野良犬の生活

部活もバイトもやっていない堕医学生の暮らしを記憶するレポート

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弥彦線莫迦列車 三 二礼三拍手一礼

 弥彦は初めてではない。数年前に一度、家族で彌彦神社へお参りに来たことがある。だが、その際は自動車で直接的に神社を訪ねて帰ったばかりで、今度のように列車で入り、駅からの道を歩くようなことはなかった。
 とりあえず神社に行ってお参りをして戻ることに決めたが、弥彦駅から神社まではそれなりに距離がある。土地勘も全くないので少し心配だったが、駅前の周辺案内を見てみると、道程は大通りを進めば簡単だったのですぐに憶えた。
 列車や駅の混み具合そのままに、多くの観光者が路を歩いている。この外苑坂通りは駅から神社への主要な経路だが、車通りがそれなりにある。というのに、大半の旅行者諸氏は広がって歩いているうえ、仲間との会話に気を取られ周囲への注意も働かず、見るからに危なく、かつドライバーにとっては迷惑だろうと思える。
 パンダ焼きが名物の製菓店を通り過ぎて行くと、弥彦公園が左手に見えてきた。公園は目当てではなかったが、「もみじ谷」と書いた看板や、やはり多くの人で賑わっているところを見ると、もしかすると今が紅葉の盛りなのかもしれないと思って、一寸立ち寄ってみることにした。誘惑的なテキ屋の並びを横目に見て園内を往き、曰くありげなトンネルを抜けてもみじ谷に至ると、そこには黄、橙、赤、紅と、思い思いに染められた紅葉のレイヤーが幾重にも幾重にも重なり、それが視界いっぱいに広がるという想像を超えて見事な光景が創られてあった。すべての暖色が揃っているのではないかと見まがうほど、各色においても実に様々な階調があり、黄、橙、赤、紅などと一言で片付けることはできないと感ぜられた。谷底まで生い茂るもみじを橋から望んでも、多種多様な暖色が網膜に隙間なく届く。弥彦の紅葉が毎々多くの人々を呼び寄せる理由が少しだけ分かったような気がした。
 神社通りに入ると、路の両側に旅館や土産屋も多くなり、いよいよ越後一宮に至る門前町らしくなってくる。そのまま歩けば一の鳥居に着くが、この間のことを思い返してみると、あの時は車で来たために駐車場からつながる東参道から神域にお邪魔したが、本来はこの一の鳥居から参拝を始めるのが正式ではないかと思われる。あの時は一旦一の鳥居から外界に出てすぐに鳥居をくぐって、改めて境内に入ったかもしれないが、何しろ数年前のことなので、そのような仔細な部分までは憶えていない。
 木漏れ日をかすかに受ける玉の橋の神聖な様を目にし、杉並木に囲まれる参道を歩いていると、やはり神域、いくらかは神妙な気持ちも兆すが、それ以上に、境内を闊歩するその他大勢の煩わしさにやられて、旅情や風情は逐一霧散していってしまう。ところで、近頃こういった催事や観光地など、多くの人々で賑わう場面において、犬を連れている人の姿をよく見かけるようになった気がする。私は犬が好きなので、それを見ても特に何とも思わないが、しかしこれだけたくさんの人間が集まっているのだから、例えば犬を苦手とする人が何人かいても決しておかしくはない。それに、人がたくさんいるというだけでただでさえ歩きづらくなっているというのに、そこで犬を歩かせては余計に足元に注意しなければならなくなる。犬を連れて行きたくなる気持ちはなんとなく分からなくもないが、それでも多くの人々のいる場で犬を歩かせることの周囲への影響は今一度考慮するべきである。それは飼い主のエゴやファッションではいないか、愛犬家の自認があるなら、まずは感情で動かずに、確りと頭で考えてから事を進めるべきである。
 菊まつりが開催中ということで、参道の両脇には無数の菊が飾られていて、たしかにその光景は狂気の沙汰とも思えるほど圧巻と云えるが、菊はあまり好きな花ではない(蓮やアジサイが好き)ので大して関心はなく、まずは本殿を目指す。とは云っても、参拝は後回しにして、最初はロープウェイに向かおうかなと考えていた。ロープウェイの駅までシャトルバスが出ていたはずと探していけば、拝殿脇の砂利道にバスの停留所を見つけることができた。この混雑だからバスの待合も恐ろしいことになっているかと思いきや、数人の旅行者が立っているばかりで、すんなりと乗車ができた。乗り合わせたのは、中高年の集団であるが、こういう年代の、特に女性は一々見たもの聞いたものをその都度口にする傾きがあるので、そういう集団と空間を同じくすると、目を瞑っていても、彼女らの代読サービスによって周りの様子が瞼の裏に浮かんでくる。
