野良犬の生活

部活もバイトもやっていない堕医学生の暮らしを記憶するレポート

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京都・薄紅デイトリップ 一日目




 大阪モノレール、阪急京都線、烏丸線と乗り継いで、京都観光の玄関口、そして自身にとって丁度三年振りになる京都駅に辿りついた。相変わらず大きな駅である。ランチを摂るのによさそうな時間であったため、まずは腹ごしらえと、大階段をエスカレーターで昇り、駅ビル九階の京都拉麺小路へと向かった。この中にある徳島ラーメンのお店が好きで、この街に来るたびに(とはいえ、それほど京都を訪れる機会はないのだが・・・・)足を運んでいる。徳島ラーメンは甘じょっぱいスープと、やはり甘じょっぱい肉、そして生卵を落として食べるというのが特徴的である。幸い店は混雑しておらず、並ぶことなく食事をすることができた。私が食べ終わって店を出る頃には、店の外には待機の列ができていた。どうやら来客のピークを避けることができたようだ。
 京都市内はバスや地下鉄などの公共交通網がいたるところまで伸びており、観光して回るのに苦労はない。レンタサイクルなどもまた魅力的であるが、荷物の詰まった大きな軍用バックパックを背負いながら、チャリを漕いで回るのはどうも大変そうだったため、今回は素直に交通網のご厄介になることに決めた。見て回りたいところを挙げていくと、バスを使うと都合がよさそうだったため、市内バスの一日乗車券を購入し、早速、ターミナルから出るバスに乗り込み、第一の目的地である東寺に向かった。
 東寺道バス停で降車し、すぐ近くの交差点を横断してそのまま真っ直ぐに歩くと、東寺の東門に行きつく。東寺は世界遺産にも登録された屈指の観光地であるというのに、そこへ続く道は土産屋の類に乏しく、静かな住宅街然としている。東寺といえば、各メディアで「京都」を表現するのに必ずといっていいほど登場する五重塔が有名であるが、私のお目当ては講堂内の立体曼陀羅である。大日如来を中心に据え、五智如来、五菩薩、五大明王、四天王、梵天、帝釈天の二十一体の仏像で、密教浄土の世界である曼陀羅を立体的に表現しているのだ。静寂に包まれた堂内に大小様々な仏像が佇んでいるその光景は、まさしく異次元のもの。現世にいながら奥深い密教の宇宙観に身を置くような体験ができるここは、全く稀有な場所である。また、この日は京都デスティネーションキャンペーンの一環として、特別に五重塔の初層内部が公開されている。東寺の五重塔は高さが約五十五メートルで、国内最高の木造塔である。初層の内部には、大日如来に見立てた心柱を囲むように四如来と八菩薩が安置されている。現在、多少剥落しているが、極彩色の文様が描かれていたと見られ、四天柱に描かれている諸尊も加わり、当時は絢爛豪華な仏教世界が形成されていたことが偲ばれた。大師堂にも参拝に行ったが、国宝の弘法大師像は公開されておらず、少し残念に思った。また、宝物館に収蔵されている千手観音像も楽しみの一つであったが、宝物館の公開もされていなかったため、これは大いに残念に思った。ひととおりの東寺見物を終え、一旦、京都駅に戻ろうかと最寄りのバス停に向かうが、次のバスは約一時間後という、予想外の不便さであった。仕方なく近鉄東寺駅から京都駅に戻る。ちなみに、この時に曇天からぱらぱらと小雨が降ってきたが、勢いが増すことはなく、すぐに晴れ間がのぞいた。
