはや使い古されている。この学校に入学して以来、私はずっとこんな仕打ちばかりを受けているのだ。年齢不詳という生き方。
 少し自慢話をさせてほしい。その看護師さん曰く、私は患者さんから人気だったらしい。本来、学生は患者さんにとって負担になる存在であるらしい(そうぶっちゃけられた)が、私は人当たりがよくてとりわけ評判が高かったそうだ。その後もお褒めの言葉は続くのだが、この甘言をいただいて、お世辞とも分かるので謙遜しながらも、私は内心嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。
 看護師さんは、医者よりも患者さんに近い場所に立っている。そういう場所で働いている人の言葉には一層違った重みがあると思っているが、それが褒め言葉であると嬉しさもひとしおである。「そんなのどうでもいい。」「意味がない。」と嗤われながらも、患者さんといい関係を築くことを第一に思い、昨年度の臨床実習から今までずっと、その考えを信じて病棟に通ってきた。最後に聞かせてもらった看護師さんの話は、私にとっては何よりも誇らしい勲章である。



 四月から始まったクリニカルクラァクシップ(以下「クリクラ」)の、三か月に亘る全日程が、先日終了した。堕医学生として取り組む臨床実習も、これにて終了ということになる。
 私の学校のクリクラは、三か月を三つのシーズンに分けて、大学病院での一シリーズ、外病院での二シリーズを、内科系、外科系、マイナー系からそれぞれ一科ずつ選んで実習に臨むという形式である。お世話になる病院や診療科はすべて自分で選ぶことができるので、昨年度の病棟実習、いわゆるポリクリよりもはるかに自由度が高い。どの病院のどの科を選ぶのかは、人それぞれに様々な思惑があったはずである。私はシンプルに、「行きたい病院」と「勉強したい科」ということを考えてプランニングをした。
その結果、大学病院の他には、上越市高田と山形県鶴岡市の病院に赴くことに決まった。両者とも興味のある病院であったし、それぞれ希望する科にも行けたので、思惑通りに事が進んだと言える。
 ところで、「行きたい病院」「勉強したい科」という条件が大事であることはもっともであるが、私は今回の実習先を選ぶにあたり、「訪れたい土地」という、もう一つの重点も忘れてはいなかった。私は旅行好きで・・・・というか、“現在地”にじっとしているのが嫌な性分なので、学校行事という公式に生まれたチャンスを活かして、これから滅多に行けないような地方を訪れ滞在するのを、かねてから魂胆していたのだ。そのおかげで実習先を同じくするクラスメイトたちと、あるいはひとり身であっても、行く先々であちらこちらと観光して回ることが叶った。それに、一か月に亘る訪問先での仮初めの暮らしは毎日が旅行の最中のようで、私などはとても楽しい時間を重ねることができたのだ。
 さて、肝腎の実習面というところでも、やはり自分の好きなところに行けるというだけあって、どのシリーズも毎日が楽しく過ぎていった観がある。ポリクリと違って、講義や課題発表といった“義務”もないので、とても気楽に、ひたすら実習にだけ心血を注ぐことができるのが、いい。おかげで実践的な知識や技術を身に付けて、少しは成長することができたはずだ。自らそこを選んで来たということで余計にかわいく思われるのだろうか、どの病院でも、出会う先生方やスタッフの皆さんから多くの心尽くしをいただいた。私の要望や気持ちにもしっかりと応えてくれて、そして何より、独特な私のキャラクターを受け入れてくれて、とても嬉しかったのだ。感謝の言葉は尽きない。
 このクリクラを経て、私の内面の引き出しにより多くのものを収めることができたが、一方で、少し悩ましい副産物も持ち帰っている。というのも、これから自分が進むべき路というのが、また分からなくなったのだ。もともと私は、自らの進路についてはそれなりに具体的な考えを一つ二つ有っていたのだが、昨年度のポリクリ、そして今度のクリクラを通して、その計画が本当に最善であるのか、それは本当に自分がやりたいことなのか、自信を持って言うことができなくなった。
 私は、“楽しいの閾値”が極めて低く定まっている。何に限らず、たいていのことを楽しいと思ってしまうのだが、それは本業の方でも適応されている。昨年から今まで実習に取り組んできても、私はどの科に行ってもそれなりに楽しかったのである。そして、今まで全くのノーマークであった分野にも興味が出たりして、果たしてやりたいことが多くなり、いま進路を考えてみると色々と目移りしてしまって答えが出そうにないという状況なのである。何とか絞るところまではできているのだが、それらの選択肢はどれも面白そうで、やりがいがありそうで、いずれこれから一つを選ばなきゃいけないとなると、おそらく大きな葛藤に苛まれることだろう。全部を取れるのならそうしたいが、システム上、それは現実的ではない。
 しかしまあ、たったの一年半で考えがこれだけ変わるわけあるから、二年間の研修期間、すべての科を実際に働いて回ることで、また新たな考えが生まれてきてもおかしくはない。否、それがその線が濃厚である。然るに、現時点で、進路について懊悩しても仕方がないのではないかと思える。境界人としての立場が許されている今、もう少し、その立場に甘んじていたい。ふりだしに戻っても、またゆっくりと進めばいいのである。











