野良犬の生活

部活もバイトもやっていない堕医学生の暮らしを記憶するレポート

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キス・グッドナイト(アメリカ旅行記)





  一、パサデナ

 高度一万メートルに初期値を置いて
 自転の方向を腹ばいに飛行機は滑る
 馴れぬ国際線に身体はざわめき
 わずかな揺れにも心騒いで少しも眠れずにいた
 寝息も聞こえるさなか、機内チャンネルの曲名を覚えている
 「Alone in the Universe」
 一時間、二時間、・・・・・・、嗚呼、ついに九時間!
 長旅の果てに降り立ったのは二月十二日午前十一時
 私は一度、この時間を生きたことがある


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 唐突に目覚めた真夜中は、考え事をするのにちょうどよい
 出国のターミナルの景色も瞼に留まるままに
 街に出て、ピザとコーラに決め込み
 マーケットで買い物をした
 私はいまアメリカにいる
 俄かには信じがたいが・・・
 家も草木も看板も、皆アメリカの顔つきをしている
 見上げる月とオリオンだけは変わらぬ姿だが
 私の異邦人の胸はそわそわとして
 その結果として、パサデナの夜に目覚めて、この項を草している
 この時間にも、モーテル沿いの道を走る車の音は絶えない
 往きの飛行機、機内チャンネルで聴いた曲をふと思い出す
 「Alone in the Universe」


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  二、ラスベガス
 
 シルク・ドゥ・ソレイユ「O」
 水深が瞬時に変わるプールで繰り広げられるアクロバット・ショー
 世界のエンターテイメントの最高峰
 私はこの芸術作品の観劇を、一生の念願に据えていた
 それが観れる、この緊張感
 私の鑑賞眼は少しく歪んでいるのか
 念願としての期待や思い入れが先行して
 素直な感興が兆さない
 それよりも悲しかった
 自分が積み重ねてきた多くのものが終わってしまったような気がして


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 至るところにネオンのケミカルな煌き
 ここは不夜城ラスベガス
 人々の叫声尽きることなく
 隅々に配された誘惑に囲まれて歩く
 ラスベガスの夜は素敵な夜
 こんなに綺麗な夜には、ふと立ち止まってみたい
 カラフルな街の姿をずっと眺めてみたい
 しかし、私を待つものはいない
 ああ、こんなに素敵な夜なのに―


  三、ラスベガス2

 誰も寝ぬ不夜城の朝
 蠱惑の漂う夜とは一味違い
 ストリートには健康的な活気がみなぎっている
 道ばたで思い思いのパフォーマーが日銭を稼ぐ
 多くを受け入れる土壌がここにはある
 私はこの街が好きになったのだった


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 「O」と並ぶラスベガスエンターテイメントのツートップ
 シルク・ドゥ・ソレイユ「KA’」
 ショーは劇場に足を踏み入れた瞬間にはもう始まっている
 巨大なシアターと舞台装置に、まずは圧倒される
 珍しくストーリー仕立てで、その合間に演目が挟まれる
 サーカスというよりは演劇の要素が強い
 しかし、凄い、凄い、凄い!
 自在に可動、回転するステージや
 映像が連動するハイテクの数々に、思わず身を乗り出してしまう

 夜はカジノ
 私は賭けごとは嫌いだったが、行く所行く所の派手な賭場と
 そこでギャンブルに興じる人々の熱気に当てられて
 最早、勝負せずにはいられない面持ちとなった
 ディーラーとのかけひきは初めてで、緊張しながら卓につく
 ギャンブルは運頼みでなく、いかに謙虚でいられるかの勝負と見た
 ブラックジャックで五十ドル勝ち、スリーカードポーカーで六十ドル負けた
 まあ、おおむねこんなもん


  四、カナブ

 レンタカーを借りて回っていた
 アメリカのドライブは刺激的だ
 ハイウェイはどこまでも真っ直ぐに伸びているし
 見渡す限り、どこか造り物のような荒野と岩山が広がり、また連なっている
 ドキドキのロードワークにトラブルはあって然るべき
 スピード超過をコップに見つかり
 ナビが示す先は途方もない砂漠の真ん中だった
 (ここがお前たちのモーテルだよ!)


