野良犬の生活

部活もバイトもやっていない堕医学生の暮らしを記憶するレポート

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ゴン

 いまの家、それはつまり郷里の実家ということになるのだが、そこへ引っ越したのは私が小学校に上がる時分であった。東と南の二方を田圃に囲まれ、三、四軒の家屋が建つ小さな住宅地に新築をしたのである。
 私たち一家が越してくる前から、通りを挟んで向かいの家に犬が一匹飼われていた。ゴンという名前である。
 ゴンは大型犬の雑種である。こげ茶の身体と顔に、黒い島が所々に浮いているといった毛色で、その配色だけはまるでシェパード犬のようであったが、あの犬種ほど鼻面は長くはなかったし、頭部は全体として丸っこく、耳は垂れていた。身体は大きいし、毛色もなんとなくいかめしい感じに思われて、幼い私にゴンは初め恐ろしく見えた。だが、何かをきっかけにして私はゴンを可愛がるようになるのだが、あまりに昔のことなので、実際に何があったのかは憶えていない。
 ゴンはいかつい見た目に似合わず、とても臆病な犬だった。通りを散歩していた小型犬や、さらには近所に暮らす子猫にまで吠えかかるという始末である。犬が吠えるのは威厳を見せようとしているからではなく、虚勢を張っているからだということを、ゴンの様子からは窺い知れた。
 向かいの家族はとてもいい人ばかりで、私や姉がゴンを可愛がるのを快く思ってくれているようだった。初めはその家の人がゴンを散歩に連れ出すのに付いていくだけだったが、そのうちに、双方の暗黙的に、私たちだけでゴンを散歩させるようになっていった。ゴンは散歩が好きな犬だったと思う。経路は決まって、家の脇の伸びる農道を往って復るだけだったが、それでもゴンは尻尾を振って快活に歩いた。横手盆地の大田園地帯では、農道はどこまでも伸びている。自分ひとりでは歩く気にはなれない、ゴンが横にいるだけでどこまでも行きたいと思えた。そして本当にひとりでは行かなかった遠くまで歩いて、夕食に間に合うように良いところで引き返した。
 車庫に繋がれているゴンに会いに行くと、ゴンはクーンとすすり泣いて私の足元に寄ってくる。とにかくゴンは私によく懐いていた。
 私は中学校に上がると、次第に学校での生活の方に夢中になった。部活動も割合によくやっていたので、そちらのほうに自分の時間や意識を割くようになっていた。その時にはもう、車庫にいるゴンに会いに行くことは時々あっても、散歩に連れて行くことは滅多になくなっていた。やがて私は高校生になった。この頃は、大袈裟でなく自分の有ち得るあらゆるものを部活動へと捧げる毎日だった。平日は遅くまで練習、土休日は一日中練習をして、時々は合宿や大会に出向いた。家で過ごす時間は短くなり、それによってゴンの顔を見に行くこともなくなった。そのままで三年が過ぎた。
 大学への入学が決まり、程なく私が新潟無機終焉都市に旅立つ日がやってきた。荷物を車に積み終えて、両家の祖父母(どちらも田舎町に住んでいる)が見送りにくるのを待って出発する段となった。しばらく空いた時間が出来たので、私は旅立つ前に、久しぶりにゴンの顔を見に行こうと思って、車庫の中を覗いた。すると、ゴンはいた。隅の陰のところで冷たいコンクリートの床に身を臥して、寂しげに佇んでいた。すっかり年老いて、いつかの活気は見る影もない。私もあの頃から身長も伸びたし顔つきも変わっている。私のことを覚えているだろうかと心配だったが、ゴンは私を認めると、あの日と変わらずにクーンと鼻を鳴らしてのっそりとこちらに寄ってきた。姿は変わっても、ゴンはゴンで私は私だったのであろう。
 この時、肋骨が浮きかけるほどに痩せたゴンの身体や頭を撫でているうちにあの日の思い出が甦ってきて、それで私の内に、空白の時間があまりにも長かったという実感が急に流れ込んできた。そしてなぜか、自分がいま古里を旅立つということを、ゴンの弱弱しい表情を通じて、はっきりと自覚するようになり、今まで一粒も零さなかった涙が双眸から溢れてきた。
 それからしばらくして、無機終焉都市から久しぶりに帰省した私に、ゴンが死んだということが知らされた。私はただ「そう」とだけ云ったと思う。
 その後、新潟での暮らしもそれなりに長くなったある年、私は床について眠りに落ちるまでの間、少しく昔のことを考えていた。その時に、ふと「ゴン」という懐かしい名前が瞼の裏に浮かんだ。それでハッとする瞬間に、今までどこに仕舞っていたか分からないほどの、ゴンとの思い出が止めどなく甦ってきた。
 散歩の時ゴンは農水路を歩きたがること、興奮するとゴンは尻を押しつけてきて思わずふっ飛ばされそうになること、軽トラックの荷台に乗せられビクビクとしながらもどこか愉快な表情で風に当たっているゴンを見るのはこちらも面白かったということ、私を見つけるとクーンと鼻を鳴らして傍に寄ってくるゴン。
 私はその時に初めて、ゴンが死んでしまったという事実を受け入れたような気がする。それからしばらく、布団のなかで涙を抑えることができなかった。私の内面に、まだ幼少の自分が生き続けているのか、それともすっかりいい年した大人になってしまったからこそ、不意に思い出にふれて涙がこぼれるのかもしれない。
 私はゴンに会いたい。もう一度あの鼻先や脇腹を撫でてやりたい。しかしゴンはもうどこにもいないのだった。










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  1. 2015/10/20(火) 19:00:00|
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筆者紹介

シバケン-いかれたNeet-

Author:シバケン-いかれたNeet-
Sex:\(`・ω・´)
Work:堕医学生
Base:新潟死期終焉都市

趣味はお散歩、特技は悪だくみ

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