野良犬の生活

部活もバイトもやっていない堕医学生の暮らしを記憶するレポート

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

上越線莫迦列車

  一 始発列車
 H君とはいまの学校のクラスメイトである。
 イニシアルがSで出席番号も遠い私がどうやって彼と知り合ったのかは今更憶えていないが、連れだってトレーニングをしたりして、今では級友の中でもとりわけ気安いひとりになった。
 H君は一度どこかの大学を出てからこちらに入ってきたので、いくつか多く年を食っていることもあり、よくそんなことまでと、思わず感心してしまうくらいに物を知っているのだが、その引き出しのひとつに鉄道というものがあった。
 私は鉄道に乗るのが好きである。処で、ここに「鉄道」という共通項が生まれて、自然とそういう方面の会話をすることもあるのだが、私は鉄道に乗りこそすれ、その他詳細な知識は全くといいほどに有っていないため、H君の重箱隅クラスの話には付いていけず、彼の講釈を私が「ふうん、ふうん」と聞いているのがほとんどである。ちなみに私は鉄道に乗れればそれでよく、知識を仕入れること自体にはそれほどの関心がないため、彼の話はそれほど真面目には聞いてはいない。すなわち、「ふうん、ふうん」と聞いているのである。彼と鉄道旅行をすることもあって、春のしまかぜ乗車記や伊勢志摩旅行記に登場するクラスメイトこそ、このH君であった。
 彼に誘われるかたちで、今秋に私は北越急行のイベント列車超低速スノータートルに乗ることになった。この催事では、北越急行が持ち得るあらゆるサービスが総動員されており、それはもう楽しいものであった。ところで、私が鉄道旅行記を書く時はできるかぎりこの文体でというふうに決めている。しかしどういうわけかこの日のことは常時の調子では書けずに、最早ただのイベントレポに成ってしまいそうだったので、今回はいっそ書かないことにしたのだが、いざ書かないとなると、以下の本題で所々分かりづらくなるところが出てくるかもしれないので、冒頭の内にH君の素性も含めて、予め記しておいた。
 さて、スノータートルに乗る際に、乗車券代わりに私たちが求めた切符はえちごツーデーパスなるものであった。この割引の切符は、その名の通りに連続する二日に亘る効力を有している。その一日目をスノータートル乗車に充てて、それで十二分に経費の元は取れている。だから無理に二日続けて乗る必要もないのだが、やはりこの一枚で相当広い区間を走れるというのが、実に魅力的で忘れることができなかった。
 この切符一枚さえあれば上越線は越後中里にまで行けるのだ。そこからわずか二駅のところには、あの土合駅がある。私は土合に降りたことはないし、それはH君もそうだった筈である。これは利用しない手はないと、H君と北越急行の旅中にあれこれと話して、果たして翌二日目に我々の土合行きが決まることとなった。そのついでに、私の希望で水上にも立ち寄らせてもらう。
 いちばん早い時刻に土合に到著する計画を取ると、新潟駅からの始発列車に乗らなくてはならない。その時間帯にはまだバスなどは走ってないし、周辺には気軽な駐輪場もないためにチャリで行くこともし難いので、自宅から駅まで一時間ほど徒歩で向かうことになる。この移動の他に色々な準備もあるので、始発に乗るためには、遅くとも発車時刻の一時間半前には布団から抜けている必要があるのが見えた。
 だが、この前夜、これつまりスノータートルに乗った日の夜のお話だが、私には別の案件で級友たちとの集まりがあった。この会合は毎回、テッペンを割ってからのお開きが恒例で、然るに帰宅をするのも日を跨いでからになる。いつもはそれでもいいのだが、しかし今回ばかりは条件が異なっていて、始発に間に合うために、日頃よりもはるかに早い時刻に起きないといけない。いつも十分な睡眠を取りたい私には事である。睡眠時間が、明らかに短くなってしまうのであるからして。しかしながら、少しでも寝る時間を長くしたいがため、その寄合は私だけ途中で抜けさせてもらって早めに帰宅できたが、それから入浴なり準備なりはしないといけないので、すぐに寝れるわけではない。それらの諸事を一つずつ済ませて、遂ぞ床には付けたのだが、そのわずか二時間後に私は再び目覚めるのだった。魂の二時間睡眠。ついでにいえば前日もスノータートル乗車のために、始発に近い列車に乗るべくかなりの早起きをしている。鉄道旅行者の朝は早いとはいえ、二日連続でこの起床時間は流石に堪える。
 午前五時十七分、新潟発の上り始発列車には、それなりの乗客数があった。前の日にH君は「かなり混む」などと私を脅したが、それほどではない。日曜日だが学生の姿がちらほらと見えるのは、おそらく部活動の朝練習のためだろう。中高の頃の私は部活動に熱心であったが、朝練の経験だけはない。だからあくまでイメージのみで話をするが、朝練というものはどうも、あまり効果的な練習法とは思っていない。
