野良犬の生活

部活もバイトもやっていない堕医学生の暮らしを記憶するレポート

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野良犬ばんえつ物語

10月の3連休を利用して、ひとり、会津若松に旅をしてきた。
いろいろな理由があって会津若松には一度行ってみたいと思っていたのだが、
ここにきて、行くなら今しかないと直感的に考え始め、半ば軽はずみで旅行を決行した。
私の人生はこのような軽はずみの積み重ねである。

新潟から会津若松へ。
往きではC57 180「SLばんえつ物語号」[http://www.jrniigata.co.jp/slbanetsu/slbanetsu.htm]に乗った。
実はこれに乗りたかったという悲願が、旅の発端の一つである。
私はこの界隈の詳しい知識等は持ち合わせていないが、なぜかこういう特別な列車に乗りたがる傾きがあり、
案外「」と呼ばれる人種の素質があるのかもしれない。
加えて、移動をただの移動にしたくないという思いもある。
旅とはなにか?という自問には「突き詰めれば、ある地点から、別のある地点への“移動”である。」という回答をもってお茶を濁していることもあって、
旅行における移動の過程には、一段とこだわりを持つようにしている。

学割やびゅうの商品券もあったので、欲を言えば、今年から登場したグリーン車に乗りたかったが、
この日のみならず、今月はもうグリーン車の指定席券は完売であるため、それは叶わなかった。
恐るべき人気である。
そのため普通指定席を購入したのだが、この席は対面式のボックス席である。
だから内心では人見知りの私は、オタクがきたらどうしよう、鬱陶しい子供連れがきたらどうしよう、と心細く思っていたが、結果を言ってしまうと、始発の新潟から終点の会津若松まで、ボックス席に他の乗客は座らず、私一人が独占することができるという幸運に預かった。

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新潟駅に来て発車ホームに向かってみると、案の定異様な人だかりができている。
やがてSLの車輌が目に入って、私は鳥肌の立つ思いであった。身震いもする。
目の前に一つの“時代”がある。一度は失われた“時代”が。
また、SLの武骨な外見、吐き出される黒煙、特徴的な「シュー、シュー」という蒸気の音、そして人だかりに帯びる興奮が、私の体内に伝播してこのような感情に至ったのだろう。
まあ、つらつらと書き連ねていったが、実際の理由などは分からない。
感情は論理なしに突如として生まれるものだ。

人だかりはこの現代では珍しい車輌の撮影をしている。(乗客ではない人もホームに混じっていたみたいだ。)
予想どおり、鉄オタと呼んでも差支えないような服装と顔面の人が目立ち、中にはバズーカみたいなカメラを持っている人もいて、とんでもない世界に来てしまったことを悟った。
だが、良心的な家族連れもよく見かけ、子供と写真を撮っている。
私もシャッターを切ってもらうようにと、いくつかの家族に頼まれた。
髪型を短髪にしてから、このような申し出をよく受けるようになってきた。
私もまだ世間とつながる部分を持っていたみたいだ。
あと、私は鉄オタではなく、ただの旅人であり、服装もそれなりに小奇麗にしているので、もしかしたら筋金入りの人よりはだいぶ話しかけやすかったのかもしれない。
私もそこらへんの家族に頼んで、ソロでSLとの写真を撮ってもらう。
私はひとりでSLの前に立ち、平気でスマイルすることのできるクソ根性の持ち主でもあった。

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私もやはり男の子だ。こういうのを見るのは好き。
安易な言葉であるが、お約束として「男のロマン」とでも言っておこう。
子供の頃に観た「きかんしゃ やえもん」のアニメ(影絵だったかも。)を思い出した。

車輌に乗り込む。
客席は先述の通り、ボックス席になっている。

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これは普通指定席の図だが、壁に木目が巡らされたりと内部はクラシックで品のよいデザインだ。
照明もノスタルジックな旅の雰囲気を演出している。

