野良犬の生活

部活もバイトもやっていない堕医学生の暮らしを記憶するレポート

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趣味の話し

 「趣味はなんですか?」と聞かれても困る。この質問には、うまく答えられない。初対面の人から聞かれた時は尚更そうなってしまう。もしかすると知人に聞かれてもそうなってしまうかもしれないが、とにかく「趣味」という言葉を出されたらもう駄目なのだ。
 「趣味」ではなく「好きなもの」だったらいい。一々列挙はしないが、自分は人並み以上に好きなものを有っている。そういう好きなものの話だったらいくらでもできる。それこそ気兼ねなく、少しも頑張ることなく、素直に楽しく話せるだろう。「好きなものはなんですか?」という質問だったら、いくらでも返してあげれるのに、といつも思う。
 「趣味」と「好きなもの」を考えると、どちらもその人の嗜好を表すような言葉であり、意味の方向性はよく似ている。だが、同じような意味を有っていても、これらの言葉が相手に与える印象はだいぶ違ってくる。

 どんな人にでも「好きなもの」はある。おそらく、一個ぽっきりではなく、たくさん有っている人の方が多いはずだ。そして、その「好きなもの」の中でも選りすぐりの一、二個にだけ[趣味]というラベルが貼られて、ここで晴れて、その人の「趣味」が出来上がるのだと、私は想像している。だが、たくさんの「好きなもの」から選ばれた、数に限りある「趣味」ということになると、二つの言葉の意味の方向性は似ていても、ここで意味の“強さ”に大きな差が出来てしまっているように思える。「好きなもの」よりも「趣味」という言葉の方が、その人の嗜好の、“個性”としての一面をより強く発してしまっているのである。
 そのためか、今では「趣味」という情報は、その人を表すうえで、例えば「出身地」や「誕生日」などという基本的な情報と同じくらい高い位置に置かれているように見えるし、「この人は・・・ああ、たしかダーツが好きな人だ」という認識の仕方をすることもあったりするので、最早、趣味は個性の一要素だというより、「趣味=個性」と云った方が腑に落ちるようになっているのかもしれない。
 「趣味」というのは便利なものだと思う。初めて会う人と話をする時、相手のことをよく知らないために、まずは色々と探っていくことになるはずだが、ここで早いうちに趣味を聞いてみて、それを軸に会話を進めていくと、まるで話が弾んでいるかのように振る舞え、気不味い思いをすることがないからだ。無意識に「趣味=個性」だと意識しているためか、相手の趣味を知ると、なぜかその人のすべてを掴んだような気になるのである。何を考えているか分からない人とは話しづらい。だが、「趣味」という簡単なキャラ付けをすることで、初対面の人とも話しやすくなるのである。

 しかし、「趣味=個性」という認識がされている、そのことに気づいて程なく、私は、かえって「趣味」の話は簡単にはできないなと思うようになった。相手が、自分の「趣味」から掴んだ自分の“個性”は、思ったよりも長いこと付きまとうということも知ったからである。
 私はアニメや漫画などの、いわゆるオタク・カルチャーを好む。今の学校に入学したての頃、自ら公言したわけでもなく、ひょんなことからこのことが周囲に知られてしまい、それから私はオタクキャラとして大学生活を過ごすことになった。最初の頃は私も面白がってしばらくはそのキャラ付けに沿っていたが、あれから五年の月日が経った今でも、未だに私をオタクキャラとして“のみ”扱う人が予想を遥かに超えて多くいることに、驚きを覚えた。
 確かに今も私はアニメを観たり漫画を読んだりするのは好きだ。それは決して間違ってはいないが、これは私が有つたくさんの好きなものの中の一つでしかない。他にも好きなものは無数にあるし、アニメ・漫画関連は、あくまで私の数ある引き出しの内の一つなのである。あれから現在までの長い間、私は様々な機会で他の引き出しを開けてきたつもりでいたが、それなのに、未だに自分が最初に開けた引き出しだけが、私の個性(キャラクタ)として認識されているというのは、実に驚くべきことである。流石にうんざりもしてきている。
 「趣味」から得る相手の個性は、その人の性格や生い立ちなどは無視した簡易的な個性である。だが、簡易的であるにも関わらず、それが相手のすべてであると思いこんでしまうためか、その個性はそれから長い間、更新されることがないのではないだろうか。それはつまり、「趣味は○○です」と云ってしまったら、それからしばらくは、その○○のキャラクタで生きなければならないということになる。それは、一種の呪いのようなものである。私が、初対面の人に「趣味はなんですか?」と聞かれたら困ってしまうのは、そのせいだと考えている。その返答一つで、それからの自分のキャラが定まってしまうのであるから。

 そもそも私には趣味らしい趣味がない。先述の通り、好きなものはある。それはもうたくさんある。だが、その中から一つ、二つと選んで「趣味」として決めることができないでいるのだ。好きなものはどれも平等に愛しているので、それ一つだけで自分自身を表せるような、これぞというものはない。
 「しかし、お前はこうして文章を書いているではないか。これは趣味だと云えないのか」という声がどこかで聴こえる。しかし、初対面の人に「趣味で文章書いています」と云ったら、先方はそれからどう続けていいか分からなくなってしまうだろうから、このことはあまり云わないようにしているのだ。
 最早、趣味や嗜好は心に一つと決めなくてはならないという流れに疑問を覚える。私のように雑多なものを相互の関連なく愛することも、立派な嗜好であり、何にも変えがたい個性とは云えないのだろうか。

  1. 2015/12/16(水) 19:00:00|
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筆者紹介

シバケン-いかれたNeet-

Author:シバケン-いかれたNeet-
Sex:\(`・ω・´)
Work:堕医学生
Base:新潟死期終焉都市

趣味はお散歩、特技は悪だくみ

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