 長岡で乗り換える上越線車内でいよいよH君と落ち合った。H君は鈍行の始発には乗らないで、新幹線でここまできた。新幹線を使う案を採ると、ほんのわずかに長めの睡眠を取ることができるのだが、せっかく有効な切符があるのに余計な運賃がかかるのがかなり癪で、私は鈍行に乗ることを頑なに決め込んでいたのだった。そもそもの貧乏症に加えて、卒業旅行経費の懸案から、近頃はさらに余分な出費を抑えるように努めているのである。今回、起床時間を無理くり早めて、新幹線に乗ることを控えたのは、これはすなわち自分の時間を売るということである。
 六時三十三分、上越線の越後湯沢行が滑り出した。ここからの沿線はそれなりにのどかな風景が見られるのだが、曇と怪しげな天象の下、そもそも昨日に同じ経路を通っていることもあって、この日は両者ともにそれなりに冷静な眼差しで車窓を見ている。早朝となると、車窓を通して見る寂れた住宅路に、犬の散歩に連れ立つ人の姿のあるのがいくらか嬉しい。老人と老犬の組だとなおさら胸が締まる。H君は、訳もなく、単語の末尾に「マン」を付けて呼ぶ、気の違った習慣があるが、彼にかかれば件の光景を「犬マン!犬マン!」というばかりで済む。エクスプロイダー現象で、私もそういう時があるが、幼稚なはしゃぎ方をするのに、些かばかりの情けなさを感じないこともないが、はしゃげるものが目の前にあるのに、はしゃがないということをすると、途端に何にもはしゃぐことのできない人間インスタレーションになってしまう。これこそ救いようのない情けなさであろう。
「白菜食べなきゃなあ」
きっと、集落の一画、小さな田畑に生る白菜の束を窓外に見とめての言であろう。
「病院でたまに野菜売ってるじゃん。それで買った白菜が一玉あるんだよなあ」
「え。一玉って、一分の一?」
「一分の一って何だよ」
「いや、ほら。白菜って二分の一とか四分の一で売ってるじゃん」
「まあ、一個」
「そろそろ季節、順当にいけば鍋とかだけど、そもそも白菜って料理のメインにはならないよな」
「ああ。そういやさ、その病院で、たぶん近所の人だと思うけど、白菜六個買って、両手に袋でこう持ってった人がいた。」
「六?それはまた、買い過ぎだろ。どうやって食いきるの」
「さあ」
「実は相撲部屋の人なんじゃないの?ちゃんこに使って」
「いやいや」
「もしくはおすそ分けとかするんじゃないか」
「お。葱。うわ、デカいなあ」
「さっきから大根干してる家も結構あるな」
「大根・・・。ワタシ、大根食えないんですよねぇ」
「え、嘘。じゃあ、おでんとか、ブリ大根とかも。損してないか、それは」
「いや、なんか食感が」
「切干大根とかも食えないじゃん」
「切干大根なんて屁の匂いじゃん。あれは屁だよ」
「おいしいのに。似てるので云ったら、カブとかは」
「カブ!あれ、人が食うもんじゃねえだろ」
「マジで。ポトフとかうまいのに」
「口に入れた瞬間の、あの何とも云えない食感は無理」
「しかし大根って、弁当とかにもよく入ってるし、ほら、ああいう旅館でも三食、朝昼晩確実に出るぞ」
「そしたら他のに変えてもらうわ」
「予め備考欄で伝えろ」
「うん」
「大根の漬物が出たら。すいません、私大根食べられないので他の物に替えてください。それは申し訳ありませんでした。その替わりに、カブの浅漬けです」
「やめてくれ!」
 欧州メルヘン風の趣向を張る、ただただ眼に煩い上越国際スキー場のヒュッテとすれ違って一、二、三と過ぎれば越後湯沢に到著した。あまり時間もないので、土合への切符を求めて、御不浄に寄ったりすればすぐに乗り換え。八時十三分、上越線の水上行である。バブル期に完成したような典型的スキーリゾートの某ホテルを見て「お。あれは“ブラックNEXT21”だ。タイガーマスクで云うところのブラックタイガーのような、NEXT21の永遠のライバル」などという、思い返すと全く意味の分からない“ほら”を吹けるくらいには頭が冴えてくる。リゾート地帯を抜けて野趣溢れる山間部に入り、付近に集落等もなく一体何の用途があるのか分からない土樽駅を過ぎて、長いトンネルを抜けると、次なる停車駅は我々の目的である土合である。土合駅は日本一のトンネル駅として名高い。目当ての下り線とは異なり、上り線のプラットホームは頭上に空が広がっている。雨に降られるのは覚悟のこと、とはいえ、案外と粒が大きくなってきたので、たまらず傘を開いた。だが、晴れていればそれに越したことはないが、この冷やかな天候や山肌に低迷する真っ白い霧霞などで、本邦屈指の秘境駅を訪ねる感慨がさらに深いものになるとなれば、「生憎」などという後ろ向きな言葉を冠する必要もない。構内へ、いざ。


