野良犬の生活

部活もバイトもやっていない堕医学生の暮らしを記憶するレポート

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上越線莫迦列車 三 水上温泉入湯記(水上廃墟案内)

 水上温泉には―子供の頃の話だが、一度だけ来たことがある。小学時代の、両親、姉、祖父母との家族旅行の話で、たしか二泊はくらいしただろうと思う。祖父母も連れだって旅行をするのは珍しいことだったが、すなわち戦時中に祖父が疎開していた寺を訪れるというのを主目的に出来上がった旅程なのである。今思えばこそ、祖父にとっては実に尊重すべき旅行なのであるが、当時小学生のお坊ちゃんだった私にはその意味の大きさも解らず、楽しみだった水族館に行けないで駄々をこねるという始末であった。それも同一の自分自身のエピソードとはいえ、そこまで過去の自分など最早別人、そしてあまりにも幼い。駄々をこねる稚さを思い出し赤面しないこともないが、自分にも年相応な可愛げもあったことに何かと胸を撫で下ろしもするのだが、そんな一個の思い出自体よりも、その旅行が自分の感性的成長に大きな影を落としているということに、今ではより一層の思いを寄せるべきである。
 して、この度、級友たるH君と上越線の土合駅を訪ねることになったわけだが、そこから駅路で二つという所に件の水上がある。私にとっては、上述の挿話から、名前を耳にするだけで当座の楽しげな思い出も甦る縁の地で、今後またとない機会の予感も兆して、時間割を組む時点で希わくは是非とも水上訪問を申し出たという顛末があったことを、まず記す。
 土合からのバスで湯檜曽を経て後、終点水上駅の停車場へと降り立った。列車よりも、バスの運賃が余計に掛かってしまうのは大いなる癪。そもそも鉄道旅行というのに、バスに乗っていることからして本末転倒の類なのだが、列車の本数が少ないという動かざる事情の前では、バスという選択にも一定の道理はある。
 水上旅行の記憶は複数の断片に分けて有っていた。しかし、あまりにも細かく分割してしまったため、今までにその断片の大半を失くしてしまっている。だから、かつてのことはよく憶えていないのだが、初回は自動車で訪ねていることもあり、少なくとも、水上駅をこの眼に映すのは初めてということは分かった。いつかのうちに改修されているようで、事実新しいが、微妙に大きな地方の駅と似通った改装がされ、ごくごく平凡で無個性な姿形をしているのが却って印象的にさえなる。無個性の個性。無意識の意識。
 駅の正面に細い車道が一筋真っ直ぐし、それを挟んで食堂土産屋の立ち並んでいるのが水上駅前の風景。一路に沿って細身やチビデブの建々物々が狭っこく軒を連ねる内に、何となく一昔の映画セットのような不自然さを見つけ、どことなくハリボテの観をも感じる。
 腹が減った。先に坂を走り下りた肉体的な疲れに諸々の気疲れも加わって、改めて胃臓の実在を思い知るほどに、さっきから空腹が身に沁みている。筋肉を使った後だとしたら、やはり動物的な蛋白質を摂りたくなるというのが、二人の共通の認識だったが、H君の顔に店を決める気配のなく、かつ何を思ってかH君が「あまり迷ってる時間はないぞ」という言葉にも追い込まれてなお考え及ばず、のぼりの文字にも誘われ、いよいよ適当なそば屋ののれんをくぐってしまった。こんにちは。ええと。二階、空いてますか。はい。お二階へどうぞ。
 そして、「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」とは、更年をとうに果たした女性店員のお迎えだが、いずれの座敷にも座椅子や座布団の用意なく、凡そ私が想定していたもてなしと違っている。結局は隅に積まれた座椅子座布団を自ら設置してみる。雨に濡れた長ズボンの裾が肌に張りついて寒い。暖房をつけてくれればいい。
