野良犬の生活

部活もバイトもやっていない堕医学生の暮らしを記憶するレポート

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さかた湊町チャリ紀行・四日目

 安部公房の小説「砂の女」冒頭に登場する“S駅”とは、実は酒田駅のことを指しているらしい。いきなりどうした。
 さて、酒田での二日間の用事も済み、早くも新潟無機終焉都市に戻る日がやってきた。ただ戻るのでは芸がないし、まだ見ていないところもあるので、無機終焉都市へはしばらくはまた町を巡ってから帰ることにした。帰りは酒田駅から新潟駅まで出ている特急いなほに乗る予定にして、つまりはいつでも帰れる状況にいたので、何かと気が楽だった。
 滞在していたホテルで観光自転車を借り、再び酒田の中心街へと走る。相変わらず大通りなのに歩道はないし、自転車が通るスペースも狭く、全く気が気でないチャリ路であった。時刻はまだ九時頃で、大抵の観光施設はまだ開館していない時間なので、通り道にある山居倉庫(ケヤキ並木と屋外の休憩所はいつ行ってもいい)に寄って、例の木陰のテーブルで一日の計画を立てていることにした。昼間は観光客や煩いツアー旅行の連中共が多く訪れるはずだが、この時間はまだ人の姿はまばらで、静かで落ち着ける雰囲気である。周囲に完全に私ひとりしかいない瞬間もあり、少し贅沢を味わったような気分だった。この観光地をひとり占めして過ごすのは、ひとり旅でしかできないことだ。
 ひとり脳内作戦会議の結果、まずは日和山公園方面にチャリを走らせることにした。この辺りに見てみたいところがまだ残っていたのだ。せっかくなので、朝の日和山公園も散策してみることに。倉庫の時と同様に、公園の芝生の広場も展望台にも私ひとりしかいない。私を急かす人も、耳障りな声を挙げる人もいない。こういう静かで落ち着いた時間が好きだ。
 私もたまには医学生らしいことをしてみようと思って・・・・、とはいえ別にいらぬ見栄は張ったわけではなく、最初から純粋に興味が湧いていたのだが、日和山公園から歩いてすぐの旧白崎医院を訪れた。この医院は当初は本町通りにあり、酒田大火でも幸いにして被害を免れたのだが、その後に市の指定文化財として保存するために公園地内に移築復元されて現在に至るのだ。一階が医院、二階が家人の住居として造られた建物なのだが、酒田市で初めてと言える本格的な木造洋風建築で、外科専門医院の建物である点などから言っても珍しいのだという。私は建築、特に明治から昭和にかけての洋館好きなので気になっていたが、昔の医院(しかも外科)がどうなっているのかという好奇心がうずいていた。旧“白崎”医院ということで、それに合わせて外観は上品な白色で統一されている。派手な装飾はなく、クラシックな雰囲気である。内部は、まずは一階の医院だが、たしかに洋風の造りになっているものの、医院ということでか、壁なんかは白を基調にデザインされており、こういう洋風建築特有の重厚感や圧迫感はあまり感じられない。かつての診察室や控室などは別に何も思わず、『こんな感じか。』とか『お洒落だな。』くらいの感想しか持たなかったが、医院最深部の手術室を覗いてみると、あまりにも現代と違うのでに大いにドデンして(驚いて)、思わず笑ってしまった。当時は他にも色々と設備があったのかもしれないが、手術台などがポツンと置かれ、どうも簡素すぎてなんというか頼りなく感じてしまう。超年代モノの照明(ドイツ製)も、絶対コレじゃ手術しづらかっただろうな、と思いを馳せてしまう。手洗いはどうしてたんだろうとか他にも色々考え込んでしまうところは、やはり私も医学生であったということだろう。二階の住居は、これは畳敷きの和風の造り。しかし、外壁など所々が洋風という奇妙な構造になっている。館内にはガイドを兼ねる管理者が(おそらく)常駐しており、私が移動するたびに後をついてきて、私が聞いてもいないのに説明を加えてくれる。最初はウザく思ったが、結果的に説明があった方が当時の背景とかが見えてきて理解しやすくなるので、途中からガイドの有難みが分かった感じだ。
