野良犬の生活

部活もバイトもやっていない堕医学生の暮らしを記憶するレポート

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

山形鈍行旅日記 二、山形

 山寺から山形までは、電車でわずか二駅の距離しかない。山寺は、秘境のような顔をしておいて、実際は市街地と近くてアクセスは悪くないのである。この、立石寺での修行が思ったよりも早くに終わり、当初計画していた列車の一つ前に乗車したために、予定より一時間早く山形市に到着した。時間に余裕ができるのは、実にいいことである。時間に気を病まねばならぬ鉄道旅行における、ちょっとした“重荷”がほどけていく。
 山形駅に降りた。まずは、いつものように観光案内所で色々な情報を仕入れてみると、どうやらこの日、というかこの曜日には、市内の多くの施設は休館しているようだった。少し興味があったところも休みだったので、見た目には見せないものの、胸の中で大きくうなだれた。だが、今回のメインとなる名所は開いているようで、幸いに、最悪の事態にはならなかった。まあ、行けないところがある、ということは、行ける場所も絞られていくというわけで、旅のプランを組み立てるのがかなり簡単になる。状況がシンプルになるのは、決して悪いことではない。
 少し時間は早いが、そもそもこの日の朝もかなり早くて、腹の奴が嘶いていたので、まずは栄養補給に、先日の銀山温泉旅行の際にも立ち寄った、駅ビルの食堂で鳥竜田揚げ定食を食べた。ご当地らしく芋煮など食べてみようかと思ったが、一度冷静に考え直してみると、自分の中に、芋煮をどうしても食べたい気持ちが少しもないことに気がつき、素直に食べたいものを頼むことにしたのだ。おそらく私は、毎回こういう思索をして、これからもずっと芋煮を食べることはないんじゃなかろうか。栄養状態も万端に、いざ山形観光に繰り出す。
 これまでちっとも知らなかったが、山形市内には、街中を循環するバスが走っているみたいである。およそ二年前に、とあるバンドのライブのために山形市を訪れたことがあるが、ひょっとして、この時にはすでにあったのだろうか。それにしても、運賃百円というのは、いい。これに乗って窓から街の様子を見てみるが、山形は、思ったよりも都会的に発展しているのだな。都会のコピー&ペーストである観は否めないが、七日町のあたりは、結構独自に進歩しているように思えた。そこにはたくさんの人が歩いていて、また、街のつくりが予想外に洗練されていて、なんだか楽しそうだったので、ここで降りてしまった。とはいえ、本当に降りるつもりだったバス停はここの一つ次なので、それくらいは余分に歩いても平気である。
 七日町は、おそらく当地でいちばん賑わう地区なんじゃないかしらん。色々のお店がひしめいている上に、街並みはさっぱりと清潔なのである。特に気になるところはないのだが、歩いているだけで、その通りの賑々しい熱にあてられ、なんだか楽しくなってくる。七日町御殿堰というものがある。これは、当時の山形城のお堀を満たすために馬見ヶ崎川から引いた「山形五堰」のうちの一つである。見た目にはか細い水路であるが、周りに柳など植えられて、いかにも涼しげである。人々が立ち止まることのない繁華街に、こういう一息つけるエアポケットがあるのは、とても好い感じだ。流れに沿って、和風雑貨などを扱うモダンな店があるが、そこではカフェーのようなコーナーもあって、抹茶スイーツなど、頂けるらしい。ゴクリ。また、近くの通りには、これまたファンシーなクレープ屋さんが店を出している。ゴクリ・・・・。物凄く食べたかったが、先ほどに昼食を摂ったばかりなので、泣く泣く我慢して、目的地へ歩き始めた。こういう甘味は、駅に戻ってからゆっくり食べようじゃないか。
 通りを歩いていくと、向こう正面に山形市のシンボル・山形市郷土館「文翔館」が見えてきた。遠くから認めても、全く見事な建築である。実は私は、先の銀山温泉の復路に山形市に寄り、この文翔館を見物していた。現代に残る明治建築の威厳と格式に感激した記憶があるが、それはまだありありと、新鮮なまま心に残っている。あの日の山形市はとてつもない雪だったが、今回は対照的に青空が広がっていて爽快である。また、前回は連れがいたが、この日は気軽なひとり旅。気になるところは思いっきり時間をかけて観察ができる。やっぱりこういうところはひとりで訪れるに限るよ。
文翔館の手前の広場は、ベンチが置かれたり芝生が植えられたりして、ちょっとした公園のようになっていて、昼休憩の公務員や、散歩の子供連れが思い思いに憩いの時を過ごしている。地域のシンボルといえば、各地のお城とその周りの公園が思い浮かぶが、こういう歴史的な建造物がシンボル、かつ市民の憩いの場となるのも、中々いいものである。何にせよ、街の歴史を物語る建築は、保存するように努めるのが一等である。「温故知新」とは、まさしくその通りで、住民の魂の拠りどころとなってきた古いものや歴史を蔑ろにして次々と潰してきた街(どことは言わないが)は、これ以上の進歩なく、零落していくのが当然である。品格のない街に、果たして人が集まってくるだろうか。
 「文翔館」こと山形市郷土館は、「旧県庁舎および県会議事堂」というのが正式である。明治の時代に建設されたが、山形市北大火で両棟とも焼けてしまい、その後、大正になって復興が計画されて完成したのが、現在の旧庁舎と議事堂である。国指定重要文化財に選ばれたことを受けて、昭和から平成にかけて行われた復元工事により、今はさらに当時の姿に近づいているのだそうだ。私は明治~昭和初期の洋風建築が好きなのだが、それはどちらかというと邸宅の方に顕著で、果たして庁舎のような政治的な施設はどうなのかが気がかりであったが、なかなかどうして、その豪勢な意匠には大きな感動が湧いてくる。