 そば自体にそれほど期待はせず、こだわりなく山菜そばの温かいものを頼む。H君が何を注文したかは忘れた。互いに、事あるごとにスマートホンに手垢を擦りつける習性はなく、注文を済ませてからもお品書きを眺めている。メニュウに(どれもうどんに変更できます)と書いてあるのを見て、例えば、山菜そばを、
「うどんそば」
などと肝腎な単語を変更しないで、そうじゃない単語ばかり変更して遊んでいる。一品料理の項に移れば、
「それじゃあ、鯉のうどん」
とくるし、飲み物に至っては、
「うどん酒」
「ノンうどんビール」
「いや、そもそもビールにうどん入ってねえから!」
とひたすら揚げ足を取り続けて、勝手に面白がっている。やはり疲れが祟っているようで、いつまでも笑いが込み上げてくるが、他の客もいる手前、あまり大きな声を出すのはこらえて、背を丸めて顎を噛み、口唇の隙間から息を漏らすように笑って、却って厭らしい感じだ。
 そばは思った通り。
 そばを食べてだいぶよくなったが、基本、雨に濡れ、汗も乾いた身体は冷える。そして、ここは温泉地。ならば一ッ風呂浴びなければ全くお話にならない。駅構内ではなくて、通り沿いにひっそりとしている観光案内に教えを乞いて、日帰り入浴を取り扱う旅館を一、二、三軒と数える。
 空中に漂っていた霧状の雨は、落下して地を潤すくらいに大きく強き粒となっており、傘を差さないと流石に煩い。温泉街方向へ歩いていくが、目星の一軒目が思っていたよりも小さく古かったので無かったことにした。道すがらに望む利根川の流れは厳しくてどこか男川の風情さえある。道から川の沿いの沿いまで下りて行ける歩道を見つけ、復りに歩いてみようというのがH君の云い分である。そこから彼岸まで掛かる吊り橋があり、なかなかの趣と思っていたらすでに崩れかけており、足場の板もほとんど落ち、どうにも格好のつかない姿になっていたのが、哀しく、またやはり可笑しくもあり、二人でせせら笑う。
 利根川の上を大きな橋で渡る時、いよいよ水上の温泉街に出合うが、ホテルその他の建物すべてが時代を隔てる古さで、漏れなく下へ下へと垂れている薄汚れがこびり付いている。ここで何を思ったかを言葉にして伝えるのは決して容易ではない。寂寥。敗北。堕落。絶望。死。後ろ向きの暗い言葉ばかりが浮かんでくるわけで、茶化すこともうまくできない。H君も「やばい」などと言葉ばかりは現代ドキの口だが、わずかに狼狽えの色が混じっている。私も一応、答えはするが、ひとりぼっちで対面していたら、確実に閉口して、愕然と立ち尽くしていたことだろう。
 ロゴからして昭和の産、今もやっているんだか潰れているんだか判らない某ホテルの名前に少し憶えがあった。母親の口から、この名を耳にしたことがあるような、ないような。次いで、それと対するような立地にある、橋の袂のホテルに注視を運ぶ。一目で分かる、廃ホテル。そしてそのホテルの名前が、どうしようもなく胸に引っかかる。こんなホテルなど憶えていない。だが、よく知っているような、一度出合ったことがあるような、奇妙な胸騒ぎが湧いてきだした。おい、おい。頼むからやめてくれよ。
 母親に連絡をしてみる。水上で泊まったホテルって何て云うんだっけ。Sホテル。ビンゴ。
 そういえば、この橋にも見憶えがあって、ここで並んで撮った集合写真があった。欄干からは利根川の厳しい流れを見下ろせる。これを湯原橋と云う。