  二 土合駅(行きはよいよい帰りはこわい)
 土合駅のことは、たしか何かの雑誌を読んで知った。「日本一のモグラ駅」というキャッチコピーを添えて、例の四百六十四段の長階段の写真が載っていたのが衝撃的だった。ちょうど私も旅行に味を占め始めた頃だったし、賑々しい観光スポットよりも、寂しげな土地に惹かれる嗜好にもはまり、その時から土合は、行きたい場所のリストに加えられたのだった。
 その土合駅構内、幅広の通路をまさに今歩いている。ここを歩くのは私たちだけで、いやに静か。窓枠や左右の壁に蜘蛛の巣が張り、そこかしこに羽虫の死骸やら、黒染みのような汚れが眼に入るところは、無人駅らしい光景か。しかし、山中の無人駅というイメージから辺鄙な姿を勝手に想像していたところで、その実、意想外に駅舎は大きい。広々煌々とした待合には長椅子も用意され、自販も置かれていたりと、予想よりも設備は整っている。
 土合は谷川岳登山への玄関口でもある。下り線のトンネル歩廊が目的だが、それだけでは手持無沙汰と、まずは谷川岳を上るロープウェイに向かってみる。次の水上方面の列車は十二時三十分発。まだ、それなりに時間は余っていると思っていた。
 外に出れば、砂利が敷かれただけの広場が広がり、その向こうに野山が峨々と並ぶ荒涼な風景が網膜に映る。今なお立ち込める濃霧の煙たさがその野趣をさらに演出していてなんと寒々しいことだろうか。集落はなく、駅以外の人工物といったら、片隅に潰れた廃屋と左手の彼処に大きなドライブインが見えるばかりである。出入のガラス扉の頭上に眼をやれば、「ようこそ日本一のモグラえき土合へ」と書かれた木製の板が掛けられている。その企画自体は別にいいが、この形の板を採用したのかが分からず、何ともしっくりこない。何かを表しているのかもしれないが、当地のキーワードであるモグラには全く似ていないが、どこか抹香鯨のようでもあり、中央部だけ窪んでいるところは職業病から潰瘍限局型の胃癌のようにも見える。H君が貼り紙を指す。
「おっ。かきげんきん」
「は?」
「ほらほら。『かきげんきん』」
「ん?あ。『火器厳禁』」
「『火器厳禁』」
「ということはつまり、ライターはもちろんダメだし、チャッカマンとかもダメだし、石もダメってことになるな」
「ん」
「やっぱり無人駅だし、山火事も恐いだろうし」
「いやあ、また秀逸な誤字見つけちゃったよ」
「いやいや。だからって別に写真撮る必要ないだろ」
「撮りたくなっちゃうんですよ。見つけたら撮る」
「ふうん」
「こないだも図書館に『四肢』を『四股』って書いてんのがあって」
「はっはっ。それはひどい。そういえば、誤字とは違うかもだが、とまれっていうのもややこしいよな。『止まれ』と『止れ』で」
「え。それそんなにある?」
「田舎だとよく見るんだよ。あとはたしかめるとか。『確かめる』と『確める』」
「ああ」
「これ、『たし・かめる』が正式でいいんだよな」
「そうじゃないと『何々なことはたしかである』とか云う時に、『確』って一文字で書くことになって、何か変だよな」
振り返ってみれば、巨大な三角屋根を基調とした土合の駅舎が聳えている。周囲の静けさと山々に漂う真白な霧のおかげで、屈指の秘境駅としての貫禄をこれでもかと云わんばかりに発している。
 雨がしとしと降っているが、それもまた辺境の趣を深める。ロープウェイを目指して山道を歩いていくのだが、道すがらの景色が眼に留まり、立ち止まっては逐一感嘆してしまうので、そう簡単には進まない。
「いやあ。いいですね」
「いいね」
「いい」
「うん。やばいね」
「やばっ!」
「ん」
「某が」
「某が何?」
「あいつボキャブラリー少ないから、いっつも、やばっ、とかしか云わない」
「あはは、そうかも」
「いいね、とか」
「あぁあぁ。あ、それいい、とか」
「そう。で、前、あいつがどっかの店で何か食った感想聞いたんだけど」
「うん」
「『やばっ!ってなって、うまっ!ってなった』って」
「あははははは!」
「いや、オレ、え!?って思って。こんなに何が云いたいのかちっとも分からないのはなかったな」
「超ウケる。『やばっ!ってなって、うまっ!ってなった』って。しかも何?食べるモーション付きで?」
「いやあ、訳分かんなかったよなあ。何が云いたいのかちっとも伝わってこない」
「『やばっ!ってなって、うまっ!ってなった』ってことは、やばいとかうまいってのは、“なる”ものなんだな」
「でも厄介なのが、あいつ、結構プライド高いからイジらせてくんないんだよな」
「へえ、それはまた。いやあ、しかし『やばっ!』『うまっ!』か。超面白ェな。使える」
辺りの紅葉を見ては「やばっ!」「うまっ!」、他に異色の風景あれば「やばっ!」「うまっ!」とばかり云ってはしゃいでいる。さらには渓流の音を聞いては「かわっ!」、全方位を囲む山を改めて見ては「やまっ!」と云うようになって、ここまで来ると、いよいよ抑えが利かなくなってくる。
 ロープウェイまでは歩いて十五から二十分という触れ込みであったが、歩いても歩いてもその乗り場に着く気配がない。私たちが一々立ち止まって「やばっ!」「うまっ!」などと興じていることも大きな要因だろうが、それにしてもやけに道程が遠く感じてしまう。ふと見上げてみると、並び連なる小山の上に、明らかに場違いな大きな建物が眼に入る。どう見てもそれはロープウェイの駅なのだが、山の上にあるし、駅から脇目も振らずに歩いても、二十分以内に到著できるような立地ではない。しかし、いくら文句を云っても事は運ばない。経路にも傾きが出てきて、大カーブを覆うスノーシェルターに潜れば、いよいよ路は山中の車道然としてくる。到底、人が歩いて通るような路とは思えないが、他にやり方もないのでえいこらと歩いているのである。すれ違う自動車からは奇異に映っていたことだろう。