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  1. 2015/07/28(火) 19:39:35|
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今、私がブログを書いている理由(500番目のレポート)

 このレポート(赤面)がブログ(赤面)を開設してから数えて500番目のレポート(赤面)となるようだ。500番目。前回の450番目のときには、ここまでの数字に到達できるか少し自信がなかったが、それでもちょくちょく書き続けてみると、いつの間にか達成することができているのである。流石に500番となると、いよいよ大台に乗った観も兆してくる。
 こういうキリ番レポート(赤面)では、いつものような日記だとか旅行記だとか、そういうのとは少し趣向の違う文章を書くように努めてきたつもりだが、現在私は、この習慣を軽はずみに始めてしまった数年前の自分自身を呪っている。
 はっきり言って、もう何を書けばいいのか分からないのだ。というか、もはや自分の中で、何が「いつもの」で何が「少し違った」ものなのか、その境界からして模糊となって、今や簡単には見つけることができなくなっている。
 しかし、だ。今回は500という記録的な数字を示している。かつ、おそらく次のキリ番レポート(赤面)こそ、書けるかどうかは怪しく思われるから、今回が最後のキリ番となる可能性が高い。そうなると、今までみたいな苦し紛れの文章で逃げてはいけないという、ある種、強迫のようなものも出てくる。
 私のブロカツ!(ブロガー活動)も、まとめの時期に差し掛かっている。ここいらで、実に基本的な、それでいてこれまで少しも触れてこなかった題材を取り上げてもよさそうではないか。
 そういった題材を考えてみると、ブログ(赤面)開設以降少しもやっていなかった自己紹介、私がブログ(赤面)を書き始めた経緯、そして今、私がブログ(赤面)を書いている理由といったものが浮かんでくる。
 自己紹介がいちばん簡単そうだが、恥ずかしいからやりたくない。ブログ(赤面)開設のきっかけというのも、比較的ポピュラーな話題で書きやすそうだが、これはすでに、自分の中である一定の答えが出ているものである。これについて書いてみたところで、それは下書きされたものを清書しているだけであり、自分自身に還元されるものが少ないので、書く意欲がなんとなく湧いてこない。そうして最後に残ったテーマは、今、私がブログ(赤面)を書いている理由、である。いまだ答えの見えず、見つけるのも困難そうなものが残ってしまった。



