野良犬の生活

部活もバイトもやっていない堕医学生の暮らしを記憶するレポート

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瀬見温泉投宿記(つげ義春を旅する)

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 瀬見温泉は、主に庄内地方の農民の湯治場といわれているが、旅館も立派で、それらしい雰囲気の少しも感じられない所だった。
 ここには、今神温泉へ登るための時間の調整と休息ということで一泊したわけで、初めから何も期待はしてなかったが、まるで見るべきものの何もない所で、宿の女中さんも、すまなそうな顔をして「しいてあげれば発電所があります」といっていた。しかし発電所を見てもどうなるものでもない。
 わずかに特色らしいものといえば、共同の「ふかし湯」があった。これは「痔風呂」といわれるもので、浴場の中は板張りの床があるだけで浴槽がない。その板張りに十円玉ほどの穴がいくつもあいていて、そこから湯気が噴き出すようになっている。思い思いの恰好で尻を当てるわけだが、現在は使用しているものかどうか、ほこりだらけになっていた。

―つげ義春「東北の湯治場にて」(「新版 つげ義春とぼく」収蔵)より抜粋




 山形県鶴岡市に滞在していた折、合間の土日を使った一泊二日の小旅行を企てた。どこか温泉に行きたいと思ったが、山形には多くの名湯が点在しているので、行き先を決めるのは少し迷った。
 そこで参照したのが、漫画家・つげ義春先生の旅行記である。先生は有名無名問わず全国の温泉地を旅して、その時の様子を描いた随筆や当時の風景を収める写真などを多く遺している。これを参考にして、ここ山形県で先生が訪れた土地を、私も訪ねてみることにした。
 瀬見温泉に行くことに決めた。当地については、たった一枚の写真と、随筆のどうも後味の悪い記述しかなく、先生の来歴の中ではあまり重要な地点ではなさそうに思える。どうしてここを訪れようと思ったかというと、ある老舗旅館の存在と、まだ一度も乗ったことがない陸羽東線の沿線にあるという魅力的な付加価値があったためである。

 陸羽東線の旅の中途、瀬見温泉駅の歩廊に降り立った。先に鳴子の湯に浸かり、それからはひたすら列車の冷房に当たっていたためであろうか、どうやら湯冷めをしてしまったようで、全身にダルさを感じ、寒気も覚えていた。旅先で体調を崩すなど、あってはならないことである。さらにこれが長引いて、本業にも影響が出てしまっては大いに事である。今朝から正午あたりまでは確実にあった意気はすっかりとしょげ返り、ただ『ヤベーな、ヤベーな。』と気に病んでばかりいた。
 だが、この身体の不調をしばらく忘れてしまうほどに、瀬見温泉駅の風景には思わず気を取られてしまった。ここは無人駅である。私の他に降りるお客や列車を待つお客の姿もなく、森の中にひっそり、まさしく森閑としていて、この風景のなんと絶望的なこと!これがまがりなりにも、名前に「温泉」の言葉を宿す駅の姿であろうか。駅舎を出ると、目の前にあるのは砂利、道路、木、家、木、木、道路、木。これまた温泉の影のない殺風景な景色。何から何まで絶望的である。体調の悪さが逆説的に働いたか、気性がなんだかhighになってしまい、かえって可笑しさがこみ上げてくる。
 地図を頼りに温泉街を目指す。よくある「歓迎」の看板が立っているが、その先は木々が生い茂っていて、どこかの山に繋がりそうな風情。本当に温泉があるのか、疑わしく思う。しばらく歩くと、ザラザラと川瀬の流れる音が聴こえる。程なく、道路に沿うように流れる広い川を認めた。小国川である。大きな橋の上から望む流れは、初夏の気候にふさわしく清廉で気持ちがいい。おそらく恰好のスポットなのだろう、川底に足を浸して釣りに励む御人らの姿がちらほらと見える。時期的には鮎だろうか。というか、わざわざ川に入ってやるものと言ったら、鮎のトモ釣りくらいしか思いつかない。
 道を往けばついに旅館が認められ、温泉地にきた実感がいよいよ湧いてくるが、なんというか、往来を歩く人の姿が見えないのに加え、もはや人のいるような気配すら感じられず、どこか血の気の失せたような街の雰囲気である。まだ日は高いというのに、すでに薄気味悪くもあったが、これは体調不良からくる悪寒のせいかもしれなかった。しかし、これぞまさしく寂れた温泉街。観光案内にデカデカと掲載されるようなメジャーな温泉地がある一方で、各地にひっそりと残る小さな温泉地は、すべからくこのように寂しげな有り様であるのだろうか。