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 誰かが「普通」と云った
 グランドキャニオンの大峡谷
 私の眼には「普通」ではなかった
 断崖の下に臨むのは、地割れ、地割れ、そして地割れ・・・
 そのスケールの大きさ、広さに眼がくらむ
 谷に向かってすっと突き出た、小さな足場に立ってみる
 一つ足を滑らすと文字通り命を落とす
 安全圏に復帰して程なく
 その状況の深刻さがじわりと真に迫って
 しばらく冷や汗を滲ませていた


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  五、カナブ2
 
 ナバホの聖地へはトラックバスで行こう
 ビッグホーンシープも身動きせずにこちらを見ている
 アンテロープ・キャニオンの
 幾重にも薄く重ねられた地層が
 円形にえぐれられて岩肌はあくまで滑らか
 どこか他の惑星にいるような
 空想的な景趣を往く


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 アメリカ西部の田舎町
 カナブは静かで星が綺麗で心地好い町
 荒地の真ん中、ひっそりとしたこの町には
 もう二度とは来ないだろう
 メキシコ料理屋で食べたタコサラダがおいしい
 アメリカでは野菜を摂れる時に摂るのがいい


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  六、ラスベガス3

 心の故郷、ラスベガスに「ただいま」を
 腰に疼く下心をぶらさげて、真昼間からジェントルマン・クラブ
 ストリップは日本でも行ったことがあるし、下調べもしてきた
 本格的なポールダンスを観たかったのだ
 そう、これは俗なエロ目的ではない
 芸術としての女体を堪能したかった、その純粋な一心である
 が、ダメ!
 思っていたのと大違いで、終始ビクビク
 ポールダンス等のショーは全く行われず
 私たちはひとりに分断され、そして各自にひとりの女性があてがわれた
 よく分からないままに、あれよあれよとプライベート・ダンスへ
 よく分からないままに、あれよあれよとベンジャミン先生を見失う
 (いや、しかし外国人の豊満な身体にぱふぱふされるのは気持ちよかったし)
 (ケツも揉めたので、よかったのだが)
 すきを見て逃げるように店の外へ
 見合わせるのは完全に敗者の顔
 流れるのは典型的な賢者の時間
 愚かな賢者たちがそこに集っていた・・・


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 シルク・ドゥ・ソレイユ「ZARKANA」
 割引の当日券で用意された席は
 劇場中央の真ん中、つまりいい席!
 キャラクター、演目、コンセプトはクラシックかつゴシックながら
 音楽は痺れるロック、映像技術や舞台装置もメカニカルで、その折衷がハイセンス
 サーカスの伝統は守っていて、ラスベガスの他のショーと比べると、カジュアル
 そして素直に楽しい、素晴らしい作品


  七、アナハイム

 レンタカーの旅が終わった
 実を云うと、ドライブ旅行に不安がないわけではなかった
 それは最後まで変わらないままだった
 私は車の運転はできないが
 事故やその他のトラブルが起きるのが恐ろしく
 揺られている時はいつも、全く気が気でなかった
 それが終わった、安堵感
 一つ大きな関門を抜けた、達成感
 さあ、これからはただ、ただ、遊ぼう

 私には、意味のある行動や言動が出来ない
 複数人の中でも、私はひとりになる
 しかし、もう少し立ち止まることをしてもいいのではないか
 一体何を急いでいるのだろう、それがまず分からない


  八、アナハイム2

 アナハイムの空からさし込む日差しはとにかく強い
 ナイロンのロングコートを脱いで、チェックシャツを脱いで
 Tシャツ一枚になっても暑い
 耐えかねて、グッズショップで帽子を求めたのだった
 「タグはお取りしましょうか」
 「ええ、お願いします」
 「賢明な選択ね。今日はとても暑いものね」


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 ディズニーランド・パークは開園六十周年だ
 「ワールド・オブ・カラー」も、それを記念するバージョンになっている
 メインショーが終わって、あたりのゲストも散り散りになってからも
 水は踊り、光は色づき、音楽は奏でられる
 この瞬間に、「余韻」の二文字を押したい
 切なさと美しさの溢れて、感情がしめつけられ、自然と涙が滲む
 「グッド・ナイト」
 とウォルトが云った
 そう、今夜は本当に素敵な夜


