野良犬の生活

部活もバイトもやっていない堕医学生の暮らしを記憶するレポート

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只見線莫迦列車 四 只見線

 小出駅に着く。乗り換えの時間は短いので、急いで只見線のホームへと歩みを進める。間もなくの発車を控える只見線の列車は二両編成。特に装飾などは施されていない車両が一両と、真っ赤に包装されて目を惹く車両が一両とで成っている。真っ赤な方は特徴的なものという予感はするが、前面や側面に「縁結び」などと書かれていても、ちっとも意味が分からない。
 かねてから只見線は秘境路線という噂を聞いていたが、前にも後ろにもたくさんの乗客が集まっていて、秘境に行くようには思えない。もともと観光的な側面のある路線だったのかもしれないし、大連休の効果もあるだろうから、こんな状況になってしまっているのだろうか。赤い車両に乗り込んだが、ブロック座席はすでに埋まっていたので、仕方がなく最後部の長椅子に陣取った。
 十三時十一分、只見線只見行の列車がゆっくりと線路を滑り出した。
 灰白色の空の下、しばらくはどこにでもありそうな農村を通り、いかにも秘境らしい景色には出会えない。しかし、垂直にも見えるほどに急峻な緑の山肌などは、どこか現実離れをしていて、これから辿るだろう辺境の世界を要所で予感させてくれる。
 それにしても、同車両のブロック席の集団が煩くて、旅気分に浸ることができない。停車する駅ごとに外に立つ住民と手を振り合ったりしているが、このあたりに住む者たちの軍団なのだろうか。それだけでなく、各駅で乗り込む人とも一々挨拶を交わして合流をしている。年齢構成もよく分からない。高齢者ばかりであったら何かのツアーだろうかとも思えるのだが、中にはちょっと若い人の姿もある。どうやら彼らは、ただの旅行者の集団ではない。正装をしている人もいるところを見ると、おそらく何らかの組織である。
 私のような、彼らとは一切関係なく、少しも感情移入できない乗客もいるというのに、大声で騒ぎ車内をうろつき、そこかしこでアルコールに興じている。通路を立って塞いでいる女性に関しては全く下品で閉口してしまう。傍らに人無きが若しとはまさに彼らのことである。組織の一員が名札を付けていたので、よく見てみると、「魚沼市」などと書いているのが見えた。
 私は、例えばひとりの人間が自棄なことをしていたら、おそらく面白く思う。それは尊敬に値する生き方である。決して咎めるべきことではない。だがしかし、組織ぐるみで横暴をやるのは、私は心の底から大嫌いである。ただ人数が多いというだけで、まるで正義は自分たちの下にあるような顔で勝手に振る舞っているのは、全く性質が悪い。そういう輩はひとり残らず射殺してしまいたいような気持ちになるのだが、それではあたりにたくさんのゴミが残ってしまって面倒なので、数の弱者たる我々は仕方なく黙って耐えているしかないのだ。
 彼らのせいで、最後まで不愉快な旅だった。
 大白川駅を過ぎて、あとは終点只見に至るまでといった段では、ついに只見川が窓外に現れ、川にかかる質素な吊り橋や川の流れに浸食された奇岩などを認めると、景色はいよいよ秘境じみてくる。あと一駅というのにこの道程がとにかく長く、時間にして三十分もかかる。途中で、長いトンネルを数本経てやっとのことで只見駅が見えてくる。
 するとどういうわけか、歩廊はもとより駅舎にも驚くほどの人々が集まっていて、こちらを出迎えているではないか。和太鼓の演者やマスコットキャラクターなども揃って、盛大なお祭りのようである。秘境路線のくせに車内混みあっていることからしておかしいと思っていたが、車内を占拠する悪の組織の存在、そしてこの只見駅の有り様だから、どうやらこの日は大掛かりな催事が開かれていたみたいである。他の乗客も疑問に思ったのか、例の悪の組織の構成員に尋ねているのを盗み聞きしてみると、そもそもこれは私が乗っている赤い列車の催事であるらしい。そしてこれから、何かの儀式が行われるのだそうだ。
 只見駅の歩廊に降りる。正装の旦那衆からカメラを抱えた記者、あるいはただの老婆まで、実に大勢の群集から「ようこそ」「ようこそ」などと歓迎されるのは決して悪い気はしない。ちょっと踏んぞりかえって歩いてみるが、誰ひとり私のことなど気に留めることはなく、これから始まる儀式の次第ばかり気にしている。
 催事は気がかりであったが、私はこれから代替輸送のバスに乗らなければならない。その乗り換えの時間は短いためか、バスを利用する一般客は急かされてバスへと案内される。駅の記念スタンプを押す間も、キャラクターの写真を撮る間も与えてはくれない。