 私の次なる目当ては三十三間堂であった。先に東寺講堂の立体曼陀羅を体験して、こうなりゃ異様な仏教的光景を見て回ろうじゃねえかという意気が湧き出したのである。そういう意気があってもなくても、元々、三十三間堂は一度は訪れてみたいところだったのだ。三十三間堂は、博物館三十三間堂前バス停で降りてすぐにある。私が思っていたよりも大勢の観光客が集まっていた。修学旅行の女学生たちもわんさかいて、彼女たちの姿を目にして、物静かな見物は叶わないだろうなという諦観が兆した。でも、大勢の女子高生に囲まれるというのは、まあ、それはそれで悪くないかな。
三十三間堂は正式には蓮華王院といい、長いお堂の正面の柱間が三十三あることから、「三十三間堂」という通称で呼ばれるようになったのだ。お堂には中央の巨像を中心に、左右五百体ずつ、総じて千一体の観音立像がまつられている。この光景の異様なことといったら!これはもはや一種の狂気である。お堂の奥の方までの雛壇に置かれた無数の千手観音立像が、左右にズラーっと並んでいて、あたかもこの景色が無限に続いているかのようだ。東寺の立体曼陀羅と異なり、数や配置に特に意味合いはなさそうで、少し俗っぽいところもあるが、それでもこの堂内に創られているのもまた、仏教的宇宙なのではないだろうか。千手観音の軍団に圧倒されて見落としてしまいがちだが、観音の前方に安置されている雷神・風神像や観音二十八部衆像は国宝であり、素人目に見ても写実的な作りがされてあって中々見応えがあった。
 再びバス停に舞い戻り、そのまま東山方向を目指す。一日目最後の目当ては建仁寺であったため、祇園で降りればいいのだが、時間が余りそうだったので、一つ前の東山安井で降車し、高台寺エリアを見て回ることにした。この辺りはねねの道をはじめ、いかにも京都らしい風情の街並みで歩くだけでも心躍り、人気を集めている。しかし、ねねの道は普通に車も走るので、カメラのファインダーに夢中でふらふらと歩いていたらとても危ないので注意されたし。
バスから降りてすぐに気づいたが、この日、やけに着物を着ている女性の姿を見かける。着物といっても、格式高い本物の着物でなく、けばけばしい柄のカジュアルな着物なのだが。カジュアルとはいえ、一応、着物姿の女性が歩く京の景色というのは、多少はそれらしい雰囲気が出て一見よさそうである。だが、ここに大きな問題がいくつかあり、それは、着物で着飾って歩いている女性がすべからく、衣装の華やかさに釣り合わないような器量の悪い仕上がりだということ、そして、髪を薬品で茶色に染め、それでいて盛り上がった品のない髪型にしているということである。嗚呼、大和撫子は遠くになりにけり・・・・。この光景を嫌というほど見せつけられた私はもう、お金は払いますからどうかやめて下さいとあちらこちらに倒拝して回りたい気持ちだった。
 閑話休題。私がこの地域を訪れて第一に足を運んだのは、観光案内にはあまり記述されていない、霊山観音であった。ここで少し私の回想タイムに付き合って下さい。
 
