野良犬の生活

部活もバイトもやっていない堕医学生の暮らしを記憶するレポート

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津軽 五、弘前

自身初の白神山地探検を心地よい疲労感をもって終えて弘前駅に戻ってきた。

いきなり話が変わって恐縮だが、実はこの日は夜に青森市のシンボルである複合商業施設アスパムに行きたかった。家族へのお土産を買っておこうと思っていたのだ。
アスパム内の土産屋の閉店時間もあるから、弘前から青森へ向かう電車で、この時間に十分間に合う便を一つ調べておいた。
だが、こうして白神山地から戻ってみると、イメージしていたよりもその電車まで大幅に時間が余っている。
おやおやと思った私は、明日にでも回そうかと思っていた弘前観光を、もうこの時間にしてしまおうと考えた。
さて、そうすると、どこに行こうかしら・・・?
候補は色色とあったが、まずは弘前城に向かうことにした。
しつこいようだが、引き続き太宰治作品を参照してみると、太宰は弘前城を「津軽人の魂の拠りどころ(『津軽』より)」と評している。
どうも大風呂敷を広げたような表現だなと思ったが、太宰がそこまで言うなら行ってみないわけにはあるまい。
昨日も利用した土手町循環バスで弘前城(弘前公園と言った方が正しいかもしれない。)へ。
市役所前バス停を降りる。
ここから歩いてすぐの所に、弘前公園の出入り口の一つである、追手門がある。
追手門(他にも東門、北門などがある。)というものがあると、昔はここに城があったんだなということが感じられる。
弘前市街地の各町の名前も、城下町の名残がみられる。
そう言えば、このエリアには追手門広場があって弘前観光の一拠点になっているはずだ。
明治時代の洋館もあるので、後でここにも行ってみようと思った。

追手門をくぐり、弘前公園に入る。
そう言えば大阪城なんかもそうだったけど、こういう城の周りに良質な散歩道があるのは羨ましい。
いや、この際城があるかないかは大して問題ではないが、こういう市民が集まる公園があるのはいいことだ。
私の生活拠点には白山公園という大きな公園がある。
歩くたびに少しずつ違っているように思われて、決して悪くはないのだが、さすがに最近通い慣れてきている節もある。
振り返ってみると、初めて歩く道は楽しいものであり、歩いているその時はそれをとても羨ましく思うのであって、
もしその道そのままが自分の住んでいる町にあって日常的に散歩していたら、現在の白山公園に向けたような気持ちを抱くに違いない。
隣の芝はなんとやら、だ。
こう考えてみると、旅行先での散歩と、現住所でする散歩とではどこか違う所があるのかもしれない。
違いがあるとしたら“習慣化”しているかどうかという事だろうか。
前者は楽しい。初めての道、初めての景色。楽しくないわけがない。
初めてというのは、自分にとっては新しいということでもある。
旅行先での散歩はこれまでになかった新しい記憶を頭に記録するところがその魅力なのではないか。
後者は、まあ少しは楽しく思うこともあるが、毎朝歯磨きをするみたいに習慣化されているので、
行楽いうよりはどこか自身にとって哲学的な意味があるんじゃないかと思う。
こういう普段の散歩、何回も歩いている道で何か新しい考えが生まれたという経験が、読者諸君にもあるんじゃなかろうか。
思うに前者は記憶する、学習するといったものが前面に出るが、後者はそれを活用する、出すといったものがその意義の核にありそうである。
前者はinputで後者はoutputである。

おっとっと、いつの間にか稚拙な思索に耽ってしまった。これはどうもよくない。
この弘前公園は市民たちも散歩やランニングはたまた通学路としても使っているみたいだ。
道幅も広く、植物もたくさんあって感じのいい所だ。
弘前公園と言えば桜の見事なことで全国的に有名である。
小説家の田山花袋“桜の頃の弘前公園は、日本一”とお墨付きを与えたという。
季節的に桜は完全に葉になっていたが、確かにそのシーズンだとそれはもう素晴らしい景観に違いないと思った。
人混みが大変だろうが、一回は観に行きたいものだ。
しかし、いくら歩いても、弘前城の天守閣が一向に姿を現せない。
そう言えばバスでこの辺りを走っているときも天守閣はちらりともその影を見せなかった。
大阪城や名古屋城なんかは道路を走っている時でも見えたはずだが。
なんてことを考え考え歩いていたら、ついに天守閣が出てきた。


CIMG0837.jpg

小さい。
写真ではその縮尺は分からないと思うが、弘前城の天守閣は予想よりも小さくあまり迫力は感じられない。
なるほど、公園の外からは見えない理由はここにあったか。
これがあの“津軽人の魂の拠りどころ”なのか?とんだ拍子抜けである。
どうやら奥は有料のようで、そうすると城の内部に入ることができそうであったが、
なんとなく興ざめしたような気持ちになって、ここで時間やお金を使ってもしょうがないと思い、
これまで歩いてきた道を引き返すことにした。
私には、弘前城を見たという事実以外は何も残っていない。

