野良犬の生活

部活もバイトもやっていない堕医学生の暮らしを記憶するレポート

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鶴岡観光案内(クラスメイトが来た!2)

 とあるクラスメイトが新潟無機終焉都市から、現在私が滞在している鶴岡にやってきた。このクラスメイトは以前、私の故郷・秋田を訪れて、横手で遊んだ者と同一である。
 彼はここ鶴岡の生まれで、今回も所用があって帰郷をしたのである。その際、ちょうど私も鶴岡に留まっている頃なので、かねてから遊ぶ約束をしていたのだった。前回、私の生まれ故郷で遊んだのと、立場がまるっきり逆になっている。
 某日朝、鶴岡市街某所の待ち合わせで、我々の遊山は始まった。合流も束の間、いきなり忘れ物をしたということで、ひとまず彼の生家に立ち寄りし後、そこから歩いていって程なく、T字路の上辺で池のほとりに当たった。この季節だというのに、なぜか白鳥(あるいは、大きなアヒルなのかもしれない)が落ち着いているという以外には、何の変哲もない池である。道路を右左折いずれかして進むのかと思いきや、クラスメイトは池の脇の、草が生えて土がむき出しの細い自然道に入っていったので、私は面食らってしまった。最近の私はちょっとしたトラウマから、こういう草木の近くを歩くのを恐れ、あからさまに避けてもいる。彼とナンセンスな話をしながら平静を保つも、内心は戦々恐々としていたのだ。
 土道を行けば、小さな神社が見えてきた。参道に赤い鳥居がたくさん立っているところは伏見稲荷大社を思わせるが、案の定、こちらもお稲荷さんの社であり、大小様々な狐の置物が、二人の軽薄な参拝者を睨んでいる。クラスメイトが幼い頃はよくこのあたりで遊んだなどと話し始めたが、私は彼の越し方などには興味はなく、早いところ、当地の主要な名所に連れて行ってほしかった。とはいえ、規模や知名度によって、神社の貴賎が決まるわけではないので、観光の最初に訪れた縁もあるし、この日一日の無事平穏を祈っておいた。
 いきなり平凡な池と小さな神社だけを見てもよく分からなかったが、実はこの時点で、私たちはすでに鶴岡公園の敷地内にいた。稲荷を後にして歩いていくと、私も見たことのあるところに出てきた。となると、あの池はお堀であったということになる。鶴岡公園は広大な公園だが、あのような野趣溢れる入り口もあるらしい。
 どうやら次は日枝神社方面に向かうようだったが、クラスメイトはいちいち、舗装された道ではなく、その裏や隙間に細々と走る自然道を歩きたがるので参ってしまう。たしかに、近道にはなりそうであったが、前日の雨のために水たまりもできていて、底に小さな穴の空いた白いジャックパーセルを履いている私は、思わず閉口してしまう。
 しばらく歩いて、大通り沿いの、公園の入口近くまで来た。ここには大寶館という、実にイエスな洋館が建っているが、まずはここを訪ねてみようという運びとなるようであった。大寶館は、鶴岡の観光案内の表紙を飾るほど、この土地のシンボルを担えるような名所である。私も予め鶴岡については大方調べているし、何より、時代ものの洋館好きとしては決して外すことのできないところであった。それだけに、初対面はひとりで落ち着いて臨みたかったのだが・・・・。
 大寶館は一九一五(大正四)年竣工の擬洋風建築である。木造の白壁を基調に、屋根瓦の黒、そして正面正中のドーム型尖塔屋根の赤色がアクセントとなっている。左右対称の設計で、大きさはなかなか、奥行きもそれなりにあって、白亜の軽妙な効果もあるが、写真で見るよりも結構な重厚感がある。両側面屋根の「とりあえず作ってみました」感漂うステンドグラスや、玄関上部にかけられた右読みの「大寶館」の銘板が、いかにもな擬洋風の風情を醸していて、これはもう何度でもいうが、実にイエスな建築として完成している。
 大正天皇の即位を記念して創建されたもので、開館当時、一階部は物産陳列場と図書館、二階部は大小の集会場と食堂というよ うな使い方をされていた。その後もしばらく図書館としての役割は保たれていたようだが、一九八八(昭和六十三)年からは、郷土ゆかりの人物を紹介する資料館として存続している。