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  九、アナハイム3

 ウォルト・ディズニーが鉄道好きだったことは、誰もが知っている
 だからディズニーランドの構想に、最初期から鉄道はあった
 そのディズニーランド鉄道は、諸事情のために運行をしていなかった
 走る姿を見れない、かつ乗れないのは残念だったが
 そのおかげで駅に停車した機関車を、間近で見、触れることができた
 このことは貴重ではないだろうか
 ディッキーズのつなぎを着た熟練の機関士が、蒸気機関車の仕組みを説明してくれる
 英語はすべて聞き取れるわけではないが、云いたいことは分かる
 ひとしきりの講義を終えて、その機関士がぼそっと口にした
 “It is fun.”
 何気ない言葉だが、とても簡単な一言だが、だからこそ心に残った
 鉄道は楽しい―
 その思いから、自らのテーマパークに鉄道を走らせたウォルト
 その魅力を半世紀経ったいまでも受け継ぎ、守る者がいる
 そして、ここに集まる私のような者もいるのだ


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  十、アナハイム4


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 六十年の歴史のあるディズニーランド・パークはただ楽しいだけの場所ではない
 一つ紐解けば、文化遺産の宝庫と知ることができる
 ホーンテッド・マンション、カリブの海賊、蒸気船マークトウェイン号、ディズニーランド鉄道
 ウォルトの足跡、思いのこもったアトラクションがたくさん残されている
 ことに、魅惑のチキルームがよかった
 一九六三年オープン、晩年のウォルトが力を入れた新技術「オーディオ・アニマトロニクス」を初導入したアトラクション
 余計な演出なく、オープン当時とほぼ同じショーが行われているという
 そのタイトル・ロゴに“Walt Disney’s”という冠を見つけた
 説得力、重厚感、深み
 日本のパークが忘れてしまったもの、消してしまったものが
 ここには未だに息づいている、そしてそれを愛する人もたくさんいる
 それがただただ嬉しかったのだ


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 ディズニーランド開園六十周年記念のいちばんの目玉は
 「ディズニーランド・フォーエバー」だと云っていい
 プロジェクション・マッピングとファイアーワークスの融合したショー
 眠れる森の美女の城に、手をつないで歩くウォルトとミッキーマウスが映された
 これは「ワンマンズ・ドリーム」を結晶させたスペクタキュラーなのだと感じる
 メインショーの終わりに、リチャード・シャーマンがウォルトに捧げる「Kiss Goodnight」が流れる
 その優しい旋律に、あまりに幸せな時間に涙が止まらない


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  十一、ロスアンゼルス

 およそ十日の“アメリカぐらし”を終えてつく帰国の途
 その帰り道は海の上にある
 往きより長い十一時間のフライト
 結局一睡もせず、身体中がムズムズと疼くのをこらえていた
 アメリカ時間で深夜二時のテンションで、二月二十三日午後七時の日本に着いた
 このうちに、一度も生きなかった時間が生まれたことになる
 そんなことよりも気持ちが悪い
 ああ、これが時差ボケというやつなのだな
 宿舎へ向かう電車は鈍いトドメを与えた
 しかし、生きながらえて国に帰ってこられた安心、喜びを噛みしめる気持ちもある
 ふと思い返せば、どの夜もそれぞれ違って魅力的だったのを憶えている
 そして、こうしてコンビニで買ったフルーツゼリーを食べる日本の夜も、またいいものだ
 “A kiss goodnight is the start of a journey”
 “A kiss goodnight is the door where your dreams live”
 素敵な夜を過ごすたびに、あの歌を口ずさむのだろう

  1. 2016/02/26(金) 19:00:00|
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筆者紹介

シバケン-いかれたNeet-

Author:シバケン-いかれたNeet-
Sex:\(`・ω・´)
Work:堕医学生
Base:新潟死期終焉都市

趣味はお散歩、特技は悪だくみ

筆者結語

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