野良犬の生活

部活もバイトもやっていない堕医学生の暮らしを記憶するレポート

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只見線莫迦列車 四 只見線

 小出駅に着く。乗り換えの時間は短いので、急いで只見線のホームへと歩みを進める。間もなくの発車を控える只見線の列車は二両編成。特に装飾などは施されていない車両が一両と、真っ赤に包装されて目を惹く車両が一両とで成っている。真っ赤な方は特徴的なものという予感はするが、前面や側面に「縁結び」などと書かれていても、ちっとも意味が分からない。
 かねてから只見線は秘境路線という噂を聞いていたが、前にも後ろにもたくさんの乗客が集まっていて、秘境に行くようには思えない。もともと観光的な側面のある路線だったのかもしれないし、大連休の効果もあるだろうから、こんな状況になってしまっているのだろうか。赤い車両に乗り込んだが、ブロック座席はすでに埋まっていたので、仕方がなく最後部の長椅子に陣取った。
 十三時十一分、只見線只見行の列車がゆっくりと線路を滑り出した。
 灰白色の空の下、しばらくはどこにでもありそうな農村を通り、いかにも秘境らしい景色には出会えない。しかし、垂直にも見えるほどに急峻な緑の山肌などは、どこか現実離れをしていて、これから辿るだろう辺境の世界を要所で予感させてくれる。
 それにしても、同車両のブロック席の集団が煩くて、旅気分に浸ることができない。停車する駅ごとに外に立つ住民と手を振り合ったりしているが、このあたりに住む者たちの軍団なのだろうか。それだけでなく、各駅で乗り込む人とも一々挨拶を交わして合流をしている。年齢構成もよく分からない。高齢者ばかりであったら何かのツアーだろうかとも思えるのだが、中にはちょっと若い人の姿もある。どうやら彼らは、ただの旅行者の集団ではない。正装をしている人もいるところを見ると、おそらく何らかの組織である。
 私のような、彼らとは一切関係なく、少しも感情移入できない乗客もいるというのに、大声で騒ぎ車内をうろつき、そこかしこでアルコールに興じている。通路を立って塞いでいる女性に関しては全く下品で閉口してしまう。傍らに人無きが若しとはまさに彼らのことである。組織の一員が名札を付けていたので、よく見てみると、「魚沼市」などと書いているのが見えた。
 私は、例えばひとりの人間が自棄なことをしていたら、おそらく面白く思う。それは尊敬に値する生き方である。決して咎めるべきことではない。だがしかし、組織ぐるみで横暴をやるのは、私は心の底から大嫌いである。ただ人数が多いというだけで、まるで正義は自分たちの下にあるような顔で勝手に振る舞っているのは、全く性質が悪い。そういう輩はひとり残らず射殺してしまいたいような気持ちになるのだが、それではあたりにたくさんのゴミが残ってしまって面倒なので、数の弱者たる我々は仕方なく黙って耐えているしかないのだ。
 彼らのせいで、最後まで不愉快な旅だった。
 大白川駅を過ぎて、あとは終点只見に至るまでといった段では、ついに只見川が窓外に現れ、川にかかる質素な吊り橋や川の流れに浸食された奇岩などを認めると、景色はいよいよ秘境じみてくる。あと一駅というのにこの道程がとにかく長く、時間にして三十分もかかる。途中で、長いトンネルを数本経てやっとのことで只見駅が見えてくる。
 するとどういうわけか、歩廊はもとより駅舎にも驚くほどの人々が集まっていて、こちらを出迎えているではないか。和太鼓の演者やマスコットキャラクターなども揃って、盛大なお祭りのようである。秘境路線のくせに車内混みあっていることからしておかしいと思っていたが、車内を占拠する悪の組織の存在、そしてこの只見駅の有り様だから、どうやらこの日は大掛かりな催事が開かれていたみたいである。他の乗客も疑問に思ったのか、例の悪の組織の構成員に尋ねているのを盗み聞きしてみると、そもそもこれは私が乗っている赤い列車の催事であるらしい。そしてこれから、何かの儀式が行われるのだそうだ。
 只見駅の歩廊に降りる。正装の旦那衆からカメラを抱えた記者、あるいはただの老婆まで、実に大勢の群集から「ようこそ」「ようこそ」などと歓迎されるのは決して悪い気はしない。ちょっと踏んぞりかえって歩いてみるが、誰ひとり私のことなど気に留めることはなく、これから始まる儀式の次第ばかり気にしている。
 催事は気がかりであったが、私はこれから代替輸送のバスに乗らなければならない。その乗り換えの時間は短いためか、バスを利用する一般客は急かされてバスへと案内される。駅の記念スタンプを押す間も、キャラクターの写真を撮る間も与えてはくれない。