 もともとが集会場で、今は資料館としてあるためか、建物内部にとりたてて注目すべきような装飾や調度品はない。今や、一階も二階も資料館としての展示で占められている。昭和後期から正式に資料館としての働きを有ち始めたとのことだが、館内の展示もその当時からたいして変わっていないのではないか?と穿ってしまうほどに、レトロなものばかり並べられている。「レトロ」というのは、その通り「古臭い」というものの他に、「垢抜けない」というニュアンスも含めている。
 鶴岡ゆかりの偉人たちに関する展示がされているが、元より存じ上げていたのは文豪・横光利一先生と作曲家の中田喜直先生くらいなもので、その他大勢についてはこの時に初めて知った上、知り合って三歩で忘れるほどの興味しか抱いていなかった。軽薄な二人は、色々の展示を見て、あれやこれや、あることないこと実に勝手なことばかり言っている。おそらく傍から見れば、偉大な先人への敬意などは到底持ち合わせていないように見えただろう。実際そうだったと思う。
 館内には、当地が生んだ文豪・高山樗牛先生生誕の間という一角もある。建物の中に明らかに毛色の違う建物が入っているようで、見た目には異様な一角になっている。四畳半の小さな部屋である。この一間だけの保存なのかと思って、二人で部屋の戸を一つ残らず開けていくも、その向こうに別の部屋が続いていることはなく、断熱板が張られているだけであった。これに至っては、思わずしょんぼりとするような気分であった。
 鶴岡公園を出てすぐの交差点を横切ると、庄内藩校致道館がある。次にはここに連れて行ってくれるっぽいが、いよいよスタンダードな鶴岡観光の様相が兆してきて安心できる。彼は幼い頃に、ここで庄内論語の素読の指南を受けていたという話である。相変わらず奴の生い立ちにはまるで興味が出ないが、ここで育った人間のこういう話を聞いていると、現代にも息づく庄内藩の教育的風土が間近に感じられてくるようである。
 「致道館」という名称は、「君子学んで以てその道を致す」という論語の一節に由来している。これは一八〇五(文化二)年に、当時の庄内藩酒井家九代の忠徳(ただあり)が創設した学校である。元々は現在でいえば鶴岡駅前の通りにあったのだが、政教一致の目的で一八一六(文化十三)年に十代忠器(ただかた)によって、鶴ヶ岡城三の丸内に位置する現在地に移築されたものである。広大な敷地内には、講堂や句読所、さらには生徒の寄宿舎や武術稽古所、矢場や馬場などもあり、学徒は泊りがけで文武両道の教育を受けることができたというわけだ。
 致道館の学制は五段階の級に分かれており、通しで現在の小学校から大学院に至るまでの教育を受けることができた。下の級には担任の教師がついたが、中学校くらいの段になると、あとはひたすらに自学自習あるいは生徒同士の討議による勉学という形式を取る。内容としては、徂徠学という論語を基礎とした学問を採用しているのだが、それよりも驚くべきは一日の学習時間で、最上位の級ともなると、朝は八時から夜はなんと午後の十時までの間を自学に励んでいたのだという。これを自分に重ねるだけでも、眩暈がしそうである。
また、これは主に中等の級だが、武術や馬術の習得も課していたようだ。健全な育成には“文”のみならず、こういった“武”の要素も不可欠ということだろう。そういう意味では、現在でも部活動というのは大きな役割を果たすものと言ってもいいだろう。私も、自身の越し方を顧みてみると、生きるうえで大事なことの大半は中学高校の部活動を通して身に付けることができたと思っている。大学の部活動は時間の無駄であったが。
 徂徠学は論語を基盤にした学問であるためか、ここ致道館でも孔子先生を特別に敬重しており、聖廟には聖人の像や絵画が所蔵されてある。また、ここ庄内で培われた論語の教えは「庄内論語」と呼ばれ、色々の読み方などで一般的な論語(「一般的」って何だろう・・・・)とは違っているらしい。彼の話にもあったが、現在も地域の子供たちを対象に、庄内論語の素読会が開かれている。重複するが、こういう地域に根付いた教えが今も伝承されていることは、とてもいいことのように思える。受験用の勉強や知識に気を取られがちな世の中になってきているが、人性を支える道徳的な基盤を築くことも決して軽視してはいけないだろう。