 私にとって、高校の部活動最後の大会が夏の京都で開かれた。残念ながら、チームは一回戦で敗退を喫し、私の部活動はフィナーレを迎えることになった。その後は試合もないので、他のチームの試合観戦などをしていたが、突然に、ほんのわずかながら京都観光(というか、“京都駅”観光)の時間ができて、私と戦友は京都タワーに上ってみることにした。煙となんとかは高い所が好き、というやつである。京都タワー頂部の展望台で、私たちはヤイヤイとはしゃいでいたが、近くでコイン式の望遠鏡を覗いていた外国人が、突然こちらの方を向き、実に楽しそうな顔で“Buddha!”とアピールしてくるではないか。仕方ないからグラスを覗かせてもらうと、たしかにそこには巨大な白亜の観音が映っている。ん~?京都に観音なんていたかあ?その時は、持ち前の運動部テンションで『イェー!ホワイトブッダ!』などと言って応じたのだが、私には、あれは一体何なのか、その真相が気になってしょうがなかった。後日、望遠鏡が向けられていた方向を考えるに、あれは高台寺そばの霊山観音だという結論に辿りついたのだ。

というわけで、霊山観音は私にとってちょっとした因縁のある場所であったのだ。これは一度は訪れなくてはいけないと思って、実は三年前に観劇旅行で京都に立ち寄った際にも足を運んでいるのであるが、すでに拝観時間が過ぎているという不覚をとってしまった。今回はそのリベンジということになる。とはいえ、霊山観音に対してその程度の思い入れしか持っていないために、内陣に参拝をしてからは、何とも気の張らない見物をしてしまった。実際に、この観音は建立してから百年も経っていないため、他と比べると貫禄や歴史の重みというものに乏しいように思える。本来、仏閣に歴史の有無による貴賎はないのかもしれないが、あの胡散臭い「願いの玉」などを見てしまうと、やはりどうも俗っぽい印象は拭うことはできなかった。
 再びねねの道に下りて(霊山観音は高台の上に建てられている)、さて、今度こそ建仁寺を目指そうかと思っていたところ、ねねの道の途中から東大路通り方向に、なんとも旅情を誘う小路が伸びているのが目についた。名を石塀小路というらしい。私はちっとも知らなかったが、これ、結構有名なんだそうだ。木塀で囲まれた料亭や住居が多く軒を並べ、石畳が敷かれた路は迷路のように入り組んでいて、どこか秘密めいている。金沢の武家屋敷通りを思わせる、何とも心地のよいタイムスリップ感を味わうことができる。路の両脇には灯篭のようなものが置かれていたが、どうやら翌日からこの小道に灯りを灯すイベントが開催されるらしい。少し興味の湧くところもあるが、このような催物があっては、きっとこの小路もたくさんの人で賑わうだろうから、すんでのところで回避ができてよかったと思う。この日は、ここを歩く人もまばらで落ち着いている。いろいろな分岐に進んだりして、何度も歩いた。
 石塀小路から下河原通に出て、そのまま東大路通を横断して、いよいよ建仁寺に向かって八坂通に歩を進める。霊山観音と同じく、建仁寺も三年前のリベンジということになる。やはり前回は拝観時間の関係で参拝をすることができなかったのだ。建仁寺は臨済宗建仁寺派の大本山で、京都最古の禅寺ということで名高い。私個人としては、臨済宗には何の縁(えん)も縁(ゆかり)も有たないのであるが、高校時代の修学旅行前(行き先は京都・大阪であった)に京都について調べていたときに知ってから、ここに展示されている美術品に強い興味を抱いて、それ以来、拝観を願っていたのだった。この日も夕方の微妙な時間に訪れてしまったが、まだ受付は終いになっておらず、むしろ閉門の時刻まで余裕があり、だいぶ落ち着いて拝観することができそうであった。これまで訪れた寺社仏閣のたいていは、堂内や収蔵品の撮影は厳格に禁じていたのであるが、本坊にて拝観料を納めていざ踏み入るという段に、受付の人から「写真撮影は自由」という説明を受け、とても驚いた。常設展示されているものの多くは複製品だったからだろうか。