 只見線は数年前の大水のために、かなり長いこと、只見―会津川口の区間が運休となっている。列車が走らなければ生活に困る住民もいるために、この区間では代替バスが走って、途中の各駅を回っている。私は会津川口方面を目指すべくバスに乗り込んだが、この車内が大勢の老爺老婆でいっぱいであり、人生のどんづまりという意味ではたしかに秘境に思えなくもない。いちばん前の四列座席の通路側の一席に座った。こういう混みあった空間だと、私の愛用の軍用リュックサックは煩わしいだけである。
 隣の座席に座っている年配の女性が、突然私に話しかけてきた。
「ああ残念。あなた、Hさんと会えましたか」
「Hさんって誰です」
「テレビに出て『今でしょ!』とかってやってる人ですよ」
「H先生ですか。いや・・・・え、H先生いたんですか」
「なんかイベントがあって、いらっしゃってるみたいですよ。あの列車のね」
「あれさっき私が乗ってきた列車ですよ。ひょっとしてH先生あれに乗ってたってことですかね」
「そうかもしれませんね」
「列車のなか歩いたりしたんですけど、ちっとも気がつきませんでした」
「今日はイベントがあってねえ、いつもはこんなにたくさんの人はいないんですけどね」
「とても賑わっているようですね」
「あなたこれからどちらに」
「早戸温泉に」
「早戸温泉というとT(宿舎)ですね」
「Tです」
「Tは私もよく行くんですけど。一回だと五百円くらいですけど、私なんかは回数券を買ってね、一回三百円くらいで入れるんです」
「へえ」
「四年前の災害で電車が使えなくなって、それであの、補助金をもらってそれで温泉に入ったり、ゲートボールなんかをしてるんです」
「ゲートボール」
「四年前の災害は本当にひどくて、このあたりは―いま只見町なんですけど―道路のところまで川の水が上がってきたらしいですよ」
「こう、結構広い川ですけど、その水がここまで上がってきたのですか。それはひどい」
「今だとほら、まだ浅く見えますけど、それが道路のところまでね」
「にしても、早く鉄道が復旧してくれればいいのですが」
「ねえ。でも難しくて、四年前の災害で電車が使えなくなって、それで今度は原発の事故があって。いまはこうやってバスを走らせてますけど、工事にはお金がかかるから、バスを走らせた方が安上がりなのかも」
「成程」
「このあたりだと、新潟の方からも人がいらっしゃるんですけど」
「私はその新潟から来たんですけど」
「そうでしたか。新潟から早戸温泉に。早戸温泉っていうと降りるのは」
「早戸ですかね」
「早戸ですか。たしかにTはそこからは歩いて、十分くらいですかね。でもあなたは若いから五分くらいかも」
「いやいや」
「ほら、いま川はあんなに浅くなってるでしょ。でも―いま○○町(失念)にいるんですけど―四年前の災害のときはね、このあたりも川の水が道路まできたんですよ」
「ねえ。本当におそろしいことですよ」
「それで、あなた今日はどちらから」
「・・・・新潟です」
「新潟からですか。それで今日は」
「早戸温泉に。Tです」
「Tですか。私も時々行くんですけど、あそこは、とても、いい温泉で。ちょっと茶色く濁ってるんですけど、とてもいい効能で。あせもと痔に、痔に効くんですよ。痔に」
「あ、あれが鉄道の線路ですか。にしてもすごいところ走りますね」
「ねえ。四年前の災害では道路まで川の水が上がってきて、このあたり―いま○○町(失念)なんですけど―ここらでは家も流されて死んだ人も出たみたいですよ」
「うわ、鉄橋が途切れてますよ。ひどいなあ」
「ねえ。四年前の災害では道路まで川の水が上がりましてね、死者も出たんじゃないかなあ」
こうして、只見から会津川口までバスに揺られるおよそ五十分の間、私は隣の女性から何回も同じ話を聞かされ、時に同じことを聞かれて過ごしていた。早戸温泉のくだりは五回くらいは聞いただろうし、「四年前の災害では道路まで川の水が上がってきた」という話に至っては、大袈裟でなく十回以上は聞いたような気がする。私はその度に、ひどい、ひどいと答えていたのだ。その他、「早戸温泉の周りは何もないから食事はどうするのかが心配」をはじめとした数々の小話も、少なくとも二回は聞くことになっている。
 dementiaがあったのだろうか。しかし、dementiaにしては受け答えが快活であったし、私の言葉に対する返答も中々とんちが効いていて面白かった。私がこれまで出会ったdementiaの患者さんは、せいぜい四、五人というところだが、どの人もどこか遠くを見ているように恍惚としていた。だが、この女性はきちんと目の前のものを見て話をしている。何度も同じ話をするのは、話題がなくて沈黙してしまうよりはいいだろうという気遣いからかもしれない。
 乗合のバスは各駅を巡る仕事の末、終点の会津川口に到著した。ここから会津若松方面へは再び列車が出ている。例の女性は駅の近くに家があるということで、ここで別れる。面白いお話を聞かせていただいてありがとうございました、という私のさよならの挨拶は本心からである。
 会津川口駅は歩廊から只見川の広大な流れを望むことができるという噂だったが、ちょうど川の方向に停車中の列車があって、川が見えない。私が乗るのはこの列車ではなく、別の車両なのだが、乗り込んでもやはり件の列車があることによって視野が遮られて、川が見えない。
 十五時二十七分、只見線会津若松駅が会津川口のプラットホームを徐に、そしてだんだん速く離れていく。
 列車が走りだせば、やっと見えてくる只見川。川とはいうが、流れがあるようには見えず、ただ水がなみなみと満たされているだけのような穏やかさで、流域の広さもあってどこか母性的な面持ちである。この広大な河川の水位をほんの少しでも上げるには、よほど多くの水を注ぐ必要があるのではないかと思うが、そこをいくと、四年前の水害は相当にひどいものだったんだなと分かる。
 只見線に乗車してから、秘境路線とは思えぬ慌ただしさの中にいたが、ここにきてひとりで車窓の移り変わりを眺めることが叶うと、やっとのことでひとり旅の情緒が滲んでくる。
 発車から十五分強で早戸駅に着く。ここが、この日私が最後に降りる駅である。