 旧庁舎は、三階建てのレンガ造りで、外壁には石貼りが用いられている。この白亜の外観の綺麗なこと!威厳や風格から出る迫力もありつつ、軽やかで瀟洒な一面も垣間見せるという、実に絶妙な設計である。決して大袈裟でなく、ずっと見ていても飽きない外観なのだ。議事堂の方は、カントリーな赤レンガ造りで、小ぢんまりとかわいらしい印象。
 館内に入り、中央階段室、正庁、知事室などと順々に巡っていけば、復元工事により忠実に再現された、在りし日の豪華絢爛な姿を目の当たりにでき、思わず息を飲む。ステンドグラスや天井の漆喰花飾りなど、当時そのままの装飾が多く遺されていて、見応えは十二分にある。前回は大雪のために入れなかったバルコニーに出ることができた。赤と黄色のタイルが市松模様に敷き詰められたバルコニーから、正面広場を見下ろす。春の陽気に時おり風が吹いて、何とも言えぬ心地よさであった。また、廊下の窓から見える中庭もいい雰囲気を有っている。旧県庁は外壁こそ白亜の石壁であるが、中庭側の壁は赤いレンガ造りなのである。そして白い石畳が敷かれているところは、日本とは思えず、ヨーロッパを連想させる景観になっている。渡り廊下から旧県会議事堂に向かう。先日は、何かの楽団が練習に使っていて立ち入ることができなかった議事堂に入る。照明が落とされて薄暗い議場ホールに入った瞬間に、異質な静寂が襲ってきて鳥肌が立つ。議場はかまぼこ型の天井に、柱が何本も並んでいる構造。もちろんこれも当時のように復元されたものである。当時から講演会や演奏会にも使用されていており、現在もそのような役割を有っているみたいである。大方の見学を終え、内設の喫茶室にて休憩をしていくことにした。さくらんぼのケーキとチーズケーキを注文する。ケーキやドリンクメニュウだけじゃなく、軽食類も色々と扱っているみたいで、しかも思ったよりも安価であったので、ここでランチをすればよかったなと、少し残念に思った。別のテーブルで、初老の男女数人が「あの頃は、云々」という話をしていたのが気になった。
 文翔館を後にして、次なる目的地へ、徒歩で向かう。最上義光記念館、山形美術館を通り過ぎて、山形城跡二ノ丸東大手門から霞城公園に入る。東大手門前の橋の下には、奥羽本線と仙山線の線路が走っていて、電車がよく見える。山寺から山形への電車に乗っているときにもこの橋の下を潜った。やはり城跡に作られた公園はいいなと思う。博物館や体育館などの施設もあったりして、園内にはたくさんの住民の姿がある。子供たちが遊んでいるのもポイントが高い。
 最上義光公の像や、平成の時代に復元された本丸一文字門石垣を見て、さらに公園の奥へと進んでいくと、ついに、そこに佇むこの旅最大の目的を認めた。山形市郷土館こと旧済生館本館、山形が誇る頓狂な擬洋風建築である。旧済生館は、明治十一年に落成の山形県立病院で、後に「済生館」という命名がされた。国の重要文化財にも指定された近代化工業遺産で、長野・松本の開智学校と並び、明治初期に日本全国に造られた擬洋風建築の最高傑作とも呼ばれているのだという。
 正面に構えるのは、この建築の特徴である三層楼である。クリィム色を基調に、青や橙、チョコレイト色を配した外観は、どこかオリエンタルな風情を醸している。シンメトリーではあるが、多角形の塔や二階のドーム型屋根、バルコニーのステンドグラスなど、色々なパーツが融合したような、奇妙奇天烈な設計になっている。これほどまでに頓狂な建築は見たことがない。
 正面玄関ではなく、その真後ろから入館する。ロビーを抜けると、再び頓狂な光景がそこにはある。言葉で説明するのは難しいのだが、三層楼の後ろに円形の中庭があり、それを取り囲むように廊下が一周しており、それに面して部屋も円形に並んでいる回廊になっているのだ。どこまでも奇妙な建築であるらしい。各部屋には当館の医学校にてドイツ医学の指導に従事していた、アルブレヒト・フォン・ローレツ氏にまつわる展示や、当時の医学教材・機材などの貴重な資料が多数収蔵されている。やはり私も堕医学生のはしくれ、当時の手術器具などは、なかなか興味深いものがあった。あの頃の手術は大変だったろうな・・・・。
 三層楼には二階まで上ることができる。一階から二階に上がる階段が、細く狭く、複雑な走り方をしている。途中で一階部や扉上のステンドグラスを見下ろすと、なんだかいいちこのコマーシャルに出てきてもおかしくなさそうな雰囲気を感じられる。三層楼の二階は、当時の山形市の様子についての資料や、済生館建築の資料がある。三階への螺旋階段が、凄まじく現実離れしているビジュアルだったが、これを上るのは危険だということで、立ち入りは禁止されている。残念なことである。
 擬洋風建築とは、日本の職人が西洋の建築を見よう見まねで造った建築のことをいう。つまりは、基本的に我が国にしかない建築様式なのである。洋風に見せようという努力も垣間見せながら、結局日本的な意匠も取り入れたりして、和洋折衷、異国情緒たっぷりに仕上がっていることが多い。旧済生館は、まさしく擬洋風建築を象徴するようで、確かにこれは最高傑作だと思った。私は洋風建築が好きでこれまでいろいろと足を運んできたが、これから擬洋風建築特化にシフトチェンジしても面白そうに思える。
 霞城公園から山形駅まで、歩いて戻った。この一日で、山形は歴史を大切にする街だということがよく分かった。風土によるものであろうか。城のある街は、みなこのような傾きがある気がする。地域の魂のシンボルとして、やはり城の存在は未だに大きいのかもしれない。奥羽本線に乗って、帰路に着く。