弘前公園で心地よい歩行を体験して、再び市役所前エリアに戻ってきた。
まだまだ時間にも余裕があるので、今度は追手門広場の洋館を見学することにした。
まずは旧弘前市立図書館だ。

CIMG0839.jpg

私は建築を観るのが好きというだけで、この方面の知識は全くないのだが、
この建物は堀江佐吉(太宰治の生家の設計も担当した津軽の名匠)らにより、1906(明治39)年に建造されたものである。
白を基調としながら、赤色の屋根や深緑色のラインや八角形の双塔がかわいらしい。

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ここだけを見ても相当作り込まれているのがわかる。

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以前何かのレポートで言っていたかもしれないが、私は洋館を散策する中で、とりわけ階段周りの意匠に注目をする。
なぜかは自分でもよく判らないが、階段の佇まいというものに魅かれる性質なのだろう。
建物内部はファイアーキングのマグカップを連想させるジェダイカラーが取り入れられていてお洒落だ。

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八角形の塔には婦人閲覧室というものがある。
今で言う所の、女性専用車両みたいなものだろうか。
この時代は図書館の部屋にも男女の区別しているのかと、少し驚いた。


次はその隣にある旧東奥義塾外人教師館を見学する。
東奥義塾というのは、青森県初の私立学校のことで、これはその学校の外国人教師の住居として使われたものである。
1900(明治33)年の建築だそうだ。

CIMG0864.jpg

しかし、なんでどの洋館もこんなに美しく色を組み合わせるのに成功しているのだろう。
美しくてかわいくてそれでいて親しみやすい。

CIMG0867.jpg

現在この建物はただの名所というだけでなく、一階ではカフェとしても利用されている。

もはや恒例。野良犬の階段チェック。
こういった、重厚感のあるシックなデザインもいい。

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見学できる二階は外国人教師の家族の暮らしぶりが窺える。
ここまでのレベルにこだわる気はないが、実は私もこんな感じの家に住みたいと夢みている。
洋館探訪は、自分の場合のための参考という意味合いもある。

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さて、二つの洋館を見学できてほくほくしている私だったが、
なんと!ここに至っても、まだまだ電車まで時間がある。
時間があるため、私は行けないだろうと半ば諦めていたある場所に行ってみることにした。
例の循環バスがあまりに出来過ぎなタイミングで来たのですぐさま乗り込んだ。
程なく文化センター前バス停で降りて、少し歩く。
この辺りは道が分かりづらい。
ここまで来ると観光地というより、ほとんど住宅地と言ってもいい位である。
旅行でこういう住宅地を歩くのは初めてではないが、なんとなく毎回不安を感じながら歩いている。
この辺りではないかと思う所で、子供達の声が聞こえる。幼稚園があるみたいだった。
マズイ!子供達にこんな馬の骨の姿を見せることはできない!と思い、ササササと歩くが、
その幼稚園のすぐ隣に、私の目的地があった。
カトリック弘前教会
(子供達とその親御さんがいたので、不審に思われたくないから外見の写真は撮っていない。)
まず勘違いしてほしくないが、私はキリスト教徒ではない。
むしろ生活の仕方としては仏教側に立つ人間である。
じゃあ、こんな男がどうして教会に?と不思議に思うだろうが、やはりここでも私は建築に興味が出ていたのだ。
この教会は1910(明治43)年に、堀江佐吉の弟・横山常吉が建築したのだそうだ。
では、中を見学してみよう。
幸い(?)中には、案内者やガイドといった人はいなく、見学者は自由に入る事が出来る。
こういう宗教的な建築物はできれば一人で静かに見てみたかったのだ。


CIMG0916.jpg

CIMG0914.jpg

私はキリスト教を信仰している訳ではないが、こういうものをしんとした場所でひとりで眺めていると、どこか自分の敬虔な気持ちの持ち主であるように感じる。
私も案外ちょろい奴だ。意外と宗教にのめり込みやすい人種なのかもしれないな。

CIMG0915.jpg

CIMG0918.jpg

ステンドグラスが西日を受けてキラキラ輝いて、それはもうキレイだった。
この教会の見どころとしてこのステンドグラスが挙げられそうだが、その中の一枚を見てみると、


CIMG0911.jpg

岩木山リンゴ津軽三味線など、津軽地方を連想させる珍しい趣向となっているのだ。
また、建築デザイン的にもう一つ特徴的なものを挙げるとすれば、一枚目の写真でもちらりと写っているが、


CIMG0913.jpg

畳なのだ。
私は出発前に調べて知っていたのだが、このユニークなものを実際に見てみたかったのだ。
本当は、時間が無いだろうと思われ、見学するのは諦めていたのだが、今回予想外に時間が余って結果、見学することができたのは嬉しかった。

さて教会を後にすると、時間がだいぶいい具合に経過していたので、そろそろ駅に向かうことにする。
最寄りである文化センター前バス停に行くと、これまた絶妙なタイミングでバスがやってきた。
循環バスはこういう時間の小回りがきくので、今回の観光に大変重宝した。