 廃ホテルに入る機会は、全うに暮らしていれば、一般には皆無である。廃墟には、時々、業者や役所が管理をしているようなところもあるが、この、Sホテル跡には、人の手が加えられているような気配は、少なくとも見た目にはない。玄関に入ると、ウエルカムマットが無造作にめくれ、辺りは塵芥のうすく積り、ゴミや靴ベラ等の備品も散り散りの無残な光景。温泉旅館の(歓迎 ○○様)(歓迎 ××御一行)という黒板だけ綺麗そのままに遺るのも、薄気味悪く、なおさら哀しい。ロビーは見る影なし。壁には大きな穴ぼこ、天井は腐って抜け、隠れていた配線類が垂れるどころか、雨漏り水がドルドルと流れ落ち、それがそこらに積もった土砂を浸すものだから、どことなく汚い。そしてやはり恐くて、さらに奥地に侵入する気持ちにはなれず、足の奴だって前には進もうとしない。かつての帳場は型だけが残り、ホテルとしての一切の面影は消え去った。この廃屋が、私が幼い頃に家族と泊まったホテルだという。いきなり告知されるのは、あまりにも非道いが、子供の自分と、現在の自分がまるで違っていることも、案外これと似たようなものかも知れない。
 しばらく歩く水上の温泉街も、だいぶ悲惨なもので、日曜の恩恵もまともに受けず、観光客の姿はおろか、地域住民の影さえない。凡そ有機的な代謝が行われているようにはとんと見えず、灰色の空の下にあれば、「死の街」の連想をも呼び起こせずにいられない。きっと私も一度は歩いた街路と思うが、そのあたりの記憶がすっぽりと抜けているので、街並みは割合新鮮に映る。
 子供の頃、とは云え、私は平成の時代に生まれ落ちたので、つまりは平成からの話であるが、そこからさらに年号の数が増えた現在に見るその街は、明らかに平成よりも前の時代から停止しているかのよう。美容院のタイル貼りの柱や、昔気質の居酒屋など、それ自体、一種の感興だからこれでいい。だが、この先のことを考えれば、停止どころか、いずれは打ち切りの控えているようで、決して楽しいだけではない。
 角に遊技場の閉じているのがあり、一層哀しい気持ちに堕ちる。というのも、例の旅行で、温泉街に纏わる憶えというのが、遊技場でスマートボールや射的で遊んだというくらいしかなかったために。今、目の前で潰れている店が、記憶の店かは知らんが、遊び場が廃れた景色というのは、縁の有無に関わらず、ただただ哀しいもの。真っ暗な店内に、何かしらの景品だったか、とても大きなテディベアが日に褪せたように座っているのが不気味で、皮膚が毛羽立つような小戦慄を覚える。中途に、温泉郷の地図がプリントされた馬鹿にでかいシートが張られているが、あまりにも縮尺が大きすぎて、まさに今温泉街を歩いている向きには全く参考にならないが、これがどんな意味をもたらしているのかを調べてみれば、やはり地図そのものとしてではなく、そのシートを張っている建物―これが廃墟であり、それを隠そうという姑息的な手段であるようだ。廃屋をどうするかという根本、かつ第一の問題に目を向けず、まさに臭いものには蓋をのやり口でずっと放っておく―シートの絵柄のレトロさから、これはかなりの昔からやられているように思える―行政のセンスには首を傾げるしかない。この街は、本当に生きているのか知ら。
 さっきから寒々としっぱなしなので、いい加減、湯に浸かって帰りたい。観光案内で教わったホテルを見つけて寄ってみれば、
「こんにちは。ええ。日帰り入浴を、利用したいんですけれど」
「申し訳ございません。日帰り入浴は午後二時からになります」
ときたから参った。確かに、旅館、ホテルは午前に清掃を済ませて、午後から日帰り入浴を提供することが多い。しかし、悠長にその時間を待てば、今度は戻りの列車に乗り遅れる。
 こういう時間関係も、観光案内所で説明をするべきであろう。事前の詳細な説明とは、まるで医療者にのみ求められている案件のように錯覚していたが、本来は、どんな職業人にも普及しなくてはいけない自覚であろう。行政の人間は特にそうである。
私たちが口々に、参った、参ったと云うのを見かねてか、ホテルの人が、ここから近くにある温泉施設を紹介してくれた。そこならどんな時間でもやっているだろうと。この温泉施設のことは、案内所では少しも聞かされなかった。
