野良犬の生活

部活もバイトもやっていない堕医学生の暮らしを記憶するレポート

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

北国街道出雲崎訪問記

 ある雑誌の記事を読んでから、出雲崎という土地に興味を抱いていた。出雲崎は新潟県中部の沿岸に位置する小さな町だ。日本海を挟んで向かい合う佐渡島からの金銀荷揚げ港であり、かつては幕府直轄の天領として賑わっていた、北国街道沿いの宿場町である。
 私は事あるごとに出雲崎を訪ねる機を窺っていたが、日本海に面し、切り立った崖に囲まれたこの町は公共交通機関では行きづらく、間の悪さからことごとく訪問を断念してきたのだが、この度に田舎の両親が自動車で訪新した際に、頼んで連れて行ってもらうことで、訪問をかたちにすることになったのだった。
 新潟無機終焉都市から出雲崎へは、日本海沿いの国道をひたすら走って一時間ほど。車窓からは、細長くて奥行きのある妻入りの家屋が断崖の下に立ち並んでいるのが見える。これこそが当地を代表する風景であり、私がこの町に関心を寄せるきっかけにもなった景色である。
 町の地理関係がよく分からなかったので、第一に、道の駅に寄って情報を集めることから始めた。地図さえあれば十分だったが、観光情報のコーナーに行っても、それらしきものは扱っておらず、周辺の施設のパンフレットがあるばかりである。おやおやと思って屋外に出ると、大きな地図看板があったので、それを参照するに、目星の場所のほとんど街道沿いに所在しているようだった。そもそも街道を中心にしてできた町なのだから、主要な名所も街道から大きく外れることはないのだろう。
 大通りから街道に入るが、古い路ということで道幅は細いものになっている。果たして車はすれ違うことができるのかと思ってしまうところだが、それと平行して国道が走っているため、そもそも車通りは多くなさそうなので、それほど問題はないのかもしれない。
 四寺という名の通りに寺が集まった区画があるのだが、そのうちの光照寺を訪れてみた。越後三十三観音霊場十九番に拝された古寺だが、禅僧・良寛が出家した寺として知られている。良寛は詩人、歌人、書家としても高名であり、子供との戯れを愛氏、民衆にも解りやすい仏法を説いていたことから庶民にも慕われ、いまも「良寛さん」という呼び名で新潟県民に親しまれている。その良寛さんは出雲崎に生まれたため、この町は良寛ゆかりの地ともなるのだが、実を云うと私は良寛さんのことには詳しくないし、作品にふれる機会さえなかったので、この方面には大した熱意はなかった。私は、妻入りの町並みさえ見れれば満足だったのである。この光照寺を訪ねたのは、いわば間を持たせるためである。
 旧街道から入った路地のいちばん奥、石段を渡ったところに光照寺が建っている。それなりに大きな寺だが、庭園の植栽は最小限といったところで、小ざっぱりとした印象を有つ。本殿に踏み入れてみると、小ざっぱりとした外見の割に、色彩豊かで豪華な装飾が施されてあるのに軽く驚いた。高台にあることで、庭先からは彼方に波打つ日本海を望むことができる。十八歳の頃、良寛はここで出家剃髪し、それから四年間の修行に励むのだが、仏門を志す青年の目にもこの海が映っていたのだと考えると、途方もなく大きな時間経過のスケールに戸惑ってしまう。
 後ほどには、街道と日本海に挟まれて建つ良寛堂にも足を運んでいる。良寛の生家跡に建てられたこの小さなお堂は浮御堂と云って、まるで日本海に浮かんで見えるように作られているそうだ。お堂四隅の釘隠しの衣装が楓の葉のようで可愛らしかった。堂内には良寛の遺品である石地蔵をはめ込んだ多宝塔が置かれてあった。お堂の裏手には、良寛さんの銅像がいる。静かに座して、彼方の日本海や佐渡島を細めた眼でじっと見つめている様はなかなかに味わい深い。
 時系列は前後するが、光照寺から一旦街道に下りてからは、断崖上の良寛記念館を目指した。目指したのは確かに記念館なのだが、我々の目星は同敷地内にある良寛と夕日の丘公園にあった。
 記念館の展示に興味はなかったので館内に入る気はなかったが、庭園内は散策可ということだったので、少しだけ歩いてみる。良寛が住んでいた質素な庵の複製や世界一の大きさとも云われる硅化木などもある、それなりの庭園は造られているが、あまり手入れは行き届いてはいないように見える。
 やはり館内には入らずに、記念館脇から公園への階段を上っていく。この公園は新潟の景勝地百選の第一位に選ばれている。町でも最も見晴らしの良いこの場所からは、真正面に天の川がよこたふ荒海の佐渡、右手に弥彦山、眼下には日本最長の妻入りの町並みと良寛堂が一望にできる。当地を代表する景色を一目に収めることができるのである。
 私が特に気にかけていた妻入りの家並みは、高地から見下ろすことで、その様子がよく分かる。妻入りとは細長い長方形をした建物の短い辺を玄関とした形式のことで、このような家々が軒に軒を重ねて、海岸線に沿っておよそ三・六キロの町並みを形成しているのである。家屋がこのような形になっているのは、間口の広さによって税金が掛けられていた往時の名残りである。旧街道を走った時にすれ違う家々の中には、見るからに年代モノと見受けられるのも多く残っている。昔ながらの面影がいまも息づいている町の姿はそれだけで魅力的なのである。

  1. 2015/12/03(木) 19:00:00|
  2. 旅行記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<2015.11.27 平沢進のINTERACTIVE LIVE SHOW「WORLD CELL 2015」1日目ライブレポ | ホーム | 弥彦線莫迦列車 三 二礼三拍手一礼>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://shibakeneet.blog.fc2.com/tb.php/607-a3865430
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

筆者紹介

シバケン-いかれたNeet-

Author:シバケン-いかれたNeet-
Sex:\(`・ω・´)
Work:堕医学生
Base:新潟死期終焉都市

趣味はお散歩、特技は悪だくみ

筆者結語

日常系赤面ブログ「野良犬の生活」を応援していただきありがとうございました

「野良犬の生活」の物語

 はじめましての皆さんへ

長い間ありがとうございました

レポート検索

最新レポート一覧

アーカイブ

2016 04 【1】
2016 03 【4】
2016 02 【4】
2016 01 【5】
2015 12 【12】
2015 11 【10】
2015 10 【14】
2015 09 【8】
2015 08 【15】
2015 07 【14】
2015 06 【11】
2015 05 【17】
2015 04 【12】
2015 03 【12】
2015 02 【9】
2015 01 【9】
2014 12 【8】
2014 11 【13】
2014 10 【22】
2014 09 【18】
2014 08 【2】
2014 07 【14】
2014 06 【13】
2014 05 【13】
2014 04 【22】
2014 03 【17】
2014 02 【28】
2014 01 【29】
2013 12 【28】
2013 11 【28】
2013 10 【29】
2013 09 【22】
2013 08 【20】
2013 07 【30】
2013 06 【18】
2013 05 【15】
2013 04 【19】
2013 03 【3】
2013 02 【6】

カテゴリ

コメント

トラックバック

メッセージ

質問・要望どんとこいです!

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。