なんやかんやで青森駅に戻ってきた。
一旦宿舎に返って荷物を部屋に置いた後、身軽な格好でアスパムに行く。
家族へのお土産を買うためだ。私は外見上は親孝行者である。
この話はする必要は全くないと思うが、私の親は全国各地の「ご当地キューピー」なるものを集めている。
これはその名の通り、キューピー人形が各地の名産や名所、ゆかりのある人物のコスプレをしている小さなマスコットである。確かにかわいい。
私は集めていないが、割と家族の中でも出歩く方なので、その度にその土地のキューピーを買ってくるようにと親から頼まれるのだ。
このような伝で、アスパムで探すのもキューピー人形だ。
確か青森県のキューピーは親も数種類所有していた筈だ。
となると、何か新作があればそれを買っていけばいいだろうと思ってみてみたが、どこを探してもない。
ない。ない。
参ったなあ。でもないんだからしょうがない。明日また弘前駅に行くから、駅ビルのお土産屋にでも行ってみればいいや。
結局アスパムでは何も買わなかった。

さて、買い物も済んだ(何も買っていないが)ので、夕食でも食べますか。
当初は、駅前にあった安い寿司屋にでも行こうかと考えていたが、日中母親からのメール(母親は私の旅行中に頻繁にメールを送ってくる。)で思い出し、とある青森名物を食べに行くことに決めた。
駅からあるいて約10-15分くらい。
味の札幌大西
もしかしたら一部の人はもう分かったかもしれないが、
私は今夜の夕食に、青森名物味噌カレー牛乳らーめんを選んだ。
味噌カレー牛乳らーめん・・・。昇天ペガサスMIX盛り的発想の料理だ。
名前のインパクトはあまりにも強いが、実際どんな味なのかはまるで想像がつかない。

店は普通の食堂といった雰囲気。
私の生活拠点・新潟無機終焉都市はらーめん激戦区で、らーめんの地位向上だとか、革命を起こすだとか言って、
らーめんそのものを工夫(王道とだいぶかけ離れて行くような工夫である。でも確かにこれはこれでおいしい。)したり、店の面構えをファッショナブルにするところがあったりするが、私はそういうギラギラした野心的なのは飲食店としては少し苦手で、できれば住民が普段遣いするような、善良な庶民の顔をした店の方が好みである。
そういう意味ではこの店は私の好みの表情と、完全とまではいかなくとも、だいぶ合致していた。

さて肝心の味噌カレー牛乳らーめんであるが、
大変に描写しづらく、不思議な味だった。
味噌の風味もするし、カレーのスパイシーな所も現れ、かと思ったら牛乳のクリーミーなテイストが出てきて、もう訳わからん!
でもおいしかった、これだけは言えるのだが、それでも終盤になると少し飽きが来る。
調子に乗って大盛りを頼んだのがいけなかったのだろうが、最後の方は食べるのがちょっと辛くなるという、実に本末転倒なことになってしまった。
食べ終わると、嘔気がする。
全くこれは自業自得である。食事は腹八分目にするのがいいということをすっかり忘れてしまっていた。

余談だが、注文をして品物がくるのを待っている間、
私が来店した時かららーめんを食べていた男が食べ終わって勘定を払う際、店の人に
「この店は観光客とかも来るんですか?自分、仙台から来たんですけど。」
と言っていた。
これはいけない。
この男、私と同じくひとりで青森に旅行をしに来ていると見えるが、その事実を自分から言うなど図図しい事はしてはいけない。
この男は地元の人と会話ができて誇らしく思っているのだろうが、実際にはただ旅行者アピールをしてチヤホヤされたかっただけに過ぎない。ー少なくとも私にはそう見えた。
世間話や情報収集ならいいが、「自分は観光客です!(エッヘン」と白状してしまうのは大変に恥ずべきことだ。
謙虚に静かに目立たずに。これが旅行者の正しい姿勢である。
また不思議に思ったのは、どうして仙台出身の人間は「宮城出身」とは言わずに「仙台出身」と言うのだろう。
神奈川県に於ける横浜市もまた然りである。
私だったら「秋田出身」だと言わず「羽後出身」ですと言うのと同じ事である。
その羽後がどこにあるんだか全く分からないだろう!


宿舎で息をついたら、さっきまでの嘔気も収まった。
さて、明日は津軽歩行最終日。弘前駅を14:oo頃の電車で秋田に帰らなくてはいけない。
それまでの間どこに行こうか。
大まかな計画としては、浅虫水族館青森県立美術館のどちらかに行ってから、弘前に向かい太宰治まなびの家を見学するというような感じだった。
問題は朝一でどちらに行くかだ。水族館か、美術館か・・・。
だが、その日は結論を出すのは見送って、明日の朝散歩しながら決めることにした。
軽く酒を飲み、就寝。
寝付きよし。



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筆者紹介

シバケン-いかれたNeet-

Author:シバケン-いかれたNeet-
Sex:\(`・ω・´)
Work:堕医学生
Base:新潟死期終焉都市

趣味はお散歩、特技は悪だくみ

筆者結語

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