 山道を登るにつれて霞の濃度も増す。その辺りでロープウェイの施設が見えてきた。無人のゴンドラが、上空のケーブルを一つまた一つと滑っては霧の中へと消えていくのが、中々に薄気味の悪い景色だった。
 谷川岳のふもとの土合口と天神尾根を結んでいるロープウェイは、スキー場のリフトのような循環式で、複数のゴンドラが絶えずグルグル回って登下山をしている。駐車場に観光バスが一、二台停まっていたが、少なくとも土合口の乗り場には私たち以外に観光客の姿はない。然るに、私たちで一つのゴンドラを独占することになり、
「おお。高い」
「そりゃそうでしょ」
「紅葉は」
「もう終わっちゃてる」
「ううん。いやあ、高いなあ。あっ。たかっ!」
「あっ。やばっ!」
「やばっ!ってなって、うまっ!ってなった」
「たかっ!」
「やまっ!お、柱だ。これ結構揺れるんだよな」
「いやでも、車輪が上下に付いてるのはあんまし揺れないんじゃないか」
「おっおっおっおっ」
「おっおっおっおっ」
「揺れるじゃん」
「おかしいなあ」
H君は高所恐怖を有っているので、窓際の座席には座れず、ゴンドラ中央部のベンチに腰かけている。煙とナントカは高い所が好きの例で、私は高い位置から眼下を見下ろすのが好きで、窓に張りついて真下ばかり見ていた。
 霧は相変わらずで、序盤はそれでもうっすらと枯れた山肌も見えたのだが、高度が増していくとどんどん濃度も高くなり、ついに我等がゴンドラは全周囲を白色で包まれている世界へと突入した。眼下の木々はおろか、左右を挟んでいた山々さえも見えなくなった。視界にあるのは、ゴンドラ内の景色と、その外部のすべてを覆う白色だけ。最早、ゴンドラが進んでいるのか止まっているのか、見た目だけでは分からない。H君は恐ろしがっているが、これは私だって多少はこわい。
 頂上に着かない。そりゃ、谷川岳は名山だ。新潟の弥彦山などと比べるまでもなく、正真正銘本物の山である。だからロープウェイの規模だってきっと大きいはずなのだが、そうだから、いつまでたっても頂上に着かない。霧に視界を奪われているせいで、ケーブルの先がどうなっているのかも分からない。眼のやり場に困り、ちらと時計を見てみたりするのだが、そこで怪しからんことに気が付いてしまった。ロープウェイの往路を済ませて、さらに復路にかかる時間、加えて土合駅まで下山する時間を考慮すると、私たちが乗る列車の時間ギリギリになってしまうのである。それはつまり、土合の名物であるトンネル歩廊を少しも眼にすることなく、そこを去らねばいけないということである。私たちの旅の主目的はそこであるはずなのに、一目も叶わないとはなんとも傷ましいことではないか。俄かに不穏な空気が漂い始めた。
 真っ白な霧の中から、天神尾根の駅がボウッと姿を現した。しかし、我々は急いでいたので、駅の外も霧に覆われて何も見えないことを確認してすぐに、下りゴンドラに飛び乗り復路に臨んだ。このうちに、ロープウェイを降りてからのタイムスケジュールを組み直す。件の列車を逃すと、次は三時間後の便となる。こんな辺境でそこまで時間を潰せるわけがなく、その事態はなんとしてでも避けなくてはいけないのだ。
 リフトを降車して急いで施設を後にする。タクシーがあればよかったのだが、そんなものが山奥にあるわけがなく、とどのつまり、これはもう自力で下山するしかない。行きはよいよい帰りはこわい。意思疎通をしたわけでもなく、覚悟を決めたように、私たちは復路を走り始めたのだった。先程、ヤイヤイとはしゃいでのんびりと登ってきた山道を、今度はひたすら駆け下りていく。すれ違う乗用車や上りの路線バスから奇異の眼が注がれているようで、なんだか情けなく、赤面する思いだった。
 この日の私は、足元をレッドウイングのエンジニアかナイキ社のスニーカーかで迷っていたが、スニーカーを選んで本当によかった。重いブーツを履いての坂道ランは地獄であっただろう。それなりの傾斜である路を走っている最中「箱根駅伝の走者とはこういう気持ちかしら」と考えた。しかし彼らはこのような下り坂を、私たちとは桁違いに速いペースで、文字通り駆け下りているのだから、その凄みが体感から理解できる。
 普段、走るという行為をするのはほぼ皆無であるから、これは久しぶりに左脇腹の鈍痛案件かなと思っていたが、ペースがそれほど高くなかったためか、体力は意外と保ち、予想より早いタイムで土合の駅舎が目に入ってきた。だが、ここで儲けた時間で件のトンネルに寄れるということにはならない。ただ、次の列車に少し余裕をもって乗ることができるというだけである。
「案外、早く着いたな。すごい」
「結構走れるもんだな。列車にも間に合いそうだけど、下りホームは見れそうにない」
「でもまあ、バスもあるみたいだから」
「バス。あ、そっか。」
「駅に着いたら、まずバスの時刻を調べてみないと」
「だな。そうだ、バスがあった」
確かに土合から水上温泉までを結ぶバス路線もある。そのバスは列車の発車とずれて走るだろうから、そうなると、俄かに下りのトンネルホームも見れるような気がしてきて、胸のあたりがすっと軽くなった。
 往きに一々注目していた景色には目もくれずに、程なく土合駅に着く。下りの路を走る時は、膝に負担をかけないように気を遣うので、日常的に使わない筋肉を稼働しなければならず、駅に到著しクールダウンに歩く私の脚はバンビのそれであった。気を抜いたら何かが離れてしまいそうである。H君がバスの時間を調べると、次の水上行きバスは十三時十八分の発。ここに、下りホーム見学の猶予を賜ることができた。