 今、自分はどうしてブログを書いているのか。
 ブロガー暮らしの終わりが視野に入っているから余計にそうなのかもしれないが、最近、よくこのことを考えてしまう。
 おそらく一言では言い表せないような、色々の理由があるはずである。それが、極端に平たく言えば趣味、あるいは習慣だからだろうし、数年続けてきた愛着や一種の意地のようなものもできているかもしれない。
 「今」という一点であっても、黎明期から「今」までの、自分がブログを書く理由の変遷は考慮して然るべきだと思われる。私がこの場に発表する文章も、時を経るにつれて形式がだいぶ変わってきている。それにしたがって、自分とブログの付き合い方も変わっていったはずだ。ブログ開設のきっかけは昔の話であり、過去の一点のみのことであるから、答えは割と簡単に見えてくる。だが、書いている理由となると、「今」という点だけでなく、開設から「今」までという長いスケールで考えることになるから、それだけ答えを見つけるのも難しく思える。
 はじめは「備忘録」という役割があったはずである。当座、自分が思ったこと考えたこと感じたことを忘れないための記録のためにブログというものがあった。「ブログ」とは、「ウェブ(web)ログ(log:記録)」を略した言葉である。
 だが今思うと、備忘録が欲しいというのであれば、単にノートやワープロソフトに書き留めて、それを自分で取っておけばいいだけの話である。ブログという形を取る必要は、必ずしもない。それにただの備忘録であれば、もっとリアリズム的に、あるがままを箇条書きにしていくだけで本来は事足りるわけである。それが、自分の書くものには、その時の思いや感情なども含めて記述してあるし、また、言葉選びにしろ文の接続やテンポにしろ、多少は読者に、文章として楽しんでもらえるようなものを完成させるように努めているのである。記録は情報そのものとしての意義しかない。だが、文章にはそれを読んで、何かを思う、感じるという過程がつきものである。

 私にとって、「書く」というのと「発表する」という二つが重要であるように思える。「作者が面白がって同時に読者も面白がる、その片っぽというのはありえないんです。」というのは、漫画家の藤子・F・不二雄先生の言葉である。読者が面白がっているかどうかは正直よく分からないが、少なくとも私は面白がって文章を書いて、またそれを読んでいる。「書く」ということは私にとって遊びの一つであるし、精神安定の秘訣でもある。この世に絵を鑑賞するのが好きな人と絵を描くのが好きな人がいるのと同じく、文章を読むのが好きな人がいるのであれば、文章を書くのが好きな人がいてもいい。今だと「文章を書く」ということは、多くの人が考えているのとは違って、それほど大仰なことではないように思える。私は、人それぞれの哲学があるように、どんな人間にもその人なりの文学があると思っている。文学は私たちの身近にあると信じている。
 そうして書いたものを発表する場として、私にはこのブログが存在している。そもそも事は「書く」ことを楽しむというところから発しているのだが、それを自分ひとりの中で完結させてしまうと、おそらく締まりのない文章ばかりが出来上がってしまうように思う。“読まれている意識”があることによって、推敲の余地に気づくことができるし、少しでも読みやすい文章を書こうという思いが生まれるのである。そのため「発表する」ということは、「書く」のと同等に、大きな役割を有っていると言える。私はいつもパソコンを使って書いている。発表もパソコンを通じて行うと何かと都合がよく、そういう意味でもブログという方法は気軽だし、発表の場としては、まさに打ってつけであった。