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  1. 2015/09/27(日) 10:18:11|
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只見線莫迦列車 三 柏崎駅

 私を乗せた列車が線路を滑りだした。車内の座席は対面式の長椅子となっている。私は窓外の景色が流れていくのをただぼんやりと眺めているのが好きなので、長椅子形式は景色が見づらくてあまり好きではない。
 越後線は、線路図だと新潟県の日本海側を沿って伸びているように思えるが、実際は山間をひたすら走っている。沿線に目を惹くものはない。途中に出雲崎という駅がある。出雲崎は私がかねてから関心のあった町で、この旅行でも最初は出雲崎に立ち寄るような計画を立てるつもりが、私が思い浮かべる「出雲崎」は、駅から歩いて四十分という場所に立地しているので、只見線での余裕を優先して諦めた。
 結局、海は少しでも姿を現すことなく、九時四十七分、列車は終点柏崎駅に到著した。次は信越本線に乗って宮内に行くのだが、その列車は柏崎を十一時三十九分に発つ。ここに充分すぎるほどの待ち時間を得た。
 駅舎を出てみれば、外は思ったよりも雨足が強くなっている。柏崎に大した用事はなく、強いていうなら早めの昼食を摂るくらいだったので、御膳にちょうどいい時間になるまで、待合で過ごしてもよかったが、ひとまず御不浄によって用を足して出てみると、雨は止んでいたので、ちょっと通りに出てみる。
 駅前は、よくある屋根付きの商店街になっていて、天候を気にせず気軽に歩ける。柏崎駅前のいいところは、くだらぬチェーン店がなく、食堂にしろ喫茶店にしろ、個人でやっているような店がとても多いという点である。少し格式の高そうな、歴史ありげな菓子屋があり、「明治饅頭」というものを推している。見過ごしてそのまま歩いてみると、別の店でも「明治饅頭」を推していて、どうやらこのあたりの名物であるらしかった。いい頃合いで引き返して、最初に見かけた格式高そうな菓子屋に入った。ちょうど小腹が空いていたこともある。
 同時に入った観光者風の男性が、何やら急いでいるようにせかせかと明治饅頭の箱を買っていった。やはり名物に間違いなさそうだが、私には余裕があるので急いで求めたりはしない。たとえ時間がないとしても、あからさまに急いでいる雰囲気を出すことはしないのだが、それはともかくとして、明治饅頭以外にも和菓子から洋菓子まで色々と揃っていたので、しばらく店内を見て回る。明治饅頭一つと、季節品のさつまいも饅頭一つ、そして当地のマスコットキャラクターを模したクッキーを購入。店内にテーブルがあったが、飲食をするためのものという感じはしなかったので、ためしにあそこで食べていってもいいですかと聞いたら、別に御自由にどうぞ、と笑われた。明治饅頭はいわゆる薄皮饅頭というものだろうか。たっぷりの白餡が薄皮に包まれているが、思ったよりも固くて噛み応えがある。さつまいもの方もまた然りである。最後に食べたクッキーが軽い甘さがあって一等食べやすかった。
 一端、駅に戻る。とある事情で翌朝の食事を手に入れておきたかったので、売店で求めた。それからは待合に落ち着いていようと思ったが、どうやらそろそろ柏崎に越乃Shu*Kuraが到着するらしいので、歩廊に入場して出迎えた。この特別列車はここから宮内の方向に走るので、いま思えばこれに乗るということもできたわけである。