 ここでの目当ては、私の“内なる中学二年生”が胸を焦がしそうな品々で、単純にかっこいいものばかりである。第一に対面を果たしたのは、俵屋宗達の代表作である、国宝・「風神雷神図屏風」である。そのスジに疎い人でも知っているような有名な作品である。寺内に入ってすぐの小部屋に展示がされているのは精巧なレプリカであるが、二曲一双の屏風にまんべんなく金箔が貼られていて、大層煌びやかだ。複製品とはいえ教科書に載るような有名品を実際に目にするというのは、中々に感慨の浅からぬものがある。観光客の悲しい性として、こういうものはもれなく撮影してしまうのだが、いくら自由と言えども、美術品に向けてシャッターを切るのにはいくらか罪悪感が伴う。方丈の部屋の襖には、「雲龍図」(複製)や「竹林七賢図」(複製)が描かれている。桃山時代に描かれたものの高精細なレプリカであるが、特に「雲龍図」は双龍の顔つきや墨の濃淡により、力強さや迫力が生まれ、単純にかっこよかった。そして最大の目玉である、法堂の天井画に会いに行く。方丈から法堂まではほんの少し屋外を歩くことになり、そのためにスリッパが用意されてある。方丈と法堂を結ぶ屋外通路にはゲートのようなものがそれぞれの側に一つずつ作られていて、出る時は勝手だが、入る時には自分でロックを解除しなければならないというシステムになっている。このロックの解除方法は直前にアナウンスされてあるが、実際にロックを解除するところまで進んでしまうともう参考にできる案内がなくなるので、やり方を忘れた拝観者が困惑するという場面をちらほらと見かけることになった。私は親切心で、戸惑っている様子の人に方法を教えてあげようと思ったのだが、どういうわけか、無視という、実に不当で残念極まりない扱いを受けてしまった。私は何か悪いことをしただろうか。これからは、他の旅行者には絶対に話しかけねえぞと強く決意した。肝心の法堂の天井画「双龍図」は二〇〇二年の筆で、実はかなり新しいものである。歴史は浅いが、お堂の広い天井に描かれた二匹の龍は、えも言われぬ迫力があって思わず息を飲む。堂内に残っているのは私ひとりという時間がしばらくあったが、他に誰もいない森閑とした法堂の中で、ひとりで巨大な双龍を見つめていると、不思議と身体中にエネルギーが満ちていくように感じた。普段、滅多にできない体験である。このような自分ひとりだけが取り残されたような時間こそ、ひとり旅の大きな魅力であり、目的でもある。
 この頃になると、だいぶいい時間になっていたので、ぼちぼち本日の宿舎に行っておこうと、花見小路通から四条通を河原町の方向に歩く。花見小路通はたくさんの料亭が軒を連ね、祇園の風情を醸している人気の通りだが、ねねの道のように車が走っているうえ、思ったよりも車の往来は多いので、カメラ片手に惚けているととても危ないので注意されたし。四条通にはお土産屋や甘味処が多く並んでいて思わず目移りしてしまう。南座で歌舞伎の公演が催されていて、少し心魅かれるものがあったが、残念ながらその日の公演は終わっていた。チャンスがあれば是非観たかった。途中、小雨がちらちらと降る場面もあったが、それからは早春を感じさせる清々しい天気になり、四条大橋から眺める鴨川の流れも実に清廉であった。大橋の袂に、バケツや灰皿さらにはちりとりなど、生活感のあるアイテムをパーカッションにして演奏しているパフォーマーの姿があり、面白いのでしばらく見ていた。そういえば、河原町の街角でも三味線を演奏している人を見かけたが、その度に、この街にはいろんな人がいるんだなぁとしみじみ思った。自分のやりたいことをやる、ということを受け入れる素養が、都市の発展の条件なのかもしれない。
 ちょうど、宿舎までの道の途中にあったので、前々から気になっていた河原町の喫茶店に立ち寄ることにした。昼過ぎから動きづめで疲れていたから、少し休憩したかったところもあった。阪急河原町駅からすぐ、高瀬川沿いにひっそりと佇む、喫茶店・ソワレ。一九四八年創業の老舗である。私はことりっぷを愛読しているのだが、この店もその伝で知り、レトロで幻想的な店内の様子に、今度、京都を訪れたときに行ってみたいと思っていたのだ。店を外からスマートホンで撮影している若い女性のグループがいたが、彼女たちもこのお店に憧れていた人たちだったのかもしれない。店は二階建てになっているが、一階は席が埋まっていそうだったため、二階への階段を上った。二階も人お客でごった返していたらどうしようと少しは心配なところもあったが、それは杞憂に終わった。店内は小ぢんまりとしていて、図体が大きく、軍用の巨大なバックパックも背負っていた私には少し動きづらい。エメラルドグリーンのベンチとアンティーク調のテーブルや衝立が、青色の照明に控えめに照らされて、幻想的な光景が創られている。東郷青児の絵画も、この不思議な空間を演出している。