 私は読書も好きだが、主に前世紀の文豪たちの作品を読むことが多い。その先生方の来歴を眺めていると、小説家でも詩人でも歌人でも、若い頃に同人活動をしている人の多いことに気づく。仲間を募って、めいめいが書いた小説や論評その他文芸作品を収めた同人誌を作ったり、参加したりしている。その史実を何度も目にしているうちに、ふとこんなことを考えるようになった。
 ブログとは、現代の同人活動なのではないか―。
 つまり自分自身の例で言ったら、私は「野良犬の生活」という同人誌(?)に、逐一、書き上げた作品を投稿しているということになる。種類は主に随筆と紀行文。大した文章ではないが、一応、作品であることに変わりはない。
 ところで「同人活動」といったら、私などは、アニメや漫画の二次創作を扱っている方を思い浮かべる節もある。定期的に同人誌の即売会が開かれ、いまだに盛んであるみたいだが、現在はイラストや漫画も、インターネット上に投稿することができる時代である。必ずしも雑誌として質量を持たせる必要はなくなっている。
 インターネットが一般層にも広く普及している現代、文芸的な同人活動も、これを通じて行われていても全く不思議はないのである。ネットワーク上に場を創って、自分の作品を投稿していく。その投稿の場こそ、平たく簡潔に言えば、「ブログ」ということにならないだろうか。事実、小説、詩、俳句などの自作を投稿するブログをいくつか知っている。少々強引な考えであることは承知だが、ブログは現代の同人活動の大きな舞台となっていると、時おり思ってしまうのだ。
 ところで私は、狭義の意味の“文学”に志しているわけではない。将来、作家として生計を立てるなどという考えは微塵もない。そりゃあ、いま文章を書くことを楽しみとしている以上、物書きをして飯を食うことを思い浮かべることもないわけではないが、それはただの妄想である。中学生が、学校に襲来したテロリストを自分がやっつける話を脳内で作り上げてしまうのと同等のレベルである。問題にする価値もない。
 ある種の職業病かもしれないが、私には、凡夫であることを棚に上げて、自分の暮らしを文学的に取り繕うとする卑しい癖がある。その癖は過去の文章でも十分に垣間見ることができるだろう。そしてこの文章においても、自分があたかも文学の素養があるような、そういう気障で嫌みったらしい言葉ばかりを並べたててしまった観がある。
 しかし、こういう文章や考えは、文人として名をあげた人間のみが発していいという決まりはどこにもないわけである。繰り返しになるが、私は、どんな人間にもその人なりの文学があると信じている。それは、市井に暮らす人にも等しく言えることだ。気障で嫌みったらしくても、それが私の文学だ。私は、私の文学を信じるだけである。










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  1. 2015/07/25(土) 18:25:37|
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湯野浜温泉入湯記