 そろそろ昼食を摂ってもいい頃と思って外に出てみると、間の悪いことに再び雨が降り出してしまっている。先ほどのこともあるから、また自分が御不浄に寄って出てみれば止んでいるかもと思ってやってみるが、そんな神通力が私にあるわけがなかった。折りたたみ傘を出して歩いていくが、風があるために傘を差すだけではどうしても防げぬ暴露があり、雨は横から降っているのではないかとも思われた。
 食事は駅近くのホテルの食堂で摂るつもりでいた。この食堂には数年前に級友と立ち寄り、当地名物の鯛茶漬けを食べた縁がある。この度も鯛茶漬けが食べたかった。
「こんにちは」
「あ、すいません、店は十一時からなんですよ」
―ただいまの時刻、午前十時五十九分。
「そうですか。じゃあ少しだけ待たせて下さい」
「はい、ではホテルのロビーへどうぞ」
などと言われたのでその通りにしたが、私が店を出て一分も経たないうちに、食堂は開店となった。あの一分足らずの間に、何か、お客には見せられないような儀式でも行われていたのだろうか。
 隅っこの席に座り、お品書きをちらと見てみるが、私は最初から鯛茶漬けを食べる気でいたから、その行為は形だけのものである。同じ鯛茶漬けでも、安いものと高いものがあるが、私は高い方を頼んだ。列車の時間まで四十分ほどあるが、なんとなく発車に間に合わないような気がして、待っている間もそわそわとしていたが、幸いなことに料理はすぐに運ばれてきた。だが、一度そわそわしてしまうと、しばらくその心境が続いてしまうので、最後までそわそわせかせかと落ち着かずに食事をしてしまったことはもったいない。
 鯛茶漬けは鯛を焼いてほぐしたものの他に、焼き鮭、いくら、岩海苔、しんじょうのようなものなどが乗っていて、ごちゃごちゃして見た目は汚いが、いかにもおいしそうだ。それに温かなお茶を注ぎ、わさびを溶かしていただくのである。しかし私は必ずしも空腹を覚えているわけではなかった。時間もまだ早いし、先程には饅頭二つとクッキー一枚を平らげている。中でもさつまいもの饅頭、あれは効いた。そういうわけで、砂を噛むようなといえば行き過ぎだが、せっかくの鯛茶漬けを少し無理をして食べることになった。他のお客はどこも集団で、ヤイヤイと言葉を交わしている。その中で、店の端でひとりで無理無理と食事を進める自分がみじめに思われた。
 店を出ると雨は小降りになっていた。傘を差すほどではないさらさらとした雨で、まるで霧が上から落ちてきているようにも見えた。
 十一時三十九分、信越本線長岡行の列車が動き出した。途中、何の変哲もない農村の合間を駆けていくが、灰色の曇り空の下に薄い霞もかかっていて、妙に神妙としていて、どこぞの辺境の土地かと見まがう。長岡が近づくにつれて窓からは平凡な住宅地ばかりが認められるようになる。
 長岡の一つ手前、宮内で下車をする。無駄に大きく、それでいて中身は何にも詰まっていない、燕三条のような駅である。宮内は上越線の乗り換え駅である。私もこの用途で降り立ったのであるが、空き時間に周辺の案内を見てみると、いろいろな商家の住宅なども残っていたり、鏝絵が有名だったりして、思ったよりもこの町自体からして面白そうだった。
 次の列車を歩廊の長椅子に座って待っている。急に雨が激しくなったと思ったら、数秒後にはすっかりと日差しが覗いてくる。あまりにも不安定な天候に、不安よりも薄気味の悪さを覚えた。十三時八分、上越線越後湯沢行の列車に乗り込む。上越線などと、いかにも田舎じみた路線名であるが、車内には学生や会社員風の人たちの姿も多く、案外と混みあっている。私は小出を目指す。ここからついに只見線の鉄路に乗り換えることになる。