 宿舎には、江戸安政開業でこの瀬見温泉一の歴史を誇る老舗・旅館Kを取った。泊まる旅館はできるだけ古い方がいいと思うし、何よりも決定的な理由として、例のつげ義春先生が瀬見温泉で撮影した写真は、この旅館を写したものらしいのだ。さらに、予約をしようとこの旅館をインターネットで調べてみたときに見た、「こんな旅館で申し訳ございません。」という挨拶に、私は完全に心を奪われてしまった。
 旅館Kには明治元年建工の本館と、一部大正時代建造の別館があるということだった。地図を見る限り、まずはち合うのは新しい方の別館なのだが、それと思われる建物を見て、思わず愕然としてしまった。先述の通り、別館の方が本館よりは新しい。だというのに、その別館の見立ては、「新しい」という言葉が少しも似合うものではなかった。
 今回の旅で私は本館の部屋を取ったので、別館をしばらく眺めてからさらに道を進み、本館側に出る曲り道をぐんぐんと歩いていく。すでに本館らしき部分がちらちらと見えていたので、まさか・・・・と思っていたが、結果はそのまさかであり、全貌を明らかにした旅館K本館は、私の予想をはるかに超えて古く、ただならぬ凄みが感じられる。
 つげ先生が写真を撮ったのは、この本館の玄関であった。先生もこの場所に立っていたのだと思うと、さすがに感慨の浅からぬものがあるのだが、それよりも旅館の古さがあまりにも大きな衝撃で素直に感動に浸れない。薄汚れた外壁、すっかり日に褪せた木目。こんな旅館で一晩を過ごすのが少し不安でもあり、また無性に楽しみになってくる。
 玄関の戸を一枚開けるだけで、私は現在から過去へタイムスリップしたような気になれた。あまりにも印象的な鏝絵や、時代物の調度品の数々が迎え入れてくれる。いきなり宿の人と顔を合わせたが、宿泊するお客さまは別館の方に回ってくださいと言われたので、再びそちらに回った。しかし、肝心の別館には人の気配がなく、しんとしている。帳場を覗き込んで何度声をかけてもどうにもならない。しばらく茫然としていたが、このままでは埒が明かないと思い、とりあえず宿の人を探すべく館内を歩き回り、結局は調理場の方にまで来てしまった。そこで事情を話して、無事に女将さんを呼んでもらえることになった。廊下に立つ私の足元に、なんだか白いかたまりが動いて見えるなと思って視線をやったら、どこからきたのかそこにはいつの間にかコーギー犬がいて、こちらをじっと不安そうに見つめているではないか。この旅館はどこまでも私の予想を超えてくるみたいである。
 女将さん(ていうかさっき本館玄関で会った人じゃないか!)もやってきてからは滞りなく帳付けもすまし、私の寝床に案内される。途中、簡単に館内を巡って案内してもらえたが、この旅館は縦方向にも横方向にも複雑なつくりになっていて迷路のようである。最後に今夜の部屋であがりであるが、この日は空いていたので、予約していた本館ではなく別館の部屋を用意してくれたみたいである。私は好んで本館を予約したんですけど・・・・。