 細かな雨粒が落ち、霧が湧く冷ややかな天候だというのに、一気に走り下りてきたからか、身体が火照って湯気が立つ。眼鏡はすっかり曇ってしまった。汗もダラダラと流れていて気持ちが悪い。待合で少し休憩と、実際の気温は低いというのにハイカラーネックコートとシャツを脱ぎ、インナー一枚の恰好になって、H君のポケットティッシュで顔面と上半身の汗を拭いている。そこへ下りホームの方向から、揃いのジャージの中学生らしき小集団がぞろぞろとやってきた。遠足なのかもしれないが、うら若い少年少女に、薄汚い下郎二人が息切りながら汗を拭き拭きしている光景を見せるのは忍びなかった。容易に回復はしないので、しばらく空間を共にしていると、彼らの点呼中に引率の先生や、H君のスマートホンがほぼ同時に鳴りだした。何かの警報かとワクワクしたが、何のことはなく、ただの地域の防災システムの予行演習であった。
 待合から下りのホームに向かい始める。薄暗い監獄のような廊下を抜け、ドーム屋根の長い通路に出る。そこの窓から外の様子を窺うと、駅舎の三角屋根が見えた。位置関係を考えてみると、どうやら私たちはロープウェイの往復時にこの連絡橋の下を潜っているようだった。その時はデカい建物だなあと思って見過ごしていたが、これは土合駅の一部であった。後で再びこの通路を外から観察してみたが、確かにこの通路はそのまま真っ直ぐトンネルの内部へと突入している。土合駅の規模の大きさに改めての一驚を覚える。
 先を見ると、行く手に通路がなくなっている。途切れたわけではない。下り始めているのだ。私たちはいよいよ土合名物、トンネル内の下り線ホームに至る四百六十二段の長階段に直面した。
 絶望的な光景だった。地下世界をくり抜くように伸びるトンネルの内部に、等間隔で並んだ蛍光灯に淡く照らされた階段が、決してその最果てを見せようとせず、私たちを飲み込もうと待ちかまえている。
 一段また一段と下りていく。未だに先程のランニングが堪えているのか、大腿の筋肉が何とか頑張ってこらえているというのが伝わる。下りる方向から見て右手に、ただ小石が敷かれただけの坂が平行に伸びていた。頭上から滴り落ちるのか、それとも自然と湧きあがるのかもしれないが、地下水が滲んで流れて、極小の渓流が形成されている。トンネルの側壁も天井もコンクリート剥き出しで飾りっ気はなくどこまでも無機質。それでも照明の光が当たる辺縁に沿って苔が緑々と生しているのは、生物が何世代も遡った頃から有つしぶとさからか。
 途中に、休憩用の木製ベンチが何個か置かれてある。だが、それらのお世話になることなく、意外とすんなり最下段を踏んだ。そこから見上げる四百六十二段はまた違った絶望感を来す。上と下とでは景色がだいぶ変わってくるようだ。
階段を囲むトンネルと直行するように造られたトンネルには上越線の下りホームがある。照明はあるがどこかぼんやりとしていて、ホームは薄暗く、そして冷んやりとしている。コンクリの天井や壁の至るところに配線ケーブルや銅線が何本も何本も、時には束になりながら規律正しく走っている。一昔前のSF物の秘密基地めいたその景色は、男心をこれでもかとくすぐる。
 驚いたことに、こんな地下深くの歩廊にも御不浄が設備されている。H君はどうやって処理するのかを不思議がっているが無理もない。丁度催していたこともあり、ものは試しと私自ら使用感を検証してみたが、近づくと自動で流れる洗浄水のハケるのが遅く、果たして小便もろとも溢れだしてきたので辟易してしまった。事は途中でやめざるを得なかったので、微妙な感覚が下腹部に遺る。
 トンネルの薄闇にできた駅のホームは、創作の世界にいるかのようだ。ブルーに光る新しい電灯に照らされて、とある区画は青白く映るのがその非現実の味を高める。退避用と思しき線路もあるが、いまは使われていないのかもしれない。特急が走っていた時代の遺物ということになりそうだ。現在、主に使われている線路、その両端には暗闇が待ちうけ、いかなる物の影も見えない。完全なる闇。真っ暗。今やどんなに廃れた田舎にいたとしても、誰もが寝静まった真夜中にもどこかに明かりは灯っていて、本当の暗闇を体験することはできない。しかし、その時の私は、地下に走る線路の果てに、不気味で得体の知れない真っ暗闇を見た。
 行きはよいよい帰りはこわい。階段ということであれば、やはり下りよりも上りの方が辛い。しかも、こちらの脚はバンビ同然ときているから、なおさらに困難となる。一段ずつ、えいこらえいこらと踏みしめていく。ベンチで休むこともせずに、無心で上る。階段には定期的に段数が記されている。それが三百、四百と刻まれて、ついに最上段の四百六十二段を数えた時は、達成感のような感情で胸が満ちる。例の連絡通路を戻って、あとは薄暗い廊下という際に、そこを隔てるガラス戸に「お疲れさまでした。(階段数462段) 改札出口まで後143メートル 階段2ヶ所で24段です。 がんばって下さい。」という言葉がプリントされてある。御丁寧に「がんばって下さい。」と傍点付きで、これは作者の悪意の有無に関わらず、紛れもない煽りの技法である。私たちは思わず笑ってしまったが。
 水上へのバスを迎えに、路傍にひっそり建つ待合小屋に入ると、ゴミばかりが落ちてあるようで、かつては何らかの事務所、いや、そうでなくとも人が寛げる空間があったような痕跡も見えてくる。壁には、おそらく程度の低い登山あるいはスキー客が書き残していった「○○見参!」といった実に粗末な落書きが、数えきれないほどにされている。これらは近頃の若い衆の産だろうとうんざりしながらよくよく観察してみると、「S.62」や「S.58」という年号が添えられていて愕然とした。落書きのコロニーを探すと、出てくる出てくる「S」というアルファベット。結局いつの時代も若者はヤンチャするものと知るこそ、可笑しい。そういうあたりでバスは来る。バンビの脚で乗口に掛る。