CIMG8613.jpg

CIMG8626.jpg

CIMG8667.jpg

CIMG8675.jpg

CIMG8688.jpg

CIMG8714.jpg

CIMG8742.jpg

CIMG8808.jpg

CIMG8765.jpg

CIMG8830.jpg

150330_145103.jpg

CIMG8901.jpg

CIMG8853.jpg

CIMG8869.jpg

CIMG8906.jpg











にほんブログ村 大学生日記ブログ 医大生へ






この部屋からトータルへ 私たちとつながってください

  1. 2015/05/05(火) 19:49:12|
  2. 旅行記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<会津磐梯曇天旅日記 | ホーム | 大館・盛岡 目的なき鉄道旅行記>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://shibakeneet.blog.fc2.com/tb.php/507-845b673d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

筆者紹介

シバケン-いかれたNeet-

Author:シバケン-いかれたNeet-
Sex:\(`・ω・´)
Work:堕医学生
Base:新潟死期終焉都市

趣味はお散歩、特技は悪だくみ

筆者結語

日常系赤面ブログ「野良犬の生活」を応援していただきありがとうございました

「野良犬の生活」の物語

 はじめましての皆さんへ

長い間ありがとうございました

レポート検索

最新レポート一覧

アーカイブ

2016 04 【1】
2016 03 【4】
2016 02 【4】
2016 01 【5】
2015 12 【12】
2015 11 【10】
2015 10 【14】
2015 09 【8】
2015 08 【15】
2015 07 【14】
2015 06 【11】
2015 05 【17】
2015 04 【12】
2015 03 【12】
2015 02 【9】
2015 01 【9】
2014 12 【8】
2014 11 【13】
2014 10 【22】
2014 09 【18】
2014 08 【2】
2014 07 【14】
2014 06 【13】
2014 05 【13】
2014 04 【22】
2014 03 【17】
2014 02 【28】
2014 01 【29】
2013 12 【28】
2013 11 【28】
2013 10 【29】
2013 09 【22】
2013 08 【20】
2013 07 【30】
2013 06 【18】
2013 05 【15】
2013 04 【19】
2013 03 【3】
2013 02 【6】

カテゴリ

コメント

トラックバック

メッセージ

質問・要望どんとこいです!

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。