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  1. 2015/09/26(土) 20:20:05|
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早戸温泉(近況報告4)

CIMG0107.jpg
(福島県三島町)


秋の大連休を利用して
福島県の早戸温泉に行ってきました。
このときのことは、あとでゆっくりと書きます。











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  1. 2015/09/26(土) 19:40:07|
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只見線莫迦列車 二 寺泊駅

 他県の知り合いや田舎の親戚などで、私が新潟に住んでいることを知っていると、話題として新潟のどこそこに行ったということをしばしば投げられるのだが、その「どこそこ」として案外とよく名前が挙がるのが、寺泊である。長岡市の海沿いにできた地域で、港の近くには鮮魚市場が集まった通りがある。確かに見どころの少ない新潟の中ではそこそこ観光に面白いところであるのは間違いない。私も数年前に級友と訪れたが、市場で買った鯖焼きを食べ、海鮮丼を食べ、果ては水族館に行ったりと、それなりに楽しく遊べた。
 さて、その寺泊の玄関口がこの寺泊駅となるのだが、先に述べたような市場だの水族館だの、多くの人が思う「寺泊」は駅から車で十分というように、結構離れている。だからこの駅で降りても、観光とは縁もなさそうな、ただ牧歌的な町がそこにあるだけである。これはちょうど、秋田県男鹿線の男鹿駅と観光地「男鹿」の関係と似ている。いずれにせよ、ここで一時間ほど待たなくてはいけない。
 寺泊駅について調べてみると、ここには長岡鉄道大河津駅の旧跡が遺されていることを知った。私は廃線のマニアではないが、せっかくなのでかつて駅があった痕跡を探して時間を過ごすことにした。
 駅舎を出て、昔のプラットホームを探してみるが、左右の砂利道をそれぞれ見に行っても、それらしきものはどこにもない。そう遠くないところにあると踏んでいたが、どうにも見つけられない。目に入るのは、秋桜が咲いているのや、柵越しに停車している列車や現行の線路ばかりである。
 もともと廃線にこだわりはないといえ、このまま投げだしてしまっては自分がここに来た甲斐がなくなるようで、どうにも面白くない。たとえば駅舎内に関連の展示や簡単な案内があればよかったのだが、そういうものは何一つない。そうでなくても、待合に長椅子数列と申し訳程度の観光案内しか置かれていないというのは、一般的な駅の基準からして、あまりにも寂しい。
 駅スタンプを押すついでに、もういっそのこと駅員に尋ねてみることにした。
「そういえば、ここに昔の駅のホームがあると聞いたのですが」
「あります」
「それはどこに」
「うん、いま電車が停まってるからなあ。見えるかな」
と駅員は歩廊の方向を窺っている。
 私は今まで駅の外を探していたが、この様子だと、旧跡は歩廊から見えるところにあったらしい。これでは、いくら外を探しても見つからないわけである。
 駅員は室を出て、ひとり歩廊を進んでいく。何も言われなかったが、これは付いていくべきだろうと思い、そのようにする。程なく、我々は歩廊の端の端に至った。駅員が、線路を隔てた向こうのホームの方を指して、
「ほら、あそこの石垣のところで、斜めになってるのがあるでしょ」
「ん。どれです」
「ほら、あの黒い石垣が一個二個ときて、次に斜めになってるでしょ」
「え」
「向こうのホームの、石垣がね。ほら、斜めになってますね」
「いや、ちょっと」
「それがね、前は向こうのホームに行くのに、線路を渡っていたものですから、その時の名残りなんです」
