野良犬の生活

部活もバイトもやっていない堕医学生の暮らしを記憶するレポート

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只見線莫迦列車 五 早戸温泉投宿記

 福島・早戸『鶴の湯』

「まあ、聞いてけろ、喋らしてけろ」とお婆ぁが口をあける。
――切なっぺ。おどなしくしてりゃ、若えものにめごがれるに、へらずば
かりこいてって、跡取りが云うだ……

ものの本に「この土地は人情こまやかにして、風光うるわしく……」とあり
確か「愉快な主人と、恋女房と、主人のいうところの親切なばあさんがいる
旅籠がある」と、そう念をおしていた。

会津若松から只見線鈍行で二時間余、只見ラインの中ほど、宮下ダムの人工
湖のほとり。捨てられたキャラメルの空箱とみまがう旅籠の一軒、早戸・鶴
の湯。そこの湯舟にわたしたちはとある日、ザブンと音立てた。


お婆ぁの愚痴はまだつづいている。跡取りの保険金のこと、鬼女(跡取りの
後妻?)の婦人学級のこと、そして「養老院さ寄付すんべえ按配」の金の次
第……ぐちぐち小一時間。と突然こちらに「ニシらも聞いとけ。ハッハハ
ハ」

これはたまらない。「それじゃお先に」部屋にたどいついてひと心地。と、
何ということ!「ニシらと遊ばせてもらうべぇってや、ヒッヒヒヒ」とお婆
ぁの顔が四つ。お茶やせんべいがまわった。酔いはいやがおうにも高まった。

〽山だって 登りつめれば 下んねなんね
 下り始めりゃ たちまち谷よ 谷じゃ
棺箱が 蓋開けて待ってる


「桃源行(画・つげ義春、文・正津勉)」より



 十五時四十四分、只見線の中ごろ、早戸駅の歩廊に降り立った。一路、会津若松へ急ぐ列車は、プシュンと戸を閉ざしたかと思えば、そのまま滑り行く末、トンネルの暗闇へガタゴトンと消え去った。早戸は歩廊脇に小さな待合小屋が一つ、侘しげに建っているだけの殺風景な駅だった。森閑とした歩廊からは、只見川の広く豊かな水面を望む。あたりも薄暗くなってきた頃だと、川本来のエメラルドグリーンもやけに陰湿に映って見えるようだ。
 朝からの旅で疲れている。早いところ宿舎に落ち着きたい。今度の宿は、早戸温泉のTを取っている。親切にも、Tへの方向を示す矢印と「徒歩10分」の看板があったため、それに従い大きな道路に合流する坂を上っていく。あの看板が指す方に歩いてすぐにトンネルに対面する。他に道もないところを見ると、どうやらこれからこのトンネルの中を進まねばならないらしい。
 トンネルの中を歩くのは初めてではないが、いつも恐ろしい思いをする。歩道があるので安全性に問題はないけれど、トンネル内に響く自動車の走行音が恐ろしい。一般に車が走る音は何てことない日常音の一つであるが、あの空間の内部だとだいぶ感じ方が変わってくる。ゴゴゴゴと音が小さいうちはまだいい。それがゴウゴウとだんだんと大きくなってきて、そろそろ後ろの方から車が来るなと思ったら、まだ来ない。音はさらに大きくガアーッと響き、耳が痛いように思えてきてもまだ来ない。ひたすらに増長し続ける轟音に、いつ越されるのやら今か今かとドキドキして歩くが、果たしてその音は、後ろではなく前からの車が飛ばしているものだった。トンネルの中では、聴覚における遠近感も方向覚も遮断されてしまう。
 やっとの思いでトンネルを抜けると、前方にTの看板が見えてきて、私に右折を促した。素直に曲がって大きく蛇行した坂を下りていけば、そのさらに下方にそれらしき建物が認められる。広大な只見川のほとりに、実に静かに佇んでいるTの全貌である。