 私の体調はいよいよ最悪の相になってきた。寒気が増し、関節も痛くなってきた。まぶたもどんと重く、目を閉じたらすぐに誘われてしまいそうな傾眠状態である。浴衣に着替えるのも一苦労であった。ひとまずこの旅館の概要が知りたかったので、部屋に置かれている案内を開くと、その第一頁目に「カメムシに注意!」と書いてあり、その対処法の指南がそれに続いた。水を飲みたかったので洗面台に向かうと、「この水道は沢水をひいています。山の神様が機嫌を損ね雨が降った次の日には水が濁ることがあります。」などと書いている。実際にコップに水を満たしてみると、成程、透き通っているように見えて、黒い粒子がいくつか浮かんでいる。この旅館は話題に事欠かなくて気に入る。
 しばらく休んでいればいいものを、冷えを短絡的に改善しようとして、重い身体を動かしてお湯に浸かりに向かった。旅館Kの魅力に、本館別館のバラエティ豊かな風呂場があると思う。部屋からいちばん近いオランダ風呂に行こうと思ったが、脱衣所を覗くと、他の宿泊客(いたんだ!)がお先していたので、本館の岩風呂に入った。旅館の外観、そして廊下などと同じく、脱衣所も浴場も古くて薄汚い。早々に裸になって、湯に浸かる。本調子でない身体に、源泉のぬくもりは余計に沁みた。ひとりで温泉に浸かっていると気分がよくなるので、思いつくままに歌を口ずさんでしまう。声がよく響くのがさらに快感で、口ずさむどころか完全の熱唱にまで達してしまう。それは、あたたまり湯とオランダ風呂(なぜに「オランダ」?)をはしごしても然りである。
 他の風呂には後で入りに行くことにして、第一の湯上りに部屋に戻ってからは完全にダウンで、夕食の時間までひたすら目を閉じ、横になっていた。少しはよくなったかなという程度の回復。呪文でいうならベホイミくらいである。さて、夕食の会場には個別の一室を用意してもらった。とても静かである。ひとり旅、特にひとり温泉での食事は、少し寂しく思えてくる一瞬がたしかにあるのだが、なぜかこの夜はひとりでいることが気楽で何よりも楽しい。メニュウには温泉旅館特有の割烹料理的なものではなくて、どこか家庭にもありそうな親しみのある味が多い。そのなかに刺身や天ぷら、そして鮎の塩焼きというごちそうが並ぶ。どのお皿もおいしくて、なんだかひとりでニヤついてしまう。飲み物は冷蔵庫から勝手に出して飲んでいいというので、その言葉に甘えてビイルに地酒と次々出していく。鮎の塩焼き、ビイル、おいしい(「孤独のグルメ」風)。刺身、日本酒、おいしい(「孤独のグルメ」風)。この上なく至福な晩餐に、私の表情は終始緩みっぱなしであった。どうしてひとりで飲む酒の方が早く酔いが回るのか。体調もあまりよくないこともあってか、私は結構グデングデンになって、浴衣もはだけてちょっとえっちい感じになってしまった。部屋に戻れば、再び倒れるように横になっているしかなかった。
 酔いも醒めてきた頃、だいぶ身体の調子もよくなってきたので、館内と湯街の散歩にでかけた。日が沈んで、あたりはすっかり暗くなっている。館内のほとんどは照明に乏しく、小さなオレンジの灯りが廊下や誰もいない空き部屋をぼんやりと照らしている。どこかの部屋から、他のお客がヤイヤイ騒ぐ声が漏れて聞こえている。旅館Kは、廊下に古代の石器や骨董などが飾られていて博物館のようでもある。珍しい番傘が何本も壁にかかっている光景は現代のそれとは思えない。このように館内には往時の風情が完璧に密閉されているので、どこかお化け屋敷のようでもあり、この旅館自体が一つのアトラクションのような楽しみがある。玄関で下駄に履き替えて外に出ると、夜の温泉街は人気もなくとっても静か。一本の通りに他の旅館が数軒あるほかに、土産屋が数軒と寿司屋が一軒ほどしかない、小さな温泉地である。見どころはとくにない。路地に立っているのぼりを見ると、どうやら明日には朝市が開かれるみたいだった。ガタンゴトンという電車の音が山間の湯街に静かに響く。
 温泉で過ごす夜の終わりは、湯に浸かって締めくくるのが一等である。夕食前に行きそびれたローマ式千人風呂へ。大きな正円形の湯舟(さすがに千人は入りそうにない)の中心に一本の柱が通っているが、この形式をもって「ローマ式」と称しているのだろうか。それよりも壁面に細かいタイルで描かれたローマっぽい絵(というかどちらかというとギリシャっぽいが)が頓狂すぎて苦笑いしてしまった。醒めたとはいうが、さすがにアルコオルの影はまだ残っている。それだけにことさら気持ちがよくて、ここでも歌を歌ってしまうのだった。