「あ。そんな感じだったんですね」
「斜めになってるところがね。ちょうど改札を出て、すぐ真ん前から線路の上を歩いて向こうに渡ってました。もともとよく使うホームは向こうのだったものですから。今もそうだけど」
「成程」
「で、その向こうに鉄柵があるでしょ」
「ありますね」
「そこにあるのが今の越後交通、昔で言うところの長岡鉄道。そのホームの跡ですね。いわゆる、チンチン電車で」
と、場が昔のチンチン電車の話題になったところで、私にはまだ斜めのところということからして判然としていない。何度も説明させて煩わすのは申し訳ないから、この場面は適当に知ったかぶっておくことにしていたが、どこをして斜めのところなのか一向に分からない。だが、駅員の説明も落ち着いてきた頃に、何気なく向こうのホームを見てみると、ついにそれらしきものを認め、パズルの最後の一片をはめこんだような思いをした。私は向こうのホームの上のあたりばかりを見ていたが、駅員が石垣と表現していたものはホームの土台、その側面に付着しているものだった。たしかに、それが連なって連なって、途中で地面に向かって斜めに下っているところがある。おそらく、これが斜めのところなのだろう。
 駅員から色々と話を聞かせてもらった。しかし、まだ待ち時間は残されているので、あとは素直に待合で過ごす。これからの調整をしてみたり、屋内にまぎれこんだとんぼを観察したりしていたが、時おり他の利用者も来るので、無関心を装って気にかけてもみていた。
「あれ、今日学校なの」
「いや、学校じゃないけど、○○○(一度では聞き取れないほどに聞き慣れない横文字)ってイベントがあって」
「へえ。学校なんてなさそうなのに新潟に行くなんて言うから」
と、駅員との顔馴染みらしい若い女性もいた。それだけでなく、片田舎の静かな駅に似つかわしくないほどのおめかしをして、行き先は新潟という若い女性がやけにいた。私はさっき、その新潟から来たばかりであるが、この日はそういう催事でも開かれるのだろうか。そうであっても私にはまるで関係がない。
 手持無沙汰に駅内の時刻表を見てみる。次に私が乗る列車、八時五十四分発柏崎行は、土台に石垣が貼られた向こうのホームに停まる。待合にいても仕方がない。歩廊で待っている方が旅の気分に浸れるだろう。駅員に声をかけ、改札の内に入る。かつては線路に下りて向こうの岸に渡っていたという駅員の話であったが、今は高架ができていて、天を渡るような仕組みになっている。小さな窓が等間隔に貼られている高架の通路は、やけに薄暗く、閉塞的である。
 この頃になると空はからっと晴れて、日差しも強く差し込むようになってきた。朝の慌ただしい時間を経て、いよいよお天道様も本腰を入れて活動を始めたといったところか。だが、晴れてくれればそれに越したことはないとはいえ、かといってここまで日差しが強くなってしまうと、それはそれで嫌な感じがする。
 鉄柵の向こうに目をやれば、かつての長岡鉄道大河津駅のホームの残骸が遺されているのが見える。草木が鬱蒼と生い茂っており、中には大地から歩廊を突き破って伸びているような木々もある。一時は人の足として活用されていたものだが、今の緑々した姿は完全に人の手を離れた自然物である。
 待合室で佇んでいる。出入り口の壁にかまきりがいて、久しぶりな感じがした。要所要所で小さなくもや虫などが動いている室の内壁には、伝統的な相合傘の落書きが数点され、当然、その下には男女のつがいの名前が書かれてある。駅前の風景を見る限り、これといった娯楽のなさそうな片田舎の町である。ここに住む学生は、こういった方法で日々を過ごすのだろう。
 間もなく電車がくる。愛用の軍用のリュックサックを背負って歩廊に出る。リュックには、とある事情で持参した酒の瓶やら何やらが入っているために、いつもより少し重い。