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風味爽快ニシテ自重ww
ビイルと言えば、私は普段日中はアルコオル類は嗜まないように自制しているのだが、
他の乗客のさながら車中宴とでもいうべき有様や、ノスタルジックなSLによって旅情がかきたてられ、気分も大いに御機嫌だったこともあり、果たして、車中にてエチゴビールをインストールしてしまった。
また、昼食は車内売店で適当に駅弁でも買って食べようと考えていたのだが、ここでもかきたてられた旅情が幅を利かせ、よりによってSL車輌を模した陶器を入れ物にした弁当を買ってしまった。
私は決して普段このようなことをする人間ではない。
だが、誰でもこの場にいたらこうなるに決まっている。
一種の催眠術だが、これは大変に心地好い。
散財であったが、後悔などは一切していない。

この列車の旅の醍醐味は色色あるかと思うが、私は発車の瞬間を推したい。
SL特有の「シューシュー音」が気持ち激しくなったと思ったら、周囲に響き渡る汽笛。
そして徐に列車が動き始める、あの瞬間である。
この刹那に於いても、先述のSLが目に入った瞬間のように、思わず興奮に身を震わせる。
頭の中で「銀河鉄道999」の主題歌が勝手に再生される。
ちなみにゴダイゴ版ではなく、ささきいさお版なので、勘違いしないでいただきたい。

ふと車窓からホームを眺めてみると、乗客ではないが、SLを一目見て、記念撮影するために集まった家族連れ等の人人が笑顔で手を振って、私達を見送ってくれていた。
大人子供関係なく笑顔で手を振ってくれていた。
機関車が走ってからも、車窓からは道行く人、時には住宅や自動車の中にいる人もだが、SLを見て物珍しそうな顔をしたり、笑って手を振ってくれる光景が見られる。
その光景があまりにも平穏であたたかく、なんだか嬉しくて嬉しくて仕方がない。
思わずこちらもニヤニヤしてしまう。
などと思っていたら、涙がこぼれた。
泣いたわけではない。ただ涙がこぼれただけである。
年をとって、涙腺がはりきる機会が格段に増えたが、
思うに涙というのは、感情がある程度高ぶり、それが容量に収まりきらなくなったときにこぼれ落ちる体液なんだろう。
悲しくなくても涙が落ちるわけである。

一般的に、この旅の一番のポイントは、やはり車窓風景となっているようである。
阿賀野川の雄大な流れや、田園地帯の牧歌的で自然な風景等が中でも見どころとして挙げられるだろうが、
展望車輌が設けられているくらいに、風景を“売り”にしているのである。

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この展望車輌ではよく車内イベントが開催されているようで、
この日も阿賀野町役場の職員の森林保護についての講話というまるでマジメな催し物が開かれていた。

車内ではないが、停車する駅でも大層な歓迎を受けた。
SLばんえつ物語号は土日祝日にしか運行しないため、この列車が走る事自体が一種の祭りになっている。
新津駅の様子をご覧いただこう。

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上図二枚目あたりから意味不明だろうが、あまり気にしないでいただきたい。
私にもよく分からない。

また、イベントと言うには微妙なのだが、途中二回にわたって、停車駅(具体は失念。)にて機関車の点検・給水が行われ、これも中中興味深いものである。

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実際になにやってるのかは全く分からない。

話が逸れた。車窓風景の話に戻ろう。
セールスポイントにしているだけあって、風景美は乗客を大いに楽しませてくれるが、
景色について、私にとってよかった点は、しっかりと見応えはあるが、別に見逃しても悔しくないという絶妙な価値があるということである。
「○○してはいけない」という強迫観念は、程度が軽くともいくらかは気疲れを引き起こすものだ。
私はこのような観念を持ちやすく、何かと意気込んでしまう傾向があるので、気疲れを代償に娯楽を得ていることをしがちであるが、
この路線では、景色観念に囚われることなく、気軽に売店車や展望車やお手洗いに行ったり、少し目を休ませたりをすることができて、全く疲れることのない快適な旅をすることができたのだ。


自分の旅行史でも上位に食い込む素敵な時間を過ごしながら、SLは終点であり、私の目的地である会津若松駅に到着した。
この路線はとても気に入った。また乗ってもいいくらいだ。
会津若松駅のホームから最後にスナップ。ありがとうSLばんえつ物語号。

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↑!?