 起床。身体は元通りに軽くなっている。
 朝食の前に、まずは朝風呂と思い、部屋からいちばん近いオランダ風呂に向かったが、また先客がいたので、ローマ式風呂に浸かった。寝起きの“凝り”とでもいうべきものが解けていく感じがした。脱衣所の戸棚の上に置かれてある、奇天烈なオブジェともすっかり顔なじみである。
 朝食は別館の小ホール会場で摂る。温泉旅館の朝食はご飯のお供がオールスターで登場するので、どの配分で茶碗一杯の白飯を片付けるのか考えなくてはいけない。夕食の御膳に引き続いて、今度は鮎の開きなるものが供された。旅館でしかお目にかかることのできない小さな七輪で炙って食べる。これがまた白米に合っておいしい。コーヒーのセルフ・サービスもあるが、スティック式のインスタントコーヒーというところがなんともいじらしい。
 各風呂場に一回ずつ入りおさめて、今度は朝の湯街に繰り出した。朝市を念頭に置いていたが、該当の時間であるのに市はどこにも出ていない。成程。たしかにこの人出で市を開いても、侘しくなるばかりであろう。仕方がないので、土産屋でアイスクリイムを求め、小国川に懸る橋の上で食べた。早くから川釣りに勤しむ人が見える。橋からは、川沿いに作られたまさしく「瀬見」をしている瀬見温泉の姿を望むことができるが、どの建物もどこか薄汚れていたり、荒んでいたりして見る度に悲しくなってくる。すぐそばを国道が走っているが、おそらくこの温泉は、道路を行く自動車にとっては通り過ぎるべきものの一つなのかもしれない。
 宿舎のすぐ隣に、湯前神社なるものが建っている。この由緒を案内に書いてある通りに引用すると、「源義経一行が亀割峠で亀鶴御前がお生まれになった後に下山して作った小憩所がこの湯前神社」ということらしい。実は、ここ瀬見温泉は源義経伝説とゆかりのある土地で、武蔵坊が見つけたとか、義経と静御前の間に生まれた児(この児こそ亀鶴御前なのだが)の産湯であったとかいう伝承が残されている。駅から温泉街に行く道中にも弁慶の硯石などといった関連の名所があるし、私が最初に小国川を望んだ大きな橋というのが、その名もずばり「義経大橋」でその手すりには笛を吹く義経の像が立っている。しかし、私は日本史に特別の愛着があるわけではなく、義経を英雄視することもないので、これについては、軽く『ふーん。』と思うだけに終わっている。
 散策から帰り、部屋でダラダラしているのも束の間、電車の時間もあったのでチェックアウトを済ませる。最後にあのコーギー犬を見たいと思ったが、見つからない。女将さんなどに聞けば会えるだろうが、そこまでする気にもなれずに、そのまま宿を後にした。歴史に裏打ちされた非日常的な雰囲気のある旅館である。それでいて肩肘張らずに落ち着いていられるので、もう一度訪れたく思う。


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筆者紹介

シバケン-いかれたNeet-

Author:シバケン-いかれたNeet-
Sex:\(`・ω・´)
Work:堕医学生
Base:新潟死期終焉都市

趣味はお散歩、特技は悪だくみ

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