 万葉の道という自然道をバスに運ばれて、弥彦山ロープウェイ山麓駅に到著する。早速、往復券を購入して乗車待機の列につくが、実は待つことに関してはこれからが本番であるようだった。待機列は乗り場までの上り階段の最初から最後まで続いているようで、最後尾はなんとチケット売り場の時点から始まっている。ロープウェイは十分ほどの間隔で運行するとはいえ、これほどの人数を捌くのにはだいぶ時間がかかる。その間隔で少しずつ少しずつ進みながら、最早何故自分はこのようなことをしているのか疑問さえ思い、列を抜け出て参拝して帰ろうかとも考えたが、そんなことをした方が詰まらないだろうと踏み止まっていた。そのうちに、やっとのことで乗り場に来た。この混雑だと、十中八九定員ギリギリまで詰め込むに違いないので、少しの間でも、老人に囲まれた車内で過ごさなくてはならないのは、それほどいい気分ではない。係員の云う言葉にも応じない高齢者にほとほと嫌気が差す。
 私が乗り込むであろうゴンドラが山頂から下りてきた。扉が開き、乗客が次々降りていくのを眺めていると、親しいクラスメイトが降りてきたものだから大層焦った。その級友には妻子があるので、休日の家族サービスということなのだろうが、気安い仲とはいえこういう機会に顔を合わせるのは気不味い。それに私は先日にキャラクターデザインを大幅に変えたばかりで、それもまだ公にしていない頃だったので、その段階で知人に見られても、ただ向こうを戸惑わせるだけである。彼に見つかってはいけないと、顔を伏せてやり過ごすのだった。
 案の定、多くの高齢者に混じってゴンドラに詰め込まれたが、前方の位置を確保できたので、進行方向の景色はよく見える。これで車内中央に突っ立っていなければならなかったら、それこそ地獄である。程なく、頂上を目指してロープウェイがすべり始めたが、窓から覗く周囲には、色とりどりに化粧をした落葉樹の紅葉が山の斜面に沿ってびっしりと広がっている。それらが日本晴れの日差しを受けてことさら鮮やか映えているのだった。しかし、所々に落葉しきった木々も目立ち、どうやらピークをわずかに過ぎているような気もした。
 しばらく景観を眺めていると山頂駅に着到した。待合には懐かしいゲーム機が並び、駅舎を出てすぐには射的の遊び場がある。このデジタル時代に、未だに垢抜けない商売をしているところがやけに愛おしい。簡易遊園地が閉鎖されているのは少し物哀しいが、賑わっているよりもこういう寂しげな遊園地の方がかえって見ていて心が安らぐ。
快晴のおかげで、頂から望む風景も一層眩しくなる。彼方の日本海を高い山の上から見下ろすというのは少し変わった趣向だが、広々とした景色が広がり、その視界の中にぽつんと立っていると鬱憤も晴れて快い気持ちになっていく。気分転換はこうでなくちゃいけない。
 時間帯としてはお昼時で、昼食は門前町のどこかのお店でなどと考えていたが、それも面倒に思えて、頂上の展望レストランで済ませていくことにした。天気もいいので、この景色を長く楽しみたかった。レストランとは別のフードコートにはアメリカンドッグなどの私が大好きなスナック類も扱っているが、陽気に当てられて調子に乗っていたこともあり、奮発してレストランのきちんとした食事にする方針に傾いていた。
 ガラスケースに飾られたサンプルをざっと見ておき、レストランへの階段を上った。レストランとは云うが食券制で思っていたよりもカジュアルである。私は天ぷらが好きなので、天丼を頼んだ。店内もだいぶ混み合っていたが、ちょうどよく景色が見える窓際の席が空いていた。混んでいるのに、四人掛けの食卓にひとりで座るのは少し気が咎めるが、しかしそれはどうしようもないことである。天丼はサンプルよりもたくさんの野菜類が乗っていて嬉しかった。季節柄、舞茸の天ぷらがあったのがとてもよかった。私は滅多に外食をしないが、時々こうしてお店で食事をするとやっぱり楽しいものである。我が家には揚げ物を作る設備がないので、天丼のような普段食べられないものを食べると殊更にいい気分である。食べ終わってからも、しばらく窓外の景観を眺めて呆けていた。
 特に山頂でしたいことはなかったので、もう下山しても問題はなかった。これからは少しずつ戻りのことも考えていかなきゃいけなかったが、ロープウェイ駅に列車の時刻表があったので、それを参照して目星の便を見つけておいたが、そうなるとあまりのんびりとしていられないことにはたと気づいた。駅までの道のりを鑑みると、どうやらお参りは手短かにしなければならないようだった。下りのゴンドラは、それほどぎっしりというわけではない。今度は眼下の風景を見るような位置を陣取り、空の上から弥彦の町を見下ろしていた。同じ目線の高さをとんびが飛んでいる。