 Tは温泉旅館ではなく、温泉施設である。主に日帰り入浴の提供を行っているのだが、宿泊用に湯治棟も併設されている。湯治棟というからには、施設から料理が供されるわけもなく食事はすべて自炊で、寝具や家電は揃っている代わりに、素泊まりのために浴衣やタオル、洗面用具なども持参しなくてはならないときている。だが何より、宿代が格別に安いので、私は泊まることにした。
 たった一晩の素泊まりは、特に面倒ではない。タオルは自宅で要らなくなったものを数枚持っていって、使ったものは向こうで捨てればいい。洗面用具は、例えば歯ブラシなどはホテルで貰ったものを持っていけば、これも使ったものから捨てればいいだけのことである。寝巻きやその他必要なものは流石に捨てていくことはできないが、それくらいは大した荷物にはならない。食事の懸案であるが、実はTは施設内に食堂も備わっているので、そこで簡単に済ますこともできる。売店などもあるだろうし、つまり案外と如何様にもすることができそうなのだ。あとは部屋で酒盛りでもすればそれで十分である。事実、私は晩酌用を考えて、新潟の酒と麦酒を愛用の軍用リュックサックに詰め込んできた。
 湯治棟の玄関に入ると、いきなり世話役のお母さんと鉢合わせた。
「ここは初めてですか」
「はい」
「Tを利用したことは」
「いえ全く」
ふと横を見ると、車の積み荷―色々の生活用品や食品等―を玄関脇の縁側に次々と移している老夫婦がいる。彼らはこの日から、辺境の湯治場での長逗留を始めるようである。
 世話役のお母さんに湯治場の使い方や装備などを説明されつつ、棟内を案内される。炊事場は広く清潔で、コイン式のガスコンロがあり、炊飯器は各部屋分の用意がされている。さらには調理器具や食器類もたくさん揃っていて、思っていたよりも使い勝手がよさそうであった。
 私の部屋は階段を上がって左手、どこぞの合宿所を思わせる平々凡々な廊下の奥「鶴の間」である。Tを訪れて、泊まる部屋が「鶴の間」というのは、最高級のもてなしのようにに思えて気分がいい。そうでなくても、もともと早戸温泉は鶴に深い縁がある。伝説的な役割を有つ鶴の名を冠した部屋に寝起きできるというのは、軽薄な一宿客には釣り合わない好待遇である。
 廊下にしてもそうだったが、部屋も清潔に保たれている。冷蔵庫の設備もあるし、空調は新潟の私の家のよりも新しくて良い機種ときている。「湯治場」という言葉から生まれる想像とはいい意味で離れて、ここまでで何も心配に思うところがない。旅装具を解き、冷蔵庫に今晩のお供や、柏崎で調達しておいた翌日の朝食を入れていく。荷物の整理もつき、人心地がついたところだが、落ち着く間もなく早速のことで湯に浸かりに行く。湯治棟にも内湯はあるが、Tの最大の魅力は本館大浴場の、只見川のパノラマを眺める露天の湯である。
 湯治棟のアルミ戸からサンダルに履き替えて屋外に出る。本館へと導く木造の屋根付きの通路に、既視感を兆した。これはあの「桃源行」ではないか。つげ義春先生が歩いた道。私も今、早戸の湯舟にザブンと音立てようとしている。
 エレベーターで下りたところに、新しい本館がある。休憩室や小さな売店などがあって、いかにも日帰り入浴施設然としている。湯治場の宿代もここの受付で精算する決まりになっているのだが、翌日に本館が開いてチェックアウトができるのは午前十時からで、これだと朝の列車の時間に間に合わないので、今際の内に支払いを済ませておく。
 大浴場にはまず木造りの長方形の内湯が一つ、なみなみと評判の薬湯を張っている。早戸の源泉は熱いと聞いたが、そのために湯冷まし用の浴槽があり、そこから湯舟に温泉が少しずつ注ぎこまれている。旅程の汗を軽く落として第一に向かうのは、件の露天である。扉から屋外にでて階段を一段一段と下りて行った先に、茶色く濁ったお湯で満ちる露天の湯舟が、ほとんど只見川に突き出るようにそこにあった。人三人が身を沈めるのがやっとの小さな岩風呂だが、そこから眺めるは広大な只見ラインとそれを囲む緑の山々である。何も視界を遮るものなく、緑青の水面で視野がいっぱいになる。
 只見川は本当に静かで、果たして流動というものがあるんだかないんだか分からない。時おり、魚が川面に浮かんだときに、白い波紋ができては広がっていくのが見える。波紋はできて広がって、やがて消えていく。その行程は川のそこかしこで見られる。