さて、実を言うと、ここ会津若松には、私の中学・高校時代の部活友達、いわば「戦友」とでも呼ぶべき人物が住んでいる。
この辺りの大学に通っているのだが、何を隠そう、彼との会見も会津への旅の大きな理由である。
しかし、この日とその翌日は彼の大学の学校祭が催されているらしく、この日の合流は夕方以降に持ち越しということなので、それまでだいぶ自由時間がある。
まあ行きたい所もあったので、ある意味では好都合だったろう。

最近の私は、ひとり旅レポートを記す際に、必ずと言っていい程、その地域の観光に便利そうな路線バスを紹介するので、「地方バス会社の回し者」の誹りを受けても仕方ないのだが、今回ももれなくその習慣が採用される。
会津若松観光には会津バスが運行するまちなか周遊バス「ハイカラさん」と「あかべぇ」が使い勝手がよくオススメだ。
どちらも会津若松の主要な名所を回る循環バスで、お互いに逆回りとなっているのでその場に応じて使い分けるのが好い。
このような伝で、会津若松駅からあかべぇに乗って最初に向かったのは飯盛山である。
うら若き学生がひとり旅で訪れるにはいささか渋い印象があるが、ここはご存知、悲劇の青年戦士白虎隊ゆかりの地だ。
私は子供の頃、ここに来た記憶がある。
確かその時はさざえ堂に行って、それから山ふもとの土産屋でかき氷を食べたはずだ。
だから自分の過去巡礼という意味もあって、この旅に於いてはまず訪れておきたい場所だったのだ。
奇しくもこの日の天気は、記憶の中と同じく、雨。
いや、晴れろよ。

まず御覧頂きたいのはこちらである。

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一見何の変哲もない小さなほら穴であるが、これは戸ノ口堰洞穴と呼ばれ、戊辰戦争の戦闘に敗走した白虎隊の兵士達がここを通って飯盛山に辿りついたという話があるのだ。

そして件のさざえ堂へ。

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結構デカイんですよ。
こういった建物のスケールは記憶では不明瞭だったため、たとえ一回来た場所だとしても、まるで初めて訪れたかのような錯覚に陥ってしまう。
この建物はその名の通りさざえを連想させる六角三層の仏堂で、内部の上りと下りの階段が一度も交差しない、二重らせんの構造となっているという実に珍しい特徴を持つ。

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上図は上りの経路だが、このように狭っ苦しく、また大変に歩きづらい通路をクルクルとらせんを辿るように進んでいくのである。
楽しい。
私が記憶しているシーンは、お堂の入り口の光景だったことを確認した。

飯盛山にはここで自刃した白虎隊隊員の墓がある。
白状してしまうと、私はこの辺りの時代については全くの無学で、なぜ隊員があのような悲劇を迎えなければならないのか、その詳しい所は分からないのだが、16、17歳の若さで武士の本分を示すべく自刃を選んだ兵士達には深く同情してしまう。
墓前に立ち、拝む。
周囲の観光客は墓を平気でパシャパシャとスナップしていたが、これには呆れ返ってしまった。

最後に、隊員が自刃した場所に行ってみる。

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ここから白虎隊が会津の街を見下ろすと、彼方の鶴ヶ城から煙が立ち込めていたそうである。
それを見て鶴ヶ城が落城したと思い込んだ隊員は、捕虜になるのは武士の恥、会津の恥として、その場で自刃をしたのだ。
なお、鶴ヶ城が開城するのは、それから約一ヶ月後のことであった。

下山した私は、幼少期の記憶に倣って、土産屋数店に立ち寄ってみた。
観光地として発展したからか、新しくて小奇麗な店も出来ている。
以前はアニメのまがいもののキーホルダーとかも売っていたはずだが、そのような胡散臭さやなりふり構わない所が魅力的だったのにと、少し残念に思った。
最近の観光地の土産屋は、どこも似たり寄ったりなクローンみたいで、実に味気ない。
訪れた土産屋の一つで、店のお父さんにしつこく話しかけられたので、適当に返していたが、もう面倒になって、買うつもりは毛頭なかったお菓子を買ってしまった。
それに機嫌をよくしたのか、お父さんはお茶を出してくれて、店の一角にあった休憩スペースで飲むように勧めてくれた。
断る理由もなかったので、珍しく素直に申し出に応じるが、椅子に腰かけ、ふと周囲を見渡した途端、強烈な既視感の波が押し寄せてきた。
D・I・Y感満載の張り紙に書かれた「かき氷」の文字、昭和を感じる椅子・机の配置、古臭い店の面構えを鑑みるに、子供の頃にかき氷を食べた土産屋は、たぶんこの店に違いないという確証を得た。
あの頃にあった店が今でも残っていることに不思議な感動を覚えた。