  三 水上温泉入湯記(水上廃墟案内)
 水上温泉には―子供の頃の話だが、一度だけ来たことがある。小学時代の、両親、姉、祖父母との家族旅行の話で、たしか二泊はくらいしただろうと思う。祖父母も連れだって旅行をするのは珍しいことだったが、すなわち戦時中に祖父が疎開していた寺を訪れるというのを主目的に出来上がった旅程なのである。今思えばこそ、祖父にとっては実に尊重すべき旅行なのであるが、当時小学生のお坊ちゃんだった私にはその意味の大きさも解らず、楽しみだった水族館に行けないで駄々をこねるという始末であった。それも同一の自分自身のエピソードとはいえ、そこまで過去の自分など最早別人、そしてあまりにも幼い。駄々をこねる稚さを思い出し赤面しないこともないが、自分にも年相応な可愛げもあったことに何かと胸を撫で下ろしもするのだが、そんな一個の思い出自体よりも、その旅行が自分の感性的成長に大きな影を落としているということに、今ではより一層の思いを寄せるべきである。
 して、この度、級友たるH君と上越線の土合駅を訪ねることになったわけだが、そこから駅路で二つという所に件の水上がある。私にとっては、上述の挿話から、名前を耳にするだけで当座の楽しげな思い出も甦る縁の地で、今後またとない機会の予感も兆して、時間割を組む時点で希わくは是非とも水上訪問を申し出たという顛末があったことを、まず記す。
 土合からのバスで湯檜曽を経て後、終点水上駅の停車場へと降り立った。列車よりも、バスの運賃が余計に掛かってしまうのは大いなる癪。そもそも鉄道旅行というのに、バスに乗っていることからして本末転倒の類なのだが、列車の本数が少ないという動かざる事情の前では、バスという選択にも一定の道理はある。
 水上旅行の記憶は複数の断片に分けて有っていた。しかし、あまりにも細かく分割してしまったため、今までにその断片の大半を失くしてしまっている。だから、かつてのことはよく憶えていないのだが、初回は自動車で訪ねていることもあり、少なくとも、水上駅をこの眼に映すのは初めてということは分かった。いつかのうちに改修されているようで、事実新しいが、微妙に大きな地方の駅と似通った改装がされ、ごくごく平凡で無個性な姿形をしているのが却って印象的にさえなる。無個性の個性。無意識の意識。
 駅の正面に細い車道が一筋真っ直ぐし、それを挟んで食堂土産屋の立ち並んでいるのが水上駅前の風景。一路に沿って細身やチビデブの建々物々が狭っこく軒を連ねる内に、何となく一昔の映画セットのような不自然さを見つけ、どことなくハリボテの観をも感じる。
 腹が減った。先に坂を走り下りた肉体的な疲れに諸々の気疲れも加わって、改めて胃臓の実在を思い知るほどに、さっきから空腹が身に沁みている。筋肉を使った後だとしたら、やはり動物的な蛋白質を摂りたくなるというのが、二人の共通の認識だったが、H君の顔に店を決める気配のなく、かつ何を思ってかH君が「あまり迷ってる時間はないぞ」という言葉にも追い込まれてなお考え及ばず、のぼりの文字にも誘われ、いよいよ適当なそば屋ののれんをくぐってしまった。こんにちは。ええと。二階、空いてますか。はい。お二階へどうぞ。
 そして、「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」とは、更年をとうに果たした女性店員のお迎えだが、いずれの座敷にも座椅子や座布団の用意なく、凡そ私が想定していたもてなしと違っている。結局は隅に積まれた座椅子座布団を自ら設置してみる。雨に濡れた長ズボンの裾が肌に張りついて寒い。暖房をつけてくれればいい。
 そば自体にそれほど期待はせず、こだわりなく山菜そばの温かいものを頼む。H君が何を注文したかは忘れた。互いに、事あるごとにスマートホンに手垢を擦りつける習性はなく、注文を済ませてからもお品書きを眺めている。メニュウに(どれもうどんに変更できます)と書いてあるのを見て、例えば、山菜そばを、
「うどんそば」
などと肝腎な単語を変更しないで、そうじゃない単語ばかり変更して遊んでいる。一品料理の項に移れば、
「それじゃあ、鯉のうどん」
とくるし、飲み物に至っては、
「うどん酒」
「ノンうどんビール」
「いや、そもそもビールにうどん入ってねえから!」
とひたすら揚げ足を取り続けて、勝手に面白がっている。やはり疲れが祟っているようで、いつまでも笑いが込み上げてくるが、他の客もいる手前、あまり大きな声を出すのはこらえて、背を丸めて顎を噛み、口唇の隙間から息を漏らすように笑って、却って厭らしい感じだ。
 そばは思った通り。
 そばを食べてだいぶよくなったが、基本、雨に濡れ、汗も乾いた身体は冷える。そして、ここは温泉地。ならば一ッ風呂浴びなければ全くお話にならない。駅構内ではなくて、通り沿いにひっそりとしている観光案内に教えを乞いて、日帰り入浴を取り扱う旅館を一、二、三軒と数える。
 空中に漂っていた霧状の雨は、落下して地を潤すくらいに大きく強き粒となっており、傘を差さないと流石に煩い。温泉街方向へ歩いていくが、目星の一軒目が思っていたよりも小さく古かったので無かったことにした。道すがらに望む利根川の流れは厳しくてどこか男川の風情さえある。道から川の沿いの沿いまで下りて行ける歩道を見つけ、復りに歩いてみようというのがH君の云い分である。そこから彼岸まで掛かる吊り橋があり、なかなかの趣と思っていたらすでに崩れかけており、足場の板もほとんど落ち、どうにも格好のつかない姿になっていたのが、哀しく、またやはり可笑しくもあり、二人でせせら笑う。
 利根川の上を大きな橋で渡る時、いよいよ水上の温泉街に出合うが、ホテルその他の建物すべてが時代を隔てる古さで、漏れなく下へ下へと垂れている薄汚れがこびり付いている。ここで何を思ったかを言葉にして伝えるのは決して容易ではない。寂寥。敗北。堕落。絶望。死。後ろ向きの暗い言葉ばかりが浮かんでくるわけで、茶化すこともうまくできない。H君も「やばい」などと言葉ばかりは現代ドキの口だが、わずかに狼狽えの色が混じっている。私も一応、答えはするが、ひとりぼっちで対面していたら、確実に閉口して、愕然と立ち尽くしていたことだろう。
 ロゴからして昭和の産、今もやっているんだか潰れているんだか判らない某ホテルの名前に少し憶えがあった。母親の口から、この名を耳にしたことがあるような、ないような。次いで、それと対するような立地にある、橋の袂のホテルに注視を運ぶ。一目で分かる、廃ホテル。そしてそのホテルの名前が、どうしようもなく胸に引っかかる。こんなホテルなど憶えていない。だが、よく知っているような、一度出合ったことがあるような、奇妙な胸騒ぎが湧いてきだした。おい、おい。頼むからやめてくれよ。
 母親に連絡をしてみる。水上で泊まったホテルって何て云うんだっけ。Sホテル。ビンゴ。
 そういえば、この橋にも見憶えがあって、ここで並んで撮った集合写真があった。欄干からは利根川の厳しい流れを見下ろせる。これを湯原橋と云う。