静かである。温泉が湯舟に注ぎ込まれる音、わずかな体動にも伴ってお湯が跳ねる音、名湯に身体を浸ける男たちの嗚咽、自然界でも、名前は知らないがとにかく鳥が鳴いている声や、ちょっとした風にそよいで枝葉がこすれる音など、至るところで様々な音が生まれているにも関わらず、無音にも思えるほどに、静かである。ありとあらゆる音を、川や山がすべて吸収しているかのような静けさが、この時を支配している。
 私は湯に浸かりつ上がりつを繰り返してしぶとく粘っていた。私は温泉は好きだが熱い湯が苦手ですぐに火照ってしまう。そういう場合は湯舟の縁にしばらく胡坐をかいて、川面をなでるような風に身を当てればいい。目の前に川と山ばかりが見えるところで、素っ裸で座っている。何も有っていないということが、こんなにも頼もしく思えるとは。
 夕食をどうするかと考えたが、売店に手作りのおにぎりだとか焼きそばとかもあったりして、特におにぎりには胸を惹かれる思いだったが、温泉施設の休憩室や、部屋で食べても侘しいだけな気もして、結局食堂で摂ることにした。受付で食券を求め、それを細い通路の果ての食堂に持って行く。食堂というからにはそれなりのものを期待していたが、その実態は、まるで駅の立ち食いそば屋に回転椅子を取り付けただけと言うべきのチンケなものであった。私以外にお客がいないのがさらなる不安を誘う。これだったらおにぎりを食べた方がだいぶ良かったと思ったが、注文したカレー・ライスは案外おいしかったので、これはこれでいいことにした。本館の売店でアイスクリームを買って部屋に戻る。
 湯治場なのだから、押し入れから布団を出して敷くのも自分の仕事である。せっかくなので敷布団を三枚重ねて敷いてみた。新潟の麦酒を飲みながら明日の用意をする。明日は一寸喜多方を見物してみるつもりでいたが、どうやって過ごそうか決めかねている。喜多方については観光案内書を持参していたが、それを眺めていてもよく分からない。そもそもそれほど楽しみにしているわけではなかったので、実際にそこに行ってから適当に歩き回ればいい気もする。
 夜の只見川はどう見えるのかが気がかりだったので、しばらくして再び本館の湯にザブンと音立てに向かった。本館への木の通路は夜の灯りにほのかに照らされると、いよいよ「桃源行」じみてくる。
 露天に入るが、案の定、山間の暗闇の中では只見川の広大な流れも、少しも認めることができない。何となくの気配で、そこにあることが分かるくらいである。露天の湯舟を共にした男性から「私の両親は両方ともこのあたりで生まれ育ちましたが、将来のことや教育のことを考えて、私が生まれるときに会津若松に出た」という話を聞いた。曰く、「このあたりは時々遊びに来るにはいいところだけど、ずっと暮らすのはちょっと」とのことだが、秋田県の田舎町で生まれ育った私には、この男性の言わんとしていることが何となくでも分かる気がする。田舎に暮らしていれば、自分の人生におけるあらゆる判断尺度が、田舎町という小さなスケールを超えることができないままで終わってしまう。
 湯上りに炊事場に寄って、晩酌用のお猪口を拝借しようと思った。そもそもお猪口が置いてあるのかが気がかりだったが、実際はいろいろな種類のものが並んでいるのが微笑ましい。お燗用の一式が揃っているのも可笑しい。
 新潟のお酒を飲みつつ、今度新しく作るブログの構想でも練ろうと思うが、捗らない。お酒があまりおいしくないというのも面白くない。結局、構想を練るのは止めにして、また喜多方の本を読んでみるが、楽しくない。それでもいつの間にかお酒を飲み干してしまっていたので、明朝も早いし、いつもよりも時間は早いが、早々に寝ることにする。
 拝借したお猪口を片付けに炊事場に行った。階段を下りて右手に炊事場があるが、階段を下りた目の前に戸棚の上に数冊のノートがあるのが目に入った。手にとって見ると、早戸温泉を訪れた人たちの感想や意見等を綴っているものらしかった。興味が出てきたので、少しの間だけと思って、全冊を部屋に持ちこんで読んでみる。旅行で早戸を訪れたときのことや、湯治でしばらく滞在していた人の感謝の言葉が連なっている。市井に暮らす人たちの、決して気取らぬ素直な言葉が並んで、人々の思いに触れるような気がして、涙が滲む。私はこれでも文章を書くのを趣味にしている人間だから、いくらかは自負もあるので、自分も一筆を啓上しようと意気込んだが、最近、文章を書く頻度が低くなっているので、自分なりの綴り方というものを忘れてしまっており、気の利かないただの感想ばかりを書いてしまった。文章を上達させたいなら毎日書くことだ、という言葉を耳にしたことがあるが、その提言は事実である。程なく就寝。すんなり寝付く。