 山形の鶴岡で過ごす最後の週末、加茂水族館まで出かけた際に、人気の温泉地である湯野浜温泉に立ち寄った。宿泊ができればそれに越したことはないが、先に瀬見温泉を訪れたばかりでそこまで懐具合が充分ではなかった。そもそも湯野浜はリゾート温泉地であり、ひとりでは泊まることの叶わないような高級なホテルばかりが並んでいるので、今回は日帰りにして、少し街の様子を見て、立ち寄り湯に浸かって戻るくらいの、きわめて慎ましい意気込みで行った。
 水族館からバスに乗って湯野浜に向かう。加茂港を左手に見やり、日本海沿いを北に向かってひたすら走って行くと、彼方に聳える鳥海山を借景に、海岸沿いに並ぶ大きなホテル群が見えてくる。あれが湯野浜の温泉街である。
 開湯千年の湯野浜温泉は、日本海の海岸線に沿って細長く伸びる温泉地である。海沿いに建つホテル群のふもとには県内最大規模とも言われる湯野浜海水浴場が広がっている。広い砂浜や遠浅の海は海水浴にぴったりで、マリンスポーツも楽しめることから、山形県内屈指の海岸リゾートとして、シーズンはたくさんの観光客が集まるらしい。
 まず、バスをどこで降りるかが迷いどころであった。海岸沿いの道路で降りても別によかったのだが、海水浴客がいるところに降りていくのもなんとなく気兼ねして、決めかねたままでいた。結局、バスは海沿いから街の中に入る。すると景色が一気に、あの高級ホテルの並ぶ華やかな通りとは対照的な、どこか鄙びて垢抜けない海辺の集落のそれに様変わりした。まさに、明と暗。湯野浜の街には、このような二面性がある。ちなみに私は、所謂リゾートというものがどうも性に合わないので、この街の内部のような寂れた風景の方がはるかに好みと来ている。
 少し街を歩きたくて、終点に着く前にバスを降りた。このあたりの地図は持っていないが、おそらくバスが向かった方向に湯野浜温泉の中心部があるだろうから、そちらに向かって歩いていけばいいはずと分かった。いざとなったらタブレットで確認すればいいだけである。
 例の高級ホテル群の、海を向いている方面を表とするなら、いま私が歩いている通りはそれらの裏をまっすぐ走っているということになる。ひっそりとしていて人気(ひとけ)がない。旅館以外に、古い飲食店や商店がぽつりぽつりとあるだけで、ここを見る限りでは、少しもリゾート地らしいところがない。
 ふと横を見てみると、浜の方にまで伸びる坂があったので、せっかくだからと、一寸下りてみることにした。大通りを横切って、砂浜を波打ち際まで踏み往く。湯野浜の海水浴場は海に沿って長く伸びているが、幸いにも私が下りたところは、ちょうど人っこひとりいない合間の区画であった。海岸線をもう少し歩けば、一方には海水浴の家族やグループたち、もう一方にはこんな熱い日に真ご苦労なことで、若人たちがビーチバレーに励んでいる。ところで、私はいま新潟無機終焉都市に住んでいて、私の部屋は日本海まで歩いて五分くらいという地域に所在している。海岸には今すぐにでも行ける環境にいるのだが、靴やサンダルの中に砂が入るのが嫌なので、あまり砂浜に下りる気は湧かないのである。そのために、この日は久しぶりに海の砂を踏んだ気がした。やはりサンダルに砂が入るのが嫌で、裸足で行こうと思ったが、強烈な太陽光線をたっぷり半日浴びている砂浜はものすごく熱く、結局サンダルに砂を招きながら歩いた。誰もいない海岸を、ひとりで歩く。なんだかとても空しい心持になり、程なくして、ホテルとホテルの間の路地階段から、再び内部の通りに復帰した。
 おそらくここが温泉街の中心だと思われる広場に至った。先のバスの終点もあるし、その他諸々のバスのターミナルもここにある。市街地に戻るバスもここから出るのであろう。しかし、やはりこの広場にも人の姿は見当たらず、足湯がただただ寂しげに湯を張っているのみであった。よくある「ようこそ」の看板もあるが、少しも「ようこそ」されている感じはない。観光協会の小さな事務所に寄って、この近所の地図を貰う。いつの間にか私の後ろにいた、旅行者であるようには少しも見えない薄汚い風采の男性が、協会の人に今晩の宿を問い合わせていた。このあたりの旅館やホテルはおひとり様にはやさしくないし、私の偉大な小耳に挟んだところ頼みの綱である民宿も今夜はいっぱいであるらしい。結局この薄汚い男性が、その後どうしたのかは分からない。
 戻りのバスの時間までだいぶ余裕があるので、どこかで立ち寄り湯にでも浸かっていきたいところであった。湯野浜温泉については事前に調べていたが、同温泉は日帰り客にはやさしくなく、数ある中で、立ち寄り湯を受け入れているのは旅館TとホテルMの二件くらいであった。湯野浜といえば、日本海を望む大浴場で評判のホテルが数軒あるが、今回の目星である二件はどちらも海からは少し離れて、山側に建っている。そのため眺望を楽しむことは叶わないのだが、もう温泉に入れるならどうでもよく思える。
 両者は同じ方向にあるので、奥のホテルM から手前の旅館Tというように、はしご入浴することもできそうだったが、手前の旅館Tの方で立ち寄り入浴の時間がもうすぐ終わりそうだったので、はしごの計画はやめにして、この旅館で入湯とお休憩をすることにした。
 旅館Tはこの辺りではいちばん新しい建物なんじゃないかしらん。外装は思っていたよりも近代的に洗練されている。早速フロントで日帰り入浴の希望を告げる。料金は高めである。その料金にタオル等は含まれていないので、これも売店で買う必要がある。外観と同じく、内装も清廉で落ち着きがある。大浴場に向かいながら、ロビーのラウンジの営業時間を確認すると、バスの時刻まではやっているみたいだったので、湯上りにはここでお休憩することに決めた。
 先述の通り、この旅館は山側に建てられているので日本海のオーシャン・ビューを望むことはできないが、自家源泉を引いた内湯と露天合わせて五つの湯舟があるので、温泉として普通に楽しめる。昼間から温泉に浸かる幸いは、言葉を超えた何かであると思う。お湯の温度としては高めなので、温泉は好きだが熱い湯は苦手な私はすぐに火照ってしまう。そういう時は露天の隅に設置されてあるお休憩スペースに横になる。海から吹くのだろうか、適度な風に当たるのが心地よく、身体にこもった熱もゆっくりと逃げていくのである。
 湯上りはひたすらお休憩である。中庭の水辺にウッドデッキがあったので、そこに座ってラウンジで頼んだアイスコーヒーを飲む。湯上りの身体に当たる風は、やはり快い。持参した本を読む気にもなれず、後はひたすらボーっと、池のほとりをぴょんぴょん跳ねて歩く小鳥を観察したり、上空を飛ぶとんびのピーヒョロロという鳴き声を聞いて過ごした。
 例の広場のバス・ターミナルに戻り歩く。この旅館に至るまでは上り坂だったので、必然帰りは下りとなるが、見下ろしている集落の向こうに、きらきら光る日本海が見える。ふと周りを見てみると、瓦屋根の家屋の間を縫うように小さな坂や階段が至るところで入り組んでいるのを見つけた。海沿いの集落は複雑で多層的で面白い。
 なんという偶然か、戻りの周遊バスの運転手さんは、今朝、加茂水族館に連れてきてもらった時と同じ人であった。流石に先方も驚いているようである。挨拶もほどほどに、今日一日のことを報告する。曰く、旅館Tに行くのは通であるとのことだ。その後もしばらく四方山を続けていたが、他のお客さんが乗り込んでからは黙り込んでいた。本当にこの日は一日お世話になったので、その分余計に感謝を伝えて駅に降りた。鶴岡には親しみやすくて接しやすい人が多い。この日はじめて会ったとは思えない気安さを感じるのだ。途中のスーパーマーケットでビイルを買って、ホテルに戻る。久しぶりに心から楽しめる一日であった。