 公園地内には下日枝神社という、結構大きな神社がある。酒田の産土神であり、現在の社殿は本間家三代当主光丘によって建立されたのだという。木が生い茂る森の中にある神社で、やはりここも私ひとりでいたのだが、外界と遮断されたような空気が流れ、少し背筋が薄ら寒くなるような雰囲気。入口の赤い鳥居に掲げられた額はなんと西郷隆盛の書なのだという。その先に随身門という立派な門があるが、その左右に置かれている像が、薄暗い中に佇んでいて、詳しく見てみようと近づいてみて、目が合った瞬間に思わずゾーっとしてしまった。目が怖かったよぅ・・・・。社殿はかなり大きい。かつ、彫刻が素人目に見ても、とても細かくできていて全く見事であった。龍や獅子の彫り物など、明らかにその辺りの神社にはない精密さがある。本殿の軒下にくぐり入って、再び上の方を見てみると、本当に心臓が止まるかと思った。そこには屋根を支えるような四匹の猿の彫り物があって、そのうちの一匹とバッチリ目が合ってしまったのだ。下日枝神社では猿は神の使いとされているらしいのだが、彫刻の造形もそうだし、薄暗い中で目だけを白く光らせている猿たちは超怖く、囲まれて見下ろされているのは今思い返してみても寒気がする体験であった。周囲に人の姿がなく、私ひとりであったのも、静かに恐怖を倍増させる。こんなに恐ろしい気持ちで参拝したのは初めてかもしれない。
 このあたりから空が曇りがちになり始めた。チャリで巡る旅行で一番恐れるべきは猿の彫刻・・・・ではなくて、雨である。天気が心配だったが、とりあえずいかにも酒田らしいポピュラーなところに足を運ぶことに決めた。本町通りに面する豪邸・本間家旧本邸である。本間家は酒田の大地主の家系であり、他の歴史的施設にも必ずと言っていいほど関連を持っているので、そういう点から言っても本間家の影響力の大きさが察せられるだろう。本間家旧本邸は酒田市最古の木造建築で、三代光丘が幕府巡見使一行の本陣宿として新築し、荘内藩主酒井家に献上、後に拝領したものである。全国的にも珍しい武家屋敷造りと商家造りが一体となっている建物である。間取りの広大(「広い」と言うよりもはや「広大」と言うべき)さや、欄間や釘隠しの細かな意匠に名家の暮らしぶりを見た気がした。同じく本町通りには旧浴び宮という、これまた大商家の屋敷がある。鐙屋は酒田を代表する廻船問屋で、日本海海運に大きな役割を果たしていたという。その繁栄ぶりは井原西鶴の「日本永代蔵」にも記されているほどだ。本間家旧本邸は住居であったが、この旧鐙屋はお店がメインになっている。
 もう酒田は見て回った観があるので、そろそろ駅の方に戻りつつ、酒田観光のハイライトである本間美術館に立ち寄った。本間家四代当主光道が建築した別荘を市民に開放し、全国に先駆けて地方都市の私立美術館として開館したのが、今の本間美術館である。別荘の本館は「清遠閣」と呼ばれ、酒田の迎賓館の役割を持ち、昭和天皇のお宿にもなったそうな。清遠閣からは、鳥海山を借景とした回遊式の庭園「鶴舞園」を眺めることができる。ミシュラン・グリーンガイド・ジャポンで二つ星の評価を獲得している名庭園である。私のお目当ても清遠閣と鶴舞園であり、実を言うと美術館の展示にはあまり興味なかったのだが、たまたま開催していた企画展が動物をテーマにしたもので、伊藤若冲や長沢芦雪の作品があって、普通に見応えがあった。清遠閣は和洋折衷で感じのいい建築である。館内が暗くなっているから、ちょうど額縁のような役割を果たし、そこから見える庭が映えて見える。調度品も上品、かつやはり欄間などの装飾が細かくて一々見応えがある。階段や、金箔を吹き付けた壁など、特殊な意匠もあって全く飽きない。どういうわけかここでも私ひとりであった(ここ、人気の観光地のはずだよね?)ので、風の気持ちいい二階の窓際で鶴舞園を見下ろしながらしばらく寝転がっていた。こんな贅沢ないよ!行儀悪いよ!清遠閣には喫茶スペースもあり、当時のものらしき食卓について寛ぐことができるのだ。アイスコーヒーを飲む。あまりおいしくなかった・・・・。鶴舞園はどうせ一方通行だろうなと思ってみたら、結構庭中を縦横無尽に行ったり来たりできるみたいで、予想以上に広かった。
 時間も時間だったので、駅に戻り自転車を返却して昼食を求めることにしたが、よさそうな食堂がなかったので、ホテルのイタリアンで優雅にランチを摂った。夕食にだだ茶豆を使った駅弁を購入して、午後二時台のいなほに乗って新潟無機終焉都市に戻る。いなほに乗るのは、新型車両になってからは初めてであった。かっこよかった。


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筆者紹介

シバケン-いかれたNeet-

Author:シバケン-いかれたNeet-
Sex:\(`・ω・´)
Work:堕医学生
Base:新潟死期終焉都市

趣味はお散歩、特技は悪だくみ

筆者結語

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