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  1. 2015/09/26(土) 10:40:35|
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只見線莫迦列車 一 不安しかない

 九月の秋の大連休は、近頃はシルバーウィークなどという俗称をつけられて、だいぶ世間に定着した観があるが、いかんせん歴史が浅いため、その存在は私の生活には全くといっていいほどに根づいていない。そも、この連休がある時期は大抵が夏期休暇の最中であり、あえて連休があるということなどは意識せずに休養することができていた。今年も、暦を見るまで連休が九月にあるんだか十月にあるんだか分らなかったくらいである。
 現在私は週に二度、火曜と金曜に試験を受けるという生活をしている。その週二の試験を受けて合格点を取りさえすれば、それ以外の時間は当人の勝手に使ってもいいということになっている。だから、試験が毎週に控えているとはいっても、いまの暮らしは長期休暇とそれほど大きな変わりはない。そのため、祝日があっても連休があっても、それらの有難みを感じることは、それほどない。祝日であってもなくても、もともとその日は休みと決まっているのだから。
 しかし、今年の秋の大連休があることで、火曜の試験が一つなくなることとなった。これで余計な用事が一つなくなり、金曜から翌週の金曜まで、久しぶりにもっともらしい連休を迎えることになった。連休になるのだとしたら、それなりに連休らしいことをしたくなる。そして私は旅行に出ることにした。日帰りを数回の形でも泊まりの形でもいいから、とにかく旅に出る。
 先日に郷里・秋田の全鉄道路線を乗り潰したのであるが、せっかく新潟にいるうちに、当県の線路もできる限り乗っておきたいという欲も現れてきた。どこに行くかを考える以前に、どの路線に乗るかを決めて、実際にどこにいくかはその成り行きで決めればいい。
 時刻表と路線図とを順々に睨みながら思案した結果、果たして只見線乗車を目的とした旅程を組んだ。こうなると日帰りは現実的ではないため、途中沿線で一泊することになった。
 旅の始まりはこれまでは大抵が新潟駅であったが、今度は珍しい気分で越後線の白山駅から乗ることになった。白山は私の家から最も近い駅である。最も近いとは言っても、家からは歩いて二十分ほどかかるという中途半端に不便な立地にある。しかし、事実家から最も近いので、最寄りだと言うしかない。なぜこの駅から始めたかというと、家から自転車で往復することができるからである。新潟駅には気軽な駐輪場がなく、旅行時に限らず、普段から自転車に乗っては行きづらい。それに比べて白山には、適当な駐輪場がある。一晩くらいは置いていってもかまわない。ところで、私の学校では第一学年時には教養科目の履修のために、医学部の校舎とは別の校舎に通わなくてはいけない。その際、私は電車で通学していたため、最寄りの白山駅は毎日のように使っていたという過去がある。大がかりな工事を経て、あの時とはまるで異なった姿になっている。
 また、私が白山駅を使うことになったのは、越後線に乗るからという理由もある。越後線は先の述べたように、かつて通学に利用していた路線であるが、全区間を通して乗った経験はない。これも乗り潰しておきたい。そしてもう一つ越後線に乗らねばならぬ理由があって、学割をできるだけシンプルに使うべく、最初の駅から鉄路をぐるりと一周するような旅程を組みたかったのだが、その中で磐越西線を使うこともあって、新津駅を二回使うことはできないから、信越本線を使うことは許されない。だが越後線を使って遠回りをすれば、穏便にぐるり一周の計画が組めるというわけだ。