 とはいえ、せっかくの機会に、ただの温泉施設で済ませるのもどこか癪で、道すがらで見つけた、(日帰り入浴)の看板を立てたホテル―これも案内所では触れられなかった―から訪ねてみると、やはりここも午後二時からの開始。これでもう切れるカードも残っておらず、その温泉施設に足を運ぶ。ここまでの展開で温泉街を何度も行ったり来たりしている。というのに、途中にある、面白い名前の喫茶店は何度見ても笑い合うのは、やはり疲れているからか。
 温泉施設ということから、やはり規模は小さくて、もはや単なる銭湯などと見まがうほど。真に温泉?などと云う割に、使用料は中々結構なもので、タオルの分も別に回収する。学生の常套、別々に会計を申し出、それはいいことになったが、まず私が料金を納めると、受付のお母さんは、立て続けにH君にも催促をしだした。別段、断る謂れもないため、H君は素直に金子を渡すのだが、お母さんは何を思ったか、或いは何も思っていなかったのか、私が渡した分とH君の分を躊躇なしに一緒くたにして、それで「一緒になって、分かんなくなっちゃった」などと笑っている。全く、とんでもない手品を見せられた。後ろに控えていた老年の女性が解決しようとしゃしゃり出てきたが、あなたはいくら出したんですか、となぜか尋問をするようにこちらに問う。ぶん殴ってやろうと思った。
 浴場は小さいなんてもんじゃない。真に温泉?思っていたのとは、だいぶ格好が違ってくるが、しかし、雨、霧、街並み、人に冷たくなった身体に、風呂は等しく沁みる。髪を濡らさないように、気をつけて湯に浸かる。時々、お湯が注ぎ込まれなくなるこそ、訝しき。列車のことも気がかりで、それほど長湯はせずに上がる。脱衣所で、旅行者らしき男性と話をしたが、谷川岳が云々新潟が云々という取りとめのないやり取りだったので、憶えなかった。
 血の気の失せた温泉街を、駅に歩く。私が楽しい思い出として、ずっと大切に追いかけていた水上は、この程度のものだったのか。寂しいような、儚いような色々の感傷が頭の中を入り混じって回ってうまく考えがまとまらない。それもそうだなと、一つ息をついても、依然ショックは止まず、持参の傘を駅に置いて忘れるところであった。十三時四十二分、上越線長岡行の列車が滑りだした。
 接続の不便から、長岡で待たなくてはいけない。H君は肉を食べたいと云いだし、そういえば私もそうだったので、駅ビルのフライドチキンのチェーン店にて栄養を補給するのである。私はファストフードを自分では買わないので、帰省の折に家族が買ってきたのを食べさせられるのを抜きにすると、この店頭で買い食いするのは、最早数年ぶりの出来事。大したこだわりもないので、一般的なチキンのセットを求める。H君は、気になっていたらしい限定のハンバーガーを食べていたが、何だか渋い顔をしている。この店のフライドチキンは油っこく、いつもは箸で食べるところを、出先なので手で食べるしかない。付随の紙ナプキンを二枚重ねて揚げ鳥を掴むが、これでも油が染んできて思わず閉口。紙を次々と重ねて、遂に全枚を駆使しても変わらず油は染み込んでくる。これほど不潔な食べ物はない。滲んだ油脂に指先が煌々と照っている、その光の汚さよ。
(完)

  1. 2015/12/22(火) 20:00:00|
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筆者紹介

シバケン-いかれたNeet-

Author:シバケン-いかれたNeet-
Sex:\(`・ω・´)
Work:堕医学生
Base:新潟死期終焉都市

趣味はお散歩、特技は悪だくみ

筆者結語

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