 廃ホテルに入る機会は、全うに暮らしていれば、一般には皆無である。廃墟には、時々、業者や役所が管理をしているようなところもあるが、この、Sホテル跡には、人の手が加えられているような気配は、少なくとも見た目にはない。玄関に入ると、ウエルカムマットが無造作にめくれ、辺りは塵芥のうすく積り、ゴミや靴ベラ等の備品も散り散りの無残な光景。温泉旅館の(歓迎 ○○様)(歓迎 ××御一行)という黒板だけ綺麗そのままに遺るのも、薄気味悪く、なおさら哀しい。ロビーは見る影なし。壁には大きな穴ぼこ、天井は腐って抜け、隠れていた配線類が垂れるどころか、雨漏り水がドルドルと流れ落ち、それがそこらに積もった土砂を浸すものだから、どことなく汚い。そしてやはり恐くて、さらに奥地に侵入する気持ちにはなれず、足の奴だって前には進もうとしない。かつての帳場は型だけが残り、ホテルとしての一切の面影は消え去った。この廃屋が、私が幼い頃に家族と泊まったホテルだという。いきなり告知されるのは、あまりにも非道いが、子供の自分と、現在の自分がまるで違っていることも、案外これと似たようなものかも知れない。
 しばらく歩く水上の温泉街も、だいぶ悲惨なもので、日曜の恩恵もまともに受けず、観光客の姿はおろか、地域住民の影さえない。凡そ有機的な代謝が行われているようにはとんと見えず、灰色の空の下にあれば、「死の街」の連想をも呼び起こせずにいられない。きっと私も一度は歩いた街路と思うが、そのあたりの記憶がすっぽりと抜けているので、街並みは割合新鮮に映る。
 子供の頃、とは云え、私は平成の時代に生まれ落ちたので、つまりは平成からの話であるが、そこからさらに年号の数が増えた現在に見るその街は、明らかに平成よりも前の時代から停止しているかのよう。美容院のタイル貼りの柱や、昔気質の居酒屋など、それ自体、一種の感興だからこれでいい。だが、この先のことを考えれば、停止どころか、いずれは打ち切りの控えているようで、決して楽しいだけではない。
 角に遊技場の閉じているのがあり、一層哀しい気持ちに堕ちる。というのも、例の旅行で、温泉街に纏わる憶えというのが、遊技場でスマートボールや射的で遊んだというくらいしかなかったために。今、目の前で潰れている店が、記憶の店かは知らんが、遊び場が廃れた景色というのは、縁の有無に関わらず、ただただ哀しいもの。真っ暗な店内に、何かしらの景品だったか、とても大きなテディベアが日に褪せたように座っているのが不気味で、皮膚が毛羽立つような小戦慄を覚える。中途に、温泉郷の地図がプリントされた馬鹿にでかいシートが張られているが、あまりにも縮尺が大きすぎて、まさに今温泉街を歩いている向きには全く参考にならないが、これがどんな意味をもたらしているのかを調べてみれば、やはり地図そのものとしてではなく、そのシートを張っている建物―これが廃墟であり、それを隠そうという姑息的な手段であるようだ。廃屋をどうするかという根本、かつ第一の問題に目を向けず、まさに臭いものには蓋をのやり口でずっと放っておく―シートの絵柄のレトロさから、これはかなりの昔からやられているように思える―行政のセンスには首を傾げるしかない。この街は、本当に生きているのか知ら。
 さっきから寒々としっぱなしなので、いい加減、湯に浸かって帰りたい。観光案内で教わったホテルを見つけて寄ってみれば、
「こんにちは。ええ。日帰り入浴を、利用したいんですけれど」
「申し訳ございません。日帰り入浴は午後二時からになります」
ときたから参った。確かに、旅館、ホテルは午前に清掃を済ませて、午後から日帰り入浴を提供することが多い。しかし、悠長にその時間を待てば、今度は戻りの列車に乗り遅れる。
 こういう時間関係も、観光案内所で説明をするべきであろう。事前の詳細な説明とは、まるで医療者にのみ求められている案件のように錯覚していたが、本来は、どんな職業人にも普及しなくてはいけない自覚であろう。行政の人間は特にそうである。
 私たちが口々に、参った、参ったと云うのを見かねてか、ホテルの人が、ここから近くにある温泉施設を紹介してくれた。そこならどんな時間でもやっているだろうと。この温泉施設のことは、案内所では少しも聞かされなかった。
 とはいえ、せっかくの機会に、ただの温泉施設で済ませるのもどこか癪で、道すがらで見つけた、(日帰り入浴)の看板を立てたホテル―これも案内所では触れられなかった―から訪ねてみると、やはりここも午後二時からの開始。これでもう切れるカードも残っておらず、その温泉施設に足を運ぶ。ここまでの展開で温泉街を何度も行ったり来たりしている。というのに、途中にある、面白い名前の喫茶店は何度見ても笑い合える。
 温泉施設ということから、やはり規模は小さくて、もはや単なる銭湯などと見まがうほど。真に温泉?などと云う割に、使用料は中々結構なもので、タオルの分も別に回収する。学生の常套、別々に会計を申し出、それはいいことになったが、まず私が料金を納めると、受付のお母さんは、立て続けにH君にも催促をしだした。別段、断る謂れもないため、H君は素直に金子を渡すのだが、お母さんは何を思ったか、或いは何も思っていなかったのか、私が渡した分とH君の分を躊躇なしに一緒くたにして、それで「一緒になって、分かんなくなっちゃった」などと笑っている。全く、とんでもない手品を見せられた。後ろに控えていた老年の女性が解決しようとしゃしゃり出てきたが、あなたはいくら出したんですか、となぜか尋問をするようにこちらに問う。ぶん殴ってやろうと思った。
 浴場はとても小さいなんてもんじゃない。真に温泉?思っていたのとは、だいぶ格好が違ってくるが、しかし、雨、霧、街並み、人に冷たくなった身体に、風呂は等しく沁みる。髪を濡らさないように、気をつけて湯に浸かる。時々、お湯が注ぎ込まれなくなるこそ、訝しき。列車のことも気がかりで、それほど長湯はせずに上がる。脱衣所で、旅行者らしき男性と話をしたが、谷川岳が云々新潟が云々という取りとめのないやり取りだったので、憶えなかった。
 血の気の失せた温泉街を、駅に歩く。私が楽しい思い出として、ずっと大切に追いかけていた水上は、この程度のものだったのか。寂しいような、儚いような色々の感傷が頭の中を入り混じって回ってうまく考えがまとまらない。それもそうだなと、一つ息をついても、依然ショックは止まず、持参の傘を駅に置いて忘れるところであった。十三時四十二分、上越線長岡行の列車が滑りだした。
 接続の不便から、長岡で待たなくてはいけない。H君は肉を食べたいと云いだし、そういえば私もそうだったので、駅ビルのフライドチキンのチェーン店にて栄養を補給するのである。私はファストフードを自分では買わないので、帰省の折に家族が買ってきたのを食べさせられるのを抜きにすると、この店頭で買い食いするのは、最早数年ぶりの出来事。大したこだわりもないので、一般的なチキンのセットを求める。H君は、気になっていたらしい限定のハンバーガーを食べていたが、何だか渋い顔をしている。この店のフライドチキンは油っこく、いつもは箸で食べるところを、出先なので手で食べるしかない。付随の紙ナプキンを二枚重ねて揚げ鳥を掴むが、これでも油が染んできて思わず閉口。紙を次々と重ねて、遂に全枚を駆使しても変わらず油は染み込んでくる。これほど不潔な食べ物はない。滲んだ油脂に指先が煌々と照っている、その光の汚さよ。