 お昼は、クラスメイトの実家で、彼のお母さんが作って待っていてくれるという。その出来上がりの時間には帰ってくるようにと言われていたが、その時刻までもう少し時間が残っていた。この時間を考えると、次に訪ねるところが午前最後ということになりそうだったが、締めくくりには旧風間家住宅丙申(へいしん)堂が選ばれた。これまたいかにもな鶴岡観光の名所である。実は、彼は先日にも、他のクラスメイトを数人連れてこの町を観光して回ったらしいが、その際は、この日私が廻ったのと全く同じようなルートで廻ったとのことである。
 風間家とは鶴岡第一の豪商の家系で、呉服、太物屋、そして貸金業と事業を拡げていき、庄内地方では、あの酒田の本間家に次ぐ大地主にまで上り詰め、鶴岡の産業振興を牽引していったのだ。この一族の仕事は、いまの荘内銀行の母体であるらしい。
丙申堂は、七代当主が、住居と営業の拠点として建築し、八代が建築年の丙申(ひのえさる)に因んで、「丙申堂」と命名したものである。地元一の豪商の邸宅にふさわしい、約七八七坪の広大な平屋敷である。当時の造りのまま忠実に保存されていることと思うが、この忠実さを示すエピソードがある。丙申堂は、二〇〇五年の映画「蝉しぐれ」の重要なシーンのロケ地になっているが、他のロケ地がその時代に即して色々の新しいセットが組まれたのに対し、丙申堂は、何のセットも装飾もなく、そのままで撮影に使うことができたというのだ。
 丙申堂には、地元のボランティアだろう、案内をしてくれるおばあちゃんがいて、せかせかと足早に家中をガイドしてくれる。家に上がって最初は、石置屋根の改修工事の模様を収めたDVDを見させられる。クラスメイトは最後まで熱心に見ていたが、私はすぐに飽きてしまって、ひとりでその辺りを見に行っていた(他の見学者も途中でどこかに行ってしまったし)が、それをおばあちゃんに見つかり、怒られてしまった。その後はおばあちゃんと私たち二人で家の中を順々に回って行く。おばあちゃんはひとしきり説明をした後、こちらのことはお構いなしにすぐに次のところに行ってしまうので、細部までゆっくりと観察することはできなかった。こういう古い建築はゆっくりと見て回りたかったのだが、それは途中で諦めることにした。おばあちゃんも悪気があってこのようにしているわけではないし、そもそも決して悪い人間ではない。郷に入っては郷に従えではないが、ここはおばあちゃんのペースに合わせるのが一つの正解である。
 この家屋で特徴的なのは、先ほど名称だけを出したが、石置屋根である。その名のとおり、屋根にぎっしりと石が敷き詰められているのだが、これは二階から間近で見ることができる。そういえば、酒田の旧本間家本邸にもこのような石置屋根があったが、これは湊町に特有のものなのだろうか。他にも、台所の大きな階段箪笥、それを上った先にある中納戸二階の大工部屋、金庫蔵の開かずの金庫など、見所はそれなりにある。実は近くに別邸もあるのだが、それは時間がないので見送ることにした。後でひとりで訪ねてみようと思った。
 丙申堂のおばあちゃんと別れ、クラスメイトの実家に戻る。約束の時間にぴったりである。クラスメイトの実家にお邪魔してご馳走までしてもらえる経験はあまりないので、嬉しいような申し訳ないような、なんとも言い難いこそばゆい気持ちであった。とても美味しい食事をありがとうございました。


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筆者紹介

シバケン-いかれたNeet-

Author:シバケン-いかれたNeet-
Sex:\(`・ω・´)
Work:堕医学生
Base:新潟死期終焉都市

趣味はお散歩、特技は悪だくみ

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