過去巡礼に成功した私は、例の周遊バスに乗って次なる目的地に向かおうと意気込んでいたが、
バスが・いつまで経っても・来ない!
しかもポツポツとだが雨が降っているので、軽く寒い。
私と同じような観光客は多くいて、これがあまりよくない出来事であることが誰の心にも感ぜられたに違いない。
時刻表に書かれてある時間から30-40分過ぎてやっとバスがバス停に到着した。
あまりの遅延ぶりだったため、本来の便の後の便も後ろにぴたっと付いてきている有様だ。
この時はもう時刻的には夕方だったため、もしかしたらこの待ち時間のうちにクローズしてしまう施設もあったかもしれない。
これは観光客にとって至極残念なことであり、彼らの心が離れるきっかけを生んでしまうので、会津にとってもよくないことである。

さて、いろいろあったが次に到着したのは七日町である。
七日町のレトロな街並みを犬散歩しようと企てたのだ。
ちなみに七日町の存在は我が愛しのことりっぷが教えてくれた。
街歩きの前に、少し疲れたのと、雨が激しくなってきたことも相まって、七日町駅構内にある駅cafeで休憩をすることにした。

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最近旅先でも一度は喫茶店等で休憩しなくては身体が思う通りに動かなくなった。こういう何でもない些細なことで、自分の年齢についての実状を突きつけられることが多くなった。
店内はお土産スペースも兼ねていて少し狭いが、インテリアも趣味がよく、全体的に落ち着いた雰囲気だった。
お店自慢のコーヒーは会津の名水を使っているとかなんとかで、とてもおいしかった。
「おいしいコーヒーはブラックがおいしい」という至言が身に染みた。
結構長い間居座り、歩行の意欲も回復したので、町に繰り出す。幸い雨脚も弱まっている。幸先いい。
さて、ここ七日町には何があるのか?と問われれば、具体的な答に窮するが、
この通りには蔵や古い洋館が立ち並び、町から醸し出される風情が実にレトロレトロしているのである。
私は店には入らずに、この通りを見物しながら歩いていただけなので、ここでもそれに沿うた形で、建物の佇まいを紹介していく。

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こんな感じで、古き良き佇まいをもつ商店が通り沿いに多数あるのである。
その中でもとりわけ目立つのが、まず白木屋漆器店

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こんな豪勢な漆器店が他にあろうか。いや、ない。反語。

そしてもう一つのハイライトは渋川問屋

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愛しのことりっぷによると、渋川問屋は明治初期~昭和40年代まで海産物問屋(会津は内陸にあるので海産物はさぞ貴重なことだったろう。)として繁栄していた渋川商店の建物をそのまま残したもので、現在は本館は郷土料理屋、別館は全室スイートルームの宿泊施設となっているそうな。貧乏な野良犬風情には全く縁のないところである。

さて、ここ七日町での犬散歩を終いにして、七日町駅から電車に乗り、はじまりの場所会津若松駅に向かった。
時間もいいとこなので、そろそろ戦友と合流するのだ。
した。合流。
にしても、日が落ちてからこうして駅前を見てみると、大いに寂びれている。これは心細い。
戦友の車に乗り込み、彼の自宅に向かう。
車中では、私に気を使ってか、あるいはいつもこうなのか、SOUL'd OUTの曲が流れている。TOKYO通信 ~Urbs Communication~
彼は長年のSOUL'd OUT好きである。
私も彼の影響でSOUL'd OUTを聴くようになり、昨年なんかは新潟でのSOUL'd OUTライブに二人で参加した位なのだ。この時は戦友が私の部屋に泊まった。
ちなみにこれは完全の余談だが、私は、友達からの影響で好きなものや自身の引き出しを増やすことを、プロレスラー永田裕志秋山準との一連の闘いの後に、秋山の得意技を使い始めたことに倣って「エクスプロイダー現象」と人知れず呼んでい、あ、さっさと次にいきましょうか。