  1. 2016/01/07(木) 19:00:00|
  2. 旅行記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<3月28日医大生ブロガーオフ会参加できません! | ホーム | 弥彦線莫迦列車>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://shibakeneet.blog.fc2.com/tb.php/620-202e7b51
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

筆者紹介

シバケン-いかれたNeet-

Author:シバケン-いかれたNeet-
Sex:\(`・ω・´)
Work:堕医学生
Base:新潟死期終焉都市

趣味はお散歩、特技は悪だくみ

筆者結語

日常系赤面ブログ「野良犬の生活」を応援していただきありがとうございました

「野良犬の生活」の物語

 はじめましての皆さんへ

長い間ありがとうございました

レポート検索

最新レポート一覧

アーカイブ

2016 04 【1】
2016 03 【4】
2016 02 【4】
2016 01 【5】
2015 12 【12】
2015 11 【10】
2015 10 【14】
2015 09 【8】
2015 08 【15】
2015 07 【14】
2015 06 【11】
2015 05 【17】
2015 04 【12】
2015 03 【12】
2015 02 【9】
2015 01 【9】
2014 12 【8】
2014 11 【13】
2014 10 【22】
2014 09 【18】
2014 08 【2】
2014 07 【14】
2014 06 【13】
2014 05 【13】
2014 04 【22】
2014 03 【17】
2014 02 【28】
2014 01 【29】
2013 12 【28】
2013 11 【28】
2013 10 【29】
2013 09 【22】
2013 08 【20】
2013 07 【30】
2013 06 【18】
2013 05 【15】
2013 04 【19】
2013 03 【3】
2013 02 【6】

カテゴリ

コメント

トラックバック

メッセージ

質問・要望どんとこいです!

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。