 只見線は数年前の大水のために、かなり長いこと、只見―会津川口の区間が運休となっている。列車が走らなければ生活に困る住民もいるために、この区間では代替バスが走って、途中の各駅を回っている。私は会津川口方面を目指すべくバスに乗り込んだが、この車内が大勢の老爺老婆でいっぱいであり、人生のどんづまりという意味ではたしかに秘境に思えなくもない。いちばん前の四列座席の通路側の一席に座った。こういう混みあった空間だと、私の愛用の軍用リュックサックは煩わしいだけである。
 隣の座席に座っている年配の女性が、突然私に話しかけてきた。
「ああ残念。あなた、Hさんと会えましたか」
「Hさんって誰です」
「テレビに出て『今でしょ!』とかってやってる人ですよ」
「H先生ですか。いや・・・・え、H先生いたんですか」
「なんかイベントがあって、いらっしゃってるみたいですよ。あの列車のね」
「あれさっき私が乗ってきた列車ですよ。ひょっとしてH先生あれに乗ってたってことですかね」
「そうかもしれませんね」
「列車のなか歩いたりしたんですけど、ちっとも気がつきませんでした」
「今日はイベントがあってねえ、いつもはこんなにたくさんの人はいないんですけどね」
「とても賑わっているようですね」
「あなたこれからどちらに」
「早戸温泉に」
「早戸温泉というとT(宿舎)ですね」
「Tです」
「Tは私もよく行くんですけど。一回だと五百円くらいですけど、私なんかは回数券を買ってね、一回三百円くらいで入れるんです」
「へえ」
「四年前の災害で電車が使えなくなって、それであの、補助金をもらってそれで温泉に入ったり、ゲートボールなんかをしてるんです」
「ゲートボール」
「四年前の災害は本当にひどくて、このあたりは―いま只見町なんですけど―道路のところまで川の水が上がってきたらしいですよ」
「こう、結構広い川ですけど、その水がここまで上がってきたのですか。それはひどい」
「今だとほら、まだ浅く見えますけど、それが道路のところまでね」
「にしても、早く鉄道が復旧してくれればいいのですが」
「ねえ。でも難しくて、四年前の災害で電車が使えなくなって、それで今度は原発の事故があって。いまはこうやってバスを走らせてますけど、工事にはお金がかかるから、バスを走らせた方が安上がりなのかも」
「成程」
「このあたりだと、新潟の方からも人がいらっしゃるんですけど」
「私はその新潟から来たんですけど」
「そうでしたか。新潟から早戸温泉に。早戸温泉っていうと降りるのは」
「早戸ですかね」
「早戸ですか。たしかにTはそこからは歩いて、十分くらいですかね。でもあなたは若いから五分くらいかも」
「いやいや」
「ほら、いま川はあんなに浅くなってるでしょ。でも―いま○○町(失念)にいるんですけど―四年前の災害のときはね、このあたりも川の水が道路まできたんですよ」
「ねえ。本当におそろしいことですよ」
「それで、あなた今日はどちらから」
「・・・・新潟です」
「新潟からですか。それで今日は」
「早戸温泉に。Tです」
「Tですか。私も時々行くんですけど、あそこは、とても、いい温泉で。ちょっと茶色く濁ってるんですけど、とてもいい効能で。あせもと痔に、痔に効くんですよ。痔に」
「あ、あれが鉄道の線路ですか。にしてもすごいところ走りますね」
「ねえ。四年前の災害では道路まで川の水が上がってきて、このあたり―いま○○町(失念)なんですけど―ここらでは家も流されて死んだ人も出たみたいですよ」
「うわ、鉄橋が途切れてますよ。ひどいなあ」
「ねえ。四年前の災害では道路まで川の水が上がりましてね、死者も出たんじゃないかなあ」
こうして、只見から会津川口までバスに揺られるおよそ五十分の間、私は隣の女性から何回も同じ話を聞かされ、時に同じことを聞かれて過ごしていた。早戸温泉のくだりは五回くらいは聞いただろうし、「四年前の災害では道路まで川の水が上がってきた」という話に至っては、大袈裟でなく十回以上は聞いたような気がする。私はその度に、ひどい、ひどいと答えていたのだ。その他、「早戸温泉の周りは何もないから食事はどうするのかが心配」をはじめとした数々の小話も、少なくとも二回は聞くことになっている。
 dementiaがあったのだろうか。しかし、dementiaにしては受け答えが快活であったし、私の言葉に対する返答も中々とんちが効いていて面白かった。私がこれまで出会ったdementiaの患者さんは、せいぜい四、五人というところだが、どの人もどこか遠くを見ているように恍惚としていた。だが、この女性はきちんと目の前のものを見て話をしている。何度も同じ話をするのは、話題がなくて沈黙してしまうよりはいいだろうという気遣いからかもしれない。
 乗合のバスは各駅を巡る仕事の末、終点の会津川口に到著した。ここから会津若松方面へは再び列車が出ている。例の女性は駅の近くに家があるということで、ここで別れる。面白いお話を聞かせていただいてありがとうございました、という私のさよならの挨拶は本心からである。
 会津川口駅は歩廊から只見川の広大な流れを望むことができるという噂だったが、ちょうど川の方向に停車中の列車があって、川が見えない。私が乗るのはこの列車ではなく、別の車両なのだが、乗り込んでもやはり件の列車があることによって視野が遮られて、川が見えない。
 十五時二十七分、只見線会津若松駅が会津川口のプラットホームを徐に、そしてだんだん速く離れていく。
 列車が走りだせば、やっと見えてくる只見川。川とはいうが、流れがあるようには見えず、ただ水がなみなみと満たされているだけのような穏やかさで、流域の広さもあってどこか母性的な面持ちである。この広大な河川の水位をほんの少しでも上げるには、よほど多くの水を注ぐ必要があるのではないかと思うが、そこをいくと、四年前の水害は相当にひどいものだったんだなと分かる。
 只見線に乗車してから、秘境路線とは思えぬ慌ただしさの中にいたが、ここにきてひとりで車窓の移り変わりを眺めることが叶うと、やっとのことでひとり旅の情緒が滲んでくる。
 発車から十五分強で早戸駅に着く。ここが、この日私が最後に降りる駅である。










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  1. 2015/09/27(日) 10:18:11|
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筆者紹介

シバケン-いかれたNeet-

Author:シバケン-いかれたNeet-
Sex:\(`・ω・´)
Work:堕医学生
Base:新潟死期終焉都市

趣味はお散歩、特技は悪だくみ

筆者結語

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