人気のありそうな喫茶店だから、がやがやとしているのかなと思っていたが、静かで落ち着いていたのでとてもよかった。店員さんもかわいい(←)。私は、この店の名物・ゼリーポンチと、チーズケーキと紅茶のセットを注文した。ゼリーポンチは、ソーダ水のなかに色とりどりのゼリーを浮かべた、店と同じく幻想的なデザートだ。爽やかな甘みがあっておいしい。私は普段、飲食店で料理の撮影をするのは是としないのだが、こればかりは写真に収めておきたく思い、店員さん(かわいい)の許可をとって撮らせてもらった。嗚呼、恥ずかしい・・・・(赤面)。他にもメニュウは充実していて、何より店内の雰囲気がいいので、いつかまた京都に来た際には、是非立ち寄りたいなと思った。
 河原町は京都有数の繁華街で、様々な店があって人通りも激しい。私の今宵の宿は、四条通から藤井大丸の角を曲がった寺町通に建つ、新感覚カプセルホテル・ナインアワーズ京都である。このホテルは何かと話題になっていたし、何より宿泊代がかなり安いので今回の宿舎として選んだのだが、実際の徒歩のスケールで測っても寺町京極や新京極から近く、立地も物凄くいいということに改めて気づいた。ナインアワーズの宿泊体験談は、他の人が書いたものがネットにあった(私もそれを参考にした)ので、ここには記述しない。違うレポート(赤面)として、これとは別個に記録してもいいかもしれない。
 ホテルに荷物を置き、身軽になったところで、今度は夕食(あるいは晩酌)を求めて街を歩くことに。最初は京極とは反対の方向に寺町通を歩いてみる。この通りには、観光客にも人気というオシャレな居酒屋があるが、まずはそれを確認。昔ながらのいかにもな居酒屋があることも把握した。だいぶ奥の方まで歩いたが、古本屋が数件ある以外は目ざとい店はなく、引き返して今度は京極の繁華街へと歩く。
 寺町京極、新京極、あるいは三条名店街。高校時代の修学旅行で、夜間の自由行動の時間があったが、一緒に歩く友人がつかまらず(別に友人がいなかったというわけじゃないからな!)、結局ひとりで見て歩いた記憶が甦ってくる。今回は完全にひとりの旅行であるため、当時のようないたたまれなさや情けなさは皆無で歩くことができる。いま思えば、この辺りをゆっくり見て回ることは案外なかった。途中で、「けいおん!」の聖地にも立ち寄りつつ、夕げによさそうな店を探して、ぐるぐると歩き回る。せっかくなので、京の街でアルコオルに溺れたい欲もあったが、歩きながらじっくり考えてみると、アルコオル欲はそれほど強くないことに気づいた。それに、今回の宿舎に泊まるのは初めてで、アルコオルで判断能力が鈍ってしまうと色々と大変だろうから、アルコオルは控えめにする方針に舵を取った。そうなると、別に京都だからって特別なことしなくていいやと思うようになり、食べたいものを食べようと、なんだかんだかんだなんだでいちばん心ときめいたお好み焼きの店に落ち着いた。家族でやっているような店で、どこか垢抜けないところに好感がもてる。アジア圏の旅行者一家が店内にいたが、注文したオムそばをなぜか開いて食べていて、それを見たお店の人が苦笑いしているのが面白かった。生ビイルとお供に、二種類のお好み焼きを食べる。京都らしさはないが、好きなものが食べれて満足だった。お好み焼きを食べていると甘いものが欲しくなったので、店を出てすぐ、先ほど目星をつけていたファミリーレストランに行って、いちごパフェを食べる。カロリーの悲劇!店員さんも、夕食時に店に来たいかつい男性客がまさかいちごパフェだけを食べて帰るとは思いもしなかっただろう。パフェの注文をした後、「以上ですか!?」と意表をつかれたような確認をされた。
 結局、寺町通の人気の居酒屋にも行かずにホテルに戻った。旅先で夜更かしをしてもいいことは一つもないので、シャワーを浴びて明日の計画を立てるとすぐに眠りにつく。やはり一日中歩き回った疲れや長旅の疲労があったのだろう、寝付くのは早かった。


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筆者紹介

シバケン-いかれたNeet-

Author:シバケン-いかれたNeet-
Sex:\(`・ω・´)
Work:堕医学生
Base:新潟死期終焉都市

趣味はお散歩、特技は悪だくみ

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