 起床。いつもより早く目が覚めたが、列車の時刻もそれなりに早いので、朝の用事をしていくことを考えたら、このくらいでちょうどよかったのかもしれない。
 湯治棟の内湯で寝起きの凝りを解していく。昨日の露天ほどではないが、ここの湯舟からも只見川が見える。同じく朝湯に浸かりにきた他の浴客と挨拶を交わす。
 朝食にはまだ早い気がしたので、しばらくあたりを散歩してみる。思えばここを訪ねて以来、外をぶらつくような時間はなかった。近くに温泉神社があるみたいなので詣でようと考えた。エレベーターで下りた本館からだと近いようだったが、朝早い時間に本館は開いていないので、仕方がなく湯治棟からぐるりと回るようにして向かう。棟の脇を通り、小さな坂を下っていくと、只見川のほとりにぶち当たる。そこから左手に行けば温泉神社なのだが、ただ古い神社というだけで、見て何か面白いということはない。これからの道中の安全を祈願する。神社のわきに小屋が建っていた。源泉なのか、湯気の立つ液体を只見ラインに注いでいる。小屋の中からは人の声が聞こえるが、人の姿はない。その声はもしかしたらラジオから漏れているものかもしれないが、そうだとしても人の姿がないのはおかしい。少し薄気味悪かった。
 柏崎で調達したサンドウィッチで朝食とする。窓際で只見川を見下ろしながら、コーヒーを飲んでしばらく佇む。山の木々から発生する小さな霧が風に乗って流れていくのを見ていた。一時ぱらぱらと雨が降ってきて憂鬱に思ったが、しばらくすると霧雨へと変わった。傘を差す必要のない霧雨くらいなら許容できる。
 それから旅具を整え、部屋の後片付けを済まして湯治棟を後にする。出ていく際に管理人に何か言っておきたかったが、探しても見つからない。仕方がないので、一声「お世話になりました」と言い置いて、玄関戸を開ける。まずは、再びの早戸駅から列車に乗って会津若松方面を目指す。奥只見の朝は寒い。やはり簡単な羽織りものを持ってきて正解であった。










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  1. 2015/10/02(金) 08:48:01|
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筆者紹介

シバケン-いかれたNeet-

Author:シバケン-いかれたNeet-
Sex:\(`・ω・´)
Work:堕医学生
Base:新潟死期終焉都市

趣味はお散歩、特技は悪だくみ

筆者結語

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