程なくして彼の住居に到着である。
駅からの大通り(笑)沿いにあり、おそらく歩いても駅まで20分くらいで着いてしまうのではないだろうか。
しかし肝心の大学からは遠いとのこと。本末転倒である。
彼の部屋の様子については彼のプライバシーと名誉のこともあるので詳細については省く。
なお、私が大学入学以来地元の友達の家に泊まるのはおそらく初めてのことである。
早速飲みに行く我我。
ここで駅の真正面にあった、どこにでもあるチェーン居酒屋に連れて行かれたら、この戦友と半絶交するに値すると秘密裏に思っていたのだが、彼はおそらくここにしかないであろう、私好みのいかにもな典型的な居酒屋、その名も天竜に連れて行く。
駅からまあまあ歩く所に立地している。
しかし、ここの大学の生徒は、飲みに行くのにも苦労するのだな。カワイソー。
これまたいかにもな居酒屋料理と主にウイスキイをお供に、マジメ話・バカ話に華が咲く。
他の戦友達の近況を知ることが出来たのはよかった。私自身こういう情報を集めるのがド下手だから。
にしても、私以外の戦友達は今でも何らかの形でハンドボールに関わっているのだな。
(言ってなかったけど、私は小学校~高校までハンドボールをしていた。)
ハンドボール選手に未練はもうないと思っていたけど、縁遠くなっていることを少し後ろめたく感じた。
にしても、彼は昔から特に気の合う方ではあったが、古くからの友達との会話は総じて楽しいものである。
こういった酒の席で、心根からリラックスして楽しく過ごせたのは本当に久しぶりかもしれない。
大学での私は一見穏やかに見えても、心情では革命前夜みたいなことになっているのが実はほとんどだったりするので、このサシ飲みではどこか自分を取り戻すような気持ちに落ち着いた。
これこれ、これなのだ。私が求めていたのは。
店のお父さんも何言ってるかは全然聞きとれなかったが、積極的に話しかけてくれ、なにより料理がうまいこともあって、すっかりこのお店が気に入ったようだ。
オシャレな創作レストラン云云ももちろん悪くはないが、庶民に生まれ育った私には、この位のベタな店の方が性に合っている。
先述した新潟でのSOUL'd OUTライブの時に、私は彼に宅飲みを強いてしまったが、それが実に気の利かないことだったことに今さら気づき、大層後ろめたい気持ちになった。

彼の家に戻ってからは、さも当然のようにSOUL'd OUTのライブDVDを鑑賞する流れになった。
いや、流れも何もない。
私達が帰宅したらすぐに家に明りを付けるように、ごくごく自然な形でDVDが再生され始めたのだ。
彼と合流してからSOUL'd OUTがゴリ押されているが、これ程彼とSOUL'd OUTは切っても切り離せない間柄なのである。
それを知っている私は会津に行く前夜に、ある種の礼節としてSOUL'd OUTを聴いていた位である。
この新情報を打ち明けたところで、SOUL'd OUTの曲を一つ取り上げておこう。
私の引き出しにSOUL'd OUTを収める大きなきっかけになった曲である。
もし時間があればこれを聴きながら、もう一度最初から私の旅を辿ってみていただきたい。
全体的に牧歌的な香りの今回のひとり旅が、どこか電子的な味のあるように感じられるだろうから。


SOUL'd OUT「TOKYO通信 ~Urbs Communication~」






なんやかんやで翌朝。
朝の営みについてはこれも平均的な事柄であるため、言明しないのが正解だろう。
今日は会津若松のシンボル鶴ヶ城に足を運んでみるつもりだったが、ここでまたしても戦友が心尽くしの申し出をしてくれ、車で鶴ヶ城まで送ってもらえることとなった。
足を運ぶだけのつもりだったのに、自分の身体まるごと運ばれるとは。
本当に彼には何から何までお世話になってしまい、どんな言葉を以てしても感謝し尽くせない。
今度彼が新潟に来たときには、私が誠意をもった歓迎をしてやろうと思った。