列車の時刻の都合から、山麓駅に下りてシャトルバスで拝殿脇に戻ってからは、迅速に事を進めなくてはならない。幸い、本殿にお参りする人はそれほどいなかったのだが、しかし、これだけ多数の人間が集まっておいて、実際に参拝する人はあまりいないというのはどういう料簡であろうか。しかし、多少急いでいたこの状況は素直に有難い。参拝をしたい人が行列を成していたら、私は参拝を諦めるつもりでいた。
 わけもなく賽銭箱の前についたが、ここ彌彦神社にはその他の社とはちょっと違った作法があることをふと思い出した。しかし、その肝腎の中みが思い出せない。たしか二礼二拍手一礼ではなく、どこかの数が違っているということは分かる。手を鳴らす数だった気もして、三拍手だったか四拍手だったかの二択には絞れたが、最後まで確実な記憶は戻らず、それだというのに賽銭を放り投げてしまってもう後に引けない私は、とりあえイチかバチか、二礼三拍手一礼だと決めてその場をやりすごそうとした。お参りを終えて拝殿を出ようとすると、私の後ろにいた壮齢の男性が徐に口を開いて、
「二礼四拍手一礼だね」
と誰に云うともなくつぶやくのが聞こえ、ハッとした私は、これは自分に向けられた言葉だとすぐ分かり、思わずその男性に顔を向けてしまった。先方でもやはりそのつもりだと見えて、続けて、
「お弥彦さんでは、二礼四拍手一礼っていうのが正式で」
「はあ」
「あなた今、三回手を打ったでしょ。そうじゃなくて拍手は四回ね」
「はあ」
「せっかくだし、もう一回お参りしたら」
「そうします」
 どうやら、四拍手の方が正解だったらしい。しかし、先ほどの私は拍手を三つしか打たない間違ったやり方を取ってしまった。しかも、私の拍手はとにかくいい音が鳴るので、越後の総鎮守の境内に、誤った作法を威勢よく響かせてしまったのだった。その恥ずかしさが火照っているのが自分でもよく分かる。それにその後、男性から正式な作法を習う姿は、まるで非常識な若者を演じるような気がして、何か見えない相手に負けたような情けない気持ちに陥った。男性に促されて二度目の参拝をするも、それは形式ばかりのもので、それらどうしようもなくむず痒い気分が頭の中でひたすらに渦を巻いていて、物事を考えることができず、自分が何を願うのかさえも分からなくなった。
 そもそも時間がないので、私は男性にどうもとだけ挨拶して、駅に急ぎたかったのだが、男性はまだ物足りないのか、
「彌彦では四拍手が作法ね」
「え、あ、はあ。それでは、どうも」
「出雲大社でも四拍手だったけど」
「そうですか。では」
「二拍手でもいいんだけど」
「へえ」
「とにかく神様は偶数なのね」
「成程」
「心意気があるのがいちばん大事だけど」
「それでは」
 長い寄り道をしなければ、電車の時刻には間に合いそうである。なので、火の玉石に立ち寄る。願いを込めて石を持ち上げた時に、軽く感じたらその願いは叶う、重く感じたら叶わないという、ありがちな曰くのある石だが、一度目は結婚できますようにという願を掛けて持ち上げたら、かなり重たかった。おやおやと思って、二度目は、明日急に死にませんようにと願って持ったらやはり重い。由緒通りならば、私は明日死ぬことになるのだが、そんな悲劇は起こらずに、こうして今も生き永らえているということからすると、火の玉石の伝説もだいぶアヤしいものになってくる。そもそもが重い石なのだろう。だから私が結婚できないということにはならない。
 神域を出てからは、周りの店などには一切目もくれずに弥彦駅に歩いていく。そのために、目星の列車には余裕をもって乗り込めた。以降は帰路を辿ることになるのだが、吉田から越後線に乗り換えればわずかに早く帰宅できるところを、私は弥彦線を乗り潰したかったので、そのまま東三条まで揺られている。弥彦線はどんなものかと思っていたが、特に言及すべきことのない生活用の路線で面白くはなかった。
 東三条でしばらく待ち、信越本線、越後線と乗り継いで最寄りの白山駅に戻った。所要のため、帰りに郵便局に寄って、高額の収入印紙を購入した。どうやらこの時期に収入印紙を求めると、局の人に立場が知られてしまうらしい。「国家試験頑張ってください!」という激励まで頂戴してきた。
(完)

  1. 2015/12/02(水) 19:00:00|
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筆者紹介

シバケン-いかれたNeet-

Author:シバケン-いかれたNeet-
Sex:\(`・ω・´)
Work:堕医学生
Base:新潟死期終焉都市

趣味はお散歩、特技は悪だくみ

筆者結語

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「野良犬の生活」の物語

 はじめましての皆さんへ

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