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  1. 2015/07/24(金) 18:40:31|
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平沢進ライブ開催決定!―インタラかノンタラか・・・・?



 というわけでこの度、私のこよなく愛するアーティスト・平沢進氏のライブの開催が発表された。ライブは11 / 27(Fri)・28(Sat)・29(Sun)の3日間、東京ドーム・・・・ではなく、東京ドームシティーホールを会場に開催される。
 いきなり、全くの余談となって恐縮だが、この東京ドームシティーホールというのは、アニメ「アイドルマスター」13話で、765プロの面々が初めて単独ライブを行ったあの会場のモデルとなっている。そのつながりで、ニコニコ動画のとある平沢進×アイマスMAD動画に、この会場で、ヒラサワが765プロのアイドルと並んで「フ・ル・ヘッ・ヘッ・ヘッ 2005」を歌っているというもの(かなりクオリティが高い)がある。今回のライブの会場を聞いて、私はすぐにこの動画のことを思い出したのだ。





 さて、本題に戻るが、実を言うと、このライブの開催が公に発表される前から、私はこれについては日程も、会場も把握していた。というのも、平沢進オフィシャル・ファンクラブ、通称“極悪Green Nerve団”限定で配信された「平沢進2015年始の挨拶」において、私たち凶悪Green Nerve団は、すでにライブの概要を明かされていたのだ。そういう意味では、今回の発表を耳にしても、さほど驚くことはなかった。
 肝心なのは、このライブの形式、である。現在御大は新譜製作の真っただ中であり、近いうちに発売もされるのではないかと思うが、新譜発表の年のライブといったら、ヒラサワが手掛ける最高のエンターテイメント「インタラクティブ・ライブ」ということになる。
 しかし、そのライブ日程までに、アルバムの製作とインタラの準備の両方を達成させるのは至難の業であり、件の「年始の挨拶」において氏もそのような発言をしている。それについて、インタラクティブ・ライブとは別の形式―つまり「ノン・インタラクティブ・ライブ」―になる可能性もほのめかしている。ライブの形式を左右するのが、現在絶賛進行中のイベント「過去向く士・Ψヶ原の策謀」である。

 今回のライブは久々に全席指定となるようだし、何より新譜がリリースされるのだから、ここはやっぱりインタラが観たいところ。
 幸い、ライブは、私の本業がしばらく落ち着いている頃の開催なので、三日間全日程参加したいところ。否、そのつもりである。来年度からは、氏のライブにたやすく出かけることはかなり難しくなりそうだから、今回は一種の“締めくくり”となるかもしれない。










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  1. 2015/07/23(木) 19:20:14|
  2. 平沢進
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シバケン-いかれたNeet-

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