さて、会津若松に来たのなら必ず訪れるべき場所、鶴ヶ城にやってきたわけだが、
天気は昨日とは打って変わって見事な晴天で、自身の幸先のよさが窺えた。

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これはお城を囲むお堀の図である。
赤い橋は廊下橋と言って、私のように三の丸口から入城したらまず目にする事が出来る。
しかし・・・、この時、時刻は朝の8:30と、開館してすぐの時間なのだが、
早朝の清冽な空気を吸い、観光客の姿も疎らな城を歩くと、神妙な気持ちになる。
あたかも歩きながら精神が清廉になっていくような心持だった。

歩いて程なくして天守閣との対面に至った。

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ぱっと見て思ったのは「品のいい城だな。」という感想である。
いやいや、お城は無機物。具体的にどこを指して「品のいい」のかと聞かれたら、
実際には答えあぐねて返しに困り果てるのであるが、
それでも印象として自然に出た感想なのだから仕様が無い。
赤みがかった瓦と真白な壁の組み合わせが綺麗で、大きさも見事だったが、先の感想も相まって、私にはとても母性的な風情の名城であるように感じた。
天守閣下に観光協会的な団体のおっさんの人が甲冑を付けて、なぜか観光客の集合写真を撮る、甲冑を着ている意味を見失いそうな役割を果たしていたので、私も他の観光客が作った流れに乗じてソロ写真を撮ってもらうことに。
せっかくおっさんが甲冑を着ているのだからと、おっさんとも写真を撮ってもらった。
この時、おっさんが持っていた日本刀のレプリカを持たせてもらったが、私は生憎、こういう時にどんなポーズを採るべきなのか、その哲学の解答を用意していなかったので、実に中途半端な姿勢になってしまったのが今でも悔やまれる。
こういう時のために、常日頃から自分なりの「刀を持って写真に写るときのポーズ」を考えておいた方がよさそうだ。

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この辺りが妥当だろうか。
ちなみに会津若松は斎藤一のゆかりの地でもある。

そういえば、ここでも何組かの年配グループに写真を撮るようにという依頼を受けた。
着実に私は世間との距離を縮めつつある。
ちなみに、大きな城と人を一緒に写すときは、姿勢を低くしなければ上手くいかない。
地面に跪いて真摯にシャッターの号令をかける私の姿に、きっとあのグループの人達は最近の若者に対する印象を好くしたに違いない。だろ?

天守閣の内部は博物館になっている。
この地域の歴史についての心得などはなく、現在放映中で、物語の舞台が会津若松である大河ドラマ「八重の桜」にも完全に接触のない私だが、ここに収められている資料はまあまあの見応えがあった。
最上階からは会津の町が一望できる。

CIMG1092.jpg

CIMG1088.jpg

CIMG1087.jpg

ここでも時間帯が朝であることが幸いし、朝の澄みきった風と秋の心地よい日差しを浴びてこの風景を眺めるのは、大変に気持ちがよかった。
それを抜きにしても、私はそもそも高い所が好きなのだ。
そういえば「ナントカと煙は高い所が好き」という諺があったけど、「ナントカ」には何が入ったかなあ・・・。
ここでも余談だが、私はこのような高い所から下界の人人を見下ろす時、必ず頭に思い浮かべる言葉がある。
「人がゴミのようだ!」って言葉なんだけど、もう、なんかかえって照れるね、これはね。


・・・さて、鶴ヶ城を見物したところで、私の会津旅行記はお終いになる。
11:00くらい発のバスで、新潟に戻ったのだ。
会津を本格的な旅行という形で訪れたのは初めてなのだが、町並みが牧歌的なので、こちらも時間を気にせず、ゆっくりと見て回るのがいいように思った。
マストは鶴ヶ城で、あとはどこでも好きな所、気になった所に足を運べばいい。
個人的な事情で言えば、やはり戦友と会えたのが本当によかった。
この勢いのまま、他の奴らにも会いに行きたいが、正直新潟の方にも来てほしいよなあ。
金ないもんなあ・・・。





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筆者紹介

シバケン-いかれたNeet-

Author:シバケン-いかれたNeet-
Sex:\(`・ω・´)
Work:堕医学生
Base:新潟死期終焉都市

趣味はお散歩、特技は悪だくみ

筆者結語

日常系赤面ブログ「野良犬の生活」を応援していただきありがとうございました

「野良犬の生活」の物語

 はじめましての皆さんへ

長い間ありがとうございました

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