 私がもともと乗るつもりだった列車は七時四十七分発吉田行だったのだが、当日、予想以上に早く目が覚めてしまい、それで家にいても仕方がないから早めに白山駅に向かったところ、六時四十八分の列車に乗れるみたいだったので、これに乗ることにした。これだと、寺泊で待ち時間ができる。
 沿線には、一年次の頃に頻繁に乗り降りしていた駅がある。第一学年は、私の大学生活、ひいては私の今までの人生の中で唯一無駄な一年間だったと言える。その一年で得た物は何もなく、一方で失った物はあまりにも多い。私が日陰に生きる学生となってしまった契機は、明らかにこの年である。だから、この駅のことを思うと鬱陶しい。だが、だからといって、今の私がこの駅を感傷深げな顔で見つめると思ったら、それは大間違いである。私は第一学年時の記憶をできるだけ抹消するように努めている。もともと価値のない一年だったのだから、なかったことにしても構わないというわけだ。その努力の賜物で、この駅は今や、私にとって一切関わりのないただの駅になっている。そのためか、私がチョコレートを食べているうちに、知らぬ間に列車はこの駅を通り過ぎていた。
 この日と翌日の概ねの天気としては曇りの予報で、降水確率は微妙だが、雨は降らない方に賭けることができそうな数字であった。だが、朝から怪しかった空は列車が線路を辿るにつれて黒みを増し、関屋のあたりから雨がぽつぽつと降りつ上がりつを繰り返していたのが、吉田に着く頃にはザーザーの本降りになっていた。念のために折りたたみ傘を持参していたから、そういう意味では心配はないが、しかし旅中の雨ほど幸先を不安にさせるものはない。やはりブーツを履いてくるべきだったかと、両足を包む薄手のペタン靴を恨めしく見るようなときもあったが、吉田で乗り換えてみれば次第に空は明るみを見せ、雲間から青が覗き、光線も漏れてきた。その空の色に一転して喜んだりするのだが、しばらくすると再び雨が降ってきて、ぬか喜びと化した。それからも天候は転々とし、晴れと雨の周期を繰り返すのだが、私はその度に一喜一憂させられる。一体どちらの周期で固定されるのか、それはこれからの旅の気分を大きく左右することである。こういう時、大抵私は非道い目に遭うことが多いので、不安しかない。そのうちに、列車は終点寺泊に停まった。この時、周期は晴れの相に落ち着いていた。










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  1. 2015/09/24(木) 08:48:46|
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筆者紹介

シバケン-いかれたNeet-

Author:シバケン-いかれたNeet-
Sex:\(`・ω・´)
Work:堕医学生
Base:新潟死期終焉都市

趣味はお散歩、特技は悪だくみ

筆者結語

日常系赤面ブログ「野良犬の生活」を応援していただきありがとうございました

「野良犬の生活」の物語

 はじめましての皆さんへ

長い間ありがとうございました

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